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日本橋三越 親鸞展
三越前
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日本橋三越新館では親鸞聖人750回忌記念企画として「親鸞展」が開かれています。
期間は5月10日までです。

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90歳まで布教を続けた親鸞の事跡について、東西本願寺をはじめ、浄土真宗各派の
寺院や、親鸞が最初に修行した延暦寺からの資料が展示されています。
展示には、山口晃さんによる、五木寛之の新聞連載小説「親鸞」の挿絵も使われています。


「日の丸の御名号」 新潟県 居多(こた)神社
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後鳥羽上皇の命で越後に流罪になった親鸞は、上陸した居多ヶ浜にある居多神社に
参拝したとされています。
その時、日本海に沈む夕陽を観て感動し、日の丸の地に南无阿弥陀仏の名号を
書き付けたものとのことです。
「南無」は「南无」と書かれています。
日の沈む西方に浄土を観る感性を浄土教は持っていることを示しています。


「筑波山餓鬼済度の御影」 茨城県 常福寺
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赦免された親鸞は、師の法然が既に亡くなっているため、京には戻らず、
関東に移って布教しています。
筑波山を訪れた際、餓鬼道に墜ちた者たちを救ったという逸話を描いています。
右上には阿弥陀三尊、上には筑波山が見えます。
筑波山は昔から霊場として有名だったので、逸話の舞台に選ばれたのでしょう。


「善鸞上人御影」 福井県 證誠寺
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親鸞の長男、善鸞の肖像です。
京都に戻った親鸞は善鸞を自分の代理として関東に派遣しますが、
その善鸞は異端の説を唱えたとして、後に親鸞から義絶されています。


「六字名号」複製 新潟県 浄興寺

親鸞自筆の名号とされています。
縦長の小さな紙に、特徴のある筆跡で、二行に分けて書かれています。

 南无阿弥陀仏
 建長七年乙卯五月廿三日 書写之

建長七年は、親鸞82歳の時に当たります。
この筆跡による名号は、浄土真宗の門徒の墓石に彫られたりしています。


「親鸞聖人伝絵」 茨城県 光明寺
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親鸞の生涯を描いた絵巻です。
京都で亡くなった親鸞が荼毘に付される場面です。
会場では臨終の場面が展示されています。


「恵信尼文書」複製 京都府 西本願寺
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親鸞の妻、恵信尼(えしんに)が娘の覚信尼に宛てて書いた手紙です。
これにより、親鸞の事跡が確かめられています。

会場には、東本願寺で報恩講の際に行なわれる坂東曲(ばんどうぶし)の様子が
ビデオで流されていました。
数十人の僧侶が座ったままで大きく上体を揺らしながら念仏などを唱えるもので、
東本願寺独特の行事です。
親鸞が越後流罪の折、荒波に揺れる小舟の中で一心に念仏を唱えたことに由来する
とされています。
弾圧を受けていた踊り念仏が、座って念仏を唱えるように形を変えて、伝わった
のではないかといわれています。


【2010/04/30 00:48】 美術館・博物館 | トラックバック(2) | コメント(0) |
東京国立博物館 「細川家の至宝-珠玉の永青文庫コレクション-」展
上野
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上野の東京国立博物館では、特別展「細川家の至宝-珠玉の永青文庫
コレクション-」が開かれています。
会期は6月6日までです。

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細川家に伝わる文化財の管理のため、第16代細川護立によって1950年に
設立された永青文庫の所蔵品を展示しています。

展示は「第I部 武家の伝統」と「第II部 美へのまなざし」で構成されています。

第I部 武家の伝統

大名としての細川家の歴史を伝える展示です。
足利家を元とする細川家は、細川藤孝が織田信長に仕えて以来、戦国時代を
生き抜き、江戸時代は肥後熊本の大名として続きます。
展示にはありませんが、吉良邸討入り後に預かった赤穂浪士を手厚く遇した
ことでも知られています。

