日比谷・有楽町
日比谷の出光美術館では11月1日から12月23日まで、「陶磁の東西交流」展が
開かれています。
朝の日比谷通りと、隣の帝国劇場です。


期間中、学芸員による解説のある日が数日設けられています。
日程は11月20日(木)、12月4日(木)、18日(木)の午前10時30分からと、
11月7日(金)、21日(金)、12月5日(金)、19日(金) の午後6時からです。
30分くらいの解説ですが、興味深い話を聞くことができます。
解説によれば、陶磁の東西交流は大航海時代に始まります。
ヨーロッパの東洋への進出にともない、明の景徳鎮の磁器は16世紀に
大量にヨーロッパにもたらされます。
17世紀の明の衰退による混乱で、景徳鎮からの輸出が途絶えた時に、
肥前の柿右衛門や古伊万里の磁器が注目され、オランダ東インド会社を
介して盛んに輸出されます。
明に替わり清の時代となると、景徳鎮の製品は再び磁器輸出の主流に復帰します。
その間、ヨーロッパの陶磁器はすぐれた東洋の陶磁器を模倣し、技術を高め、
産業として発展していきます。
一方、東洋側もヨーロッパ側の注文に応じた製品を作ったりもして、東西交流は
盛んになされていたということです。
考えてみると、明の滅亡の原因の一つは豊臣秀吉の朝鮮出兵に対する出兵に
ともなう負担だと言われています。
一方、肥前の陶磁器の発展は朝鮮出兵が焼物戦争といわれるほど、多数の
朝鮮の陶工を捕えて日本に連れてきたことに始まります。
歴史の因果とは不思議なものです。
展覧会のHPに載っている2枚の画像は、北宋の政治家、司馬光の子供の頃の
逸話を絵にしたもので、誤って水甕に落ちた子供を、とっさに石を投げ、甕を割って
救ったというものです。
左が柿右衛門、右がドイツのマイセン窯です。
学芸員の方の解説では、絵の意味まではヨーロッパに伝わらなかったので、
各地の窯で写された絵柄は甕の形が小さくなり、割れている様子もはっきりせず、
元の意味が分かりにくくなっているとのことです。
逆に、ヨーロッパからの注文品らしい、半人半馬のケンタウロスを描いた古伊万里の
大皿では、人間と馬の体のつなぎ方が不自然で、顔も中国の仙人のようです。
手本が無いものですから、ケンタウロスらしくない、おかしくて、何だかユーモラスな
絵になってしまったということです。
展示されている東洋趣味の製品を生産していたヨーロッパの窯の名前も、
デルフト(オランダ)、マイセン・フランクフルト・ケルン・アンスバッハ(ドイツ)、
ウイーン(オーストリア)、ファエンツァ・ヴェニス・ドッチア(イタリア)、
ブリストル・チェルシー・ボウ・ウースター・スポード・ダービー・ランベス(イギリス)、
セーブル・ヌーベル・ムーラン(フランス)、ワルシャワ(ポーランド)と、多彩です。
展示品の中に、上野の喫茶店「古城」のコーヒーカップの絵柄と同じものがありました。
中国の青花磁器を写した、Real Old Willowというタイプの絵柄で、今もよく使われています。
陶磁の東西交流の豊かさを示す、一つの手近な例といえるでしょう。
他にも肥前、景徳鎮、ヨーロッパの陶磁器が200点近く展示されています。
会場に並んだ大小の磁器は東西の陶工たちの長年の努力や試行錯誤の
結果だと思うと、趣きの深いものがあります。
出光美術館の斜め向かいの新有楽町ビルには、ウェッジウッドのお店がありました。

