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「モダン・ウーマン―フィンランド美術を彩った女性芸術家たち」展 国立西洋美術館
上野
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上野の国立西洋美術館では日本・フィンランド外交関係樹立100周年記念
「モダン・ウーマン―フィンランド美術を彩った女性芸術家たち」展が開かれています。
会期は9月23日(月・祝)までです。
常設展の観覧券、または「松方コレクション展」の観覧券でご覧いただけます。

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1848年に設立されたフィンランドで最初の美術学校であるフィンランド芸術協会の
素描学校では、創立当初から男女平等の教育が行われ、多くの女性芸術家を
育てたということです。
1917年のロシアからの独立も女性の立場や役割に大きな変化を与えています。


展覧会ではフィンランド国立アテネウム美術館の所蔵する、フィンランドの
女性芸術家たちの作品、約90点が展示されています。
会場は撮影可能です。

ヘレン・シャルフベック(1862-1946)はフィンランドを代表する画家の一人です。
当時ロシア領だったヘルシンキに生まれ、フィンランド芸術協会の素描学校に学び、
1880年には奨学金を得てパリに留学しています。
パリの国立美術学校はまだ女性の入学を認めていない時代だったので、
女性を受け入れているアカデミーで学んでいます。

ヘレン・シャルフベック 「コサック(美しきコサック)」 1878年 油彩、カンヴァス
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初期の作品は伝統に従い、写実的です。

ヘレン・シャルフベック 「母と子」 1886年 油彩、カンヴァス
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パリ留学の成果を披露していて、写実的ですが、外光を意識した作品です。
この1886年のパリでは、最後の印象派展となる第8回展が開かれ、スーラの
「グランド・ジャット島の日曜日の午後」やシニャック、ゴーギャンの作品が
展示されています。

ヘレン・シャルフベック 「フィエーゾレの風景」 1894年 油彩、カンヴァス
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フィエーゾレはイタリアのフィレンツェ近くの町です。

ヘレン・シャルフベック 「祖母」 1907年 油彩、カンヴァス
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やがて形態を単純化した、平面的な画面の作風に変化しています。

ヘレン・シャルフベック 「木こりⅠ」 1910-11年 油彩・カラークレヨン、カンヴァス
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太い描線も使っています。

ヘレン・シャルフベック 「占い師(黄色いドレスの女性)」 
 1926年 油彩・カラークレヨン、カンヴァス

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小気味よく単純化されています。
シャルフベックはファッションにも強い関心を持っていました。

2015年に東京藝術大学大学美術館で開かれた「ヘレン・シャルフベック展」の記事です。


マリア・ヴィーク(1853-1928)はヘルシンキに生まれ、1875年にパリに留学し、
サロンにも出品しています。

マリア・ヴィーク 「教会にて」 1884年 油彩、カンヴァス
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1883年にシャルフベックとともにフランスのブルターニュを訪れています。
伝統衣装の女性を正面から捉えて描いています。
ゴーギャンは1886年からブルターニュのポン=タヴァンに住んでいます。

マリア・ヴィーク 「ボートをこぐ女性、スケッチ」 1892年頃 油彩、カンヴァス
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ボートをこぐ姉のヒルダを明るい夏の光の中で描いています。


エレン・テスレフ(1869-1954)はヘルシンキに生まれ、フィンランド芸術協会の
素描学校に学び、1891年にパリに留学しています。
カンディンスキーの影響を強く受け、明るい色彩とパレットナイフによる
力強い筆遣いを特徴にしています。

エレン・テスレフ 「トスカーナの風景」 1908年 油彩、カンヴァス
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オリーブ畑を描いていて、うねるような激しい筆遣いを見せています。

エレン・テスレフ 「装飾的風景」 1910年 油彩、カンヴァス
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大きな作品で、夏の日を浴びた巨木のかたわらに小さく人が見えます。

エレン・テスレフ 「自画像」 1916年 油彩、カンヴァス
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淡い青色でまとめた自画像です。
テスレフの作品は色彩が印象的です。


シーグリッド・ショーマン(1877-1979)はウクライナ生まれで、1899年から
フィンランド芸術協会の素描学校でシャルフベックらに師事しています。
1909-10年にはフィレンツェでエレン・テスレフと共同制作も行なっています。