30番 「細川藤孝(幽斎)像」 慶長17年(1612年)
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近世細川家初代となる細川幽斎の、団扇を持ってくつろいだ姿です。
古今伝授を伝えたほどの教養人ですが、大変な腕力の持ち主で、暴れる牛の角を
掴んで投げ飛ばしたことがあると、自身で語っているほどです。

47番 「織田信長自筆感状(与一郎宛)」 天正5年(1577年) 重要文化財
織田信長が幽斎の子、細川忠興の武功に対し与えた、自筆の感状です。
感状(賞賛の文書)をもらうことは武士にとって大変な名誉で、御加増
(給与増額)の元にもなります。
「良く出来ました。これからも頑張りましょう」と書いてあります。

39番 「明智光秀覚書」 天承10年(1582年)
本能寺の変の後、自分の娘(細川ガラシャ)が嫁いでいる細川家が
味方しないと知って、慌てた明智光秀が書いた手紙です。
領地をあげるから、ともかく味方してくれという、悲痛な要請です。

59番 「九曜紋鐘」 安土桃山~江戸時代初期 17世紀
関ヶ原の戦いに先立ち、大阪方の人質となる前に大阪屋敷で自害した
、細川ガラシャを悼んで鋳造した鐘です。
ガラシャはキリシタンだったので、鐘の形も西洋式の朝顔形で、細川家の
九曜紋が鋳出してあります。

61番 「霜女覚書」 正保5年(1648年)
細川ガラシャの侍女だった霜女が、後に需めに応じて、ガラシャの最期の
模様を書き出したものです。
家来に命じ、長刀を使わせて自害したとあります。
キリシタンは自殺を禁じられていたので、家来に斬らせています。

14番 「黒糸威二枚胴具足」 細川忠興所用 安土桃山時代 16世紀
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関ヶ原の合戦で、細川忠興が着用した具足です。
兜に山鳥の尾の羽根飾りを立て、黒毛で錣(しころ)を覆っています。
全体に実用的で簡素な作りですが、草摺の裾の赤色が洒落ています。
細川家の具足の模範となった形です。


第II部 美へのまなざし

第16代当主、細川護立の収集した美術品を中心にした展示です。
こちらの展示も素晴らしく、これだけで展覧会を開けるほどです。

309番 「金銀錯狩猟文鏡」 河南省洛陽金村出土 
    中国戦国時代 前4~前3世紀 国宝

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鮮やかな金色の呪術的な文様の渦巻く、迫力のある鏡です。
騎乗の人物が剣をかざして、虎か豹と闘う様子も彫り込まれています。
細川ミラーと呼ばれています。

325番 「三彩宝相華文三足盤」 唐時代 7~8世紀 重要文化財
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径40cmほどの大きな器です。
綿密に描かれた緑色と褐色の釉薬は、深みのある穏やかな色合いです。

252番 「短刀」 無銘正宗(名物包丁正宗) 鎌倉時代 14世紀 国宝
正宗作の短刀です。
短刀としても短く、幅の広い特異な形から、包丁正宗の名が付いています。

256番 「刀」 金象嵌銘 光忠 光徳(花押) 生駒讃岐守所持 
    鎌倉時代 13世紀 国宝

身幅の広い、堂々とした姿の刀です。
細川護立が初めて購入した刀剣で、母親からの小遣いを前借したとのことです。
国宝級の品を買えるとは、大変なお小遣いです。

261番 「刀」 銘 濃州関住兼定作 室町時代 16世紀
262番 「歌仙拵」 江戸時代 17世紀

細川忠興の愛刀です。
忠興はとても短期な人で、この刀で三十六人の家臣を斬ったそうです。
この刀の拵も、三十六歌仙に因んで、歌仙拵と呼ばれ、拵の基本形の一つに
なっています。
とんでもない命名ですが、仕えている家臣たちも大変だったでしょう。

