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「ジャコメッティ展」夏休みフェア 国立新美術館
乃木坂
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六本木の国立新美術館では国立新美術館開館10周年、「ジャコメッティ展」が開かれています。
彫刻家、アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)の初期から晩年まで、彫刻、油彩、素描、
版画など、約130点が展示されています。
会期は9月4日(月)までで、火曜日は休館日です。

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展覧会では、後期展示として7月19日から、12点が展示替えされています。

また、夏休みフェアとして、7月21日(金)から、ジャコメッティ展の図録を含むグッズ3,000円
以上(税込)を購入すると、B3サイズのポスター(非売品)のプレゼントがあります。
横長の、犬の彫刻のポスターです。

展覧会のHPです。


【2017/07/31 14:36】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「illy bar 霞ヶ関店」
虎ノ門
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「illy bar 霞ヶ関店」は霞が関の大同生命ビル1階にあります。
場所は千代田区霞が関1-4-2です。

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エスプレッサメンテ・イリーのお店で60席ほど、テラス席もあり、店内は禁煙、
1階のロビーを使っているので、天井も高く、明るく広々としています。
赤を基調にしたイリ―の他のお店とは雰囲気が違います。
2003年のビル竣工時からのお店で、ビジネス街にあり、土日祝はお休みです。

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カプチーノレギュラー390円です。

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都内のいりーは一時に比べ、減ってしまいましたが、活きの良いエスプレッソを飲める
お店が残っているのは嬉しいことです。


【2017/07/30 19:28】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「ナマズが暴れた!?安政の大地震展―大災害の過去・現在・未来」展 駒込 東洋文庫ミュージアム
駒込・千石
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駒込の東洋文庫ミュージアムでは「ナマズが暴れた!?安政の大地震展
―大災害の過去・現在・未来」展が開かれています。
場所は文京区本駒込2-28-21です。

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安政の大地震などの日本や海外の災害を記録した資料が展示されています。
安政の大地震は、江戸末期の安政2年(1855)に起きた安政江戸地震を
中心とする群発地震です。

「日本書紀」 
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允恭天皇年間(416年頃)に起きた地震について書かれており、日本史料最古の
地震記録となっています。
最初の行に「地震」とあります。

「日本三代実録」
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平安時代初期の清和天皇、陽成天皇、光孝天皇の3代について記述した歴史書で、
貞観11年(869)に発生した、東北地方沖を震源とする貞観地震も記録しています。
最初の行に「陸奥國地大震動」とあります。

「日本風俗図誌」
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長崎のオランダ商館長だったイサーク・ティツィング(1745-1812)の回想録で、
1822年にロンドンで刊行されています。
天明3年(1783)の浅間山大噴火についての記述部分で、この噴火では1600人以上が
犠牲になり、現在の鬼押出しを形成しています。

海外の災害の記録もあります。

「リスボン地震被災記録」
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1755年11月1日に発生した、リスボン沖を震源とするマグニチュード8~9の大地震の記録です。
地震と津波、火災で数万人が犠牲となったとされ、リスボンは壊滅的な被害を受けています。

「安政見聞誌」 
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安政2年刊で、安政の江戸地震直後に出された、報道的な書籍ですが、
幕府の出版許可を得ていなかったため、発禁処分となっています。
安政の大地震は安政年間に集中して各地で発生した大地震の総称で、
特に安政2年(1855)の安政江戸地震が有名です。
安政江戸地震は関東地方南部が震源の直下型地震で、江戸は震度6程度、
死者は約1万人と推定されています。
大名屋敷も多く倒壊していますが、山の手の台地は比較的被害が小さく、
埋立地だった下町は被害が大きかったようです。

「しんよし原大なまづゆらひ(新吉原大鯰由来)」
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吉原遊郭の人たちが地震の原因と思われていた大ナマズを懲らしめているところで、
花魁や芸者、太鼓持ちが煙管や三味線、枕で殴りつけています。
ナマズは花魁に乗られて喜んでいて、懲りてなどいません。
提灯に書かれた「五丁町」は吉原遊郭を表します。

「当世仮宅遊」
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吉原が再建されるまで仮営業していた遊郭の賑わいです。
復興需要で潤った、車力(運送業者)や屋根屋がナマズを接待しているところです。

