「生誕100年! 植田正治のつくりかた」展 東京ステーションギャラリー
東京
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東京駅丸の内駅舎の東京ステーションギャラリーでは「生誕100年!
植田正治のつくりかた」展が開かれています。
会期は2014年1月5日(日)までです。

植001


植田正治(1913-2000)は鳥取県の現在の境港市の写真家で、画面をつくり込んだ
演出写真を制作していました。
特に鳥取砂丘を舞台にした写真で有名です。

会場には1930年代の初期から晩年までの作品、約150点が展示されています。

植田正治は1931年に旧制米子中学を卒業すると、地元の写真クラブに入会しています。

当時は写真を加工して絵のようにつくり込む「芸術写真」が主流で、その頃から
写真を加工せず、カメラの機能を活かして造形的な写真をつくる、「新興写真」が
流入していて、植田正治はその中にあって自分のスタイルを形成していきます。

「少女四態」 1939年
植008

植田正治独特のスタイルの第1作とされています。
日常では有り得ない、つくり込んだ構図の演出写真である一方で、
単純でシャープな切り口の画面になっています。
髪型はワカメちゃんと同じおかっぱなのが微笑ましいところです。

「風船をもった自画像」 1948年頃
植004

植田正治は自分をアマチュアと規定し、鳥取県を離れることは無く、
山陰の風土を土台にして制作を続けています。

「小狐登場」 1948年
植002

砂丘を舞台にした、幻想のような一瞬です。
植田は砂丘では正面光を使い、背景は単純にして、雲を入れることも避け、
平面的な画面を心掛けたそうです。
この作品では雲が効果的に使われています。

「パパとママとコドモたち」 1949年
植003

長女の和子(カコ)の作文に沿った内容という設定の組写真の1枚です。
植田と妻、4人の子供たちが一列に並んでいます。
カコの作文には、シャッターが押されるのを待っている間に花を持っている手が
くたびれてしまった、とあります。
奥さんは和服を着ていますが、この時代の女性は和服が普通でした。

1971年、58歳で最初の写真集、「童歴」を出しますが、1950~60年代は
リアリズム写真全盛の時代で、この期間は植田も演出写真を撮っていません。
植田自身、自分の演出写真はずいぶん「たたかれた」と懐古しています。
その中でも「妹のお守り」「小さな工場」「紙芝居屋が行く」などを観ると、
植田らしい演出写真的なものを感じます。

1983年に植田は妻を亡くし、広告ディレクターをしていた次男が
植田を励ますため、ファッション雑誌の写真を提案します。
そこで、キクチタケオのコレクションのカタログを制作することになります。

『「砂丘モード」より』 1983年
植005

それ以後、ファッション誌のグラビア撮影に精力的に取り組みます。
砂丘を背景にしたシュルレアリスム風の作品は、ファッションの提示として
強く訴えるものがあります。
植田は、「風景写真は引き算であり、砂丘はそれにふさわしい」と述べています。

植田が砂丘で撮影に取り組む様子をテレビで観たことがあります。
遊びに来ていた中学生たちにモデルにして、砂丘に前後に並んで
立ってもらっていました。
なるほど、植田の写真はああやってつくっていたのかと思いました。

1990年代になると、体力的な状況に合わせて作風も変わり、カラーや合成写真、
至近距離からの撮影を手掛けるようになります。

植田正治は活動歴の長い作家で、テーマもさまざまですが、その基本姿勢は
一貫していることが分かる興味深い展覧会です。

展覧会のHPです。





次回の展覧会は「プライベート・ユートピア ここだけの場所 
ブリティッシュ・カウンシル・コレクションにみる英国美術の現在」展です。
会期は2014年1月18日(土)~3月9日(日)です。

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【2013/11/13 03:28】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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