229番 「達磨図」 白隠慧鶴 明和4年(1767年)
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細川護立は白隠の禅画を多く集めています。
白隠の禅画は、人物の目がぎょろりとして大きいのが特徴です。
超俗的でありながら、ユーモラスで親しみやすさがあります。

249番 「花見図」 仙厓義梵 江戸時代 19世紀
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桜の下では、幕を張って飲んだり踊ったりで、盛り上がっています。
一人一人が何をしているか見ていくと面白いです。
「楽しみハ 花の下より 鼻の下」とあります。
鼻の下とは口のことで、花より団子ということです。

仙厓の禅画には俳画のような洒脱さがあります。
細川護立は仙厓の禅画も集めています。


細川護立は近代の洋画家、日本画家も支援しています。

283番 「黒き猫」 菱田春草 明治43年(1910年) 重要文化財
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朦朧体を経た後の菱田春草の、若い晩年の作品です。
黄金色の柏葉は柔らかな描線で、猫は毛のふわふわした感じまで
表しています。
上に広がる柏葉に対して、下にいる黒い猫が画面を引き締めています。
猫は黒一色ではなく、口のところが分かるように濃淡をつけてあります。
5月16日までの展示です。

297番 「髪」 小林古径 昭和6年(1931年) 重要文化財
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仏画のような端正な線描による、気品のある画面です。
少女の着物の濃い青、帯の赤、頬の薄紅色が絵を晴れやかにしています。
女性の腕の、左右を交差させた置き方は、古代エジプト絵画を参考に
しているとのことで、二人の目の線もエジプト風です。
5月9日までの展示です。

298番 「孔雀」 小林古径 昭和9年(1934年)
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大きく羽根を広げた孔雀の姿を画面いっぱいに描いています。
緑青の鮮やかさを存分に引き出し、丸い模様の金泥も華やかです。
装飾的でありながら端正な、小林古径ならではの画風です。
こちらも5月9日までの展示です。

他にも、能衣装や能面、細川忠興の茶の師だった千利休や細川藩の客分だった
宮本武蔵関係の品など、とても見所の多い展覧会です。


【2010/04/29 10:07】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
丸の内散策 2010/4
東京
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新緑の丸の内を歩いてみました。

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ハローキティのはとバスが通ります。
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こちらはクラシックスカイバスです。
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東京駅丸の内口から皇居前に続く行幸道路が改修され、歩道専用になりました。
皇居側から見たところです。

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アメリカンスタイルのカフェ、「DEAN & DELUCA」です。
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丸の内仲通りの新緑です。
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丸の内仲通りのハンギングバスケットです。
吊るしてある柱には、先日記事にした、三菱一号館美術館で開かれている、
「マネとモダン・パリ展」のポスターが下がっています。

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ミツを集めています。
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「丸の内フラワーウィークス2010「『藤棚のお花見ガーデン』」に、足利市の
「あしかがフラワーパーク」から運ばれてきた藤の花は、寒さで開花が遅く、
最終日でも三分咲きなので、藤の展示期間だけ4月30日まで延長するそうです。

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【2010/04/28 07:20】 街歩き | トラックバック(0) | コメント(0) |
丸の内カフェ ease
東京
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「丸の内カフェ ease」は丸ビルの1階にあります。
場所は千代田区丸の内1-6-4です。

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1階のイベントスペースに面していて、店の外にも席があります。
広い店内は天井が高く、モダンな内装です。
BGMの音量は大きめでした。

エスプレッソのシングル500円を注文しました。

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可愛い角砂糖が付いています。

平日は朝7時30分、土日祝は10時から開いていて、
モーニングセットもあります。

丸の内には、比較的落ち着いた感じのお店の多い中で、こちらは店員さんの
様子、BGMなど、若い雰囲気のお店です。


【2010/04/27 07:01】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大倉集古館 「爽やかな日本美術」展
神谷町・溜池山王
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虎ノ門の大倉集古館では、館蔵品による「爽やかな日本美術」展が
開かれています。
会期は6月6日までです。

