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「グラニースミス アップルパイ & コーヒー 東急プラザ銀座店」
銀座
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「グラニースミス アップルパイ & コーヒー 東急プラザ銀座店」は3月31日にオープンした
東急プラザ銀座の地下1階にあります。
場所は中央区銀座5-2-1で、「タリーズコーヒー プライムファイブ」の向かい側です。

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約30席の店内は全席禁煙、カントリー風のインテリアは地下鉄通路への階段の
中世風アーチと面白い対照になっています。

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アップルパイのお店ですが、リンゴのキッシュプレートもあります。

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チキンとドライトマト918円にしました。

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キッシュは小振りですが、リンゴも入っていて、バターの風味が効いて美味しいです。

アップルパイをホールで買っていくお客さんもいました。

「グラニースミス」は他に三宿店、青山店、横浜店がありますが、三宿店にはイートインが
ありません。

「グラニースミスアップルパイ & コーヒー 青山店」の記事です。

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【2016/09/30 20:22】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「ダリ展」 国立新美術館
乃木坂
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六本木の国立新美術館では、「ダリ展」が開かれています。
会期は12月12(月)までで、火曜日は休館日です。

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サルバドール・ダリ(1904‐89)の初期から晩年まで作品を中心にした、大規模な回顧展で、
1928年にルイス・ブニュエルとともに製作した映画、「アンダルシアの犬」も上映されています。

初期の作品はキュビスム風だったりして、後のダリとは違います。

「子ども、女への壮大な記念碑」 1929年 国立ソフィア王妃芸術センター
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シュルレアリスムの作風は1926年の「巻髪の少女」「岩の家の人物」
(共にサルバドール・ダリ美術館)に現れていますが、1929年頃に
本格的に始まっています。

「謎めいた要素のある風景」 1934年 ガラ=サルバドール・ダリ財団
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右側に居るのは子ども時代のダリ、左はベックリンの「死の島」を思わせ、
イーゼルを前にした画家は深く敬愛したフェルメールの「絵画芸術」に
倣っているとのことです。
ダリ自身の過去、現在、未来を表していることになります。
饒舌な描き込みは無く、広い空間は観る人の想像を膨らませる、
気持ちの良い作品です。

「奇妙なものたち」 1935年頃 ガラ=サルバドール・ダリ財団
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「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌」 1945年 国立ソフィア王妃芸術センター
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1945年の広島と長崎への原爆投下に強い衝撃を受けて描いた作品とのことで、
女性の顔の部分が爆撃機の形になっています。
ピカソの「ゲルニカ」(1937年)を思い出します。

「ポルト・リガトの聖母」 1950年 福岡市美術館蔵
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古典絵画を取り入れた作品で、聖母は愛妻のガラをモデルにしています。
ポルト・リガトはバルセロナの北にある地中海沿いの港町で、
第2次世界大戦後にダリ夫妻が住んでいました。
建物が分割されているのは、原子核の構造を表しているとのことで、
現代科学への関心の深さを示しています。

「素早く動いている静物」 1956年頃 サルバドール・ダリ美術館
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「テトゥアンの大会戦」 1962年 公益財団法人諸橋近代美術館
縦3m、横4mほどもある大作で、1860年にモロッコのテトゥアンでの
スペイン軍とモロッコ軍の戦いを描いています。
ベラスケスなどの古典を取り入れた壮大な画面で、ダリ自身と妻のガラも
描き入れています。

展示されている作品数も多く、ダリの幻想的世界をたっぷりと味わえる展覧会です。

展覧会のHPです。


【2016/09/29 19:55】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「明治有田 超絶の美 -万国博覧会の時代」展 ブロガー内覧会 泉屋博古館分館
六本木1丁目
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六本木の泉屋博古館分館では有田焼創業400年、「明治有田 超絶の美 
-万国博覧会の時代」展が開かれています。
会期はから12月4日(日)までです。
10月30日までの前期と11月1日からの後期で、一部展示替えがあります。

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9月22日にブロガー内覧会があったので、私も行ってきました。

野地分館長の挨拶の後、佐賀県立九州陶磁文化館の鈴田由紀夫館長、
美術史家で本展コーディネーターの森谷美保さん、泉屋博古館分館の
森下愛子学芸員の解説を伺いました。