「江戸火災真景の図」
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町火消の消火活動の様子で、町火消の加組に属していた、東都神田住人と称する
人物が書いています。
江戸の消防は幕府に所属する定火消、大名の大名火消、町人によって構成される
町火消がありました。
大名火消としては本郷の加賀藩出入りの鳶職人で編成された加賀鳶が有名です。
町火消は、いろは四十八組と、本所深川の16組で構成されています。
加組は外神田を担当し、纏(まとい)は唐人笠に駒形です。
屋根の上、一番右が加組の纏で、梯子を上っているのは下谷上野を担当する、
わ組のようです。
その左の屋根には浅草や下谷が持ち場の「と・ち・り・ぬ・る・を」組の纏も見えます。
龍吐水(手押しポンプ)は纏持ちが焼けてしまわないよう、纏持ちに水を掛けています。

 芝で生まれて神田で育ち今じゃ火消しの纏持ち


2012年に東洋文庫ミュージアムに行った時の記事です。

東洋文庫ミュージアムのHPです。


【2017/07/29 18:21】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「CAFE DE NATURE (カフェ ド ナチュレ)」  南青山
外苑前
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「CAFE DE NATURE (カフェ ド ナチュレ)」は東京メトロ外苑前駅そばの
青山通り沿いにあります。
場所は港区南青山2-12-12です。

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今年3月のオープンで、全席禁煙、1階は70席ほどで、天井は高く、
落着いたベルエポックの雰囲気です。

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2階に上がる螺旋階段です。

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ブーランジェリーカフェで、いろいろなパンやサンドイッチが並んでいます。

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1つ400円のテリヤキチキンサンドは薄味で美味しく作られています。
これに消費税が付きます。

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グレープフルーツのデニッシュ300円とケークオマロン280円です。

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カプチーの700円と、ブレンドコーヒー600円です。

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どれも美味しく、神宮外苑の銀杏の色付く頃に来るのも良さそうです。


【2017/07/28 21:16】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「水晶と鹿 土屋仁応展」 日本橋髙島屋
日本橋
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日本橋髙島屋美術画廊では8月1日(火)まで、「水晶と鹿 土屋仁応展」が
開かれています。

土屋仁応(つちやよしまさ)さん(1977~)は横須賀市出身で、東京藝術大学
美術学部彫刻科を卒業し、大学院文化財保存学専攻博士課程を修了し、
仏教美術を応用してさまざまの動物の像を制作しています。

展覧会では、鹿をはじめ、猫、犬や神獣などを彫った約20点が展示されています。
樟などに淡く彩色した木彫で、眼に水晶などを入れる、仏像彫刻の玉眼の技法を
用いています。
ふわりとした優しい色と形をしていて、小さな眼に表情があります。

「鹿(c)」(部分) 2017年
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学生時代に見た、高山寺にあった鎌倉時代の木彫、「神鹿」が制作の原点ということです。

同じ日本橋髙島屋で2013年に開かれた、「彩色木彫 土屋仁応展」の記事です。


【2017/07/27 20:10】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「室伸一 ガラス展」 日本橋髙島屋 2017/7
日本橋
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日本橋髙島屋美術工芸サロンでは8月1日(火)まで、「室伸一 ガラス展」が
開かれています。

室伸一さん(1949~)は福岡市飯塚市出身で、金沢美術工芸大学 を卒業し、
色ガラスを使った作品を制作しています。
展覧会では、置物、アクセサリーなどが展示されています。

室さんの作品は家や景色の形をしたものが多く、柔らかみがあります。
見ていると、童話のような夢の世界に誘ってくれます。

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ガラスの塊の奥側を浅く削って、着色しています。
オランダの街並をイメージしているようです。

同じ日本橋髙島屋で2015年に開かれた、「室伸一 ガラス展」の記事です。


【2017/07/27 20:08】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館
新宿
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新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館では、「生誕140年 吉田博展 山と水の風景」が
開かれています。
会期は8月27日(日)までです。

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吉田博(1876‐1950)は福岡県久留米市出身の洋画家で、欧米を中心に海外渡航を重ね、
山岳などの風景を水彩、油彩、木版により多数制作しています。
太平洋画会の設立者の一人であり、海外での人気の高い画家となっています。
展覧会では約200点の作品が展示されますが、7月30日までの前期と8月1日からの後期で、
かなりの展示替があります。