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英一蝶 「大井川富士山図」 江戸時代 17~18世紀
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富士山を背景に、大井川を渡る旅人たちを、穏やかな筆遣いで描いています。
涼しそうで、画題として好まれた図柄ですが、実景とは異なり、絵のようには
富士山は見えないとのことです。


「隅田川納涼図」 宮川長亀 江戸時代 18世紀 6曲1双の片方

両国橋の辺りでの舟遊びの風景です。
酒宴を開いている屋形船の看板には住吉丸とあります。
船の名は、攝津から徳川家康に呼び寄せられた漁民たちが佃島に建てた
住吉神社に由来するのでしょう。
別の船では踊りが披露され、船端ではお供の奴さんが居眠りをしています。
田楽売りや猿回しの小舟もこぎ寄せて、大層な賑わいを見せています。


「両岸一覧」 2巻 鶴岡蘆水 江戸時代 1781年

2巻のうち、東巻では隅田川の東岸の景色を川下から川上にかけて、
季節の変化とともに描いています。
永代橋の向こうの家並みには凧が上がり、正月の風景です。
両国橋の上は通る人で大変な賑わいです。
本所の対岸では大名行列が見えます。
吾妻橋の上を鷹匠が通り、季節は秋です。
長命寺、木母寺の辺りは紅葉しています。
千住大橋は雪景色の中で、遠くに筑波山が見えます。


「四季の若草図巻」 2巻 江戸時代 18世紀 

四季の農村風景や作物を描いた絵巻です。
春は羽根突き、花見、筍掘り、夏は茄子、瓜、西瓜の畑、、秋は稗、粟の畑、
葡萄、紅葉狩り、冬は大根、蕪の畑などです。
色々の作物の畑を描き込んでいるのと、どの場面でも小さな子供が遊んで
いるのが特徴です。
絵巻の注文主の希望によるもので、子供の成長を記録しておきたかったのでは
ないかとのことです。

菱田春草 「雨後」 1901年
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画面に西洋画のような空間性を持たせようと、菱田春草たちが試みた、
朦朧(もうろう)体による作品です。
釣舟の他は、柳の若葉や幹も、土手も描線によらずに描いて、雨の後の
まだぼんやり煙った空気を表しています。
今から見れば、別に違和感も無い技法ですが、当時は不評だったということで、
先日観た「エドワール・マネ展」のマネの苦難を思い出します。

川合玉堂 「高嶺の雲」 6曲1双 1909年 
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晩年の穏やかな作風と違って、硬く鋭い筆遣いで険しい山稜を描き出しています。
様式に嵌らずに、写実を追う姿勢は晩年まで一貫しています。

宇田荻邨 「淀の水車」 2曲1隻 1926年 
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水辺の水車という、夏らしい爽やかな情景です。
緑の葉のアシや、タデが風に揺れ、水車は水しぶきを上げて回り、画面に
動きを感じます。
群青と緑青がひと際鮮やかで、水鳥のコサギの白と画面右下にいるバンの黒も
対照的です。
水車の複雑な構造をすっきりした線で描き込んで、装飾的な造型を見せています。


「普賢菩薩騎象像」 平安時代 国宝
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常設展示されています。
優しい顔立ちの菩薩で、袖には金箔を糸のように細く切って貼り付けた
切金(きりかね)模様が見えます。
乗っている象は、仏師も実物を観たことが無いためでしょう、象にしては
体が長いのがユーモラスです。
普賢菩薩は女人往生を説く法華経に登場するため、女性の信仰を集めたそうです。


今年、重要文化財に指定されることになった、大倉集古館所蔵の前田青邨作
「洞窟の頼朝」(1929年)も4月27日から6月6日まで展示されます。
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伊豆で挙兵し、石橋山の合戦に破れた頼朝主従が洞窟に篭っている場面を描いた、
前田青邨の代表作です。
丸く固まって座る主従は、昂然とした表情の頼朝の辺りは明るく、周辺は暗く
描かれ、緊密な画面になっています。
頼朝の着ている赤糸威大鎧など、甲冑の表現も素晴らしく、武者たちの鎧の
千切れた威糸や、矢のほとんど残っていない箙は戦いの激しさを示しています。


