「横山大観展 良き師、良き友」 横浜美術館 その1
みなとみらい
chariot

横浜美術館では、「横山大観展 良き師、良き友」が
開かれています。
会期は11月24日(日)までで、休館日は木曜日です。
期間中、かなりの展示替えがあります。

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10月5日に夜間特別観覧会が開かれたので行ってきました。

横山大観と、その師の岡倉天心、友であった今村紫紅、小杉未醒、小川芋銭、
冨田渓仙との交流に焦点を当てた展覧会です。

富士山の画家という、横山大観についての認識が改まり、今村紫紅、小杉未醒、
小川芋銭、冨田渓仙といった自由で個性的な画家たちの作品をまとめて観ることの
出来る、意欲的で興味深い展覧会です。

まず、八柳サエ主任学芸員のミニレクチャーがあり、展覧会の見どころを
伺いました。

41歳頃の横山大観は、晩年の印象と違って颯爽としています。

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会場内の写真は夜間特別内覧会のため、特別に許可を得て撮影したものです。

横山大観(1868-1958)は岡倉天心たちの設立した東京美術学校
(現東京藝術大学)の1期生です。
入学したのは21歳の時で、画家としてのスタートは当時としては
かなり遅い方です。

「國華」の創刊号です。
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明治22年(1889)に岡倉天心、アーネスト・フェノロサらによって創刊された
東洋美術の研究誌で、現在も出版されています。

横山大観 「村童観猿翁」 1893 東京藝術大学
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10月30日までの展示です。
東京美術学校の卒業制作で、猿回しを師の橋本雅邦に、村の子どもを自分たち
同期生に見立てています。

横山大観 「屈原」 1898 厳島神社
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10月16日までの展示です。
美術学校騒動で排斥され、東京美術学校の校長を辞任した岡倉天心を楚の
屈原になぞらえています。
恨みを含む屈原の形相は天心をモデルにしていて、凄みのある写実です。
画面右下に居る凶悪な目付きの黒い鳥は毒鳥の鴆(ちん)とのことです。

「屈原」はなかなか観る機会の無い作品なので、この展覧会は貴重な
チャンスです。

美術学校の助教授だった横山大観はこれに抗議して、橋本雅邦や下村観山、
菱田春草らとともに辞職しています。
そして、天心の設立した日本美術院に参加し、天心が茨城県の五浦に本拠を
移した時は行を共にしています。
天心没後に廃れていた日本美術院を再興し、現在の日本美術院としています。

空気感を表すために輪郭線を用いず、朦朧体として非難される画法を
菱田春草と共に考え出してもいます。

横山大観 「雪後」 1907 富山県水墨美術館
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大観はよく水墨による面の表現を行なっています。

横山大観 「流燈」 1909 茨城県近代美術館
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10月16日までの展示です。
岡倉天心の奨めで訪れたインドで見た、灯篭流しの情景です。
朦朧体の時期を終え、表現が明快になっています。

横山大観 「雨後」 1911 伊豆市 
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10月30日までの展示です。
空に虹がかかっています。
大観は天候や外交などの大気現象の表現に工夫を凝らしています。

横山大観 「山路」 1911 京と国立近代美術館
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10月30日までの展示です。
木の葉の表現が西洋画の点描法のようだと評判になった作品です。
紅葉した木々を渡る風を感じます。
合成顔料や近代に開発された岩絵具も使われているそうです。

横山大観 「雲去来(くもきょらい)」 1917  熊本県立美術館
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10月30日までの展示です。
琵琶湖の情景で右隻は竹生島です。
片ぼかしという、輪郭線の内側をぼかして立体感を出す技法を使って
いますが、これは小杉未醒から学んだということです。

横山大観 「千ノ與四郎」 1918 野間文化財団
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10月30日までの展示です。
武野紹鴎が茶の弟子である與四郎(後の千利休)を試そうと、掃除の終わった
庭を掃除するように命じたところ、與四郎は木を揺すって枯葉を散らし、
庭に風情を加えたという逸話を描いています。
大家となった利休ではなく、少年時代を題材にしているところに
面白さがあります。
大観は桂離宮や大徳寺に行って、茶室や庭の佇まいを研究したそうです。

横山大観 「秋色」 1917
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琳派風の華やかな画面ですが、この頃は今ほど琳派は注目されておらず、
琳派という言葉も無かったそうです。

横山大観 「老子」 1921 熊本県立美術館
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10月30日までの展示です。
大観はデフォルメも大胆に行なっています。   
右下で眠る童子は丸まって、お鏡餅のようです。

横山大観 「瀟湘八景」 1912 東京国立博物館  重要文化財 
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10月30日までと、11月1日からで4点ずつ展示替えされます。
大観の代表作で、画題として有名な瀟湘八景を自己流に大胆に
再解釈したものです。
夏目漱石もこの作品を観て、面白いと好意的な評価をしています。

横山大観 「夜桜」 1929 大倉集古館
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11月1日からの展示です。
篝火に輝いて浮かび上がる満開の山桜と山の端にかかる満月です。
琳派風の絢爛豪華な画面で、大観の中でも最も装飾性の高い作品と言えます。

大倉財閥の二代目、大倉喜七郎がが昭和5年(1930)にローマで実現させた、
「羅馬開催日本美術展」に出品された作品です。
ローマ展では前田青邨の「洞窟の頼朝」も出品されていました。

横山大観 「野の花」 1936 永青文庫
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若い頃の五浦時代から描きたいと思っていた野の花に、人間の「野の花」
としての大原女を取り合わせているそうです。

横山大観というと、どうしても富士山に松林といった定型的な作品を
思い浮かべてしまいます。
それに対して、この展覧会は明治から大正期の大観が対象で、展示されている
作品を観ていると、絵画革新への意欲、そして力強さを感じます。
大観自身が認めているように決して上手という訳では無いのですが、
長刀を振り回しているような勢いの良さがあります。

大観と東京美術学校で同期で、日本美術院の設立にも参加した下村観山は、
自分は伝統が身に付いてしまっていて中々新しいことが出来ないが、
大観はかまわずに思い切ったことをやる、と
述べています。
紀州徳川家の能楽師の子で、幼い頃から絵師に弟子入りして修行した観山と、
東京英語学校で英語を学び、東京美術学校に入学したのが20歳過ぎだった
大観の違いとも言えるでしょう。
大観は日本美術院で若い画家が新味の無い絵を描いていると叱り付けていたそうです。


横山大観と親交の深かった今村紫紅、小杉未醒、小川芋銭、冨田渓仙
については、別途記事にします。

美術館の向かいの「MARK IS(マークイズ)」の入口にも大観の「夜桜」が
飾られています。

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【2013/10/09 00:02】 美術館・博物館 | トラックバック(1) | コメント(0) |
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横浜美術館で開催中の 「横山大観展ー良き師、良き友」に行って来ました。 公式サイト⇒http://www.taikan2013.jp/ かつて「横山大観展」と名のつけられた展覧会で、これほどまでに良い意味で大観色が薄い展覧会はあったでしょうか。 2010年に明治神宮文化館 宝物展示室にて開催された「明治神宮鎮座90年記念展 横山大観」では、馴染みの薄い大正から昭和初期...
【2013/10/13 12:23】

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