「生誕140年記念 下村観山展」 横浜美術館
みなとみらい
chariot

横浜美術館では、「生誕140年記念 下村観山展」が開かれています。
会期は2014年2月11日(火・祝)までで、休館日は木曜日です。
作品は一部展示替えがあります。

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日本美術院を代表する画家で、創設者の一人でもある下村観山(1873-1930)の
作品・資料約150件を展示する展覧会です。

下村観山、本名晴三郎は明治6年に紀州和歌山藩の小鼓方、幸流の家に
生まれています。
明治維新により能は藩の後ろ盾を失い、一家は明治14年に上京し、晴三郎も
絵の修業を始めて、狩野芳崖、そして橋本雅邦に師事しています。
盟友の横山大観が本格的に絵の勉強を始めたのが20歳頃で、かなり遅いのと
対照的です。

この頃は北心斎という、老大家のような号をもらっています。
会場には北心斎の落款のある、中国画を手本にした狩野派風の作品が何点か
展示されています。

明治22年に東京美術学校が開校し、横山大観らと共に第1期生として入学しています。
この頃から観山の号を用いています。
卒業後、直ちに助教授として迎えられますが、明治31年に校長の岡倉天心が
美術学校を逐われると、一緒に辞職し、天心の創設した日本美術院に加わります。


「闍維(じゃい)」 明治31年(1898) 横浜美術館
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日本美術院の第1回展に出品された作品です。
入滅した釈迦の火葬の場面で、闍維とは荼毘のことです。
右から2番目の人物は下村観山自身とのことです。
画家が自分の姿を絵の中に描き入れるのはルネッサンス絵画のボッティチェリを
思い出します。

明治34年には美術学校に復帰し、明治36年から2年間、イギリスに留学しています。

留学中に模写した、ラファエロの「椅子の聖母」「まひわの聖母」、
ジョン・エヴァレット・ミレーの「ナイト・エラント」などの模写が
展示されています。
水彩を使った、すぐれた出来栄えの模写で、技量の高さを示しています。


「木の間の秋」 二曲一双 明治40年(1907) 東京国立近代美術館
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1月10日からの展示です。
空気遠近法を使って近くの立木は濃く、遠くは薄く
描いています。
多くの木々や草が画面を埋めて、かなり賑やかです。
葉脈は金線で描かれていて、華やぎがあります。


「小倉山」 六曲一双 明治42年(1909) 横浜美術館
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小倉百人一首の貞信公(藤原忠平)の歌に拠っています。

  小倉山峰のもみぢば心あらばいまひとたびのみゆきまたなむ

貞信公が林の中で歌の想を練っているところです。
木々は輪郭線を使わない没骨法で、人物は線描で描かれています。
直衣の模様も細かく描き込まれ、木の葉の葉脈には金線が入っています。
木の幹にリスが一匹、描かれています。
画面を横切るように長く伸びた枝が目を惹く構図で、空間表現を意識して
いるのでしょう。
とても手の込んだ意欲作です。

大正2年には実業家の原三渓の招きで横浜の和田山に転居して、
横浜市にゆかりの画家となっています。


「張果老」 二曲一隻 大正10年(1921)頃 横浜美術館
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張果老は唐時代の仙人で、玄宗皇帝にも招かれたこともあります。
驢馬に乗って日に数千里を移動し、休む時は驢馬をたたんで瓢箪に
しまっておいたそうです。
顔は写実的ですが、衣は太い線で大まかに描かれています。

「蜆子(けんす)」 大正10年(1921)頃 桑山美術館
蜆子(けんす)和尚は唐時代の僧で、年中同じ衣を着て、蝦や蜆を捕って食べて
いたといいます。 
墨絵で、左手に網を持った蜆子(けんす)和尚が蝦を捕まえて喜んでいます。
禅画によく選ばれる画題で、観山は蜆子の飄々とした姿を描き出しています。

「魚籃観音」 三幅対 昭和3年(1928) 西中山妙福寺
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魚を商う美女が居て、結婚を申し込む男たちに、観音経・金剛経・法華経を
よく暗誦する者と結婚するとの条件を出します。
この条件を満たした男と結ばれますが、やがて亡くなり、観音の化身と
されるようになります。
唐時代の話ですが、作品ではインドを舞台にしています。
観音の顔がモナリザそっくりなのも面白いところで、西洋画を採り入れようと
する観山の努力を表しています。

下村観山は仏教や中国・日本の古典に拠った作品を多く描いています。


「老松白藤」 六曲一双 大正10年(1921)
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1月8日までの展示です。
金地に大きく枝を伸ばした松とそれに絡みつく藤が装飾的に描かれ、
上に向かう幹の上昇感と、下がる枝の安定感が一体となっています。
熊蜂が一匹、小さく描かれています。
松と藤はよく描かれる題題で、夫婦和合を表しています。

「木の間の秋」や「小倉山」など、意欲的にあれこれ描き入れていた頃と比べ、
画面は単純化され、印象深いものになっています。

「弱法師(よろぼし)」 六曲一双 
 大正4年(1915) 東京国立博物館 重要文化財

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12月20日までの展示でした。
東京国立博物館の平常展にときどき展示されています。
能の「弱法師」を題材にした作品で、下村観山の代表作です。
讒言を信じた父によって家を逐われた俊徳丸は盲目となり、あちこち彷徨ったのち、
春の彼岸の日に四天王寺に辿り着きます。
そこで、俊徳丸を追い出したことを後悔して貧者に施しをしていた父と出会い、
家に帰ることが出来ます。
四天王寺の西門は極楽の東門とされ、西の難波江に沈む夕陽を拝む、
日想観という業が行なわれていた場所です。
満開の梅の傍らに立つ俊徳丸は痩せ衰えた姿で、杖を持ち、大きな赤い入り日に
向かって合掌しています。
束の間の極楽の様を表していて、能の家に生まれた下村観山ならでは作品と云えます。

「竹の子」 昭和5年(1930) 下村晴郎氏蔵
1月8日までの展示で、会場の最後に展示されています。
食道がんの病床にあった観山の許に届けられた竹の子を描いたもので、
絶筆となっています。
確かな線描と瑞々しい色彩で、作品はまったく衰えを感じさせません。


下村観山は、古典の素養を下敷きに、高い技量によって作品を作り上げていった
画家であることがよく分かります。

展覧会のHPです。

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【2014/01/12 21:22】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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