写真は特別に許可を得て撮影したものです。

江戸時代、大名や有力商人を顧客とし、中国陶磁器を模範としていた有田焼は、
明治を迎え、大きく転換します。

現代で言うグローバル化の時代で、各国で開かれた万国博覧会への出品を通して、
有田焼も変貌を遂げます。
それは作品の巨大化と細密化で、この二つの相反する方向を同時に追求したそうです。

「染付蒔絵富士山御所車文大花瓶」 1873(明治6)年 有田ポーセリンパーク蔵
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鈴田館長が解説しているところです。
高さ185㎝という、現在では製作不可能なほどの高さで、金色の部分は漆を使って
蒔絵を施してあります。
ウィーン万博に出品され、名古屋城の金のシャチホコの両脇に展示されていたそうです。

右 「色絵鳳凰花唐草文透彫大香炉」 
 精磁会社製 1879(明治12)年~1897(明治30)年 個人蔵

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イスラム風の文様を施すなど、従来には無い新しいデザインも採り入れようとしています。

右 「色絵菊花流水文透台付大花瓶」 1対 
 1876(明治9)年頃 香蘭社(辻勝蔵)製 個人蔵

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フィラデルフィア万博に出品されたと思われる作品です。
西洋では室内装飾として、対になった花瓶が好まれています。
重い上部を透彫りになった台の部分で支えており、焼成は大変だったろうと思われます。
香蘭社は1875(明治8)年創業で、現在も続く、有田焼を代表する企業です。

右 「色絵竹林文壺」 
 1879(明治12)年~1880年代 香蘭社製 有田ポーセリンパーク蔵
左 「色絵御所車文大花瓶」 1915(大正4)年~1930年代 個人蔵 
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竹林文壺は、つまみの玉取獅子の獅子の押さえている玉は動かすことが出来ますが、
外せません。
どうやって作ったのだろかと思わせます。

御所車文大花瓶1915年のサンフランシスコ万博に出品するために製作された
とされる作品です。
川の水を青海波模様で表し、枝垂れ桜、御所車、柴垣をあしらって華やかです。

奥 「色絵流水菖蒲文皿」 
 1879(明治12)年~1897(明治30)年頃 精磁会社製 ギャラリー花伝
手前 「色絵蝶文輪花皿」 
 1879(明治12)年~1897(明治30)年頃 精磁会社製 ギャラリー花伝


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ともに輸出用に量産されたとされる品です。
精磁会社は1879(明治12)年に香蘭社から独立して設立された会社で、
高度な技術を誇り、宮内省の注文も受けています。
フランスから最新鋭の機械も導入して有田焼の近代化にも貢献しますが、
経営に失敗して、1897(明治30)年頃にその歴史を閉じています。

どの作品も極めて緻密に華やかに作られ、その技巧には驚くばかりです。
世界を相手に活動し始めることになった、明治という時代の意気込みを
展示された有田焼の品々から感じることが出来ます。

展覧会のHPです。


2016年に渋谷のBunkamura Galleryで開かれた、「きんしゃい 有田豆皿紀行」展の記事です。
香蘭社の作品も展示されていました。

明治になり、西洋への輸出を活発に行なった日本工芸ということでは、
宮川香山の横浜眞葛焼もよく似ています。

横浜にある「宮川香山 眞葛ミュージアム」の記事です。


【2016/09/27 19:35】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「CAFE LEXCEL(カフェ レクセル)東京国際フォーラム店」
東京・有楽町
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「CAFE LEXCEL(カフェ レクセル)東京国際フォーラム店」は東京国際フォーラムの
地下1階にあります。
場所は千代田区丸の内3-5-1で、ロビーギャラリーの南端です。

ロビーギャラリーの天井を見上げたところです。

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約40席、全席禁煙、ロビーギャラリーの一部を使ったテラス席もあります。
平日は朝7時30分、土日祝は8時から開いています。

プレーントースト380円です。

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食パンは金芽米入りか全粒粉を選ぶので、全粒粉にしました。

ニカラグアカプチーノ450円とモカカプチーノ480円です。

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「CAFE LEXCEL」は都内では他に丸の内ビルディング店がありますが、
どちらも美味しいコーヒーを楽しめます。

