「ジョルジョ・デ・キリコ―変遷と回帰」展 パナソニック汐留ミュージアム
新橋・汐留
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新橋のパナソニック汐留ミュージアムで開かれている、「ジョルジョ・デ・キリコ―変遷と回帰」展の
Web特別内覧会に行ってきました。
会期は12月26日(金)までで、休館日は水曜日ですが、12月の水曜日は開館します。

キリコ001


シュルレアリスムに大きな影響を与えた、イタリアの画家、ジョルジョ・デ・キリコ
(1888-1978)の初期から最晩年までの作品、約100点が展示されています。
パリ市立近代美術館に寄贈された未亡人イザベッラの旧蔵品が中心で、
約80%が日本初公開とのことです。
デ・キリコは画風を大きく変えたり、後に元の画風に戻ったりしているので、
副題も「変遷と回帰」となっています。

会場では萩原敦子学芸員のていねいな解説を伺いました。

I 序章:形而上絵画(メタフィジカ)の発見

ジョルジョ・デ・キリコ(1888-1978)はギリシャ生まれのイタリア人で、父の死後、
ドイツのミュンヘンに移り、1907年にミュンヘンの美術学校に入学しています。
ここでニーチェを熱心に読んでいます。
その頃のミュンヘンはカンディンスキーが活動していましたが、キリコは一時代前の
ベックリンなどに惹かれたそうです。
たしかにキリコの作品にはベックリンに通じるものがあります。
ただ、ベックリンの北方の冷たい静寂に対して、キリコは南の日差しを浴びた空虚です。

1910年代は形而上絵画という、キリコ独特の世界を描き、シュルレアリスムの
先駆けとなっています。
現実の物を超えた本質を描くのが形而上絵画であるとんことで、個別の物は
写実的でありながら、全体としては不思議な画面になっています。
この時期の作品は4点、展示されています。

「謎めいた憂愁」 1919年 パリ市立近代美術館
室内のようですが、遠近感にまとまりの無い不安定な画面で、彫像はヘルメスです。
ヘルメスは冥界の使者でもあり、1919年にスペインかぜで亡くなった友人の
アポリネールの死を悼んでの作品とも言われています。
箱のような物に貼り付いているのはビスケットで、ユダヤ人街で見かけた大きな
ビスケットが元になっているそうです。

II 古典主義への回帰

第1次世界大戦後の1919年頃からキリコは古典的な画風の作品を描くようになります。
ローマに移住して、美術館で観た古典絵画に感銘を受け、その技法を取り入れています。

「林檎と葡萄のある静物」 1931年 パリ市立近代美術館
綿密な、マチエールを意識した作品で、ルノワールの絵だろうかと思ってしまいます。

第一次世界大戦の戦禍を目の当たりにした芸術家たちが、現代というものに疑惑を持って、
前衛美術から離れ、秩序のある古典の世界に関心を寄せる動きがありました。
ピカソやマティス、ドランなどがその例です。
しかし、シュルレアリスムの先駆けと思われていたキリコの作風の変化は、
アンドレ・ブルトンなど、それまでの支持者たちから非難を受けることになります。

III ネオ・バロックの時代 - 「最良の画家」としてのデ・キリコ

1940年代初頭からは更に進んで、バロック調の作品や、ロマン主義的な作品を
描くようになります。
遠くにギリシャ神殿の見える海岸で、飾りを付けた馬が跳ねていたりします。

「赤と黄色の布をつけた座る裸婦」 パリ市立近代美術館
2番目の妻のイザベッラ・ファーをモデルにした、ルーベンスのような量感のある裸婦像です。
イザベッラはキリコの良き理解者で、多くのキリコの作品をパリ市立近代美術館に
寄贈しています。

「ヴェネツィア、パラッツォ・ドゥカーレ」 1957年 
 ガレリア・ダルテ・マッジョーレ、ボローニャ

ドゥカーレ宮殿を描いた、とても写実的で巧みな作品で、キリコの絵には見えません。
刺激的な作品を描く画家は基礎もしっかりしていることを表しているといえます。

IV 再生 - 新形而上絵画(ネオ・メタフィジカ)

キリコは古典主義的な作品を描くようになってからも形而上絵画はずっと描き続けています。
過去の自分の作品を複製したような作品も描き、しかも実際の制作年とは違う制作年を
書き入れることもあります。
空間だけでなく、時間も不安定なものにしています。

「古代的な純愛の詩」 1970年頃 パリ市立近代美術館
初期のモティーフが使われた作品で、実際の制作年とは違う、1942という数字を
書き入れて混乱させています。
列柱の並んだような建物がよく登場しますが、これはトリノに行った時に見た、
アーケードを組み込んだ建物群の印象が元になっているそうです。

「不安を与えるミューズたち」 パリ市立近代美術館
1974年制作の平面作品、「不安を与えるミューズたち」に描かれた人物をブロンズにして
銀メッキを施した作品です。
キリコは彫刻も手掛けています。
この作品の展示には、パナソニック社の技術による工夫がしてあって、しばらく観ていると
その面白い仕掛けが分かります。

この章の壁にはギリシャをよく題材にしたキリコにちなんで、ギリシャ神殿を模した
飾りが付いています。

V 永劫回帰 - アポリネールとジャン・コクトーの思い出

あちこちに移り住んでいたキリコはパリにも長く住んでいました。
アポリネールの詩集、「カリグラム」(1918年)やジャン・コクトーの詩集、「神話」(1934年)の
挿絵を描いており、晩年にはそれを元にした作品も描いています。

「燃えつきた太陽のあるイタリア広場、神秘的な広場」 1971年 パリ市立近代美術館
2つの太陽のモティーフはアポリネールの「カリグラム」の挿絵に描かれていたものです。

晩年の作品にになると、色彩が明るくなっています。

キリコは形而上絵画でデビューし、古典に移り、ふたたび形而上絵画に回帰するという、
複雑な道を辿っています。
キリコは父の死によりギリシャを出てからミュンヘンで学んでいますが、もしイタリアに戻って、
まずイタリアの古典芸術を学んでいたら、画家として違った歩みを見せていたかもしれません。

キリコの自画像を観ると、自信ありげな顔をしています。
キリコは「自分の形而上絵画を理解できる人間は世界に2.3人しかいない」と述べていますが、
たしかに「君たち、僕の絵が分かるかね」と言っているようにも見えます。
しかし、世界に2.3人しか理解できる者がいないということは、私たちのキリコの理解は
まだまだ足りないということになりそうです。

キリコの、特に古典主義時代以降の作品をまとめて観られて、画業の変遷を辿ることの出来る、
興味深い展覧会です。

展覧会のHPです。

次回の展覧会は「ジュール・パスキン展」です。
会期は2015年1月17日(土)から3月29日(日)までです。

パスキン001

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【2014/11/10 20:19】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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