シーグリッド・ショーマン 「イタリアの風景、ヴォルテッラ」 1909年 油彩、カンヴァス
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ヴォルテッラはトスカーナ地方の町です。
明るい色彩と単純化された形によって描いています。


エルガ・セーセマン(1922-2007)は現在はロシア領のヴィボルグに生まれ、
フィンランド美術アカデミー(フィンランド芸術協会の素描学校の後進)に学んでいます。
第2次世界大戦後に活躍した画家で、孤独感のある作品を描いています。

エルガ・セーセマン 「通り」 1945年 油彩、カンヴァス
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明るい昼間なのに寂寥感の漂う絵で、人物も孤独そうです。

エルガ・セーセマン 「自画像」 1946年 油彩、厚紙
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目の辺りが暗く、表情が見えないのは、内面の重さ、暗さを表しているようです。

ヘレン・シャルフベック以外は初めて観る作家ばかりでしたが、それぞれに個性があり、
興味深い展覧会です。

・・・・・

上野ABAB横の通りでは、東京芸術大学学園祭で制作された各学科の法被が
展示されていました。

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日本画・邦楽
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油画・打楽器・オルガン・古楽・指揮
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工芸・学理
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建築・声楽
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【2019/09/19 20:13】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「文化財よ、永遠に」展 ブロガー内覧会
六本木1丁目
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六本木の泉屋博古館分館では住友財団修復助成30年記念 、「文化財よ、永遠に」展が
開かれています。
会期は10月27日(日)までです。

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国内外の1000件を超える文化財修復事業に助成を行なってきた公益財団法人
住友財団の設立30周年を記念して、助成によって修復された文化財の一部を
東京国立博物館、九州国立博物館、泉屋博古館(京都)、泉屋博古館分館
(東京)で同時期に展示する企画です。
泉屋博古館分館では仏画や美術工芸品、約50点が展示されています。
9月29日までの前期と10月1日からの後期で、ほとんどの作品が展示替え
されますので、展覧会のHPでご確認下さい。

9月13日にブロガー内覧会が開かれたので行ってきました。
野地耕一郎分館長と泉屋博古館竹嶋康平学芸員の解説を伺いました。

写真は特別の許可を得て撮影したものです。

文化財は必ず経年劣化するので、2~300年に一度、日本画などの場合は100年に
一度は修復が必要だそうです。
絵画の修復は装潢師(そうこうし)という表装(表具)の技術者が行ないます。

「立花図」 伝 王淵 絹本着色 中国・元~明時代14~15世紀 滋賀・聖衆来迎寺
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前期の展示です。
修復してみると、修復前は黒ずんで見えた花瓶は実は透明で、挿してある花の茎も見え、
ガラス器を描いたものだったことが分かりました。
以前の修復の時、絵の裏に貼る台紙のうち、すぐ裏に貼る肌裏紙を暗い色のものに
したため、絵の表面も暗くなってしまったものです。
昔の修復では、いわゆるボロ隠しのため、暗い色の裏紙を使うことがよくあったそうです。
現在の修復では、どの部分をどう直したかの記録を残し、後世に伝えるようにしている
とのことです。

「比叡山真景図」 池大雅 紙本墨画淡彩 宝暦12年(1762) 練馬区立美術館
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池大雅は実際に比叡山に登った後にこれを描いています。
小説家の五味康祐の旧蔵品でしたが、床の間に掛けていた時の雨漏りによる汚れや
皺などがあり、汚れ落としなどに時間がかかって、修復に2年を要したそうです。

「淀川両岸図巻」 円山応挙 
 絹本着色 明和2年(1765) 東京・アルカンシェール美術財団

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京都の伏見から大阪までの淀川の両岸の景色を描いた絵巻です。
落語の「三十石」の舞台にもなった所で、上り下りの川舟も見えます。
川の色の青も鮮やかで、ゆったりと穏やかな眺めです。
伏見から暫くは普通の俯瞰図なのですが、途中から川の両岸ともに
川の中心に視点を置いた図になっていて、そのため南岸は上下が逆になっています。
全長16mの長い図巻で、絹と裏紙では収縮率が異なるため、調節が難しいそうです。

