「江戸の狩野派―優美への革新」展 出光美術館
日比谷・有楽町
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日比谷の出光美術館では、「江戸の狩野派―優美への革新」展が開かれています。
会期は12月15日(日)までです。
11月24日までの前期と26日からの後期で、一部展示替えがあります。

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狩野永徳の孫、狩野探幽(1602-1674)に始まる江戸の狩野派、江戸狩野を
中心にした展覧会です。

「花鳥図屏風」 伝 狩野元信 六曲一双 室町~桃山時代
狩野派の2代目、狩野元信(1476-1559)の作とされ、多くの花鳥が緊密な構図で
描かれた、いかにも狩野派らしい花鳥図です。
元信の孫の狩野永徳も同じ画法を継いでいます。

「叭々鳥・小禽図屏風」 狩野探幽 六曲一双 江戸時代
右隻は竹林に叭々鳥(ははちょう:ムクドリの一種)、左隻は松に渓流と
山鳩が描かれています。
狩野元信と比べると空間を大きく取り、近景の松の木も一部しか描かず、
画面に余韻を響かせています。
狩野探幽はこれにより狩野派の画風を一変させたということです。
この、空間の広い瀟洒な画風は江戸狩野の特徴となります。


「源氏物語 賢木・澪標図屏風」 六曲一双 右隻(部分) 
 狩野探幽 寛文9年(1669)

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源氏物語第十帖、「賢木(さかき)」の一場面です。
光源氏との関係を諦め、伊勢に下ろうとする六条御息所の篭る野の宮を
源氏が訪れています。
源氏は変わらぬ恋心を伝えるため、常緑樹の榊の枝を御簾から差し入れている
ところです。
萩薄の茂る庭の風情には深い趣きがあります。

  神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れるさかきぞ 六条御息所

  少女子があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ 源氏

左隻には従者たちが控えていて、お約束のように居眠りをしている者も
描かれています。
探幽が大和絵もよく学んでいることが分かります。

「探幽縮図 草花生写図巻」 狩野探幽 
 江戸時代 京都国立博物館 重要美術品

探幽の写生帳です。
草花が活き活きと写されていて、粉本だけに頼らず、写生を重視した
探幽の姿勢がうかがえます。


探幽の弟、狩野尚信(1607-1650)の作品も数点、展示されています。

「叭々鳥・猿猴図屏風」 狩野尚信 六曲一双 右隻(部分) 江戸時代
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右隻は、手をつないで水に映った月を取ろうとした猿たちが、枝が折れたために
水に落ちて溺れ死んだという、猿猴捉月を画題にしています。
分不相応の望みを諌める話ですが、狩野尚信は親子の猿のほほえましい情景に
変えています。

左隻は、雪の積もった柳の枝から叭々鳥が飛び立った瞬間で、弾みでぱっと散った雪が
金地の画面に広がり、叭々鳥の黒と雪の白の対照が効いています。

「猿曳・酔舞図屏風」 狩野尚信 六曲一双 右隻(部分) 江戸時代
右隻は、庭での酒宴で、大甕から酒を汲む者、笛太鼓を鳴らす者、踊る者と、
大いに盛り上がっています。
酔った老人は抱えられて左に向かうロバに乗せられています。

左隻は、薪を担いだロバが右から現れ、道で猿回しが芸を見せているところです。
面白そうに見ている男たち、少し眉をひそめた微妙な表情の女、その陰に隠れて
見ている子供などがそれを囲んでいます。
さらりとした軽妙な筆で描かれていて、文人画に似た趣きがあります。

「小督弾琴・子猶訪戴図屏風」 狩野尚信 六曲一双 江戸時代
右隻は、高倉天皇の寵を受けた小督(こごう)が、娘の建礼門院徳子にとって
邪魔な存在であるとして清盛に追放され、帝の命で行方を捜していた
源仲国が琴の音をたよりに小督の居所を捜し当てるという場面です。
月明かりの下の隠れ家で小督は琴を弾き、戸口には騎馬の仲国がたどり着いています。

左隻は、東晋の文人、王子猶(王徽之)が雪の夜の月光に興を覚え、友人の戴安道を
訪ねるものの、途中で興が尽きたので、会わずに帰ったという故事です。
小舟に乗った王子猶と従者は空を見上げていますが、目の先にあるのは
右隻に描かれた月という、二つの話を飛び越えた夢幻的な絵になっています。

