FC2ブログ
次のページ
「原三渓の美術」展 みなとみらい 横浜美術館
横浜
chariot

みなとみらいの横浜美術館では、「原三渓の美術」展が開かれています。
会期は9月1日(日)まで、休館日は木曜日です。
会期中、細かい展示替えがあるので、展覧会のHPでご確認下さい。

原img001 (1)


横浜を中心に活動した実業家、原三渓の「美術品のコレクター」「茶人」「アーティスト」
「芸術家のパトロン」としての側面を紹介する展覧会です。
原三渓(1868-1939)は岐阜県の出身で、初名は青木富太郎、横浜の原家の養子となり、
絹糸の製造と貿易で財を成しています。
美術品のコレクター、芸術家のパトロンとしても知られ、また三渓園を造ってもいます。

プロローグ

「武蔵野隅田川図乱箱」 尾形乾山 寛保3年(1743) 大和文華館 重要文化財
光琳img308 (7)

8月7日までの展示です。
木製の箱で、外側に薄、内側に川波、蛇篭、水鳥が描かれています。 
伊勢物語の中の、隅田川で遠く離れた都を懐かしむ場面を想像させます。
波は琳派風の面白い形をしています。

 名にし負はばいざこと問わん都鳥わが思ふ人はありやなしやと


第1章 三溪前史――岐阜の富太郎

岐阜時代の資料です。
岐阜では母方の叔父から絵画を学んでいます。


第2章 コレクター三溪

茶人だった原三渓は始め、茶道具を集め、やがてコレクションの幅を
大きく広げていきます。

「孔雀明王像」 平安時代・12世紀 東京国立博物館 国宝
原img001 (5)

原img001 (6)

8月7日までの展示です。
孔雀は毒蛇を食べてしまうことから、孔雀明王は災厄や苦痛を取り除く
功徳があるとされています。
4本の手は孔雀の尾羽根、開敷蓮華(開いた蓮華)、ザクロ、倶縁果
(レモンなどの果実)を持ちます。
金箔を糸のように細く切って貼り付けた截金(きりかね)で飾られた羽根が
きらびやかです。
原三渓が35歳の時に、元老の井上馨から当時としては破格の1万円で
購入したことで評判になっています。

「蜀葵遊猫図」 伝毛益 南宋時代・12世紀 大和文華館 重要文化財
原img001 (3)

8月7日までの展示です。
毛益(生没年不詳)は中国の南宋画院の画家で、小鳥や小動物の描写に巧みでした。

「龍虎図屏風」 雪村周継 室町時代・16世紀 根津美術館
(左隻)
絵の音002

8月16日からの展示です。
虎が吼えて起こす強風で竹がなぎ倒されています。
どこか、のどかな顔の虎ではあります。
(右隻:部分)
絵の音007

龍が唸り、雲が湧き、波が逆立っています。
通常は龍虎を左右両隻の端に寄せて描くところ、それぞれの中心に置いて、
迫力を出しているそうです。
河と海の水流と翻波が二つの空間を一つにしています。

「伊勢物語図 武蔵野・河内越」 尾形光琳 江戸時代前期 MOA美術館
原img001 (4)

左の「武蔵野」は伊勢物語の、男が女を盗み出して武蔵野に逃げていくお話です。
男女が草むらで語り合い、手前では松明を手に追手が迫っています。

  むさし野はけふはなやきそ若草のつまもこもれりわれもこもれり

右の「河内越」は男が河内にいる別の女の許に通うのを、女が送り出してから歌を詠み、
物陰に隠れてそれを聞いた男は愛しく思って、河内に行くのを止めたというお話です。
 
  風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとりこゆらん

竜田山は大和と河内の間にある山で、紅葉の名所で、絵にも紅葉が描かれています。

他に、雪舟、狩野永徳、久隅守景、宮本武蔵、円山応挙、渡辺崋山、浦上玉堂、
富岡鉄斎らの作品も展示されています。


第3章 茶人三溪

茶人としての原三溪の紹介で、茶器などが展示されています。


第4章 アーティスト三溪

原三溪の描いた絵の展示です。
岐阜で絵を学んだこともあって、かなりの技量の持ち主です。

「白蓮」 原三溪 昭和6年(1931)
原img001 (2)

