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「藝大コレクション展 2019」 東京藝術大学大学美術館
上野
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上野の東京藝術大学大学美術館では「藝大コレクション展 2019」が開かれています。
会期は6月16日までで、5月6日までの第1期と14日からの第2期に分かれ、
かなりの展示替えがあります。

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ラファエル・コラン 「田園恋愛詩」 1882年
パンフレットに使われている作品です。
ラファエル・コラン(1850-1916)はフランスの画家で、古典主義に拠りながら
印象派や象徴主義も取り入れています。
黒田清輝や岡田三郎助、和田英作を教えたことで知られています。

黒田清輝 「婦人像(厨房)」 1892年
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フランス留学時に定宿だった家の女性を描いています。
黒田清輝は元々、法律を学ぶためにフランスに留学したのですが、絵画に転向し、
師のラファエル・コランに学んだ外光派の技法を日本にもたらします。
外光派とは従来のアカデミズムの中に印象派の明るさを取り入れた画家を指します。
黒田清輝は1896年の東京美術学校の西洋画科の新設時には教官となり、以後日本の
洋画界を指導します。

岡田三郎助 「ムードンの夕暮」 1899年
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フランスに留学していた時の作品です。
岡田三郎助は黒田清輝と同じく、ラファエル・コランに師事しています。
紫がかった夕暮の景色で、遠くの空が、かすかに金色に光っています。
道を行く二人の人影が見え、かえって寂しさの増す情景です。

白滝幾之助 「稽古」 明治30年(1897)
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第1期の展示です。
白滝幾之助(1873-1960)は兵庫県出身で、山本芳翠、黒田清輝に師事した後、
東京美術学校に入学しています。
この作品は第2回白馬会展に出品され、翌年に卒業制作として学校買入れされています。
黒田清輝に倣った外交派の作品で、夏の下町の情景です。
やや体を傾けて自分にはまだ少し大きい三味線を弾いている子や、どっしり構えた
お師匠さんの様子がうまく描かれています。

高橋由一 「鮭」 明治10年(1877)頃 重要文化財
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高橋由一の代表作です。
長さ120㎝という大きな鮭で、洋画では珍しい極端に縦長の画面に描かれています。
日本人は掛軸を見慣れているので、縦長でも違和感は無かったのかもしれません。
皮のたるみ、塩の粒、縄のほつれまで克明に描かれ、身の赤がとても印象的です。

池大雅 「富士十二景図 九月 緑陰雑紅」 江戸時代
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第1期の展示です。
池大雅が妻の玉瀾のために描いた作品です。
東京藝術大学は7幅を所蔵していますが、長らく所在が不明だった最後の1幅が
最近発見され、コレクションに加わっています。
今回、滴翠美術館所蔵の4幅を加え、12幅が全点展示されています。

狩野芳崖 「悲母観音」 明治21年(1888) 重要文化財
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第1期の展示です。
観音菩薩は中空で水瓶を傾け、その下で童子が観音を見上げています。
仏画を基本にしていますが、西洋風の空間表現も取り入れ、近代日本画の
先駆となった作品です。
狩野芳崖の絶筆で、未完のままで芳崖が亡くなったので、盟友の橋本雅邦が
仕上げています。
狩野芳崖は幕末に狩野派を学び、明治には東京美術学校の設立にも関わった
フェノロサに見出されていますが、東京美術学校の教官就任を前に亡くなっています。

西郷孤月 「春暖」 明治30年(1897)
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第1期の展示です。
西郷孤月(1873-1912)は旧松本藩士の子で、横山大観らとともに東京美術学校の
1期生となり、明治29年には助教授に就任し、将来を嘱望されますが、故あって
中央画壇を離れ、各地を放浪しています。


イギリスで学んだ画家たちの作品も展示されています。

原撫松 「裸婦」 明治39年(1906)
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原撫松(はらぶしょう、1866-1912)は岡山藩士の子で、1904年から3年間、
イギリスに留学しています。
肖像画を多く手掛けていますが、47歳で亡くなっています。
しっかりとしたマチエールで、かなりの技量の持ち主であることが分かります。

