猫アリーナ

与謝蕪村

ほととぎす
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ほとゝぎす平安城を筋違(すじかい)に  与謝蕪村

蕪村は京都に住んでいたので、この句ができました。

碁盤の目のようといわれる京都の縦横の町並みの上を、
ほととぎすが鳴きながら斜めに突っ切って飛ぶ瞬間を捉えています。

町角に立って見上げている句といえますが、ほととぎすの更に上から
眺めている視点が感じられます。
鮮やかで絵画的な、いかにも蕪村らしい句です。

東山の永観堂からの京都市街の眺めです。
永観堂は紅葉で有名ですが、夏も趣があります。

永観堂


京都のホテルから東山を眺めます。

ホテル眺望



夕立を四角く逃げる丸の内

こちらは江戸川柳です。

丸の内は名前の通り、江戸時代は江戸城の内堀の中で、
大名屋敷が整然と並び、まっすぐな土塀が続いていました。

そこで夕立に遭おうものなら、土塀沿いに四角く逃げ回ることに
なったのでしょう。
想像するだけで可笑しくなります。

今の丸の内だったら、

夕立に慌て逃げ込むよそのビル

ということになるでしょうか。

現在の丸の内です。
左が丸ビル、右が新丸ビルです。

丸ノ内


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古今集

ほととぎす
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おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる

音羽山を今朝越えている時に、梢のはるか上でほととぎすが今鳴いていることだ。

古今集夏歌142番の歌で、作者は紀友則です。

詞書には、おとは山をこえける時に郭公(ほととぎす)のなくをききてよめる、
とあります。
音羽山とは、山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の間の山です。

平安時代の和歌は決められた題を想像で詠むことが多いのですが、
この歌は実感にあふれています。
詞書にもある通り、実際にその場で詠んだものでしょう。

音羽山の上で見上げている自分、その上に伸びている梢、
更にそのはるか上に鳴くほととぎす、
歌に、上へ上へと上がっていく勢いがあります。

「こずゑはるかに今ぞなくなる」の句に、作者の感動が表れています。
そして、場面全体が清々しい緑に包まれています。



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古今集


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さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖のかぞする 

                         よみ人しらず
 
五月を待っていた橘の花の香りをかぐと、昔恋した人の袖に
焚きしめられていた香りがして、懐かしい気持になる。

古今集夏歌139番の歌です。
とても有名な歌で、古今集を代表する歌の一つです。

さつきまつ はなたちばなの かをかげば

上の句はア音が並んで、高い調子で詠い上げます。

聞く人は皆、その高い調子と、橘の清々しい香りに引き寄せられ、
下の句がどうなるのか期待して待ちます。
昔の人の袖のかぞする、と聞いて我に返り、自らの昔を思い出して、
うなづきます。  

「待つ」と「昔」という、未来と過去の時間も詠み入れています。

大らかでありながら巧みさもある、いかにも古今調の歌だと思います。

5月20日追記
橘と同じ柑橘類の仲間で、近くの神社で見つけた夏みかんの花です。
高い所に咲いているので、花は落ちているのしか撮れませんでした。

夏みかんの花




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古今集


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ぬれつつぞしひてをりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば

見て下さい、見て下さい、この藤の花。
春はもう終りだし、雨で私はこんなに濡れちゃったけど、
あなたのために無理して折ってきたんですよ。

古今集春歌下133番の歌で、作者は在原業平です。

この歌の詞書には、三月晦日に雨の降っているのに
藤の花を折り取って人に贈った時の歌、とあります。

在原業平は平安時代初期の歌人で、「伊勢物語」の主人公とされています。

紀貫之は「古今集」の序文で業平のことを、「その心余りて詞たらず。
しぼめる花の色なくて匂ひ残れるがごとし。」と評しています。

たしかに、在原業平の歌には、昂まる思いが強すぎて
急き込んでいるようなところがあります。
花を懸命に摘んでいたら、摘みすぎて花瓶からあふれているのに
似ています。
この歌も、「しいてをりつる」にそれが感じられます。

相手が元祖色男の在原業平のことですから、歌を贈られた人(多分女性)も
喜んだでしょうが、そうでなかったら暑苦しがられたかも知れません。


湯島天神の藤です。

藤


湯島天神の門の扉に彫ってある天神様の紋所の梅と、お使いの牛です。

門扉


門扉2


門扉3


東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな

                               菅原道真

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古今集

春の山辺
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やどりして春の山辺にねたる夜は夢の内にも花ぞちりける

宿をとって春の山辺で寝た夜は、夢の中でも花が散っていたな。

古今集の春歌下117番の歌で、作者は紀貫之です。

「やまでらにまうでたりけるによめる」とあるので、
春の日にどこかの山寺にお篭りした折に詠んだものでしょう。

泊まった翌朝、お寺のお坊さんに、
「昨夜は桜を散らす風も吹いていましたが、よくお寝みになれましたか」
とでも聞かれて、この歌を詠んで答えたのかも知れません。

日頃と異なる場所、日頃と異なる時を設けて、そこに花を散らすという趣向は
鮮やかで、さすがは紀貫之です。


講安寺

文京区湯島4丁目の講安寺の枝垂桜。
お寺の本堂は土蔵造りで、(江戸時代の防火対策)
文京区の指定文化財です。

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