「文化都市 千代田 -江戸の中心から東京の中心へ-」 千代田区立日比谷図書文化会館
霞ヶ関・内幸町
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日比谷公園の千代田区立日比谷図書文化会館では「文化都市 千代田
-江戸の中心から東京の中心へ-」が開かれています。
会期は3月11日(日)までで、観覧は無料です。

千代田001


江戸から明治への千代田区の移り変わりについての資料が展示されています。
学芸員による展示解説も何回か行なわれているので、私も行ってきました。

「西洋いろはづくし」 歌川芳虎 明治初期
千代田003

絵に英単語と仮名を付けてあります。
猿がAMONEY(あもねい)となっているなど間違いもあって、明治初めの
あわただしさを見せています。

「開花旧弊興廃くらべ」 歌川芳虎 明治15年
新しい文物と日本古来の品が戦っている様を描いた漫画です。
ランプが行灯を、人力車が駕籠を、郵便が飛脚を圧倒したりしています。
その中で米俵だけはナンキン米を投げ飛ばしていて、日本の米は健在です。

「金物問屋紀伊国屋三谷家の資料」
三谷家は紀州出身で紀伊国屋を名乗り、江戸時代初期に金物業を開業し、
明治維新も乗り越えてきた商家です。
日露戦争では真鍮薬莢の製造も行なっていて、展示室には砲弾の薬莢も展示
されています。
10代目三谷長三郎は神田の教育界に貢献し、小学校の林間学校を開催したり、
映写機やピアノを寄贈しています。
外神田の宮本公園には三谷長三郎の銅像も建っています。

江戸の商家も、明治維新の波に呑まれて没落した家もある一方で、存続に成功した
家もあったことが分かります。

「小笠原家の資料」
千代田002

小笠原家は小倉藩小笠原家の縁戚で、裏二番町に659坪の屋敷があり、
お稲荷さんの祠を祀っていたそうです。
伏見稲荷の社家からこの稲荷に正一位稲荷大明神の称号を授けられたことを
証する、安政3年の書面です。

「田村恒寿(つねひさ)の資料」
自筆履歴書などが展示されています。
田村恒寿は嘉永5年生まれで、安政5年から慶応元年まで、「江都昌平校で
漢学修業」とあります。
昌平校は昌平坂学問所のことです。
その後、慶応3年まで小川町兵営で仏蘭西歩兵科を伝習しています。
明治維新後には小学校教育に携わり、神田小学校(今の千代田小学校)の
初代校長を勤めています。

「佐野直勝の資料」
琉球藩の辞令などが展示されています。
東京藩邸の取次番に雇用されていますが、月給6円でかなり薄給です。
琉球藩は廃藩置県の翌年の明治5年に政府の命令で琉球王国を廃して
立てられた藩で、明治12年まで存続しています。
佐野家はその後、千代田区の地主として長く存続したそうです。

旧幕臣の家にとって明治維新は大きな試練だったようです。

「南北奉行所の資料」
南町奉行所吟味方、佐久間家の口伝を記録し、活字にした資料もあります。

「拷問は濫りに行ふ者にあらずして御詮議方第一厚く心掛くへき勤向に候。
凡罪人を調るに古言にもある如く其罪を憎み人を憎まずと申如くよく之を服膺致し
必己の功を思ふて罪に落すべからず。」

江戸文化の厚みを伝える言葉です。

他にも興味深い資料が多く、学芸員の方の解説も参考になって面白い展覧会でした。

日比谷図書文化会館のあたりは江戸時代は盛岡藩の上屋敷だったそうです。
都立だった日比谷図書館は千代田区に移管され、きれいに改修もされて、
千代田区立日比谷図書文化館として2011年の11月に再オープンしています。

1階には丸善の経営する「ライブラリーショップ&カフェ日比谷」、地下には
「ライブラリー&ダイニング日比谷」もあります。

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【2012/02/26 02:34】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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