【2010/04/26 07:46】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
新宿 珈琲タイムス
新宿
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「珈琲タイムス」は新宿駅東南口近くの小路にあります。
場所は新宿区新宿3-35-11です。

サンプルのケースも置いてある、昔ながらの純喫茶です。

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かなり広いお店で、赤いビロードの小さめの椅子が並んでいます。
棚には各種の新聞が2部づつ揃っていて、読んだお客さんは畳んで元の場所に
しまっています。

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新宿駅に近いこともあって、かなり賑わっています。
新聞をのんびり広げている常連さん風、待ち合わせのカップル、書類に目を
通しているビジネスマンと、お客さんの年齢層も幅広く、地元系と外来系が
混在しています。
場外馬券売り場も近いので、競馬談義で盛り上がっている人たちもいます。


ピラフとコーヒーのセット900円を注文しました。
サラダも付いていて、コーヒーは酸味のある味でした。

ブレンドコーヒーのみは500円です。
テーブルもレトロな銅板風です。

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お店の人の応対も元気です。
盛り場の喫茶店の持つ活気は、渋谷の「アンカレッジ」に似ています。


【2010/04/25 07:17】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
損保ジャパン東郷青児美術館 モーリス・ユトリロ展
新宿
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新宿の損保ジャパン東郷青児美術館では「モーリス・ユトリロ展」が
開かれています。
会期は7月4日までです。

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約90点の作品はすべて日本初公開です。
私が十代の頃、初めて観た美術展がユトリロ展なので、思い出深い画家
でもあります。

モーリス・ユトリロ(1883~1955)の作品は初期のモンマニーにいた時、
パリでの白の時代、有名になってからの色彩の時代に分けられます。

「モンマニーの石切場」 1907年頃
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ユトリロは若い時からアルコール中毒で、作業療法として絵を描くことを
奨められたのが絵を描くきっかけです。
モンマニー時代の作品は3点展示されていますが、どれもかなりの厚塗りです。
すでに建物が描かれていますが、まだ風景の一部です。

「ラパン・アジル、モンマルトル」 1914年
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白の時代に入ります。
街並みそのものが画題になってきます。
この時代に、深い味わいのある作品を多く遺しています。
狭い坂道の脇にある酒場のラパン・アジルは、ピカソやブラックが集った
ということで、ユトリロの作品によく描かれています。

ユトリロの母は、ルノワールたちの絵のモデルになり、後には自分も
画家になったシュザンヌ・ヴァラドンですが、ユトリロのことを構って
くれなかったそうです。
孤独な少年時代、ユトリロは漆喰のかけらをおもちゃにして遊んでいて、
後に、パリの思い出として何を持って行くかと訊かれて、即座に「漆喰」と
答えたとのことです。
作品でも漆喰壁の質感を出すため、絵具に石灰、鳩の糞、卵の殻、砂などを
混ぜていたそうで、漆喰への思い入れは深かったようです。
そういえば、東京の喫茶店やカフェでもフレンチ系のお店は、よく内装を
漆喰壁にしています。

ユトリロの絵を観た後では、現実の風景がユトリロの絵に似せているように
見えることがあり、東京の坂道で古い建物が残っている所があると、
ユトリロの絵を思い出したりもします。
それほど、ユトリロの描く街の風景画は観る人に深い印象を残します。

「サン=ローラン教会、モンマルトル」 1914年頃
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ユトリロは教会建築をよく描いています。
風景としての街並みを描く時とは違って、独立した建築物として描いています。
カトリックへの信仰心を持っていたものの、母親のシュザンヌ・ヴァラドンは
無神論者で、なかなか洗礼を許さなかったそうです。

