「描き継ぐ日本美-円山派の伝統と発展」展 大手町 三の丸尚蔵館
大手町
chariot

宮内庁三の丸尚蔵館では所蔵品による「描き継ぐ日本美-円山派の伝統と発展」
展が開かれています。
前期は10月14日(日)まで、後期は10月20日(土)から11月11日(日)までです。
休館日は月曜・金曜で、入館は無料です。
10月8日(月・祝)は開館し、10月9日(火)は休館します。

円山001


三の丸尚蔵館は皇居東御苑内にあり、皇居の大手門を入ってすぐの所です。
皇室の所有していた美術品類が平成元年に国に寄贈されたのを機に設立
されています。

この展覧会では京都で写実の画風を打ち立てた円山応挙(1733-1795)に
始まる円山派の作品が展示されています。

上の目録の図版は後期展示の村瀬玉田の六曲一双屏風「秋暮」(1916)です。

「唐子睡眠図」 長沢芦雪 江戸時代中期(18世紀)
円山008

長沢芦雪(1754-1799)は応挙の弟子で、応門十哲に数えられています。
師の応挙とは異なる奔放な画風で有名ですが、この作品はおだやかな写実です。
描線の太さや濃さに変化を付けていて、団子鼻に可愛さがあります。

「朝顔狗子図」  山口素絢 寛政4年(1792)
円山009

山口素絢(やまぐちそけん)(1759-1818)は応挙の弟子で、応門十哲に
数えられています。
可愛らしい子犬は応挙の得意とした画題で、以後の円山派に受け継がれています。

「群猿之図」 川端玉章 明治23年(1890)頃
円山002

川端玉章(1842-1913)は応挙の孫弟子の中島来章に入門しています。
東京に出て高橋由一から洋画も学び、後には東京美術学校の教授も勤めています。
大きな作品で、うねるように上昇していく岩と藤の木には勢いがあり、それに
取り付く猿たちの動きを上手く捉えていて、見応えのある作品です。

「画帖」 川端玉章、村瀬玉田 明治20年代前半
川端玉章
円山003

川辺の夕涼みの賑わいです。

村瀬玉田
円山004

秋の果物をすっきりした写実で表しています。

村瀬玉田(1852-1917)は応挙の弟子、呉春の始めた四条派の画家で、
川端玉章と同じく東京に出て活動しています。
画帖は3冊68図あり、玉章が35図、玉田が33図で、花鳥、名所、古典、宮廷儀式など
さまざまな画題が描かれていて、二人の領域の広さを示しています。

「晴天鶴」 三幅対 山元春挙 大正5年(1916)
円山005

山元春挙(1872-1933)は応挙の孫弟子の森寛斎に学んでいます。
明治40年(1907)の文展の開設にあたっては竹内栖鳳らとともに審査委員を
勤めています。
裕仁親王の立太子の礼に際し、貞明皇后より贈られる品として描かれた作品です。

「和暖」 竹内栖鳳 六曲一双 大正13年(1924)
右隻
円山007

久邇宮良子女王(香淳皇后)の御成婚を祝って京都府より献上された屏風です。
鹿のやわらかな毛並みまで表されていて、左隻には2頭の鹿がうずくまっています。

竹内栖鳳(1864-1942)は応挙の孫弟子の幸野楳嶺に師事し、西洋画の技法も
採り入れ、京都画壇の代表者となっています。

作品の数は少ないですが、円山応挙から竹内栖鳳にいたる円山派、四条派の
流れをつかむことの出来る展覧会です。


ちょうど、恵比寿の山種美術館では、「竹内栖鳳―京都画壇の画家たち」が
11月25日まで開かれているところです。

「没後70年 竹内栖鳳―京都画壇の画家たち」展の記事です。




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【2012/10/07 00:05】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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