「フェルディナント・ホドラー展」 国立西洋美術館
上野
chariot

上野の国立西洋美術館では、「フェルディナント・ホドラー展」が開かれています。
会期は2015年1月12日(月・祝)までです。

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日本・スイス国交樹立150周年を記念しての展覧会で、スイスの象徴主義の画家、
フェルディナント・ホドラー(1853 – 1918)の作品、約100点が展示されています。

ホドラーはベルンの貧しい家庭に6人兄弟の長男として生まれますが、若くして
父母兄弟のすべてを結核などの病気で失っています。

「アハシュエロス(永遠のユダヤ人)」 1886年 
 ヴィンタートゥール、オスカー・ラインハルト美術館アム・シュタットガルテン

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初期の作品で、あるユダヤ人が十字架を背負ってゴルゴタの丘に向かうイエスに
休息の場を求められたのを拒絶したため、最後の審判の日まで世界を放浪する
罰を受けた、という中世の伝説が題材です。
彷徨える放浪者というよりは、巡礼している求道者か哲学者のように見えます。
ホドラーの初期の人物画は内省的な雰囲気を持っており、象徴主義に通じるものがあります。

「オイリュトミー」 1895年 ベルン美術館
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白い衣をまとった5人の老人がうなだれて落葉の上を歩いていて、これは死への道である
ことが分かります。
しかし、オイリュトミーとはギリシャ語由来の言葉で、「良いリズム」という意味とのことです。
ホドラーは後年、死があるからこそ生は躍動し、それぞれが異なるリズムを持つ、
と述べています。
題名からも死を積極的に解釈しようとする姿勢が読み取れます。

1889年に描かれた、有名な「夜」ではホドラー自身と思われる男の上に、死を象徴する
不気味な黒い物がのしかかり、男は恐怖におののいています。
この作品では白い衣によって死も浄化されているように見え、「夜」で描かれているのが
若者たちであるのに対して、こちらは老人で、老いの後に来る自然の摂理として
死を捉えているようです。
ホドラーの特徴である、同じ形態を繰り返し並べてリズムを生み出すパラレリズム
(平行主義)がはっきり表れた画面になっています。

「感情 III」 1905年 ベルン州
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「オイリュトミー」とは対照的に、芥子の花の咲く野を4人の女性が青い衣をまとって
歩いています。
皆、向こうを向き、表情は分かりませんが、手の所作はそれぞれ異なります。
ホドラーは、人の感情は動作で表現され、それは女性によく現れると考えていたようだ
とのことです。
左から2人目の衣は青とピンクの面白い重なりをつくっています。

「昼 III」 1900/10年頃 ルツェルン美術館
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3人の女性が向かい合い、それぞれの手が何かの所作をしています。
左右対称で、波打つ女性の髪、背景や布の表現など、とても装飾的で、
また仏像の三尊像を思い出します。
題名からすると、中央の女性は太陽、左右は午前と午後のようでもあり、
曲線の背景は地球のようにも見えます。

このような明快な色彩、簡潔な形態で構成される装飾的な画面は壁画に向いていて、
ホドラーは壁画を得意としたシャヴァンヌからも学び、いくつもの壁画を手掛けています。

『「無限へのまなざし」の単独像習作』 1913-1915年
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ホドラーはチューリヒ美術館の階段壁面の壁画を依頼され、没年の1918年に
完成させています。
完成作は青い衣装を着けた5人の女性像で、少しずつ異なったポーズで並んで立っていて、
そこにリズムを感じさせるようになっています。


ホドラーはスイス各地の風景をよく描いています。
こちらも左右対称を意識した画面構成が特徴の作品が多く、また平行線が強く
意識されています。いです。

「シェーブルから見たレマン湖」 1905年頃 ジュネーブ美術・歴史博物館
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左右対称だけでなく、湖面に雲が映って上下対称の構図になっています。

「トゥーン湖とニーセン山」 1910年 個人蔵
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こちらも左右対称の構図で、山の形が湖に映っています。
ホドラーの風景画は雲や水面を使って、画面を再構成しています。

「白鳥のいるレマン湖とモンブラン」 1918年 ジュネーブ美術・歴史博物館
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最晩年の作品で、健康状態が悪化して外出の難しくなったホドラーはジュネーブの
自宅の窓から見える景色を描いています。
はるか遠くに見えるフランスのモンブランを中心に置き、レマン湖には白鳥を1列に並べています。

絵葉書にもこの白鳥が並んでいます。
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「ミューレンから見たユングフラウ山」 1911年 ベルン美術館
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ミューレンはスイスの山村で、東南にユングフラウが見えます。
作品では北壁の残雪も描き出しています。
望遠鏡や双眼鏡を使い、山岳写真も参考にしていたそうですが、山塊は平面を組み上げた
ような形をしています。

「木を伐る人」 1910年 ベルン モビリアール美術コレクション
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1911年から1958年まで流通していた50スイスフランに使われた絵柄の原画です。
この人は左利きのようですが、紙幣の絵柄より原画の方が斧を振りかぶった姿に
力強さがあります。
スイスは現在もユーロ圏に入っておらず、スイスフランが流通しています。
ホドラーは生涯スイスで制作を続け、国民的人気を得る画家となっています。

「ヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルの肖像(パリジェンヌ II)」 1909年 ベルン美術館
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ヴァランティーヌ・ゴデ=ダレルはホドラーと20歳年の違う恋人で、ホドラーは彼女を
モデルにした作品も多く描いています。
ホドラーと会った翌年で、幸せそうな顔で振り向いています。

「バラの中の死したヴァランティーヌ・ゴデ=ダレル」
 1915年 チューリヒ、コーニンクス財団

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ヴァランティーヌはガンに侵され、1915年に亡くなっていますが、ホドラーは病床の彼女を
スケッチし、亡くなった翌日にはその遺骸を油彩で描き遺しています。
痩せこけた顔や手足も偽らずに描いていますが、背景は明るいピンクに塗られ、
紅いバラも浮かんでいます。

ふと、香月泰男がシベリア抑留の体験を描いた作品を思い出しました。
1947年に描いた「埋葬」はシベリアシリーズの最初の作で、墓穴に埋葬されようとする
兵士が描かれていますが、全体に暖かい色調で、その後の黒々と沈んだ色調とは
かなり違います。
暖色を用いたのは、死者を荘厳(しょうごん)しようという気持ちの表れでしょうか。
ホドラーの絵にも似たものを感じます。

「バラのある自画像」 1914年 シャフハウゼン万聖教会博物館
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晩年の自画像で、眉を吊り上げてこちらを見ています。
色彩は明るく、背景のバラが華やかさを増しています。


日頃はあまり観る機会の無かったホドラーの初期から晩年の作品をまとめて
観ることが出来ました。
とりわけ、壁画のモニュメンタルな画面にふさわしい、劇的で装飾的な画風を
面白いと思いました。

展覧会のHPです。


国立新美術館で12月25日(月)まで開かれている、「チューリヒ美術館展」にも
ホドラーの作品6点が展示されています。

「チューリヒ美術館展」の記事です。

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【2014/10/10 20:18】 美術館・博物館 | トラックバック(2) | コメント(0) |
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