「夏目漱石の美術世界展」 東京藝術大学大学美術館
上野
chariot

上野の東京藝術大学大学美術館では「夏目漱石の美術世界展」が開かれています。
会期は7月7日(日)までです。

夏001


夏目漱石(1867-1916)は美術への関心が高く、イギリス留学の途中に1900年の
パリ万博やルーヴル美術館に立ち寄り、ロンドンではナショナルギャラリーにも
行っています。
作品にもよく美術作品が登場し、自身も作品評を書いたり、南画を描いたり
しています。
その夏目漱石と関係の深い美術作品を集めて展示する展覧会です。
会期中は一部展示替えがあります。

5月19日に古田亮東京藝術大学准教授によるギャラリーガイドが行われたので、
その日に行ってきました。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー 「金枝」 
 1834年 テイト、ロンドン

漱石001

(部分)
漱石002

イギリスの人類学者、ジェームズ・フレイザーが未開社会の神話や信仰について
著した、「金枝篇」の口絵になっている絵です。
ローマ神話の一場面で、英雄アエネアスが冥界に進もうとしたとき、巫女シビラが
神聖な木から取った金枝を持って行くよう告げています。
クロード・ロランのような古典的な情景で、遠くに神殿が見え、手前の石棺は
ここが冥界の入口であることを示しています。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)はイギリスを代表する
風景画家で、クロード・ロランの影響を受けています。

ターナーの名は「坊っちゃん」の中で、赤シャツと野だいこの会話に出てきます。
赤シャツは、幹が真直で上が傘のように開いた松を見て、ターナーのようだと
言っています。
漱石にはこの絵の記憶があったのでしょう。
私がターナーを知ったのも「坊っちゃん」を読んだ時で、ターナーというと
松の木を思い出します。

ブリトン・リヴィエアー 「ガダラの豚の奇跡」 1883年 テイト、ロンドン
福音書にある、イエスがガダラという所で男に取り憑いた悪霊に向かって
出て行くように命じると、悪霊は黒い豚の群れに乗り移り、豚の群れは
そのまま崖からガリラヤ湖に飛び込んで行ったというお話です。
作品ではおびただしい黒い豚の群れが崖に向かって突進して行く様が
描かれています。

漱石の「夢十夜」にある、主人公の庄太郎に襲い掛かる豚の大群を杖で
叩いて崖に落す話は、ロンドンで観たこの絵に拠っているのではないかと
いうことです。

「夢十夜」には運慶が護国寺で仁王を彫っているのを見に行く話もあります。
運慶の仏像も展示されていたら、さらに面白そうです。

ジョン・エヴァレット・ミレー 「ロンドン塔幽閉の王子」 
 1878年 ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ絵画コレクション

漱石009

エドワード4世の息子のエドワード5世(1470-?)とリチャード(1473-?)は
叔父のグロスター公リチャード(後のリチャード3世)に幽閉され、
その後の消息は不明です。
作品は暗い塔の中で自分たちの運命に怯える二人の王子の姿を描いています。

ジョン・エヴァレット・ミレー(1829-1896)はイギリスの画家で、
ラファエル前派の結成に参加しています。

「倫敦塔」は漱石がイギリス留学中に見物したロンドン塔の感想を基にした
幻想的な小説で、この王子たちについても書いています。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「シャロットの女」
 1894年 リーズ市立美術館

漱石005

「シャロットの女」は、アーサー王伝説を基にした、アルフレッド・テニスン
(1809-1892)の詩の一つです。
川の中のシャロットという島にある塔の中に住む姫君は、外の世界を直接見ると
死ぬという呪いを掛けられ、鏡を通してしか見ることが出来ません。
ある時、鏡に映った騎士ランスロットに恋をして、直接見ようと追いかけますが、
呪いのために死んでしまいます。
絵では詩と同じく、甲冑姿の騎士の映った鏡にはヒビが入り、織っていた糸が
体に巻き付いています。

漱石は小説、「薤露行(かいろこう)」で「シャロットの女」を題材にしています。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「人魚」 
 1900年 王立芸術院、ロンドン

漱石003
海岸で髪を梳く人魚の姿はラファエル前派の趣きがあります。
背景の岩はモネのよく描いたノルマンディーのエトルタの景色に
ちょっと似ています。

「三四郎」の中で、三四郎と美禰子が画帖でこの絵を観て、「マーメイド(人魚)」
「マーメイド(人魚)」とささやく場面があります。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)はイギリスの古典主義の
画家ですが、ラファエル前派にも近い雰囲気を持っています。

古田さんによれば、漱石はラファエル前派に親近感を持っていますが、
その理由はラファエル前派が古典文学の世界をよく題材にしていたこと、
その柔らかな雰囲気が漱石の趣味に合っていたことにあるのだろうとのことです。

ジャン=バティスト・グルーズ 「少女の頭部像」 
 18世紀後半 ヤマザキマザック美術館

漱石008

ジャン=バティスト・グルーズ(1725-1805)はフランスのロココ時代の画家で、
感傷的な雰囲気の風俗画で人気がありました。
漱石は「三四郎」の中で、グルーズの絵を観て、ヴォラプチュアス(voluptuous)
という言葉とともに、美禰子のことを思い出しています。

橋口五葉 「道草」「こゝろ」「硝子戸の中」ポスター 
 1915年 鹿児島市立美術館

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橋口五葉(1881-1921)は鹿児島市出身の画家で、兄が熊本の第五高等学校で
漱石の教え子だったことが縁で、「吾輩ハ猫デアル」の装幀を行ないます。
以後、漱石の多くの作品の装幀を手がけます。
アール・ヌーヴォー風のデザインは当時、斬新だったことでしょう。