牧野義雄 「テームス河畔」 水彩、紙 制作年不詳
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第1期の展示です。
牧野義雄(1870-1956)は旧挙母藩士の子で、イギリスで40年間活動しています。
霧のロンドンの景色を好み、紙を水に浸けてから水彩で描くという技法もよく使っています。
ロンドンに留学していた夏目漱石がロンドンの霧を厭わしく思っていたのと対照的です。

三宅克己 「ハムプステッドの深林」 明治31年(1898) 水彩・紙
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第1期の展示です。
三宅克己(みやけこっき、1874-1954)は徳島市出身で、アメリカ、イギリスに渡り、
帰国後は白馬会に参加しています。
ロンドン北部の公園、ハムステッド・ヒースを描いていて、深い森の中に人物のいる情景は
フェリックス・ヴァロットンの「ボール」(1899年)を思い出させます。
三宅はここがコンスタブルがよく画題にした場所であることについて感慨を述べています。

南薫造 「夜景」 明治41年(1908)頃
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南薫造(みなみくんぞう、1883-1950)は広島県の呉出身で、東京美術学校を卒業し、
イギリスに渡り、東京美術学校の教授を勤めています。
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834-1903)に傾倒し、イギリス到着の翌月には
ホイッスラーの旧邸を訪れています。

(参考)
ホイッスラー 「ノクターン:青と金色-オールド・バターシー・ブリッジ」 1872-75年 テート美術館
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展覧会のHPです。


【2019/04/18 19:42】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ノートルダム大聖堂を描いた作品
パリ
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パリのノートルダム大聖堂で大火災が起きてしまいました。
フランスを代表する文化遺産であり、何とも残念なことです。
このブログでノートルダム大聖堂を描いた絵画作品を集めてみました。

「晴天のノートルダム大聖堂とセーヌ」 緒方洪章
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「ノートルダム寺院」 吉川有悟
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「日曜日」 マルク・シャガール 1952~54年
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「ノートルダム曇天」 アルベール・マルケ 1924年
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「サン・ミシェル橋」 石井柏亭 1923年
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「ノートルダム寺院」 正宗得三郎 1915年
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「パリの銅版画」より、「ノートル=ダム寺院の後陣 」 シャルル・メリヨン 1854年 エッチング
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「サン=ベルナール河岸からの眺め」  ニコラ=ジャン・バティスト・ラグネ 1750年頃
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【2019/04/17 20:33】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「野蛮と洗練 加守田章二の陶芸」展 虎ノ門 菊池寛実記念智美術館
神谷町
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虎ノ門の菊池寛実記念智美術館では「野蛮と洗練 加守田章二の陶芸」展が
開かれています。
会期は7月21日(土)までです。
70点近い作品が展示されており、一部展示替えがあります。

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4月13日にアートブログイベントが開かれ、学芸員の島崎さんの解説を伺いました。

写真は許可を得て、撮影しています。

加守田章二(かもだしょうじ、1933~1983)は岸和田市出身の陶芸家で、
京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)工芸科を卒業し、1959年から
栃木県の益子、1968年から岩手県の遠野で作陶を行ないました。
作風も変化させていきますが、惜しくも49歳で亡くなっています。

初期の作品は須恵器のような趣きの焼き締めです。
灰釉を使った作品もありますが、自然釉ではなく、予め用意した灰釉を
決まった場所に塗るという、人為的な方法によっているそうです。
加守田は焼成による偶然の結果を嫌い、思った通りの出来上がりを望んだ
ということで、化粧掛けをして焼成した後、化粧土を削り落としたりしています。

「炻壺」 1968年
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「曲線彫文壺」 1970年
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「曲線彫文皿」 1970年
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形の凹凸と線の波打つ具合を合わせるという、細かい芸を見せています。

「壺」 1974年
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6月2日までの展示です。
表面を浅く彫って別の土を埋める象嵌技法を使っています。
口縁は鋭く、底は少し浮いたような形をしています。

「彩色鉢」 1975年
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6月2日までの展示です。
掛け流しのようにも見えますが、かなり手の込んだつくり方で、
白い部分を残して、赤を塗り重ねています。

「壺」 1977年
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底の楕円の方向と口縁の長方形の方向が直角になるという、
凝ったことをしています。

