中村橋
練馬区立美術館では2007年に95歳で亡くなった高山辰雄の遺作展が
開かれています。


練馬区立美術館は西武池袋線中村橋駅のすぐ横にあります。

美術館入口です。

前期は10月5日まで、後期は10月11日から11月3日までです。
約100点が出品されますが、7割は前期と後期で展示替えされます。
土曜日の午後2時からは学芸員による作品解説もあります。
1936年の「砂丘」(前期のみ)は東京美術学校の日本画科の卒業制作で、
砂丘にすわるセーラー服姿の女性を描いています。
後の高山辰雄夫人で、この頃は女子美術専門学校の生徒だったとのことです。
若々しい力作ですが、後の画風とはかなり違って、色も形もくっきりと描いています。
ただ、人物の顔が正面からこちらを見ているのは後の作品と同じです。
その、すっきりとした描線の顔には昭和モダンの雰囲気があります。
1940年頃の「春光」は寝そべっている大型の洋犬を描いていますが、体の輪郭を
なめらかな線で一気に描き切り、長い毛のふわふわした感触まで表しています。
竹内栖鳳の作品かと思うほど巧みで、伝統の日本画の技法を若い頃からしっかり
身につけていたことが分かります。
ところが、本人はこの作品を外に出したがらなかったそうです。
その後の高山辰雄が目指した絵の方向と違うためだったようです。
新しい絵の模索は、先輩の山本丘人に「お前の描いた鉄は叩くと鉄の音がするなあ」
と言われたのがきっかけだといいます。
在る物を在る通りに描いているだけではいけない、ということです。
普通の人は在る通りに描くだけで終わってしまいますが、高山辰雄は始めから
描くのがきわめて上手い人だったので、より高いものを探求することになった訳です。
やがて、自然、時間、人間の生というものをテーマとする絵を描き始めます。
1973年の「朝」「夕」は巨大な屏風絵ですが、抽象的で、寂しげな風景の中に立つ
人物を描いています。
得意の筈の線描は使わず、筆遣いや色数を抑えた絵は、いかにも意気込んで
描いたといった風があります。
ただ、目に見えない抽象的なものを絵画で表そうとすると、理屈っぽい、観念的な
絵になりがちで、難しいところです。
やがて、高山辰雄は点描を始めています。
この、緻密で練り込むような点描によって、奥深く神秘的な画面が生まれます。
1979年の「少女」では薄暗い背景の前に黄色い服の少女が横向きに立って、
こちらを向いています。
はだしの少女は棒のように立ち、肩の辺りに置いた左手は大きく、髪は伸びたままに
盛り上がり、真っ直ぐこちらを見た顔は謎めいた微笑を浮かべています。
不思議な雰囲気のただよう、印象深い作品です。
「少女」は、1949年に自分の娘さんを描いた作品と構図は同じですが、二つの作品を
見比べてみると、高山辰雄の作風の変化がよく分かります。
高山辰雄は人物画を多く描きますが、どの人物も静かに物思いに沈んでいるようで、
神秘的で気高さを感じます。
ジョットのようなイタリア宗教画にも似ています。
1985年の「地」はイヌタデの一株を描いています。
イヌタデという、地味で小さな雑草を高さ2メートルの画面いっぱいに描いて、
その生命の持つ力を伝えています。
下の方が葉が枯れかけていて、時間の流れ、生命の移ろいまで読み取れます。
1988〜1989年の「牡丹」シリーズは活けられた数輪の牡丹を描いています。
高山辰雄は装飾的な絵も上手いのですが、一見地味な色使いの点描で、
牡丹の華麗さを存分に表しています。
最晩年に近い2004年の「牡丹 洛陽の朝」になると、朦朧と立ち上がる牡丹は
背景の中に半ば溶け込み、凄みさえ感じさせます。
「砂丘」から始まった画家はついにここまで来たのかと、感慨深いものがあります。
これが、画家の生涯にわたる画業を観ることのできる回顧展の面白さです。
他にも風景画や人物画など、興味深い作品が多く展示されていて、
とても見応えのある展覧会です。
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練馬区立美術館では2007年に95歳で亡くなった高山辰雄の遺作展が
開かれています。