「西洋人樽造図」 司馬江漢 絹本油彩 江戸時代・18世紀末 東京国立博物館
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9月23日までの展示です。
西洋の銅版画に倣って、透視図法を取り入れ、光と影を表し、油絵具に似た絵具を
工夫するなどしています。
修復によって、多くあった皺が直され、表装も新しくなっています。
最近の修復の場合、表装に使った材料などから、どの装潢師の仕事かも分かるそうです。

「五百羅漢図」 右より鬼趣、畜生、人 狩野一信 
 絹本着色 嘉永7年~文久3年 (1854~63) 東京・増上寺

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前期の展示です。
「五百羅漢図」のうち、前期には5点が展示され、後期には別の5点が展示されます。
幕末の絵師、狩野一信(1816-1863)の作で、全100幅で五百羅漢が揃うという大作です。
前期に5点、後期に5点が展示されます。
西洋絵画の影響による極めて濃い彩色で、絹の裏からも色を塗る裏彩色がされています。
修復時に調べると、画面全体に裏彩色されている珍しい例であることが分かったそうです。

2011年に江戸東京博物館で開かれた「五百羅漢―増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師
狩野一信」展の記事
です。

「葡萄蒔絵螺鈿聖餅箱」 木製漆塗、蒔絵 
 桃山時代・16世紀末~17世紀前半 神奈川・東慶寺

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カトリックのミサで聖餅(聖なるパン)を入れる容器です。
イエズス会の印であるIHSの文字も蒔絵で描かれ、葡萄はキリストの血であるワインを
表しています。
宣教師が京都で注文し、ヨーロッパに送られたもので、日本には僅かしか残っていません。
修復時の調査で、容器は正円形であり、ロクロで成形していたことが分かったそうです。

美術品の修復にはさまざまな技術が必要ですが、現在はその継承が難しくなっています。
掛軸などの絵の裏に貼る紙の種類によっては、吉野で一組の老夫婦が漉いているだけ
という厳しい状況にあるそうです。
伝統は何もしなくても伝わる訳ではなく、絶えず労力をかけ続けていかなければならない
ものであることを痛感します。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は「金文―中国古代の文字」展です。
会期は11月9日(土)から12月20日(金)までです。

泉屋博古館分館は2020年1月から改修工事のため閉館し、2021年12月の完成を予定
しているそうです。
改修により、展示室を増築し、講堂も備えるとのことです。


【2019/09/17 18:13】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
第14回「人・形展」 丸善丸の内本店
東京
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丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーでは、
第14回「人・形展」が開かれています。
会期は9月17日(火)までです。

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約50人の作家の方の人形が展示されています。
球体関節人形がほとんどで、妖しさのある作品が多いようです。
先生に師事した方、教室で習った方、独学の方、中には定年退職後に
制作を始めた方もいました。


【2019/09/14 15:19】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部 -美濃の茶陶」展 六本木 サントリー美術館
六本木・乃木坂
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六本木のサントリー美術館では、サントリー芸術財団50周年「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部
-美濃の茶陶」展が開かれています。
会期は11月10日(日)まで、休館日は火曜日です。
会期中、一部展示替えがあるので、展覧会のHPで確認してください。

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室町時代末期から安土桃山時代にかけて、茶器への嗜好が唐物から和物に
変わったことで、美濃焼が注目されるようになります。
そこで、美濃焼も黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部など、さまざまなスタイルを
生み出していきます。


「黄瀬戸大根文輪花鉢」 桃山時代・16-17世紀 相国寺 重要文化財
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黄瀬戸・瀬戸黒の名は、近くの尾張の瀬戸地方が窯業の盛んな地域だったので、
付けられたものとのことです。
黄瀬戸は黄色の釉を掛けた陶器で、銅による緑や鉄による褐色の斑文があります。
大根の絵が彫られ、葉に緑が添えられた、のどかな絵柄で、丁子唐草と梅花唐草で
縁取られています。
実業家で茶人の益田鈍翁の旧蔵です。

「黄瀬戸宝珠香合」 桃山時代・16-17世紀 根津美術館
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宝珠の形をした香合で、天辺の緑色がアクセントになっています。