白蓮は原三溪の好んだ画題で、輪郭線を用いない没骨法で描いています。


第5章 パトロン三溪

原三溪は特に日本美術院の画家を支援しています。

「賢首菩薩」 菱田春草 明治40年(1907) 
 東京国立近代美術館 重要文化財

菱田003

8月14日までの展示です。
賢首菩薩とは華厳宗第3祖の法蔵のことで、則天武后の庇護を受けて華厳宗を
大成させています。
則天武后に華厳の教えを述べた時、側にあった金の獅子像を使って説明した
という逸話から、横に金獅子が置かれています。
細かい点描を使って色彩を表現するという、斬新な技法に依っていますが、
これも斬新な分だけ当初は不評だったようです。
岡倉天心に請われ、この絵を絵を購入したものの、あまり乗り気ではなく、
後に手放したそうですが、春草の没後にはその作品を13点、入手しています。

下村観山 「白狐」 大正3年(1914) 東京国立博物館
院011

7月24日までの展示です。
再興院展の第1回に出展された作品で、前年に亡くなった岡倉天心を偲んで、
天心の書いたオペラ台本「白狐」、1911年に亡くなった菱田春草を偲んで、
春草の代表作「落葉」「黒き猫」の木立と柏の葉を取り入れています。
稲荷神のお使いの白狐は稲穂を咥えています。
写実でありながら、装飾性に満ち、静かで心に沁みる作品です。
横山大観や下村観山らによる日本美術院庄林業再興に当たって、原三渓は
賛助会員になっています。

「弱法師(よろぼし)」 下村観山 大正4年(1915) 東京国立博物館 重要文化財
下007

下008

下009

8月9日からの展示です。
能の「弱法師」を題材にした作品で、下村観山の代表作です。
讒言を信じた父によって家を逐われた俊徳丸は盲目となり、あちこち彷徨ったのち、
春の彼岸の日に四天王寺に辿り着きます。
満開の梅の傍らに立つ俊徳丸は痩せ衰えた姿で、杖を持ち、大きな赤い入り日に
向かって合掌しています。
束の間の極楽の様を表していて、能の家に生まれた下村観山ならでは作品と云えます。

「近江八景」 今村紫紅 1912年 東京国立博物館 重要文化財
漱石010

8月7日までと9日からで、4幅ずつ展示替えされます。
画像の「比良」で9日からの展示です。
今村紫紅(1880-1916)は日本画の革新を目指して精力的に活動した画家です。
近江八景は中国の瀟湘八景に倣って選ばれ、広重の浮世絵でも有名な景色ですが、
今村紫紅は大胆に再構成して第6回文展に出品しています。

「極楽井」 小林古径 明治45年(1912年) 東京藝術大学大学美術館
香010

8月2日からの展示です。
小石川伝通院裏の宗慶寺にあった極楽井の水を汲む乙女たちです。
白木蓮は裏箔によって描かれているそうです。
イエズス会の紋章を模様にした着物やロザリオなど南蛮趣味をあしらって
いますが、清楚で気品に満ちています。

他に原三渓の支援を受けた横山大観、安田靫彦、前田青邨、速水御舟らの
作品も展示されています。


原三渓のコレクションは戦後、散逸していますが、展示されている作品を観ると、
その質の高さには驚きます。
今回、まとめて鑑賞出来たのはとても良い機会でした。

展覧会のHPです。


横浜美術館では9月1日(日)まで、コレクション展も開かれていて、
横浜美術館のコレクション約280点と、淺井裕介、今津景、菅木志雄の
3人のゲスト・アーティストの作品が一緒に展示されています。

淺井裕介さんの壁画作品、「いのちの木」が円形の展示室の壁一面に
広がっていて、目を奪われます。

コIMG_0912

コIMG_0914


【2019/07/18 20:21】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「salaMandala / アイイレナイ」井上裕起展(立体)」 日本橋髙島屋
日本橋
chariot

