「仙厓と禅の世界展」 出光美術館
日比谷・有楽町
chariot

日比谷の出光美術館では、「仙厓と禅の世界展」が開かれています。
会期は11月4日(月・休)までです。

仙002


仙厓義梵(せんがいぎぼん)(1750~1837)は臨済宗の僧で、博多の聖福寺の
住持を勤め、引退後も博多に住んでいます。
その洒脱な人柄と巧みな書画から、町の人に「仙厓さん」として親しまれました。 

出光美術館は仙厓の書画を数多く所蔵していて、よく展覧会を開いています。
出光美術館の創設者である出光佐三は仙厓に惹かれ、そのコレクションの始まりは
仙厓の「指月布袋画賛」で、最後の蒐集品はやはり仙厓の「双鶴画賛」だそうです。


香厳撃竹画賛
仙006

香厳智閑(きょうげんちかん)は唐の僧で、掃き掃除をしていて跳んだ瓦礫が竹に
当たった音を聞いた瞬間に悟りを得た、というお話です。
ややっと驚く姿を、濃い線や薄い線、墨の濃淡を使って巧みに描いています。

室町時代の一休宗純(1394-1481)にも琵琶湖に浮かぶ漁舟で座禅を組んでいた時、
カラスが鳴いたのを聞いて悟りを得たという逸話があります。

南泉斬猫画賛
仙001

禅の有名な公案にある話で、唐の時代、南泉という僧の寺で、弟子たちの住む
東堂と西堂の首座が子猫のことで争っていました。
それを見た南泉は子猫を取り上げ、言うことを言えば猫を助けるが、言えなかったら
猫を着ると告げますが、誰も答える者がいません。
そこで南泉は猫を斬ってしまいました。

仙厓の賛はこう書いてあります。

一斬一切斬
爰唯猫児
両堂首座
及王老師

一切を斬った、それは子猫、両堂の首座、および王老師(南泉)である。
墨を含ませて「及」の字を太く書いたこの一句に深い意味があるようです。


指月布袋画賛
仙007

を月様
幾ツ
十三七ツ

布袋が月を指差しても、人は布袋の指を見て月を見ない、本質を見なければ
仏の境地には行き着かない、という禅画の題材の一つです。
わらべ歌も書き入れた、月を見て喜ぶ布袋さんと子供の姿には、元の意味を超え、
活き活きとした自由な境地が観られます。

坐禅蛙画賛
仙002

坐禅して人か佛になるならハ

いつも坐っている蛙だって悟りを開けることになるから、形ばかりを真似ても
真実は得られないという教訓です。
しかし、にやりと笑った蛙の顔には、何か自得したような気配があります。

堪忍柳画賛
仙004

気に入らぬ風もあろふに柳哉

仙厓は分かりやすい処世訓をよく描いています。

「老人六歌仙画賛」
仙008

老人で仕立てた六歌仙図です。
画賛は、「しわかよるほ黒か出ける腰曲る(皺が寄るホクロが出来る腰曲がる)」に
始まり、「達者自まんに人はいやかる(達者自慢に人は嫌がる)」で終ります。
昔からある戯れ歌のようで、読んで思わず笑ってしまいます。


「双鶴画賛」
仙002

鶴ハ千年
亀ハ万年
我れハ天年

素直に長寿を慶ぶ賛です。

仙厓は「死にとうない」という言葉を遺して弟子たちを驚かせていますが、
一休の辞世の言葉も「死にとうない」だったそうです。


展覧会では一休が大阪の住吉に開いた床菜菴ゆかりの品の、一休の書や
一休の賛のある画像なども展示されています。

「臨済義玄像」 筆者不詳 一休宗純賛 室町時代
仙003

臨済宗の祖である臨済義玄(?-867)の像です。
一休も仙厓も臨済宗の僧です。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は「江戸狩野―優美への革新」展です。
会期は11月12日(火)から12月15日(日)です。

狩004

関連記事

【2013/09/30 00:01】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
comment
 
コメントを書く
コメントは承認後に公開されます。ご了承ください。
please comment















管理者にだけ表示を許可する

trackback
trackback url ↓
http://nekoarena.blog31.fc2.com/tb.php/2004-ee58a8b8

プロフィール

chariot

Author:chariot
東京のビルの多い街で暮らしています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード


| ホーム |