「壺」 1979年
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色釉の線に動きと立体感があります。

「壺」 1980年
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5月17日までの展示です。
早い晩年の作で、金線が入り、華やかになっています。

加守田章二は、陶器は大好きだが陶器をつくっている訳ではなく、
陶器の形を借りているだけと述べています。
陶器は長く使われてきて安定した形になっているのが理由ということで、
オブジェではなく陶器と名乗っています。
作品名も特に後期になると、ただ「壺」とか「皿」とかいうだけで、
どれがどれだか区別が付きません。
これも、オブジェではないという考えによるものと思われます。

遠野での制作にしても、そこの土が良かったからではなく、まず遠野という場所が
気に入り、たまたまそこにある土を使ったということです。

作品を見ても、小石混りの荒々しい土で、陶芸向きの土ではありません。
制作は手の込んだ、手間暇のかかるの技法を使っているのに、土選びの
無頓着さには驚きます。
無頓着というのではなく、そこに何かの意味があるのでしょう。

作風を変化させていったことについては、本当は同じ作風で新鮮な気持ちで
つくりたいが、それが難しいので作風を変えて新鮮さを保っていると述べています。

確かに、副題の通り、野蛮と洗練といえる作家で、解説を聞いて、加守田章二の
魅力をより知ることができました。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は「生誕100年 藤本能道展」です。
会期は8月3日(土)から12月1日(日)までです。


【2019/04/16 20:14】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「フォション ル・カフェ (FAUCHON LE CAFE)」 日本橋髙島屋
日本橋
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「フォション ル・カフェ (FAUCHON LE CAFE)」は髙島屋本館の1階にあります。
場所は中央区日本橋2-5-1です。

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新館との間の小路に面した細長いお店で、店内は70席ほど、テラス席もあります。
白を基調にした店内は全席禁煙、店員さんの応対もていねいで、シックな雰囲気です。

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ダージリン味のエクレア486円とアールグレイ500円です。

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お茶の種類によって抽出を待つ時間が違います。

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エクレアは評判とのことで、なめらかでとても美味しく、さわやかなお茶と一緒に
味わいました。

お店の前の小路を眺めながら、お茶を楽しむのも良いものです。


【2019/04/14 18:38】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「ラファエル前派の軌跡展」 ブロガー特別内覧会
東京
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三菱一号館美術館で開かれた、青い日記帳×「ラファエル前派の軌跡展」、
ブロガー特別内覧会に行ってきました。
展覧会の会期は6月9日(日)までです。

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「弐代目・青い日記帳」主催のTakさん(右)がモデレーターで、野口玲一学芸員(左)の
解説を伺いました。

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先日、この展覧会に行った時の記事で載せなかった作品を中心に紹介します。

会場の写真は特別の許可を得て撮影しています。

始めはジョン・ラスキン(1819-1900)の生誕200年ということで、ラスキンの記念展を
考えたものの、現在ではそれほど名前が知られていないため、ラスキンと関係の
深かったラファエル前派やターナーに範囲を広げた企画になったそうです。

最初の展示室にはターナーの作品が並んでいます。

ジョン・ラスキンは評論家、美術評論家で、産業革命以降の物質文化を厭い、
自然に忠実な芸術を理想としています。

そしてターナー(1775-1851)をその理想にかなう画家として高く評価しています。
ターナーはラスキンよりかなり年上ですが、ラスキンの評論により更に評価が高まり、
ラスキン自身も美術批評家としての活動を始めることになります。

ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー 「エーレンブライトシュタイン ―破壊される要塞」 
 1819-20年 水彩 ベルギー、ベリ美術館

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エーレンブライトシュタインはライン川を見下ろす要塞ですが、フランス革命戦争で
フランス軍によって破壊されます。

ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー 「エーレンブライトシュタイン」
 1832年頃 水彩 ベリ美術館

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ラスキンの水彩画なども数多く展示されています。
かなりの技量の持ち主です。

ジョン・ラスキン 「樹木と岩」 1845年頃 
  鉛筆、褐色インク、インク・ウォッシュ、ボディカラー  ラスキン財団

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ジョン・ラスキン 「アヴランシュ ―モン・サン・ミシェルを望む眺め」 1848年
 鉛筆、インク、インク・ウォッシュ ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)