日本橋髙島屋美術画廊Xでは「salaMandala / アイイレナイ」井上裕起展(立体)」が
開かれています。
会期は7月22日(月)までです。

井上裕起さん(1972~)は横須賀市出身で、サンショウウオを素材にした
立体作品を制作されています。
「進化」をテーマにしていて、今回はサンショウウオが軍用機など、
なかなか両立しないものと合体しています。

salamander [IREZUMI]
いIMG_0052

いIMG_0050

素材はFRPです。

salamander [HIKESHI]
いIMG_0048

鯢組(さんしょううおぐみ)のまといを持っています。

salamanDharma [世界征服]
いIMG_0069

達磨さんのような姿をしています。

salamander [SUBMARINE]
いIMG_0045

サンショウウオは水辺や水中に住む生き物です。

salamander [TANK-G]
いIMG_0041

陸に上がって、戦車に乗っています。

salamander [WARBIRD]
いIMG_0060

雲の上を飛ぶ零戦でしょうか。

salamander [SHIDEN-KAI]
いIMG_0067

防空戦闘機、紫電改です。

salamander [RAIDEN]
いIMG_0062

こちらも防空戦闘機、雷電です。

salamander [B-29]
いIMG_0055

零戦や紫電改、雷電に喰い付かれていたB-29はキノコ雲に乗っています。

salamander [OSPRAY]
いIMG_0072

今、話題のオスプレイです。

2016年に同じ日本橋髙島屋で開かれた、「井上裕起展」の記事です。


【2019/07/16 20:10】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「日本の素朴絵」展 日本橋 三井記念美術館
三越前
chariot

日本橋の三井記念美術館では特別展、「日本の素朴絵」が開かれています。
会期は9月1日(日)までです。
会期中、一部展示替えがあるので、展覧会のHPでご確認下さい。

素朴絵img973 (1)


仏画や絵巻物の中の、「ゆるい」絵や立体作品の展示です。

「つきしま絵巻」 2巻 室町時代(16世紀) 日本民藝館 (場面替あり)
素朴絵img973 (6)

素朴絵img986 (2)

素朴絵img986 (3)

「つきしま絵巻」は室町から江戸時代にかけて流行した幸若舞
(こうわかまい)の台本を読み物とし、さらに絵を添えて絵巻物に
仕立てた、舞の本絵巻の一つです。
平清盛が摂津国の大輪田泊に人口島の経が島を築くにあたって、
人柱を埋めたという伝説を題材にしています。
屋敷の中には出家して僧形になった浄海(平清盛)たちが座り、
隣では人びとがモッコを担いで工事をしています。
笑ってしまうほどの稚拙さですが、そこが魅力でもあります。

「鼠草子絵巻」 5巻の内、巻2,5 室町~桃山時代(16世紀) サントリー美術館
伽007

伽013

四条堀川に住む鼠の権頭(ごんのかみ)は、子孫が畜生道に堕ちることを
恐れて清水寺に祈願して美しい姫君と結ばれるものの、清水寺にお礼参りに
行っている隙に正体が露見してしまい、世をはかなんで出家するという
お話です。
清水寺での出会いの場面です。
物語では、千利休が茶を点てたり、慕っている若殿様が結婚するとは何てことと、
ねずみの下女が嘆いたり、権頭が源氏物語にちなんだ歌を詠んだりと、
今読んでも面白いお話です。

「おようのあま絵巻」 2巻 室町時代(16世紀) サントリー美術館 (場面替あり)
素朴絵img986 (5)

素朴絵img986 (6)

素朴絵img986 (7)

おようのあま(お用の尼、雑貨を売り歩く尼さん)が侘び住まいする老僧を訪ねてきて、
若い娘を世話しようと持ちかけます。
僧は喜びますが、若い娘と思ったのは実はおようのあま自身だったという、
泣き笑いのお話です。
喜んだ僧が土産に扇を渡している場面です。
掛軸に南無阿弥陀仏と書いてあるので、妻帯を認めた浄土真宗の僧かもしれません。
梅や桜、椿なども咲いて、季節の風情もありますが、建物は透視図法を無視した、
乱暴この上ない描き方なのがご愛敬です。

