「生誕100年 船田玉樹展」 練馬区立美術館
中村橋
chariot

練馬区立美術館では、「生誕100年 船田玉樹展」が開かれています。
会期は9月9日(日)までです。

船001


船田玉樹(ふなだぎょくじゅ:1912-91)は広島県出身の日本画家で、
戦前から戦中には前衛的な作品を発表し、戦後は郷里に篭もって、
スケールの大きな作品を描いています。
副題も「異端にして正統、孤高の画人生」となっていて、約200点が
展示されています。

船田玉樹は油彩画の勉強に上京しますが、琳派の華麗な作品に感動して
日本画に転向します。

速水御舟に師事しますが、すぐに御舟が亡くなったため、院展の同門の
小林古径に師事します。

1938年には、山岡良文、山崎隆、田口壮、丸木位里、岩橋英遠らと
歴程美術協会を結成し、前衛的な日本画を追求します。

「花の夕」 四曲一隻 1938年
前007

第1回歴程美術協会展の作品です。
描かれているのは満開の枝垂梅でしょうか、花弁は赤と白の大きな丸を
塗って表すというモダンさです。
大きな銀色の月を背後に置いて、琳派の装飾性も取り入れています。

この絵は2011年に東京国立近代美術館で開かれていた、『「日本画」の前衛 
1938-1949』展でも紹介されていました。

『「日本画」の前衛 1938-1949』展の記事です。

その後1年余りで、丸木位里、岩橋英遠とともに歴程美術協会を脱退しています。

「紅葉」 1941年
船005

横140cmの大きな作品で、画面の下から燃え上がるような紅葉の表現が
印象的です。
船田玉樹の作品の画面構成は常に大胆です。

「暁のレモン園」 四曲一隻 1949年
船004

院展への出品作で、レモンが点々と蛍のように光る幻想的な光景です。
植物で隙間無く画面を埋め尽くす描き方は、「花の夕」やその後の作品にも
見られる船田玉樹の特徴です。

「雪の灯ともし頃」 1950年
船006

縦180cmの長い画面で、雪を被った屋根を塊りとして捉え、遠くをぼんやり
描く空気遠近法を使って奥行きを出しています。

「残照」 1956年
船008

縦236cmの大作で、院展の出品作です。
厚塗りで樹木を描いた画面はシュルレアリスムのマックス・エルンストに
よく似ています。
この頃はいろいろと試していたのでしょう。

船田玉樹の院展への出品作がだんだん大きくなってきて、そのことを
注意されたのに反発し、1964年に院展を脱退して、サイズの制限の無い
新興美術院に移ります。
この新興美術院も1974年に脱退し、以後は無所属となります。

「竹林」 1974年
船007

新興美術院展への出品作で、細かい墨の線でびっしり竹の葉を描き込んでいて、
何か迫ってくるものがあります。

1974年、62歳のときにクモ膜下出血を起こし、右半身が不自由となって
しまいます。
しかし右手を使うことにこだわり、油彩で自画像を描く練習から始めて、
細かい筆使いが出来るまで回復します。

「自画像」 1975年頃
船003

油彩画で、リハビリ中の作品です。
うっすらと開いた目に描くことへの執念を感じます。

「枝垂れ桜」 二曲一双 1986年
船009

船010

手が不自由だったとは思えないほど細かく枝を描き込み、濃淡を付けて
立体感も出しています。
晩年の船田玉樹の作品は細密でありながら豪華絢爛な作風で、とうとう
ここまで来たのかという感じです。

船田玉樹は一方で、水墨による河童の絵を多く描いています。

「ねむれない夜は」
船002

自作の詩も添えられていたりします。
中学時代から吉井勇や与謝野晶子に傾倒していたとのことです。

「月下酒宴
満月の下で二匹の河童が徳利を持って酒宴を開いていて、お皿には魚も
載っています。
飄々とした味わいのある絵です。


船田玉樹は速水御舟に会って自分の絵を見てもらった時の御舟の言葉を
覚えています。

「これは干菓子の美である。もっと真裸になって、泥まみれになり、
のたうちまわってよいのではないか。どんなにしても君のものはなくならない。
そうすることで生長するのだ。君は良い素質をもって生れて来ている。
このことは君の大変な幸せだと思ふ。」

たしかに船田玉樹の軌跡を見ると、試行錯誤や挫折の後に頂上に辿り着いた
という感じです。

他にも速水御舟、小林古径、安田靫彦、丸木位里、岩橋英遠らの作品も展示され、
船田玉樹の画業の全容を観ることの出来る展覧会になっています。




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【2012/08/27 00:02】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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  • Yoshio Idaさん、こんにちは。
  • 船田玉樹の作品には何かを一途に追求している姿勢が見られます。
    速水御舟の言った言葉を忠実に実行していったのでしょう。
    詩にも傾倒していたということなので、繊細な心の持ち主だったと思います。
    河童の絵にそれがよく表れています。

    【2012/08/28 06:15】 url[chariot(猫アリーナ) #/8nqih4Y] [ 編集]
  • 昨日、練馬区立美術館に行って見ました。
    滅多に美術館などいかない身としては、新鮮な経験でした。
    多様さ、試行錯誤の跡が見えるだけでなく、大きな作品でもその人となり故かその繊細さが芯として感じられて良かったと思います。
    個人的には「夜雨」と言う作品が一番移入できる作品でした。

    【2012/08/27 08:01】 url[Yoshio Eda #-] [ 編集]
    please comment















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