練馬区立美術館は西武池袋線中村橋駅のすぐ横にあります。

美術館入口です。

前期は10月5日まで、後期は10月11日から11月3日までです。
約100点が出品されますが、7割は前期と後期で展示替えされます。
土曜日の午後2時からは学芸員による作品解説もあります。
1936年の「砂丘」(前期のみ)は東京美術学校の日本画科の卒業制作で、
砂丘にすわるセーラー服姿の女性を描いています。
後の高山辰雄夫人で、この頃は女子美術専門学校の生徒だったとのことです。
若々しい力作ですが、後の画風とはかなり違って、色も形もくっきりと描いています。
ただ、人物の顔が正面からこちらを見ているのは後の作品と同じです。
その、すっきりとした描線の顔には昭和モダンの雰囲気があります。
1940年頃の「春光」は寝そべっている大型の洋犬を描いていますが、体の輪郭を
なめらかな線で一気に描き切り、長い毛のふわふわした感触まで表しています。
竹内栖鳳の作品かと思うほど巧みで、伝統の日本画の技法を若い頃からしっかり
身につけていたことが分かります。
ところが、本人はこの作品を外に出したがらなかったそうです。
その後の高山辰雄が目指した絵の方向と違うためだったようです。
新しい絵の模索は、先輩の山本丘人に「お前の描いた鉄は叩くと鉄の音がするなあ」
と言われたのがきっかけだといいます。
在る物を在る通りに描いているだけではいけない、ということです。
普通の人は在る通りに描くだけで終わってしまいますが、高山辰雄は始めから
描くのがきわめて上手い人だったので、より高いものを探求することになった訳です。
やがて、自然、時間、人間の生というものをテーマとする絵を描き始めます。
1973年の「朝」「夕」は巨大な屏風絵ですが、抽象的で、寂しげな風景の中に立つ
人物を描いています。
得意の筈の線描は使わず、筆遣いや色数を抑えた絵は、いかにも意気込んで
描いたといった風があります。
ただ、目に見えない抽象的なものを絵画で表そうとすると、理屈っぽい、観念的な
絵になりがちで、難しいところです。
やがて、高山辰雄は点描を始めています。
この、緻密で練り込むような点描によって、奥深く神秘的な画面が生まれます。
1979年の「少女」では薄暗い背景の前に黄色い服の少女が横向きに立って、
こちらを向いています。
はだしの少女は棒のように立ち、肩の辺りに置いた左手は大きく、髪は伸びたままに
盛り上がり、真っ直ぐこちらを見た顔は謎めいた微笑を浮かべています。
不思議な雰囲気のただよう、印象深い作品です。
「少女」は、1949年に自分の娘さんを描いた作品と構図は同じですが、二つの作品を
見比べてみると、高山辰雄の作風の変化がよく分かります。
高山辰雄は人物画を多く描きますが、どの人物も静かに物思いに沈んでいるようで、
神秘的で気高さを感じます。
ジョットのようなイタリア宗教画にも似ています。
1985年の「地」はイヌタデの一株を描いています。
イヌタデという、地味で小さな雑草を高さ2メートルの画面いっぱいに描いて、
その生命の持つ力を伝えています。
下の方が葉が枯れかけていて、時間の流れ、生命の移ろいまで読み取れます。
1988〜1989年の「牡丹」シリーズは活けられた数輪の牡丹を描いています。
高山辰雄は装飾的な絵も上手いのですが、一見地味な色使いの点描で、
牡丹の華麗さを存分に表しています。
最晩年に近い2004年の「牡丹 洛陽の朝」になると、朦朧と立ち上がる牡丹は
背景の中に半ば溶け込み、凄みさえ感じさせます。
「砂丘」から始まった画家はついにここまで来たのかと、感慨深いものがあります。
これが、画家の生涯にわたる画業を観ることのできる回顧展の面白さです。
他にも風景画や人物画など、興味深い作品が多く展示されていて、
とても見応えのある展覧会です。