吉田博は旧久留米藩士の子として久留米市に生まれ、絵の才能を見込まれて、
小山正太郎の画塾、不同舎に入っています。
塾では「絵の鬼」と呼ばれるほど修練を重ねていたということです。
不同舎には同じ久留米藩士の子、青木繁と坂本繁二郎も入っています。

「冬木立」 明治27‐32年(1894‐99) 水彩、紙 横浜美術館
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ていねいな写実で、奥行きのある画面になっています。

1899年に中川八郎とともに渡米し、水彩画が思わぬ高い評価を受け、
展覧会で多額の売却益を得て、ヨーロッパ各国も巡っています。
吉田博の海外との関係はこの時に始まっています。

明治35年(1902)には満谷国四郎(1874-1936)らと太平洋画会(現在の太平洋美術会)を
設立しています。
太平洋画会は明治美術会の後進となる団体で、外光派の白馬会に対抗する勢力となります。
明治美術会は日本最初の洋画の美術団体ですが、新しく黒田清輝らの設立した
白馬会との比較で、旧派と呼ばれ、勢いを失っています。
したがって吉田は黒田清輝と仲が悪く、喧嘩をして黒田を殴ったという逸話もあるそうです。

「ヴェニスの運河」 明治39年(1906) 油彩、カンバス 個人蔵
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吉田博は油彩も手掛けています。
2度目の海外渡航による作品で、夏目漱石の「三四郎」にも、この絵と思われる作品の
展示された展覧会に行く三四郎と美穪子の場面が書かれています。

「穂高山」 大正期 油彩、カンバス 個人蔵
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吉田博は山岳を好んで描いていますが、写実を重視し、必ず現場に行って写生をしています。
光の推移、雲の動きなど、実際に見た者でしか描けない迫真性があります。

「雲海に入る日」 大正11年(1922) 油彩、カンバス 個人蔵
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雲海より上の場所からの眺めで、高山を登らないと得られない光景です。

吉田博は大正9年(1920)に新版画の版元、渡辺庄三郎と出会い、木版画を
手掛けるようになります。
新版画とは明治以降の新しい感覚の版画のことで、渡辺庄三郎は伊東深水や
川瀬巴水の原画による木版画を売り出しています。
吉田博は伊東深水や川瀬巴水の作品も飽き足らなく思っていたということで、
より精緻な木版画を追及します。
作品によっては90回も刷りを重ねるという、手間をかけた綿密な制作方法により、
微妙な色調の変化まで表現しています。

「日本アルプス十二題 劔山の朝」 大正15年(1926) 木版、紙 個人蔵
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劔山とは北アルプスの剱岳のことです。
朝日が山頂を照らし出す瞬間を捉えていて、実際に見た感動を描いています。

「瀬戸内海集 帆船 朝」 大正15年(1926) 木版、紙 個人蔵
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吉田博は同じ版木で色を変える、別刷という技法を始めています。
朝日の昇る時間を描いていて、同じ版木で昼と夕方もつくっています。
モネが「積みわら」や「ルーアン大聖堂」の連作で時間の推移を描いたのと似ています。

「渓流」 昭和3年(1928) 木版、紙 千葉市美術館
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水の流れが見事に表現されています。
自ら版木を彫った力作で、歯を食いしばって作業したため、歯を傷めてしまったそうです。

「印度と東南アジア フワテプールシクリ」 昭和6年(1931) 木版、紙 個人蔵
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フワテプールシクリ(ファテープル・シークリー)はインドのムガール帝国時代の都市です。
モスクと思われる建物の中の人物を逆光の中に浮かび上がらせています。
明るい中庭、床の照り返しなど、光の表現が巧みで、異国情緒を醸し出しています。

吉田博の作品は綿密な写実と情感が一体となっていて、親しみやすさがあります。
常に、世界の中での日本版画を意識していたということで、

戦時中に描いた、油彩の戦争画も展示されています。
爆撃や空中戦を上空からの視点で描いていて、自身が飛行機に乗って見た光景を
基にしていると思われます。
川端龍子や小磯良平の戦争画にも、上空から地上を見た景色の新鮮さに触発されたと
思われる作品があります。