「付喪神絵巻(つくもがみえまき)」 2巻 室町時代(6世紀) 岐阜市・崇福寺
伽008

伽014

節分の煤払いで不用品として捨てられた、燭台、臼、壷などの古道具類が、
長年のご奉公が報いられなかったと恨んで、人間に復讐しようと妖怪になる、
なかなか面白いお話です。
止めようとした数珠の一蓮を手棒の荒太郎が追い払う場面もあります。
船岡山の奥の長坂に棲み付いた妖怪たちですが、最後は数珠の一蓮の導きで
成仏を遂げます。
モノに対する日本人の感性をよく表した絵巻です。

「伊勢参詣曼荼羅」 2幅 江戸時代(17世紀) 三井文庫
素朴絵img973 (2)

素朴絵img973 (3)

素朴絵img973 (4)

素朴絵img973 (5)

8月4日までの展示です。
人びとに伊勢神宮への参詣を促すため描かれた、伊勢神宮の宣伝絵図です。
内宮側で、宇治橋、五十鈴川のみそぎ、内宮正殿などが見えます。
大量に作られたので、絵も稚拙なところがあります。
左上には二見ヶ浦の夫婦岩や、遥か遠くの富士山も描いてあります。

光琳、乾山、大雅、蕪村、白隠、仙厓など、文化人の素朴絵もあります。

「蜆子和尚図」 仙厓義梵筆 紙本墨画 江戸時代(19世紀) 個人蔵
素朴絵img986 (1)

蜆子(けんす)和尚は唐時代の僧で、年中同じ衣を着て、エビや蜆(シジミ)を捕って
食べていたといいます。
網を持ち、エビを捕まえて実に嬉しそうです。

「雲水托鉢図」 南天棒筆 対幅 大正時代 個人蔵
素朴絵img986 (4)

南天棒とは臨済宗の僧、中原鄧州(1839-1925)のあだ名で、明治の初め頃、
25か所の禅道場に乗り込んで問答を申込み、相手が敗けると南天の棒で
叩きつけたことからこの名があります。
何とも怖ろし気な坊さんの描いた絵ですが、行列をつくって托鉢する姿は
こちら向きと向こう向きで左右対称になっています。
ユーモラスで、博多の仙厓さんの絵と似た趣きがあります。
仙厓にしても白隠禅師にしても、臨済宗のお坊さんはよく絵を描いているようです。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は特別展、「茶の湯の名碗 高麗茶碗」です。
会期は9月14日(土)から12月1日(日)までです。


【2019/07/13 18:42】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「三国志」展 東京国立博物館
上野
chariot

上野の東京国立博物館平成館では特別展、「三国志」が開かれています。
会期は9月16日(月・祝)までです。

img818.jpg


最新の発掘成果を踏まえた、中国古代の魏・呉・蜀、三国についての展覧会です。

会場は撮影可能です。

「関羽像」 明時代・15~16世紀 新郷市博物館
さIMG_0278

劉備に仕えた豪傑、関羽(?-220)の像が展示室の最初に置かれています。

NHKの人形劇「三国志」に登場した英雄たちも展示されています。
さIMG_0294

左から呉の孫権、蜀の劉備(161-223)、魏の曹操(155-220)です。
横山光輝作、「三国志」の原画も展示されています。

「会稽曹君喪軀」磚 後漢時代・2世紀
1976~77年、安徽省亳州市元宝坑1号墓出土 亳州市博物館

さIMG_0306

会稽郡の長官である曹氏の墓と書かれたレンガです。
魏の曹操は曹氏の出身です。

「貨客船」 後漢~三国時代(呉)・3世紀
2010年、広西チワン族自治区貴港市梁君垌14号墓出土
広西文物保護与考古研究所

さIMG_0299

南シナ海に面した広東・広西地方の河川や沿岸を航行した船で、漕ぎ手が並んでいます。
呉は海洋交易を盛んに行なっていました。

「壺」 前漢時代・前2世紀
1968年、河北省保定市満城区中山靖王劉勝夫婦墓出土
河北省文物研究所

さIMG_0301

銅製で、鍍金し、緑色のガラスを嵌めた豪華な壺です。
劉備の祖先とされる中山靖王劉勝(?-前113)夫妻の墓から出土しました。

「倉天」磚 後漢時代・2世紀 
1976~77年 安徽省亳州市元宝坑1号墓出土 中国国家博物館

さIMG_0327

曹氏一族の墓から出土した磚で、「倉天乃死」とも読める字が彫ってあります。
後漢末期の184年に起きた農民反乱、黄巾の乱で唱えられたスローガン、
「蒼天已死 黃天當立 歲在甲子 天下大吉」に似た文言です。