「カルボネルの家、トゥルネル河岸」 1920年頃
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1919年になると作品が売れ出し、それと共に作風が明るくなって、色彩の
時代に入ります。
色彩が華やかな分、白の時代の沈んだ色調の中の叙情性は消えていきます。
定規で引いたような線が目立ち、透視図法のお手本のような絵が多くなります。

絵が売れたので本人は幸福になったのかというと、そうではなかったようです。
シュザンヌと、ユトリロより年下でシュザンヌと結婚した男はその金でぜいたくに
暮らし、本人は鉄格子の部屋に閉じ込められて、絵を描かされたそうです。

「慰霊碑」 1925年 
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緑色が強く、タッチに荒々しさがあって、ヴラマンクに似たところがあります。
ユトリロの描く女性は腰が大きく張っているのが特徴です。

ユトリロはシュザンヌの奨めで、1935年に結婚しますが、今度は夫人に
病人扱いされて家の中に閉じ込められます。
「助けてくれ」と書いた紙で石を包んで塀の外に投げても、近所の人は
今や有名人となったユトリロの字だというので、大事にしまっておいたそうです。

「サクレ=クール寺院、モンマルトル」 1945年頃
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ユトリロの作品には点景として、よく人物が描かれていますが、この絵のように
女性一人、男女二人、女性二人の五人の組み合わせが多いです。
実景を描いたものではなく、雰囲気を出すための小道具として使われている
ことが分かります。
母親のシュザンヌ・ヴァラドンが力強い線描で人物画を描いているのと対照的です。

何だかかわいそうな人生のユトリロですが、その作品には懐かしさに満ちた
魅力があり、絵に描かれたような雰囲気の裏町を自分も歩いてみたくなります。

展覧会のHPです。


【2010/04/23 08:23】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
備屋珈琲店恵比寿店
恵比寿
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「備屋珈琲店恵比寿店」は、恵比寿東口を出て、山手線沿いに南に行った
左側にあります。
場所は渋谷区恵比寿4-4-11 です。

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30席ほどの店内は、ダークブラウンと白で、すっきりとまとまっています。

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マイセンやロイヤル・ウースターなどのアンティークなカップも飾られています。

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古い掛時計もあります。

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BGMはクラシックです。
コーヒーはペーパードリップで淹れます。

鎌倉が本店で、湘南江ノ島と伊豆高原にも支店があります。
お店の人によれば、こちらは15年ほど前に開店したそうです。
「備屋」の名前は、「すべてが備わっていて、欠けるところが無いもてなし」を
表しているとのことです。

メニューには、シチューやワインも載っています。
店頭販売のみのソフトクリームもあります。

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備流珈琲735円です。

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すっきりとして、飲みやすい味です。
チョコレートコーティングしたナッツが付いています。
カップはウエッジウッドです。

おしゃべりしたり、ケーキを注文しているお客さんも、のんびりした雰囲気です。
ちょっとぜいたくな気分になれる、心地の良いお店です。


【2010/04/22 04:56】 お店 | トラックバック(0) | コメント(2) |
三菱一号館美術館 マネとモダン・パリ展
東京
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丸の内の三菱一号館美術館では、4月に開館した美術館の開館記念展として、
「マネとモダン・パリ展」が開かれています。
会期は7月25日までです。

ブリックスクエアの中庭側の入口です。

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先ず、エレベーターで3階に上がり、各部屋を回りながら作品を鑑賞します。

I. スペイン趣味とレアリスム:1850-60年代

初期のマネはスペインを題材にした作品を描いています。
ナポレオン3世の皇后ウージェニーがスペイン出身で、その頃スペイン趣味が
流行していたとのことです。

「ローラ・ド・ヴァランス」 1862年/1867年以降に加筆
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スペインのバレエダンサーがモデルです。
マネは、当時フランスではあまり知られていなかった、ベラスケスなどの
スペイン絵画の影響を受けていたということです。