戦争が終わると、海外で評判の高かった吉田博の家には進駐軍の関係者が
多く集まったということです。
現在でも海外での人気は高く、居室のダイアナ妃を撮った写真にも壁に飾った
吉田博の作品が映っています。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は「生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ」です。
会期は9月16日(土)から11月12日(日)までです。

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【2017/07/25 19:36】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「ブルーボトルコーヒー清澄白河 ロースタリー&カフェ」
清澄白河
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「ブルーボトルコーヒー清澄白河 ロースタリー&カフェ」に行ってきました。
場所は江東区平野1-4-8です。

地下鉄大江戸線清澄白河駅のホームの壁は、20世紀の江東区の工場で作られた製品の
スクラップでつくられたという、現代アートです。
作者は樋口正一郎さん(1944~)で、近くの東京度現代美術館のイメージにも合っています。

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構内には深川江戸資料館の案内板もあります。

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お店は清澄白河駅から住宅街を南に行った道の右側にあります。

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ブルーボトルコーヒーの日本1号店で、倉庫だった所を改造して、焙煎工場にしています。
天井は高く、窓は大きく、お店の奥にはコーヒー豆が積んであって、いかにも工場といった
雰囲気です。
広いスペースの一角がイートインになっていて、背の高いスツール席の大テーブルが
2つ並んだ、とても簡素な店内です。
お店は混んでいることが多いそうですが、夜7時の閉店の30分ほど前に行ったので、
空いていました。

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ドリップシングルオリジン、ペルー・インカファシ・セドロバンバ550円と
ドリップブレンド、スリーアフリカズ450円です。

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スリーアフリカズは3種類のアフリカ産の豆を合わせてあるということで、濃いめの味です。
ペルーはほのかな甘みがあります。

近所の方らしいお客さんもいて、お店も町になじんだ風情があります。

お店を出て駅までの帰り道、小路には子どもがチョークで遊んだ跡が残っていました。

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【2017/07/23 18:10】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「戦国! 井伊直虎から直政へ」展 江戸東京博物館
両国
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江戸東京博物館では特別展、「戦国! 井伊直虎から直政へ」展が開かれています。
会期は8月6日(日)までです。
会期中、一部展示替えがありますので、ご注意ください。

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井伊直虎や彦根藩初代藩主、井伊直政など、戦国時代の井伊家を中心とした展示です。

「今川家式目」 戦国時代 明治大学博物館
「今川仮名目録」とも呼ばれ、今川氏親によって大永6年(1526)に制定された、
東国では最も古い分国法です。

「伝松下屋敷跡出土遺物」 戦国時代・16世紀 浜松市博物館
今川氏の陪臣だった松下氏の屋敷跡とされる遺跡から出土の陶磁器類です。
豊臣秀吉が藤吉郎時代に一時、松下之綱に仕え、秀吉はこの時の恩に報いるため、
之綱を大名に取り立てています。
出土品の中には藤吉郎が使った皿があるかもしれません。

「井伊直虎・関口氏経連署状」 永禄11年(1568) 
 蜂前神社・浜松市博物館保管 浜松市指定文化財

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直虎の花押の入った唯一の書状で、井伊谷の祝田(ほうだ)郷に宛てて
徳政令の実施を伝えています。
関口氏経は今川氏真の家臣で、直虎は今川氏真の発した徳政令の実施を
拒んでいましたが、今川氏の圧力に抗しきれずに実施しています。
蜂前(はちさき)神社はこの徳政令についての書状を何通も所蔵しています。
永禄11年は織田信長が足利義昭を奉じて上洛した年に当たり、永禄3年の
桶狭間の戦いで今川義元を討って東方の脅威の無くなった信長は美濃近江を攻略し、
上洛を果たしています。


会場は一部、撮影可能です。

「青葉の笛」 戦国時代 寺野六所神社 浜松市指定文化財
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井伊直政の父、井伊直親が信濃から井伊谷に帰る際に奉納したと伝えられています。
井伊直親は永禄5年、今川氏真に松平元康(徳川家康)との内通を疑われて、
誅殺されています。
松平元康は今川氏に属していましたが、桶狭間の戦いの後、今川氏の支配を脱し、
この年に織田信長と同盟(清州同盟)を結んでいます。