「儀仗俑」 10軀 後漢時代・2~3世紀 
1969年、甘粛省武威市雷台墓出土 甘粛省博物館

さIMG_0320

さIMG_0323

涼州の張将軍という人物の墓から出土しています。
後漢末期の混乱に乗じて台頭した、涼州出身の軍閥の董卓(とうたく、?-192)と
ゆかりがあるかもしれないそうです。

曹丕(右)と献帝(左)
さIMG_0337

曹丕(そうひ、187-226)は曹操の子で、後継者となり、後漢の献帝(181-234)から
帝位を譲り受け(禅譲)、自己の王朝、魏を開いています。
後の中国では禅譲した後に殺されてしまう皇帝が多かったのですが、
献帝は平和な余生を送っています。

「五層穀倉楼」 後漢時代・2世紀 
1973年、河南省焦作市山陽区馬作出土 焦作市博物館

さIMG_0343

墓の副葬品で、2階までは穀物倉、3階以上は物見櫓になった建物の模型です。
河南省焦作市は献帝が余生を送った地です。

「三連穀倉楼」 後漢時代・2世紀 
2005年、河南省焦作市建設銀行工地出土 焦作市博物館

さIMG_0352

こちらはサイロのような穀倉を3つ並べた上に建物が乗っています。

武器の展示コーナーの天井では矢戦が戦われています。
さIMG_0365


「鏃」 後漢~三国時代(呉)・3世紀 
湖北省赤壁市赤壁古戦場跡出土 赤壁市博物館

さIMG_0397

曹操軍と孫権・劉備の連合軍が戦った、有名な赤壁の戦い(208年)で使われたと
思われる鉄鏃です。
漢の時代になると鉄の鏃が盛んに生産されています。

「弩」 三国時代(呉)・黄武元年(222) 
1972年、湖北省荊州市紀南城出土 湖北省博物館

さIMG_0362

弓の部分は失われていますが、木の軸も残っている、珍しい例です。
下の部分は引金、上の部分は発射角度を調節する照準器です。
呉の年号、製作者、所有者、使用者の名が入っています。

「鉤鑲」 後漢~三国時代(蜀)・3世紀 
1998年、四川省綿陽市白虎嘴崖墓出土 綿陽市博物館

さIMG_0388

さIMG_0393

鉤鑲(こうじょう)は手盾の一種で、相手の戟や剣を受け、反撃する武器です。
中央の人物が左手に鉤鑲を持って闘っています。
魏の曹丕は両手に持って戦う、二刀流の技を学んだそうです。

「曹休」印 三国時代(魏)・3世紀 
2009年、河南省洛陽市孟津県曹休墓出土 洛陽市文物考古研究院

さIMG_0438

さIMG_0440

曹休(?-228)は曹氏の一族で、曹丕に従い武将として活躍しています。
三国志に登場する人物の、確かな印章はこれだけだそうです。

「毋丘倹紀功碑」 三国時代(魏)・正始6年(245)
20世紀初頭、吉林省集安市板岔嶺出土 遼寧省博物館

さIMG_0463

さIMG_0465

三国志には魏が高句麗を攻め、占領地に碑を建てたとあり、その破片と考えられます。

「三都賦」
さIMG_0468

西晋の左思(?-307)が魏、呉、蜀の都を描写した「三都賦」を著し、
大変な評判になり、書写する紙の値段が高騰したということです。
「洛陽の紙価を高からしむ」の故事です。