腕と脚の線を揃え、構図も三角形で安定していますが、背景は舞台の
大道具の裏側です。
劇場でも見栄えの良い表舞台を使わず、臨場感のある場所を選ぶところに、
古典的絵画とは少し違う、マネの新しさを感じます。

「街の歌い手」 1862年頃
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地味な服を着て、ギターを抱えた流しの歌手が何か果物を口にしています。
これも古典的な安定した構図ですが、社会の下層に生きる人に目を向けています。
「オランピア」のモデルと同じ人をモデルにしています。
スペインのムリーリョも乞食の子供が果物を食べる絵を描いていますが、
それをヒントにしているのでしょうか。

「エミール・ゾラ」 1868年
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ゾラは、サロンで「草上の昼食」や「オランピア」を酷評されたマネを
擁護しています。
ジャポニズムの流行した時代で、大和絵や浮世絵が飾ってあります。
「オランピア」もあるのは、ゾラへの感謝の気持ちを表しているのでしょう。


II. 親密さの中のマネ:家族と友人たち

家族や、後に弟と結婚したベルト・モリゾの肖像、作品の理解者だった
マラルメの詩集のための挿絵などを展示しています。

「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」 1872年
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簡潔な筆遣いで、知的で繊細な人物を見事に捉えています。
胸に小さく、すみれの花束が見えます。
淡い光の中で、色数も抑え、画面を落ち着いたものにしています。
特に黒がシックです。
マネは、「フォリー・ベルジェールのバー」でもそうですが、
黒の使い方がとても上手く、センスの良さを感じます。

「浜辺にて」 1873年
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浜辺の景色を眺めたり、本を読んだりして、くつろぐ男女です。
男性は弟、女性はマネ夫人です。
海の色も明るく、おだやかな雰囲気です。
こちらも簡潔な筆遣いで、夫人の被っている白いヴェールと黒いリボンを
上手くあしらっています。
この頃は鉄道の開通によって、浜辺へのピクニックが流行したようです。
クロード・モネに屋外で絵を描くことを奨めたブーダンも、浜辺に集う
都市の上流階級の人たちを描いています。


III. マネとパリ生活

今度は階段で2階に下ります。
パリという都会の見せるさまざまな様相を描いています。

「ラトゥイユ親父の店」 1879年
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曰くありげな二人を遠くから見つめているのはラトゥイユ親父でしょうか。
都市の生活の一コマを印象派風の明るい色彩で描いています。
マネ自身は印象派の人たちの先輩格で、印象派展には一度も
出品していませんが、逆に印象派的な絵を描くこともあるようです。

「秋(メリー・ローランの肖像)」 1881年
マネ4-18-2010_006

装飾的な水色の背景は、女性の華やかな顔と豪華なコートを際立たせています。
背景の模様は日本の着物をモチーフにしているようで、菊の花が見えます。
メリー・ローランはマネの晩年にモデルになった女性です。

「ル・ペルテイエ街のオペラ座の稽古場」 1872年 エドガー・ドガ
ドガ4-18-2010_009

マネを高く評価していたドガの作品です。
指揮棒を持った座長やヴァイオリンの手を止めた楽士、ポーズを取る踊り子の
動きの一瞬を捉えています。
ドアの向こうの踊り子の半身だけ見えるところなど、写真の登場によって
現われた画面構成です。
マネもドガも都市のブルジョワ出身なので、都会的なセンスには似たところが
あります。


マネの作品をまとめて観ることは中々出来ないので、この展覧会は
とても貴重な機会です。

三菱一号館は元々は明治の事務所建築を復元したものなので、展覧会場としては
手狭ですが、廊下の広い窓から中庭が見えたりして、景色の変化も楽しめます。
 
展覧会のHPです。

2009年に復元竣工した三菱一号館の外観です。

三0035


2009年に三菱一号館が開館した時の記事はこちらです。
中にある、「CAFE 1894」に行った時の記事はこちらです。
丸の内散策の記事にも中庭の写真が少しあります。