「井伊直盛木像」 江戸時代 井伊谷 龍潭寺
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井伊直盛は井伊直虎の父とされ、今川氏に属していましたが、今川義元と共に
桶狭間で織田信長に討たれ、龍潭寺に葬られています。
龍潭寺は臨済宗の寺院で、井伊家の菩提寺です。
自浄寺という名前でしたが、井伊直盛の戒名から龍潭寺と改められています。

「朱漆塗紺糸威縫延腰取二枚胴具足」 桃山時代~江戸時代初期 
 彦根城博物館 滋賀県指定有形文化財

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井伊直政の次男で彦根藩2代目藩主井伊直孝の鎧で、赤色に塗られ、
井伊の赤備えと呼ばれています。
赤備えは武田家の部将によって編成された、武装を赤色で統一した部隊で、
大坂の陣での真田信繁の部隊の赤備えは有名です。
武田家の旧臣たちを召し抱えた直政も部隊を赤で統一しています。
江戸時代の修復で威糸が黒糸から紺糸に替えられています。

「朱地井桁紋金箔押旗印」 桃山時代 彦根城博物館(井伊家伝来資料)
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縦276㎝もある大きな旗で、井伊家の替紋である井桁を金箔で表してあり、
関ヶ原の戦いで使用されたと伝えられています。
関ヶ原の戦いで井伊直政は島津義弘の軍勢を追撃した際に狙撃されて負傷、
落馬し、その傷が元で、翌々年に亡くなっています。


井伊直政と共に徳川四天王と呼ばれた、酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政の
鎧も展示されています。

「朱塗黒糸威二枚胴具足」 安土桃山時代 
 公益財団法人致道博物館 山形県指定文化財

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酒井忠次の鎧です。
酒井忠次は徳川家康の重臣で、子孫は出羽庄内藩主となっています。

「黒糸威胴丸具足」 安土桃山時代 個人・岡崎市委託 重要文化財
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本多平八郎忠勝の有名な鎧で、長篠合戦図屏風でもこの鎧を着けた姿が
描かれています。
隣に並んだ酒井忠次の鎧と比べても、忠勝は立派な体格をしていたことが
分かります。

「茶糸素懸威黒塗桶側五枚胴具足・鉢巻型兜」 安土桃山時代 
 榊神社・旧高田藩和親会管理 上越市指定文化財

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榊原康政の鎧で、兜は鉢巻をしたような形です。
榊神社は榊原家の領地だった上越市にある、榊原康政を祭神とする神社です。

「本多忠勝像」(重要文化財)も展示されています。
展示されている鎧を着て、肩に斃した敵を弔う大数珠を掛けた、いかめしい顔付きの肖像で、
絵師に9回も描き直させてようやく納得したというということです。

戦国の世を生き抜いた武将たちの息遣いを感じる展覧会です。

展覧会のHPです。

次回の特別展は、「徳川将軍家へようこそ」です。
会期は8月11日(金)から9月24日(日)までです。


【2017/07/22 17:40】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「ヴァン ドゥ リュド(VENT DE LUDO)池袋東武店」
池袋
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「ヴァン ドゥ リュド(VENT DE LUDO)池袋東武店」は池袋東武店のレストラン街
ダイニングシティ・スパイス11階にあります。

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店内は30席ほど、通路に面して20席ほどのテラス席があります。

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フランス国家最優秀職人章を受章した製パン講師のリュドヴィック・リシャール氏の
プロデュースするお店ということで、店名は「リュドの風」という意味です。
ブルターニュ出身なので、壁にはブルターニュ地方の民族衣装の人の絵が
飾ってあります。

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ベイクドチーズケーキ550円とセットのコーヒー200円です。

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チーズケーキは華やかな盛り付けで、コーヒーは飲みやすい味です。

こちらはカプチーノ530円です。

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カップはKOYOのCOUNTRY SIDEです。

ブーランジェリーカフェなので、いつかパンのメニューも試してみようと思います。


【2017/07/21 20:08】 お店 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「名刀礼賛 もののふ達の美学」展 六本木 泉屋博古館分館
六本木1丁目
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六本木の泉屋博古館分館では特別展、「名刀礼賛 もののふ達の美学」展が開かれています。