最初に「CAFE LEXCEL丸の内ビルディング店」に行ったときの記事です。


【2016/09/25 21:12】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「没後110年 カリエール展」 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
新宿
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新宿の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館では「没後110年 カリエール展」が
開かれます。
会期は11月20日(日)までです。

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フランス象徴主義の画家、ウジェーヌ・カリエール(1849-1906)の作品を
紹介する展覧会です。
カリエールの作品は、輪郭をぼかした、かすむような褐色の画面が特徴で、
神秘的な雰囲気を持っています。
展覧会では、カリエールの作品88点が展示され、そのうち、プライベートコレクションの
作品70点は今回の展覧会でしか観られない、貴重な機会とのことです。

「宴会の自画像」 1898年頃 個人蔵
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カリエールのための宴会の献立表に版画で描かれた自画像なので、この名があるそうです。

「羊飼いと羊の群れ」 1877~80年頃 新潟市美術館
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カリエールはアカデミックを代表する画家、アレクサンドル・カバネルに師事して、
1876年にはローマ賞を得ています。
1878年に結婚し、妻とイギリスに渡って、6か月ほどロンドンに滞在しています。
この時、ターナーの絵を見て、大気と光の現象に関心を高めたそうです。
この頃から、輪郭を明確にしない、おぼろげな画風になっています。

1885年には「病気の子ども」が国家買上げとなっています。
「病気の子ども」は、2014年に森アーツセンターギャラリーで開かれた、
「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」に展示されていました。

「子どもを抱くエリーズ」 1885~87年頃 個人蔵
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カリエールには7人の子がいて(1人は夭折)、カリエール夫人とともに、
画題の中心になっています。
長女のエリーズを描いていて、抱かれているのはエリーズの弟か妹のようです。

横浜美術館で開かれていた「メアリー・カサット展」でも、子どもが母親の顔を
掴まえている作品がありました。

「メアリー・カサット展」の記事です。

「手紙」 1887年頃 個人蔵
エリーズと次女のマルグリットです。
頬に少し紅色が入っていて、温かみのある絵です。

「インク壷の前の子ども、マルグリット」 1890~92年頃 個人蔵
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ペン先を調べているのでしょうか。

家族をよく題材にしたところはモーリス・ドニとよく似ていますが、描き方は、
明るい色彩をふんだんに使ったドニと対照的です。

2011年に同じ損保ジャパン日本興亜美術館で開かれた、「モーリス・ドニ―いのちの輝き、
子どものいる風景」展の記事
です。

「ポール・ガリマール夫人の肖像」 1889年 個人蔵
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絵画や稀覯本の収集家だったポール・ガリマールの夫人、リュシーを描いています。
テーブルではガラスの花瓶が光を受けています。
色彩の少ないカリエールなので、紅色がひと際華やかに見えます。

ルノワールの描いた「シャルパンティエ夫人と子供たち」(1878)に似た構図の
作品でもあります。
夫人の夫、ジョルジュ・シャルパンティエは出版業者で、ポールの息子、
ガストン・ガリマールもガリマール出版社を起こしています。

「風景、樹木」 1898~1902年頃 個人蔵
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カリエールは風景画も少し描いていますが、人の気配がありません。

「平和の接吻」 1903年 個人蔵
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1904年に締結された英仏協商を前に、フランスを訪問するイギリス議員に贈る絵の
注文を受けて制作されています。
遠くに見えるのはエッフェル塔でしょうか。
象徴主義的な雰囲気の強い作品です。

カリエールはオーギュスト・ロダンと親交があり、ロダンを描いた肖像画も展示されています。
カリエールは1903年のサロン・ドートンヌの設立に参加し、初代の名誉会長を務めていますが、
ロダンはカリエールの死後、2代目の名誉会長に就任しています。
サロン・ドートンヌは保守的なサロンの傾向に対抗して設立された美術展覧会で、マティスや
ルオー、ボナール第3回展に出品された作品によりフォーヴィスム(野獣派)の名が生まれています。

カリエールの絵は、色彩も抑えに抑え、何かを主張するのではなく、観る人を絵に引き込む
魅力があります。
展覧会では一点一点じっくりと鑑賞しました。

展覧会のHPです。


【2016/09/24 19:54】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プロフィール

Author:chariot
東京のビルの多い街で暮らしています。

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