【2010/04/21 09:25】 美術館・博物館 | トラックバック(3) | コメント(4) |
庭園美術館建物公開 アール・デコの館-2
目黒
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photo by taro

東京都庭園美術館の建物公開・前回書いた記事の続きです。

庭園美術館の照明器具です。
このシャンデリアは、ルネ・ラリック作です。
館_0075

館_0160

館_0090

館_0127

館1_0234

館_0276

館_0103

館1_0283

館1_0288

館_0261

大広間と大客室に面した所に立っている香水塔です。
中に香水を入れて、内部の照明の熱で香りを発生させていました。
アンリ・ラパンのデザインで、国立セーブル製陶所で製作されています。 
館_0076

以下の5枚は、ルネ・ラリックの作品です。
館_0078

館_0080

館_0151

館_0158

館_0329

イヴァン=レオン=アレキサンドル・ブランショ作の大広間の大理石レリーフです。
館_0324

館_0156

館_0212

ラジエーターカバーです。
館1_0213

イヴァン=レオン=アレキサンドル・ブランショ作の大食堂の壁面レリーフです。
館_0320

2階への階段です。
どの写真にもあまり人は写っていませんが、実際には来館者が多いので、
被写体と程よい距離で撮るのは大変でした。

館_0323


前回も書きましたが、庭園美術館の外観や庭の写真は、2008年9月の
「舟越桂 夏の邸宅展」と、2009年12月の「白金台散策(東大医科学研究所と
東京都庭園美術館)」
の記事に載っています。


【2010/04/19 00:50】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
庭園美術館建物公開 アール・デコの館-1
目黒
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photo by taro

目黒の東京都庭園美術館では4月11日まで、「アール・デコの館」として、
建物が一般公開されていたので、写真を撮ってきました。

庭園美術館は、朝香宮邸として1933年に当時流行のアール・デコ様式で
建設されました。
主要部分はフランス人デザイナーのアンリ・ラパンなどの設計によるものですが、
一部に和様も取り入れています。

1983年から美術館として利用されていますが、建物自体が美術品ということで、
建物公開展が毎年開かれます。

1階の大広間です。
左側に2階への階段が見えます。
館_0073

大客室です。
館1_0222

大食堂です。
館_0317

館_0072

館_0182

喫煙室です。
壁に当時の部屋の写真が貼ってあります。
館_0205

ここからは2階です。
2階は家族の居住空間です。

1階から上がった所にある広間です。
館_0256

殿下の書斎です。
館_0278

館_0124

館_0280

館_0309

3階のウインターガーデンです。
温室として作られています。
椅子はマルセル・ブロイヤーのデザインした、ワシリー・ラウンジチェアです。
世界最初のパイプチェアです。
館_0132

今年の建物一般公開は桜の季節だったので、2階の窓からの景色も華やかです。
館_0241

館_0030

続きは次の回に書きます。

庭園美術館の外観や庭の写真は、2008年9月の「舟越桂 夏の邸宅展」と、
2009年12月の「白金台散策(東大医科学研究所と東京都庭園美術館)」の記事に
載っています。


【2010/04/18 00:08】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
丸善丸の内本店 井堂雅夫の世界展
東京
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丸の内オアゾ内の4階ギャラリーでは、「井堂雅夫の世界展」が4月20日まで
開かれています。

井堂雅夫(1945~)は木版画家で、京都を中心に、日本各地の伝統的風景を
描いています。
明快で穏やかな作風で、木版画の持つ温かみに特徴があります。

今回は、京都、奈良、そして、父祖の地である鞆の浦の風景が展示されています。

「静寂」
井堂4-14-2010_001

春の竹林の柔らかな景色です。
色合いの異なる竹は画面に変化を与え、波のような地面の起伏と、
竹の節の刻みには静かなリズムがあります。
整然とした竹林の中で、伸びようとする筍に動を感じます。 


【2010/04/17 14:00】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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Author:chariot
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