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兵庫県西宮市にある黒川古文化研究所は大坂で証券業を営んでいた、2代黒川幸七の収集した
美術工芸品を研究・展示する機関で、特に日本刀のコレクションは有名です。
展覧会は同研究所の所蔵する名刀約30口を中心に、刀装具も併せて展示するものです。


太刀 銘 国光 鎌倉時代・13世紀 重要文化財
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刀身を短くする磨上げ(すりあげ)が15㎝ほどされているということで、
目釘穴の位置からもそれが分かります。
それでも刃長は80.3㎝あり、かなり長い太刀です。
国光は京都、粟田口派の刀工です。

太刀 無銘(菊御作) 鎌倉時代・12~13世紀 重要文化財
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菊御作(きくごさく)は幕府打倒を目指していた後鳥羽上皇が承久の乱を起こす前に
自ら鍛えたとされる太刀で、茎(なかご)に菊の紋が彫られていることからこの名があります。
相槌を勤める刀工によって作風が異なり、この太刀は備前と思われるそうです。

太刀 銘 備前国長船住景光 鎌倉時代・14世紀 重要文化財
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長船(おさふね)派は備前国長船を拠点に活動した一派で、景光はその代表的な刀工です。
展覧会では備前の刀剣、23口が展示されています。

他に、来国俊の短刀(国宝)、伝貞宗の短刀(国宝)、郷義弘の脇指、井上新改の刀なども
展示されています。


浦上玉堂や渡辺崋山、椿椿山など、武士の描いた絵画作品の展示もあります。

徳川斉脩 「牡丹小禽図」 文化11年(1814) 泉屋博古館蔵
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7月2日までの展示です。
徳川斉脩(とくがわなりのぶ 1797~1829)は水戸徳川藩第7代藩主で、
学問芸術に秀でていましたが、病弱で若くに亡くなっています。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は特別展、「浅井忠の京都遺産」です。
会期は9月9日(土)から10月13日(金)までです。

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【2017/07/20 21:37】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
『藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!』展 東京藝術大学大学美術館
上野
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上野の東京藝術大学大学美術館では東京藝術大学創立130周年記念特別展
『藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!』が開かれています。
会期は9月10日(日)までで、第1期は8月6日(日)まで、第2期は8月11日(金)からです。

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先ず、名品の展示です。

「絵因果経」 天平時代 8世紀後半 国宝
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第1期の展示です。
5世紀に漢訳された、釈迦の前世の善行から現世で悟りを開くまでの伝記である、
過去現在因果経を絵入りの経巻にしています。
上段に釈迦の物語が素朴な表現で描かれていて、後の絵巻物につながる形と
考えられます。
東京美術学校が最初に収集した日本画でもあります。

「浄瑠璃寺吉祥天厨子絵 弁財天および四眷属像」(全7面のうち) 
 建暦2年(1212) 重要文化財

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第1期の展示です。
元は京都浄瑠璃寺の重要文化財、「木造吉祥天立像」(鎌倉時代)を納めた厨子の
扉および背面板です。
これは正面板で、八臂(腕が8本)の弁財天を中心に、向かって右上に正了知大将、
左上に宝賢大将と思われる神将が立ち、右下に堅牢地神が鉢を持って、
左下に訶利帝母が柘榴の実を持って坐しています。

高橋由一 「花魁」 明治5年(1872) 油彩・麻布 重要文化財
高008

モデルは新吉原稲本楼の評判の名妓、小稲(こいな)で、その頃、23・4歳だったという
小稲は豪華な衣装に身を包み、髪を後ろに垂らす下げ髪という髪型を結い、
べっ甲のかんざしを差せるだけ差した晴れ姿で臨んでいます。
しかし描かれた顔は、目は細く、頬骨は高く、あごは尖り、唇の端は吊り上がり、
髪に張りがありません。
美化などせず、写実を徹底しようとした結果ですが、妙に生々しい絵になっています。
小稲自身もこの絵を見て、「私はこんな顔じゃありません」と、泣いて怒ったそうです。
涼やかな日本女性を描き出した黒田清輝の「湖畔」が描かれるのは25年後の
1897年ですから、まだまだ道は遠いようです。

