「菱田春草展」 東京国立近代美術館
竹橋
chariot

竹橋の東京国立近代美術館では 、「菱田春草展」が開かれています。
会期は11月3日(月・祝)までです。

菱001

近代日本画を代表する画家の一人、菱田春草(1874-1911)の作品、
100点以上を展示する展覧会です。
10月13日までの前期と10月15日からの後期でかなりの展示替えがあります。

副題は、「見つめあえたら、きっと運命。」となっていて、チラシには
以下の言葉が載っています。

 ごきげんよう。
 突然目が合ってしまいましたね。
 さてはあなた、猫好きですね?

 私の名前は、黑き猫。
 明治時代を代表する日本画家、菱田春草の筆から
 生まれ、こう見えて肩書は、重要文化財です。

 百余年前にモデルをつとめたときは、
 まさかこんなに有名になるとは思っていませんでした。

 ここで出会えたのも、何かのご縁。
 さあ、私と一緒に、麗しき日本画の秋を楽しみましょう。


1章 日本画家へ:「考え」を描く 1890-1897年

菱田春草は長野県飯田市出身で、東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業しています。
初期の作品は東京藝術大学が多く所蔵しています。

「水鏡」 1897(明治30)年 東京藝術大学
菱田009

前期の展示です。
22歳の時の作品です。
天女が紫陽花の枝を持ち、水鏡に自分の姿を映しています。
天女も永遠には若くなく、やがては衰えるという、天女衰相を表したとのことで、
色の移ろいやすい紫陽花を添え、水は濁って描いたそうです。
古画の模写などで得たであろう線描の技量は高く、堂々とした作品です。


2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く 1898-1902年
1898年に東京美術学校の内紛で岡倉天心が校長を辞職すると、教師をしていた
菱田春草、横山大観、下村観山らも辞職し、日本美術院を興します。
そして、光や空気感を出すために輪郭線を使わないで描く技法に取組みますが、
これは「朦朧体」と呼ばれ、非難されることになります。

「菊慈童」 明治33年(1900) 飯田市美術博物館
菱田010

前期の展示です。
周の王に仕えていた少年が罪を得て深山に流されたものの、菊の葉から滴る
水の霊力によって不老不死となったという話で、能の演目にもなっています。
木々の紅葉した山中で、少年が水辺に佇んでいます。
輪郭線を用いず、遠方を薄く描く空気遠近法によって、深山幽谷の気配を表しています。
25歳の作品で、近代日本画の1期生と言える春草たちがいかに若い時に日本画の
革新運動を興していたのかが分かります。

「王昭君」 明治35年(1902) 善寶寺 重要文化財 
菱田002

絵師に賄賂を贈らなかったために醜い肖像画を描かれ、そのため匈奴に
嫁ぐことになった王昭君の悲劇を題材にしています。
色彩は明るく、やわらかな光を感じる作品で、輪郭線が無いので王昭君や
後宮の女性の姿は淡く浮かんでいます。


3章 色彩研究へ:配色をくみたてる 1903-1908年

「賢首菩薩」 明治40年(1907) 
 東京国立近代美術館 重要文化財

菱田003

朦朧体の時期から、今度は色彩研究の時期に移ります。
賢首菩薩とは華厳宗第3祖の法蔵のことで、則天武后の庇護を受けて華厳宗を
大成させています。
則天武后に華厳の教えを述べた時、側にあった金の獅子像を使って説明した
という逸話から、横に金獅子が置かれています。
細かい点描を使って色彩を表現するという、斬新な技法に依っていますが、
これも斬新な分だけ当初は不評だったようです。
補色の効果を狙ったり、一部にカドミウムイエローなど西洋絵具も用いるなどして、
色彩についていろいろな工夫をしています。
菱田春草は遠近感を出すための線遠近法を採らなかったそうですが、
椅子の描き方には線遠近法が入っています。


4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない 1908-1911年

明治39年(1906)に天心、春草、大観、観山らの日本美術院は茨城県の五浦に
移りますが、春草は眼病の治療のため東京に戻り、代々木に住みます。
代々木に残る武蔵野の雑木林を描いたのが「落葉」の連作です。
同じ題材を描いている作品でも、画面が簡略化され、背景も描かれなくなって
いくのが分かります。

「落葉」 明治42年(1909) 
 永青文庫(熊本県立美術館寄託) 重要文化財

菱田004

左隻
菱田005

右隻
菱田006

前期の展示です。
紅葉の華やぎもない、枯れてしんと静まった秋の雑木林を描いています。
すっきりと簡略な画面で、空気遠近法によって遠くの木や落葉は薄く描かれ、
奥行きを感じさせます。

「黒き猫」 明治43年(1910) 
 永青文庫(熊本県立美術館寄託) 重要文化財

菱田007

部分
菱田008

後期の展示です。
背景は無くなり、上に広がる柏葉に対して、下にいる黒い猫が画面を
引き締めています。
黄金色の柏葉は柔らかな描線で、猫は毛のふわふわした感じまで
表しています。
猫は黒一色ではなく、口のところが分かるように濃淡を付けてあります。
簡潔で、琳派のような装飾的な世界に行き着いています。

「黒猫」(部分) 明治43年(1910) 播磨屋本店
菱田012

同じ時期の作品で、こちらは柿の木の下の猫です。
この頃の菱田春草は草木と動物の取り合わせをよく描いています。


菱田春草はこの翌年、明治44年(1911)に36歳で亡くなっています。
その後の日本画の改革は横山大観らによって進められますが、もし春草がもっと
生きていたら、どのような作品を生み出し、その後の日本画はどんな風になって
いたのでしょうか。


次回の展覧会は「高松次郎ミステリーズ」です。
会期は12月2日(火)から2015年3月1日(日)までです。

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【2014/10/04 20:08】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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