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妻のユーフィミア(エフィ)とノルマンディに新婚旅行に行った時に描いています。

ジョン・ラスキン 「ラ・フォリの滝」 1849年(?) 水彩 バーミンガム美術館
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ジョン・ラスキン 「ブルゾン―ジュネーヴを望む眺め」 1862年
 鉛筆、ペン、インク、水彩、ボディカラー ラスキン財団

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ジョン・ラスキン 「サン・ヴルフラン大聖堂、アブヴィル ―川からの眺め」
 1868年 鉛筆、インク、水彩、ボディカラー ラスキン財団

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アブヴィルはフランスのアミアンの西北にある町です。
ラスキンはこの町と大聖堂を深く愛し、その想い出は「人生の最後まで
過去を懐かしく思う縁となるもの」と述べています。
ストリートビューで見ると、周りの様子は変わっていて、川は埋められ、
道路になっているようです。

他に各地の自然や教会を描いた作品とともに、シモーネ・マルティーニ、フラ・アンジェリコ、
ティントレット、ボッティチェリの模写が展示されていて、ラスキンが何に魅せられて
いたのかうかがい知ることが出来ます。

フレデリック・ホリアー 「老年のジョン・ラスキン ―ブラントウッドにて「静寂の時」」
 1894年 写真 個人蔵

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ラスキンは同時代のカール・マルクス(1818-1883)と同じく社会思想家でもありますが、
マルクスが産業革命による労働者の疎外を論じたのに対し、ラスキンは芸術の衰退を
嘆いています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「滝」 1853年 油彩、板 デラウェア美術館
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ラスキン夫妻とミレイが旅行した時の絵で、モデルはエフィです。
ラファエル前派らしく、岩の描写も綿密です。
エフィはミレイと恋仲になり、ラスキンと別れ、ミレイと結婚しています。

ウィリアム・ダイス 「初めて彩色を試みる少年ティツィアーノ」 1856-57年
 油彩、カンヴァス アバディーン美術館

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ティツィアーノが幼少の頃、聖母子像に花の汁で彩色したという逸話に拠っています。
ウィリアム・ダイス(1806–1864)はラファエル前派に影響を与えた画家で、
自身もラファエル前派を称賛しています。

ジョン・ウィリアム・インチボルト 「アーサー王の島」 1862年頃 油彩、カンヴァス 個人蔵
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インチボルト(1830-1888)はラファエル前派に影響を受け、ラスキンから高い評価
を受けています。
コーンウォール地方のティンタジェルの景色で、アーサー王伝説ゆかりの地として
知られています。
広々とした空間が表現されています。

アーサー・ヒューズ 「リュートのひび」 1861-62年
  油彩、カンヴァス タリー・ハウス美術館

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テニスンの同名の詩に想を得て描いています。
アーサー・ヒューズ(1831-1915)はミレイなど、ラファエル前派の影響を
強く受けた画家です。

アーサー・ヒューズ 「音楽会」 1861-64年 油彩、カンヴァス
 リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー

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甘美な雰囲気の漂う場面です。

ウィリアム・ヘンリー・ハント 「果実―スピノサスモモとプラム」 1843年(?)
 水彩 ウィリアムスン美術館

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ウィリアム・ヘンリー・ハント(1790-1864)はすぐれた水彩画家で、ラスキンから
高い評価を得ています。
特に自然を描くことが得意で、鳥の巣をよく描いていたので、「鳥の巣のハント」と
呼ばれています。

シメオン・ソロモン 「善き子らを守護する聖ミカエル」 1864年
 水彩、紙 タリー・ハウス美術館

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シメオン・ソロモン(1840-1905)はロセッティやバーン=ジョーンズと親交があり、
その影響を受けています。
正統派ユダヤ教徒の家に生まれており、旧約聖書からよく題材を得ています。
同性愛の罪で投獄された後は没落し、最後は救貧院で亡くなったということです。

シメオン・ソロモン 「詩」 1864年 水彩 グロウヴナー美術館
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ジョージ・フレデリック・ワッツ 「エンディミオン」 1868-73年頃
 油彩、カンヴァス 個人蔵