高橋由一 「鮭」 明治10年(1877)頃 油彩・紙 重要文化財
高002

高橋由一の代表作です。
長さ120㎝という大きな鮭で、洋画では珍しい極端に縦長の画面に描かれています。
日本人は掛軸を見慣れているので、縦長でも違和感は無かったのかもしれません。
皮のたるみ、塩の粒、縄のほつれまで克明に描かれ、身の赤がとても印象的です。

浅井忠 「収穫」 明治23年(1890) 重要文化財
芸007

こちらも美術の教科書でなじみの作品で、フランスに留学する直前に描かれています。
何気ない農村風景を黄金色の中に温かく描き出しています。

黒田清輝 「婦人像(厨房)」 明治25年(1892)
美術009

フランス留学時に定宿だった家の女性を描いています。
色彩は明るいのですが、冬の情景なので、冷たい空気も感じます。
黒田清輝は元々、法律を学ぶためにフランスに留学したのですが、絵画に転向し、
師のラファエル・コランに学んだ外光派の技法を日本にもたらします。
外光派とは従来のアカデミズムの中に印象派の明るさを取り入れた画家を指します。

 狩野芳崖 「悲母観音」 明治21年(1888) 重要文化財
芸006

第1期の展示です。
観音菩薩は中空で水瓶を傾け、その下で童子が観音を見上げています。
仏画を基本にしていますが、西洋風の空間表現も取り入れ、近代日本画の
先駆となった作品です。
狩野芳崖の絶筆で、未完のままで芳崖が亡くなったので、盟友の橋本雅邦が
仕上げています。
狩野芳崖は幕末に狩野派を学び、明治には東京美術学校の設立にも関わった
フェノロサに見出されていますが、東京美術学校の教官就任を前に亡くなっています。

菱田春草 「水鏡」 明治30年(1897)
菱田009

第1期の展示です。
22歳の時の作品です。
天女が紫陽花の枝を持ち、水鏡に自分の姿を映しています。
天女も永遠には若くなく、やがては衰えるという、天女衰相を表したとのことで、
色の移ろいやすい紫陽花を添え、水は濁って描いたそうです。
古画の模写などで得たであろう線描の技量は高く、堂々とした作品です。

前田青邨 「白頭」 昭和36年(1961)   
芸img001

第1期の展示です。
白桃を横に置き、画架の前に端座する晩年の自画像で、深い精神性を見せています。
前田青邨は日本画の特質である線描を極めています。
東京藝術大学の教授も勤め、平山郁夫、守屋多々志、小山硬などを育てています。

小倉遊亀 「径」 昭和41年(1966)   
院012

力強く簡潔な画面の中に女性らしい優しさが感じられます。
2人と1匹の足並みも揃って、リズムがあります。
むかし、こんな形の折り畳みカゴがあったのを思い出します。
新鮮でモダンな現代日本画です。


平櫛田中のコレクションである彫刻も展示されています。

「花園に遊ぶ天女」 橋本平八 昭和5年(1930)
彫006

高さ121.7cmの木彫で、全身に花模様が浅く線彫りされ、唇は赤く彩色されています。
近代的な雰囲気をたたえた作品で、モダンなアールデコ風のヘアスタイルをしています。
右足を少し上げた姿は軽やかです。
橋本平八(1897-1935)は三重県生まれで、彫塑部があった頃の院展などに
出品していましたが、38歳で早世しています。

「日本婦人」 1880-81年 石膏 重要文化財
たすき掛けをした当時の日本女性の姿を写実的に表しています。
左胸が見えるのは、着物の部分の石膏が壊れてしまったためです。

「日本婦人」 1958年鋳造 ブロンズ
ラグーザ010

石膏像から鋳造したものです。
他に何点か、石膏像とそれから鋳造したブロンズ像が展示されています。
石膏とブロンズでは雰囲気が違い、石膏像はリアルで、ブロンズ像は重厚な
感じです。


東京美術学校・東京藝術大学の卒業制作が展示されています。

横山大観 「村童観猿翁」 明治26年(1893)
美術002

第1期の展示です。
横山大観は東京美術学校の第1回の卒業生で、1896年の図案科の新設時には
教官となっています。
この作品は美術学校の卒業制作で、猿使いの男は教官の橋本雅邦、子供たちは
大観ら同級生とされています。