今村紫紅 「近江八景」 1912年 東京国立博物館 重要文化財
漱石010

今村紫紅(1880-1916)は日本画の革新を目指して精力的に活動した画家です。
近江八景は中国の瀟湘八景に倣って選ばれ、広重の浮世絵でも有名な景色ですが、
今村紫紅は大胆に再構成して第6回文展に出品しています。
私の行った時は、「勢田」「三井」「堅田」が展示されていました。
画像は「比良」で6月11日からの展示です。
伝統的には比良暮雪として描かれるところを、夏雲の湧くさわやかな景色に
変えています。

漱石は第6回文展の作品評を書いていますが、紫紅の「近江八景」については、
努力は認めるが作品としてはどうだろうかと、否定的な評価をしています。
第6回文展では黒田清輝や和田英作のような大家には比較的辛口の評価をし、
青木繁や坂本繁二郎のような若手には好意的に書いているとのことです。
今村紫紅にはそうでもなかったのは、現在でも新鮮な紫紅の作品は手に余った
のでしょうか。
漱石は当時はまだあまり有名ではなかった俵屋宗達に注目していたとのことで、
紫紅が琳派の中でも宗達を目指していたことを考えると、ちょっと不思議な
気もします。

漱石と親交のあった画家たちの作品も展示されています。

浅井忠 「収穫」 1890年 東京藝術大学 重要文化財 
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浅井忠(1856-1907)は安井曽太郎、梅原龍三郎、津田青楓らを育成し、
「三四郎」の中では深見画伯のモデルとされています。

津田青楓 「少女(夏目愛子像)」 1931年 青楓美術館
漱石の四女、愛子26歳を描いた、漱石没後の作品です。
斜めの構図で、紅いワンピースの愛子が微笑んでいます。
津田青楓(1880-1978)は漱石と親しく、漱石は青楓の絵について、色彩の感じは
豊富だが、自分の好かない色を平気でごてごて塗るので辟易する、と言っています。
画面いっぱいに鮮やかな紅が広がり、頬にも紅が差してあって、強い色を
好まなかった漱石の評通りですが、勢いのある、溌剌とした作品です。


夏目漱石の作品の中に出てくる絵画を推定試作した作品も展示されています。

佐藤央育 『原口画伯作 「森の女」』 2013年
「三四郎」の中で、黒田清輝がモデルとされる原口画伯が美禰子を描いています。
絵の題は「森の女」ですが、三四郎はその題が気に入らず、口の中で
「迷羊(ストレイシープ)、迷羊(ストレイシープ)」と繰り返しています。
白い浴衣姿で団扇をかざした美禰子の姿を佐藤さんは黒田清輝の外光派風に
描いていて、美禰子は唇が厚く、きっぱりとした顔をしています。

荒井経 『酒井抱一作 「虞美人草図屏風」』 2013年
「虞美人草」では、亡くなったヒロイン、藤尾の枕元に屏風が葬送の儀礼として
逆さに立てられています。
作品では、酒井抱一の落款のある、虞美人草(ヒナゲシ)を描いた二枚折の
銀屏風となっていて、東京藝術大学准教授の荒井経さんがこれを再現し、
ヒナゲシを描いています。
ケシの花は琳派では直立して描かれることが多いのですが、抱一の
「夏秋草図屏風」に倣って、なよやかな風情に仕上げたとのことです。
まだ銀箔が新しく、錆も出ていないので、屏風の片側の花の色が
反対側にも映っています。

6月15日にはその日一日だけ、漱石の原作通りこの屏風を逆さにして
展示するそうです。
虞美人草は6月15日の誕生花でもあります。

岩波書店所蔵の漱石自作の南画も何点か展示されています。
かなり真面目に描いていて、南画にしては肩に力が入っているのが
微笑ましいところです。

他に、ロセッティ、与謝蕪村、伊藤若冲、渡辺崋山、横山大観、中村不折などの
作品も展示されています。
渡辺崋山の作品は、自刃の直前に描いたという「黄梁一炊図」(重要美術品)です。
酒井抱一の「月に秋草図屏風」(重要文化財)は6月25日のからの展示です。
朝倉文夫の、首をつままれた猫の彫刻もあります。

夏目漱石と美術との関わりを多面的に紹介しており、推定試作品もあって、
中身の濃い、とても面白い展覧会です。


  


東京藝術大学大学美術館では「国宝 興福寺仏頭展」が開かれます。
会期は9月3日(火)-11月24日(日)です。

興001

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【2013/05/20 00:09】 美術館・博物館 | トラックバック(3) | コメント(2) |
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  • とらさん、こんばんは。
  • コメント有難うございます。
    展覧会を観て、昔読んだ漱石のことをいろいろ思い出しました。
    赤シャツと野だの会話など、懐かしく思いながらターナーの作品を観ました。
    推定試作もなかなか面白い企画で、美禰子の顔も人によっていろいろなイメージ
    があるものだと思いました。

    【2013/05/20 23:07】 url[猫アリーナ(chariot) #/8nqih4Y] [ 編集]
  • 夏目漱石
  • おはようございます。TB有難うございました。早速に記事を読ませていただきましたが、良くまとまっていて感心しました。私のほうは、この展覧会後に、青空文庫で漱石をいくつか読み直して、展示品と関連する文章を探しました。そして、これらを最初に読んだ青春時代を懐かしみました。

    【2013/05/20 08:23】 url[とら #8WYMted2] [ 編集]
    please comment















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