「瀬戸黒筒茶碗 銘 宗潮黒」 桃山時代・16-17世紀 香雪美術館
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瀬戸黒は白土の茶碗に鉄釉を掛け、釉が溶けた頃に窯から取り出して冷やし、
黒い色を出したものです。
茶碗のみが焼かれ、筒型で、高台が低いのが特徴です。

「志野茶碗 銘 卯花墻(うのはながき)」 桃山時代・16-17世紀 国宝
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志野焼は日本で最初の白釉陶器で、長石釉を使っています。
鉄絵で描いた縦横の線と白い釉を垣根に咲く卯の花に見立てています。
切り立った形で、歪みを持たせ、へらの跡も付け、桃山風の豪快な姿を
しています。
ぷつぷつと気泡の浮いた肌も鮮やかで力強さがあります。
日本で焼かれた茶碗で国宝に指定されているのは、これと本阿弥光悦作の
「白楽茶碗 銘 不二山」の二つだけです。

「志野茶碗 銘 広沢」 桃山時代・16-17世紀 湯木美術館 重要文化財
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釉がなめらかで、輪の形の文様などが浮かんでいます。

「鼠志野茶碗 銘 横雲」 桃山時代・17世紀 湯木美術館
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鼠志野は、鬼板と呼ばれる鉄泥を化粧掛けし、掻き落としで模様を付け、
長石釉を掛けたものです。

「鼠志野鶺鴒文鉢」 桃山時代・16-17世紀 東京国立博物館 重要文化財 
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縁の部分が大きく広がった鉢です。
鬼板を掛け、白く残った部分を川の岩に見立て、掻き落としで鶺鴒(セキレイ)を
描き足すという、遊び心のある意匠です。

「鼠志野柳文鉢」 桃山時代・16-17世紀 サントリー美術館
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こちらは掻き落としで柳を描いています。

「織部州浜形手鉢」 桃山時代・17世紀 サントリー美術館
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織部焼は古田織部の考案で始められたとされています。
食器が中心で、型を使った複雑な形の物も多くあります。
これも型で作った器で、白土と赤土をつなぎ合わせた片身替わりで、
白土には緑釉を掛け、赤土部分には白泥で梅花、輪、菊花、
吊るし柿などを描いています。

「織部松皮菱形手鉢」 桃山時代・17世紀 北村美術館 重要文化財
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松皮菱は松の樹皮の割れに似た形からその名があります。
両側から緑釉で挟んでいます。

「織部南蛮人燭台」 桃山時代・17世紀 サントリー美術館
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高さ約30cmで、緑釉が上着と籠に軽く掛かり、茶人好みの剽げた味わいがあります。
足の部分に燃えさしを入れる引き出しも付いています。
異国情緒あふれる南蛮文化を偲ばせます。

美濃焼を研究し、再現に尽くした荒川豊藏(1894-1985)、加藤唐九郎
(1897-1985)の志野や黄瀬戸・瀬戸黒の作品も展示されています。
加藤藤九郎作の志野茶碗、「紫匂」もあります。
美濃の茶陶の多彩さ、新鮮さを味わえる展覧会です。

展覧会のHPです。


【2019/09/12 19:51】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「奥の細道330年 芭蕉」展 丸の内 出光美術館
有楽町・日比谷
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丸の内の出光美術館では「奥の細道330年 芭蕉」展が開かれています。
会期は9月29日(日)までです。

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松尾芭蕉(1644-94)が元禄2年(1689)3月27日に深川芭蕉庵を発って、
東北から北陸への旅に向かいます。
この旅をもとに紀行文、「奥の細道」が編まれています。
今年が奥の細道の旅に出て330年に当たるのを記念しての展覧会です。

「発句短冊 枯朶に」 松尾芭蕉
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  枯朶にからすのとまりけり秋の暮れ

延宝8年(1680)、深川に移り住んだ頃の句です。
江戸時代、俳句は発句(ほっく)と呼ばれていました。

「発句短冊 櫓声波を」 松尾芭蕉
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  櫓声波を打って腸氷る夜や涙

漢詩の趣きのある句で、冬夜の寒さを詠んでいます。

「発句短冊 ふる池や」 松尾芭蕉
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  ふる池や蛙飛び込む水の音