「猛虎図」 狩野尚信 江戸時代 東京富士美術館 重要美術品
大きな掛け軸で、前脚を岩にかけて渓流から水を飲もうとする虎を描いていますが、
上目使いの目付きが可愛らしく、とても猛虎には見えません。

狩野尚信の絵には軽妙、洒脱で、飄々とした味わいがあり、かなり面白い絵師です。

「松竹に群鶴図屏風」 狩野安信 六曲一双 左隻(部分) 江戸時代
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右隻には丹頂と真鶴が1羽ずつ、左隻には丹頂が1羽、真鶴が2羽描かれています。
金地の広々とした空間に松と竹がわずかに添えられているだけで、すっきりとした
瀟洒な画面です。

狩野安信(1614-1685)は探幽、尚信の弟で、狩野の宗家を継いでいます。

飛んでいる丹頂の図柄は、元は相国寺蔵の元末から明初の画家、文正の「鳴鶴図」を
狩野探幽が模写したもので、それを左右反転させて使っています。
文正の「鳴鶴図」は伊藤若冲も模写しています。

泉屋博古館で12月8日まで開かれている「伊万里 染付の美」展では、同じ江戸狩野の
狩野養信(1796-1846)の「鳴鶴図」が展示されています。
文正の「鳴鶴図」とほとんど同じ図柄で、探幽の模写を粉本にしたものと思われます。


江戸狩野に対して、京狩野の作品も1点、展示されています。

「遊鶴図屏風」 六曲一双(左隻:部分) 狩野永納 江戸時代
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左隻には松、牡丹、真鶴の親子などが描かれています。
滝は水流となって右隻に続き、右隻には松の下につがいの丹頂がいます。
空間を大きく取り、金地を生かした端正な画面構成です。
鶴の羽毛は細密に塗り重ねられ、牡丹の葉脈の金泥も華やかさを添えています。

狩野永納(1631-1697)は京狩野の人で、狩野山楽の婿養子の山雪の子です。
狩野山楽は元は近江浅井氏の家臣の子で、豊臣秀吉の命で狩野永徳の養子となり、
狩野探幽たちが徳川家に従って江戸に下った後も京に残り、その系統は京狩野と
呼ばれるようになります。

「遊鶴図屏風」は隣に展示されている狩野安信の「松竹に群鶴図屏風」に比べると、
より装飾性が高く、華やかさが際立ちます。
江戸の粋と京の華という特徴は江戸狩野と京狩野にも表れているようです。


工芸品の展示は狩野派にちなんで、花鳥風月を描いた陶器です。

「色絵菊文大皿」 古九谷 江戸時代前期

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径47cmと大皿の中でも特に大きく、縁には水流、底には渦巻き模様がびっしりと
描き込まれています。
九谷特有の濃い色合いと相まって、目のくらむような迫力があります。


「銹絵富士山文茶碗」 野々村仁清 江戸時代前期
出光3-13-2010_001

円い姿の茶碗で、銹絵で様式的な形の富士山と雲を描いています。
形と言い、金彩の雲をあしらったところと言い、京焼の雅さがうかがえます。


「色絵青海波牡丹文皿」 鍋島 江戸時代中期
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ちょうど半分を青海波模様で埋め、半分を白く残しています。
水に浮かび、また波の向こうに見える赤い牡丹は幻想的です。


狩野派の中での狩野探幽や江戸狩野の位置付けのよく分かる展覧会で、
特に狩野尚信の面白さを知ることが出来ました。

展覧会のHPです。





次回の展覧会は「板谷波山の夢みたもの」展です。
会期は2014年1月7日(火)から3月23日(日)までです。

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【2013/11/20 22:50】 美術館・博物館 | トラックバック(1) | コメント(0) |
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今日から開催された江戸の狩野派 ―優美への革新@出光美術館に行ってきました。 京都から江戸の地に進出した探幽(1602−74)以降の"江戸狩野"に焦点をあて、"家法一変"させたといわれる探幽の優美・瀟洒な絵画様式を継承しながら、さまざまな個性が活躍した江戸狩野の魅力に迫るというものです。?章 探幽の革新?章 継承者たちー尚信という個性?章 やまと...
【2013/11/25 19:27】

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