「舞踏俑」 後漢~三国時代(蜀)・2~3世紀 重慶市出土
左:重慶中国三峡博物館 右:四川博物院

さIMG_0483
女性の踊り手が袖をつかんだ右手を上げ、左手で裾を軽く持ち上げています。
当時の踊りの決めポーズだろうということで、宴の賑わいが伝わります。

「犬」 後漢~三国時代(蜀)・2~3世紀
1957年、四川省成都市天迴山3号墓出土 四川博物院

さIMG_0491

墓の前に置かれていて、忠実な番犬といった顔をして、狛犬のようです。

「神亭壺」 三国時代(呉)・鳳凰元年(272)
1993年、江蘇省南京市江寧区上坊墓出土 南京市博物総館

さIMG_0508

青磁の壺で、神亭とは呉から東晋にかけて作られた、墓に副葬する明器のことです。
家や人物、家畜、貯蔵瓶などが積み上がっています。

「羊尊」 三国時代(呉)・甘露元年(265)
1958年、江蘇省南京市草場門外墓出土 南京市博物総館

さIMG_0511

羽根も描かれた、宗教的な意味があったと思われる品で、見事な造形です。

曹操の墓である高陵の間取りも再現されています。
さIMG_0530

高陵は盗掘されていますが、頭痛持ちだったという曹操の頭蓋骨も発見されています。
曹操の遺志によるものか、残された副葬品は質素です。

さIMG_0531

「石牌」 後漢~三国時代(魏)・3世紀
2008~09年、河南省安陽市曹操高陵出土 河南省文物考古研究院

さIMG_0534

名札で、「魏武王」とあり、曹操の墓であることが分かりました。

「罐」 後漢~三国時代(魏)・3世紀 
2008~09年、河南省安陽市曹操高陵出土 河南省文物考古研究院

さIMG_0526

高陵から出土した白磁です。
白磁は6世紀後半に始まるとされていましたが、それより遥かにさかのぼることになります。

「圭、璧」 三国時代(魏)・3世紀
1951年、山東省聊城市東阿県曹植墓出土 東阿県文物管理所

さIMG_0546

曹丕の弟、曹植の墓から出土した品で、父の曹操が古の儀礼を重んじたことから、
伝統的な用具である圭や璧が副葬されたものと思われます。

曹植(192-322)は兄の曹丕と仲が悪く、不遇な生涯を送っています。
優れた詩人でもあり、豆がらを燃やして豆を煮るな(兄弟で争ってはいけない)という
「七歩詩」で有名ですが、「七歩詩」は曹植の作ではないとも言われています。
弟である曹植が自分を豆に、兄を豆がらに例えることはないだろうと思います。

「北園1号墓壁画模写」 車馬行列図、楼閣図 
20世紀(原本=後漢~三国時代(魏)・3世紀)
原本=遼寧省遼陽市北園1号墓出土 遼寧省博物館

さIMG_0474

さIMG_0479

中国東北部の遼陽市周辺に多数残っている、公孫氏の壁画古墳の一つで、
馬車を連ねた貴人の行列などが描かれています。
公孫氏は魏の時代、魏から独立して現在の遼陽市を中心に一帯を支配していました。

「把手付容器」 後漢~三国時代(魏)・3世紀
2008年、遼寧省遼陽市苗圃16号墓出土 遼陽博物館

さIMG_0469

公孫氏が支配した遼寧市に集中的に見られる形で、日本列島の日本海側の石川県や
島根県、鳥取県で似た形の器が出土するそうです。
邪馬台国と卑弥呼について書かれた魏志倭人伝は三国志の中にありますが、
魏から独立していた公孫氏と倭(日本)との交流があったことを示しています。
魏志倭人伝には238年に卑弥呼が魏に使いを送ったとあり、魏では2代か
3代皇帝の頃に当たります。

「晋平呉天下大平」磚 西晋時代・280年
1985年、江蘇省南京市江寧区索墅磚瓦廠1号墓出土 南京市博物総館

さIMG_0573

さIMG_0577

「晋平呉天下」「大平」と彫られています。

魏は265年に蜀を滅ぼし、同じ年に西晋の王、司馬炎が曹操の孫である魏の皇帝、
元宗から禅譲を受けています。
西晋は更に280年には呉を滅ぼし、遂に三国を統一しています。
三国志はこれを受けて西晋の陳寿(233-297)が著した歴史書です。
中国では、王朝が滅亡すると次の王朝が前王朝の歴史(断代史)を記すという
伝統があります。
関羽や諸葛孔明など英雄たちが活躍し、私たちに親しまれている「三国志演義」は
「三国志」を基に後世の明の時代に書かれた歴史小説であり、歴史書ではありません。

