「高野山開創1200年記念 高野山の名宝展」 サントリー美術館
六本木・乃木坂
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六本木のサントリー美術館では、「高野山開創1200年記念 高野山の名宝展」が開かれています。
会期は12月7日(日)まで、休館日は火曜日です。
一部に展示替えがあります。

高野山001


平成27年(2015)に行なわれる、「高野山開創1200年記念大法会」に先立ち、
弘法大師空海の開いた高野山金剛峯寺の名宝約50件を展示するものです。

「弘法大師坐像(萬日大師)」 室町~桃山時代 16~17世紀
高野山010

会場の入口に置かれてある、弘法大師空海の像で、流布している弘法大師像の姿に
則っていますが、顔が左を向いています。
ある行者がこの像に30余年(約1万日)参詣を続けたところ、大師が夢に現れ、
「萬日の功、真実なり」と言って東方を向いた。夢から覚め、大師像を拝むと、
首が東方を向いていた、という逸話があり、萬日大師と呼ばれています。
若々しく力のみなぎった顔で、唇に朱色、手に持つ独鈷に金色が残っています。

「聾瞽指帰(ろうごしいき)」 空海筆 平安時代 8~9世紀 国宝
空004

10月20日まで上巻、22日から27日まで下巻の展示で、画像は上巻です。
3人の人物の問答形式で、儒教、道教、仏教のうち、仏教が勝るとした論考で、
「三教指帰(さんごうしいき)」の原稿とされる文書です。
青年時代の空海が出家に当たっての決意を述べたものです。
右肩上がりの書体で書かれていて、前から4行目に見える仮名乞児が
仏教の優位を述べています。
上巻には脱字した「拒」の字が加筆されていて、弘法も筆の誤りは
実際にあったようです。

「諸尊仏龕」 唐時代 8世紀 国宝
高野山005

空海が唐から持ち帰った品で、高さ約23㎝あり、白檀材を縦に切って、つないであります。
中央に如来を中心に11尊、左右の扉に菩薩を中心に各7尊が彫られています。
扉を閉じると携帯できるようになっている携帯仏像で、枕本尊とも呼ばれています。
これを枕にすれば、蓮の台(うてな)に乗った夢を見られるでしょうか。

「大日如来坐像」 平安時代 仁和3年(887) 重要文化財
高野山011

大日如来は密教で中心の仏とされています。
像高約1mの檜の一木造で、内刳りはされていません。
光背と宝冠を外して展示されているので、貞観様式の像の特徴がよく分かります。
お顔も体躯もしっかりとして堂々とした姿で、髪を大きく高く結い上げています。
仁和3年の西塔の創建当初から本尊として祀られていたと考えられ、高野山の数少ない
平安時代初期の仏像とのことです。

「大日如来像」 鎌倉時代 13世紀 重要文化財
高野山012

11月3日までの展示です。
寛元3年(1245)に開眼供養されており、制作時期のほぼ特定できる貴重な作品とのことです。
金剛界の大日如来で、智拳印と呼ばれる印を結んでいます。
如来は通常、装身具を着けない姿で描かれますが、大日如来は諸仏を統一する
最高の地位にあることを表すため、装身具で華やかに飾られています。
光背や蓮台は鮮やかに彩色され、肉身の肌色は立体感を出して描かれています。

私はこの像の写真を自分のファイル帖の最初に長い間、置いていました。
ここで会うことが出来て、感慨深い思いがします。

「五大力菩薩像のうち金剛吼菩薩像」 
 平安時代 10~11世紀 有志八幡講十八箇院蔵 国宝

高野山006

11月3日までの展示です。
国家鎮護を祈る二王会(にんのうえ)の本尊として祀られており、元は5幅ありましたが、
2幅は火災で焼失しています。
縦3ⅿ以上ある、見上げるような大きな掛軸で、火炎を背負い、赤い口を開いて
憤怒の形相を見せる姿にはすさまじい迫力があります。
菩薩は通常、穏やかな表情で表されますが、五大力菩薩は鎮護国家の働きから
憤怒の姿で表されます。
護摩の焚かれる暗いお堂の中では、この像はさぞ恐ろしげに見えることでしょう。

竜王吼菩薩像は11月5日~24日、無畏十力吼菩薩像は11月26日~12月7日までの展示です。

「八大童子像」 運慶作 鎌倉時代 12世紀 国宝
高野山002

左から恵光(えこう)童子、矜羯羅(こんがら)童子、制多迦(せいたか)童子
高野山009

制多迦童子
高野山013


八大童子は不動明王に仕える童子です。
左端の指徳童子と右端の阿耨多童子(あのくたどうじ)の2体は南北朝時代の作です。
どの童子も口が右に少し上がっていて、表情にニュアンスを持たせています。

高野山でも1年のうち短い期間に2体程を展示してあるだけとのことなので、
このように8体すべてを観ることの出来る機会はなかなかありません。 

「孔雀明王坐像」 快慶作 鎌倉時代 正治2年(1200) 重要文化財
高野山008

羽根を広げた孔雀の背に乗る明王で、高野山孔雀堂の本尊です。
明王は人々を強化するため大日如来の命を受けた仏、あるいは大日如来自身が
変化(へんげ)した姿ともされています。
孔雀は毒蛇を食べてしまうことから、孔雀明王は災厄や苦痛を取り除く功徳があるとされ、
また雨乞いの修法の本尊でもあります。
正治元年(1199)に京都の神泉苑で行われた孔雀経法の効験で雨が降ったことを賞して、
後鳥羽上皇の御願により孔雀堂が建てられ、孔雀明王が造像されています。
快慶の前期の作風とのことで、胴は細くすっきりと端正なお顔です。

「四天王立像」 快慶作 鎌倉時代 12~13世紀 重要文化財
高野山003

広目天像
高野山004

四天王は仏教の守護神で、須弥山の四方を守っています。
本尊を祀る須弥壇の四隅によく置かれている像です。
広目天像に快慶の銘があることから、4体は快慶の工房の作で、広目天像は快慶自身の作と
考えられています。
広目天像は一番優れた出来栄えとのことで、顔の筋肉の盛り上がりもくっきりとしています。

「澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃」 平安時代 12世紀 国宝

高野山007

手箱ほどの大きさで、蒔絵でカキツバタ、オモダカ、千鳥を描き、螺鈿を貼った千鳥もあります。
掛け子は透かし彫りになっていて、螺鈿がふんだんに使われている、この上なく優美な
拵えの唐櫃です。
平安貴族の寄進した経文でも納めてあったのでしょうか。


高野山金剛峯寺は密教寺院なので、さまざまな姿の仏が祀られています。
山中深い処にある、その貴重な諸仏諸尊を観覧できる、又とない機会です。

展覧会のHPです。

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【2014/10/14 19:57】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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