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ジョージ・フレデリック・ワッツ(1817-1904)は象徴主義の画家で、ラファエル前派の
影響も受けています。
エンディミオンはギリシャ神話の人物で、月の女神セレネに愛されますが、
エンディミオンが老いるのを嘆いたセレネはゼウスに頼んで、エンディミオンを
不老不死の眠りにつかせます。
白いセレネの姿が月を象徴しています。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「書斎のチョーサー」 1863年
チョーク、インク・ウォッシュ、水彩、黒チョーク、亜鉛白 ラスキン財団

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ジェフリー・チョーサー(1343年頃-1400)はイギリスの外交官、詩人で、当時の英語で
書かれた「カンタベリー物語」の作者として有名です。

エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ(1833-1898)は職人の子ながら
オックスフォード大学に進み、神学を学びます。
そこでウィリアム・モリス(1834-96)と友人になり、またラスキンや
ロセッティの影響を受けます。
1861年にはウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動にも参加しています。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「ぺレウスの饗宴」 1872-81年
 油彩、板 バーミンガム美術館

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結婚式の饗宴に招かれなかった不和の女神エリスが「最も美しい女神に与える」と
書かれた手紙とリンゴをヘルメスに持たせて送ります。
トロイア戦争の原因になるパリスの審判の始まりとなるお話で、右端にエリスが現れ、
神々は恐れおののいています。
青木繁の「天平時代」を思い出す作品で、「わだつみのいろこの宮」など青木繁には
バーン=ジョーンズの影響が見られます。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「「怠惰」の庭の巡礼者と踊る人たち」 1874年
 水彩、ボディカラー バーミンガム美術館

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エドワード・バーン=ジョーンズ 「嘆きの歌」 1865-66年
 水彩、ボディカラー、カンヴァスに貼った紙 ウィリアム・モリス・ギャラリー

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エドワード・バーン=ジョーンズ 「三美神」 1885-96年頃
 パステル、紙 タリー・ハウス美術館

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デッサンの技を見せてくれる絵です。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「コフェテュア王と乞食娘」 
 1883年頃 油彩、板 個人蔵

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コフェテュア王が盲目の乞食の少女を王妃に迎えるという、テニスンの詩に拠る作品です。
同じ主題で何枚か描かれたうちの1点で、未完成です。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「主の日―ステンドグラス用デザイン」 
 1874-75年( 1880年に加筆) 鉛筆、金銀のエナメル絵具、パステル
 リヴァプール国立美術館、レディ・リーヴァー・アート・ギャラリー

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アルフォンス・ルグロ 「エドワード・バーン=ジョーンズの肖像」 1868-69年頃
油彩、板 アバディーン美術館

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モリス商会 「ポーモーナ」 デザイン:バーン=ジョーンズおよびモリス、1882年
 タペストリ制作:モリス商会(マートン・アビー工房)、1884-85年
 ウール、絹、綿の経糸 マンチェスター大学ホイットワース美術館

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大きなタピストリーです。
ポーモーナはローマ神話の果実の女神で、リンゴを抱えています。
女神はバーン=ジョーンズ、背景はモリスのデザインです。

ウィリアム・モリス(1834-1896)は、オックスフォード大学で神学を学びますが、
ラスキンの影響を受け、バーン=ジョーンズと親交を結びます。
産業革命により職人はその地位を失い、大量生産の粗悪品が出回っていると考え、
生活に密着した手仕事の美を復活させようとアーツアンドクラフツ運動を起こします。
モリス・マーシャル・フォークナー商会、後にモリス商会を設立して、
その模範を中世に求めた家具、陶磁器、ステンドグラスなどを生産しています。

ウィリアム・ド・モーガン 「セラミック・タイル」 1872-88年 タリー・ハウス美術館
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ウィリアム・ド・モーガン(1839-1917)は陶芸家で、モリスと親交を結び、
モリス商会にデザインを提供し、自らも陶磁器の工房を開いています。

ラスキンを始め、ラファエル前派につながりのある作家の作品も数多く展示され、
見応えのある展覧会です。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」です。
会期は7月6日(土)から10月6日(日)までです。

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【2019/04/13 19:13】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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Author:chariot
東京のビルの多い街で暮らしています。

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