三国それぞれの生活、文化や戦いの跡を示す遺物が多数展示されている展覧会で、
観ていて興味が尽きません。

展覧会のHPです。


【2019/07/11 19:44】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「マイセン動物園展」 パナソニック汐留美術館
新橋・汐留
chariot

パナソニック汐留美術館では「マイセン動物園展」が開かれています。
会期は9月23日(月・祝)まで、休館日は水曜日と8月13日(火)〜 15日(木)です。

img716_2019070709523845f.jpg


ドイツのマイセン窯の動物を題材にした作品の展示で、約120件が展示されています。
7月5日に内覧会があったので、行ってきました。

岩井美恵子学芸員の解説を伺いました。
写真は許可を得て撮影しています。
一部の作品以外は撮影可能です。

「四大陸の寓意」 個人蔵
マIMG_0139


女性像「四大陸の寓意〈アジア〉」 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー、
 ヨハン・フリードリッヒ・エバーライン 1820 - 1920年頃

マIMG_0142

乳香の香炉を持ち、ラクダに乗っています。

マイセン窯はザクセン選帝候フリードリッヒ・アウグスト1世(1670-1733、
「アウグスト強王」)の命で1710年に開かれた、ヨーロッパ最初の硬質磁器窯です。
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー(1706-1775)は彫刻家で、アウグスト強王に招かれ、
数多くの作品を手掛けています。
原型の製作年と製品の製作年は異なります。

女性像「四大陸の寓意〈アフリカ〉」 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー  製作年不詳
マIMG_0146

象の頭を被り、象牙を持ち、ライオンに乗っています。

女性像「四大陸の寓意〈ヨーロッパ〉」 
 ヨハン・フリードリッヒ・エバーライン 1820 - 1920年頃

マIMG_0149

ヨーロッパは4大陸の王ということで、王冠を被り、王笏と宝珠を持ち、
白馬を従えています。

女性像「四大陸の寓意〈アメリカ〉」 
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラーなど 1820 - 1920年頃

マIMG_0152

羽根飾りを着け、豊穣の角を持ち、インコを手に乗せ、ワニに乗っています。

四大陸の寓意はミラノのアーケード街、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世ガレリアの
建物の上部にも描かれています。

「四大元素の寓意」 個人蔵

人物像水注「四大元素の寓意〈地〉」
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

マIMG_0163

狩りの女神のアルテミス、牧羊神のパン、狩猟犬などがいます。

人物像水注「四大元素の寓意〈空気〉」
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

マIMG_0166

孔雀を従え、王冠を被った神々の女王ヘラと使いの虹の女神イリスです。
風神の持つような風の袋もあります。

人物像水注「四大元素の寓意〈火〉」 
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

マIMG_0170

マIMG_0241

火を噴くという竜が把手になっていて、地上では山火事に動物たちが
逃げまどっています。
裏には火山が描いてあります。
フリジア帽を被り、フイゴを持つ鍛冶屋の神ヘパイストスと、火を人間に伝えた
プロメテウスがいます。

人物像水注「四大元素の寓意〈水〉」 
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

マIMG_0174

マIMG_0175

海神ポセイドンとメドゥーサです。
馬車を曳く4頭立ての馬や海亀、海蛇、イルカもいます。

「猿の楽団」 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー、ペーター・ライニッケ 1820 - 1920年頃 個人蔵
マIMG_0159

マIMG_0160

マIMG_0234

表情も面白く、人気のシリーズになっています。
衣服によって演奏者の身分の違いも表しているそうです。

左:「花鳥飾プット像シャンデリア」 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー、
 エルンスト・アウグスト・ロイテリッツ 19世紀後半  個人蔵
右:「花鳥飾プット像鏡」 ヨハン・ゴッドリープ・エーダー
 19世紀中頃もしくは後半 個人蔵