白滝幾之助 「稽古」 明治30年(1897)
芸002

白滝幾之助(1873-1960)は兵庫県出身で、山本芳翠、黒田清輝に師事した後、
東京美術学校に入学しています。
この作品は第2回白馬会展に出品され、翌年に卒業制作として学校買入れされています。
黒田清輝に倣った外交派の作品で、夏の下町の情景です。
やや体を傾けて自分にはまだ少し大きい三味線を弾いている子や、どっしり構えた
お師匠さんの様子がうまく描かれています。

和田英作 「渡頭の夕暮」 明治30年(1897)
芸img002 (6)

和田英作(1874-1959)は東京美術学校で黒田清輝に学び、西洋画科の
最初の卒業生となっています。
外交派の画風で多摩川の矢口の渡しを描いています。

杉山寧 「野」 昭和8年(1933) 
芸img002 (1)

第2期の展示です。
卒業制作で、薄の繁る野原に埋れるようにして遊ぶ子供たちの情景です。
活き活きとした線描で、遠景の描写も行き届いています。
1932年に描いた「磯」や1934年の「海女」にしてもこの作品にしても、
若い時の作品は後年とは違った冴えがあります。


修復された作品の展示もあります。

小磯良平 「彼の休息」 昭和2年(1927)
芸008

東京美術学校の卒業制作です。
表面に塗ったワニスが黄色くなり、亀裂も生じていたので、ワニスを
塗り替え、亀裂の補修も行なっています。
作品のモデルは神戸第二中学校以来の友人の竹中郁で、ラガーシャツ姿で
休んでいるところです。
神戸では外国人によって伝えられたラグビーが早くから根付いていたそうです。
小磯良平はその頃マネを熱心に研究していたので、マネの画集も置いてあります。
勢いの良い作品で、シャツやソックス、パラソルの縞模様が眼を惹きます。
さすが神戸らしい、1927年とは思えないモダンな雰囲気があります。

「ガリバルディ騎馬像」 1888-92年頃 
ラグーザ007

ヴィンチェンツォ・ラグーザ (1841-1927)はイタリアのシチリア出身の彫刻家で、
1876年(明治9年)に開設した工部美術学校の教師として招かれ、日本人に初めて
西洋彫刻を教えます。
来日の前にガリバルディのイタリア統一義勇軍にも参加しています。
イタリアに帰国後、ガリバルディ騎馬像制作のコンクールに優勝した時の習作で、
ガリバルディ・シャツを着ています。
石膏像で、完成したブロンズ像はパレルモの公園に建っています。

青木繁 「黄泉比良坂(よもつひらさか)」 明治36年(1903)
芸10-14-2009_007

第1期の展示です。
A3ほどの縦長の画面で、色鉛筆、パステル、水彩絵具が使われている
そうです。
古事記に出てくる、男神イザナギが黄泉の国から逃げ出し、女神イザナミが
それを追う場面です。
地上に出て、頭を抱え、背中を丸めて逃げる男の背中には明るい日の光が
当たっています。
追う女は暗い青緑の穴の中から手を延ばして、男を捕えようとしています。
よく観ると、女は何人もいて、穴の底へ転がり落ちる様が描かれています。
神話を、人間の宿命のドラマとして見せています。

上村松園の代表作、「序の舞」も現在補修中で、来年春には軸装から
額装に替えて、展示されるそうです。

東京藝術大学の卒業制作である自画像も何点か展示されています。

村上隆 「自画像」 紙本彩色 昭和61年(1986)
芸img002 (5)

現在に比べてスリムな体形で、前を見つめています。

山口晃 「自画像」 カンバス、油彩 平成6年(1994)
芸img002 (4)

神護寺蔵の伝平重盛像の中に納まって、いたずらっぽい顔をしています。

松井冬子 「自画像」 紙本彩色 平成14年(2002)
芸img002 (3)

表現に苦しみ、涙を流しながら描いたそうです。


藤田嗣治の資料の展示もあります。
君代夫人の寄贈によるもので、日記や戦後のアメリカ行きのパスポート、藤田嗣治が
公職追放者でない旨を記した総理大臣名の証明書など、興味深い資料の展示です。

展覧会のHPです。


【2017/07/18 19:39】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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Author:chariot
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