貞享3年(1686)の句で、蛙の鳴き声ではなく、水音に注目した句は当初から
評判が高く、短冊も多く残っています。

「芭蕉像」 松村月渓 江戸時代
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頭巾を着け、笠を掛け、杖をつき、小腰をかがめて歩く、芭蕉の旅姿です。
松村月渓(1752-1811)は始め、蕪村に南画を学び、後に円山応挙に学んで、
呉春と名乗り、四条派の祖となります。

松尾芭蕉には芭蕉翁というイメージがありますが、芭蕉が奥の細道の旅に出たのは
45歳頃のことです。

「奥の細道 谷中」 小杉放菴 昭和時代
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弟子の曾良とともに深川芭蕉庵をを出立する姿です。

  上野谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし

小杉放菴(1881-1964)は元は洋画家として出発し、小杉未醒(みせい)と
名乗っていました。
フランスに留学し、そこで逆に東洋画に目覚め、帰国後は飄々とした画風の
日本画に転向しています。

「発句画賛 野をよこに」 書:松尾芭蕉 画:森川許六
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  野をよこにむま引むけよほとゝきす はせを

那須野の殺生石に向かう途中、馬子に乞われて詠んだ句です。
森川許六(1656-1715)は彦根藩士で、蕉門十哲の一人に数えられています。
また、絵も得意とし、芭蕉に絵を教えたともいわれています。

「発句自画賛 はまぐりの」 松尾芭蕉
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  はまぐりの生ける甲斐あれ年の暮れ

芭蕉晩年の句で、生き甲斐と活き貝を掛けてあるそうです。
藤井巴水の編集した、元禄6年(1693)刊行の薦獅子集(こもじししゅう)所収です。

「旅路の画巻」 松尾芭蕉 柿衛文庫蔵
芭蕉自筆の旅絵巻で、俳句を書き入れる予定でしたが、その前に芭蕉は
亡くなっています。
上手な絵で、旅人、馬夫、巡礼、渡し舟などが旅景色の中に描かれ、
芭蕉の俳句感をうかがうことが出来ます。

  月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
  舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、
  日々旅にして旅を栖とす。
                              奥の細道序文


芭蕉を敬愛した与謝蕪村、仙厓などの作品や芭蕉が理想とした西行の生涯を描いた
絵巻も展示されています。

「山水図屏風」(部分) 与謝蕪村 宝暦13年(1763) 重要文化財
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与謝蕪村(1716-1783)は俳人ですが、池大雅との合作の「十便図」「十宜図」などの
文人画でも有名です。
画材の高価な絹を調える資金を集めるため、屏風講を弟子たちが開いて作られた
屏風とのことです。

「筏師画賛」 江戸時代 与謝蕪村
文人008

蕪村らしい俳画です。

  嵐山の花にまかりけるに俄に風雨しけれは

  いかたしのみのやあらしの花衣 蕪村

「西行物語絵巻」 第四巻(部分) 絵:俵屋宗達 詞:烏丸光広 
 寛永7年(1630) 重要文化財

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鎌倉時代の絵巻を俵屋宗達が模写したものです。
萩の茂る庵に住む老僧を西行が訪ねる場面です。
萩、薄、女郎花の茂る野を鹿や狐が駆けて行きます。
人の営みも自然の中に溶け込んでいます。

「西行物語絵巻」 第四巻(部分) 絵:俵屋宗達 詞:烏丸光広 
 寛永7年(1630) 重要文化財

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西行の一行が天竜川で渡し舟に乗ったところ、乗り合わせた武士に人数が多すぎるから
下りろと言われ、血の流れるまで打たれますが、抵抗することなく舟を下ります。
弟子の僧が嘆くと西行は、仏門に入った者は仇に仇をもって返してはならないと諭し、
その覚悟の無い者は都に帰れと言って、弟子を追い返してしまいます。
馬を押さえる従者たち、ざわめく客たちなどの様子が活き活きと描かれています。

展覧会のHPです。

・・・・・

深川芭蕉庵のあった、隅田川と小名木川の合流点には現在、芭蕉庵史跡展望庭園が
あります。

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すぐ近くには江東区芭蕉記念館もあります。

そら0051


次回の展覧会は「名勝八景—憧れの山水」展です。
会期は10月5日(土)から11月10日(日)です。

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【2019/09/10 19:31】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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Author:chariot
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