マIMG_0237

マIMG_0240

多数のパーツを集めていて、シャンデリアは18世紀のロココ趣味時代の原型に
19世紀の好みを加えてあるそうです。

スノーボールの作品
マIMG_0187

スノーボールは白い小さな花をたくさん咲かせる植物で、マイセン特有の
装飾になっています。

左:「スノーボール貼花装飾蓋付大壺」
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃 個人蔵
右:「貼花狩猟図鹿浮彫蓋付パンチボウル」
 ミシェル・ヴィクトール・アシエなど 1820 - 1920年頃 個人蔵

マIMG_0101

「スノーボール貼花装飾蓋付昆虫鳥付透かし壺」 
 ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃 個人蔵

マIMG_0180

マIMG_0183

マIMG_0182

ポスターにも使われている作品です。
小鳥と一緒にクワガタムシも乗っています。
透かし彫りの中に小鳥が入っているという、とても手の込んだ細工がされています。

「二匹の猫」 ペーター・ライニッケ 1840 - 1860年 ロムドシン蔵
マIMG_0193

写実的な姿で、野良猫なのか、鋭い目付きをしています。

蓋物「コイ」 作者不詳 1850 - 1870年頃 ロムドシン蔵
マIMG_0206

こちらも写実的で、ウロコもていねいに描かれ、ぬめりまで感じます。

20世紀のアール・ヌーヴォーの時代になると、曲線を生かした動物の置物が
さかんに作られます。
イングレイズという、焼成時に絵具を釉薬に染み込ませる技法によって、
柔らかな色調も生み出しています。

マIMG_0112

マIMG_0108

マIMG_0111

マIMG_0233

「毛糸玉と子猫」 エーリッヒ・オスカー・ヘーゼル 1917 - 1923年頃
マIMG_0198

つやつやとした、何とも可愛らしい子猫です。
19世紀の写実的な猫と違い、愛玩動物の可愛らしさを強調しています。

「シロクマ」 オットー・ヤール 1903 - 1923年頃
マIMG_0202

同じ型の大小のシロクマです。
ふさふさとした毛並みが上手く表現されています。

「二匹の猫」 オットー・ピルツ 1934 - 1940年頃 個人蔵
マIMG_0195

一匹は表情豊か、一匹は眠そうにしています。
1934年にはヒトラーが首相になっており、ドイツは暗い時代に入っています。

「ライネケのキツネ」 マックス・エッサー 1924 - 1934年頃 個人蔵
マIMG_0212

マIMG_0217

マックス・エッサー(1885-1945)はアール・デコ時代の作家です。
フランスの「狐物語」を基にゲーテが書いた叙事詩を作品にしています。
森の動物たちをひどい目に遭わせたずる賢いキツネのライネケは、
王様のライオンに取り入って出世を遂げるという物語で、全体では
75点で構成されるシリーズです。
ライネケはドヤ顔をして、群像の頂点に立っています。
ヒトラーも当時の大統領ヒンデンブルクに取り入って、政権を握っています。

「カワウソ」 マックス・エッサー 1927年 個人蔵
マIMG_0221

マIMG_0224

1937年のパリ万博でグランプリを獲得したモデルで、釉薬を掛けていない炻器です。
立ちあがって振り返った瞬間を渦巻状の形で表し、毛並みの手触りまで
見事に再現しています。


マイセンの食器は展覧会でよく見ていましたが、動物を題材にした、これほど多くの
素敵な作品があるとは知りませんでした。

展覧会のHPです。

2011年にはサントリー美術館で「マイセン磁器の300年」展が開かれていました。

「マイセン磁器の300年」展の記事です。


常設展示室のルオー・ギャラリーでは、特別展示「ルオーとジャコメ 
~複製されるイメージ~」を12月15日(日)まで開催しています。

マIMG_0227



所蔵するルオーの油彩画、版画とともに、刷師ダニエル・ジャコメ(1894-1966)の
アトリエによるルオー作品の複製画を展示しています。
ジャコメの複製画の高い品質はルオー自身にも認められていたとのことす。


次回の展覧会は「ラウル・デュフィ展 ― 絵画とテキスタイル・デザイン ―」です。
会期は10月5日(土)から 12月15日(日)までです。

【2019/07/09 19:29】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プロフィール

chariot

Author:chariot
美術館・博物館めぐりとカフェの記事を書いています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード


| ホーム | 次ページ>>