chariot
日比谷の出光美術館では11月1日から12月23日まで、「陶磁の東西交流」展が
開かれています。
朝の日比谷通りと、隣の帝国劇場です。


期間中、学芸員による解説のある日が数日設けられています。
日程は11月20日(木)、12月4日(木)、18日(木)の午前10時30分からと、
11月7日(金)、21日(金)、12月5日(金)、19日(金) の午後6時からです。
30分くらいの解説ですが、興味深い話を聞くことができます。
解説によれば、陶磁の東西交流は大航海時代に始まります。
ヨーロッパの東洋への進出にともない、明の景徳鎮の磁器は16世紀に
大量にヨーロッパにもたらされます。
17世紀の明の衰退による混乱で、景徳鎮からの輸出が途絶えた時に、
肥前の柿右衛門や古伊万里の磁器が注目され、オランダ東インド会社を
介して盛んに輸出されます。
明に替わり清の時代となると、景徳鎮の製品は再び磁器輸出の主流に復帰します。
その間、ヨーロッパの陶磁器はすぐれた東洋の陶磁器を模倣し、技術を高め、
産業として発展していきます。
一方、東洋側もヨーロッパ側の注文に応じた製品を作ったりもして、東西交流は
盛んになされていたということです。
考えてみると、明の滅亡の原因の一つは豊臣秀吉の朝鮮出兵に対する出兵に
ともなう負担だと言われています。
一方、肥前の陶磁器の発展は朝鮮出兵が焼物戦争といわれるほど、多数の
朝鮮の陶工を捕えて日本に連れてきたことに始まります。
歴史の因果とは不思議なものです。
展覧会のHPに載っている2枚の画像は、北宋の政治家、司馬光の子供の頃の
逸話を絵にしたもので、誤って水甕に落ちた子供を、とっさに石を投げ、甕を割って
救ったというものです。
左が柿右衛門、右がドイツのマイセン窯です。
学芸員の方の解説では、絵の意味まではヨーロッパに伝わらなかったので、
各地の窯で写された絵柄は甕の形が小さくなり、割れている様子もはっきりせず、
元の意味が分かりにくくなっているとのことです。
逆に、ヨーロッパからの注文品らしい、半人半馬のケンタウロスを描いた古伊万里の
大皿では、人間と馬の体のつなぎ方が不自然で、顔も中国の仙人のようです。
手本が無いものですから、ケンタウロスらしくない、おかしくて、何だかユーモラスな
絵になってしまったということです。
展示されている東洋趣味の製品を生産していたヨーロッパの窯の名前も、
デルフト(オランダ)、マイセン・フランクフルト・ケルン・アンスバッハ(ドイツ)、
ウイーン(オーストリア)、ファエンツァ・ヴェニス・ドッチア(イタリア)、
ブリストル・チェルシー・ボウ・ウースター・スポード・ダービー・ランベス(イギリス)、
セーブル・ヌーベル・ムーラン(フランス)、ワルシャワ(ポーランド)と、多彩です。
展示品の中に、上野の喫茶店「古城」のコーヒーカップの絵柄と同じものがありました。
中国の青花磁器を写した、Real Old Willowというタイプの絵柄で、今もよく使われています。
陶磁の東西交流の豊かさを示す、一つの手近な例といえるでしょう。
他にも肥前、景徳鎮、ヨーロッパの陶磁器が200点近く展示されています。
会場に並んだ大小の磁器は東西の陶工たちの長年の努力や試行錯誤の
結果だと思うと、趣きの深いものがあります。
出光美術館の斜め向かいの新有楽町ビルには、ウェッジウッドのお店がありました。

trackback
trackback url ↓
http://nekoarena.blog31.fc2.com/tb.php/229-f479d145
http://nekoarena.blog31.fc2.com/tb.php/229-f479d145
blog_name=【弐代目・青い日記帳 】 ♥ 「陶磁の東西交流」展
出光美術館で開催中の
やきものに親しむVI「陶磁の東西交流―景徳鎮・柿右衛門・古伊万里からデルフト・マイセン―」展に行って来ました。
思わず笑い転げてしまいそうになる展覧会。
東洋陶器とヨーロッパ陶磁器との比較展示。
美術館自ら「得意の展示」と言...
【2008/11/12 22:26】
【2008/11/12 22:26】






