「没後400年 古田織部展」 松屋銀座
銀座
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松屋銀座8階イベントスクエアでは、「没後400年 古田織部展」が開かれています。
会期は1月19日(月)まで、観覧料は一般1000円です。

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戦国武将で、茶の湯名人と呼ばれた古田織部(1544-1615)を紹介する展覧会です。

古田織部は美濃出身で土岐氏の家臣でしたが、後に信長・秀吉・家康らに仕えています。

千利休に茶を学び、利休亡き後は天下の茶人として茶の世界に大きな影響を与えますが、
大坂夏の陣の後、豊臣方への内通を疑われ、切腹を命じられています。

織部は利休の高弟ですが、利休の侘茶と違って、織部焼など織部好みと呼ばれ
る豪放なスタイルを生み出したことで有名です。

「黒織部茶碗(織部花押)」 個人蔵
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歪みの大きな茶碗で、内側は黒釉がかかり、外側に元気の良い筆遣いで幾何学模様が
描いてあります。
底の外側には織部の花押が書いてあり、この茶碗は織部好みのマスターピースといえます。
織部は多くの職人・陶工を雇って制作に当たらせていました。

「鳴海織部州浜形手鉢」 個人蔵
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鳴海織部とは白土と赤土を継ぎ合わせ、白土部分には緑釉をかけ、赤土部分には
白泥を塗って模様を描いたものを云います。
型で作った容器で、瓜やひょうたんが描かれ、把手も曲げて変化を付けています。

「萩割高台茶碗 銘 是界坊」 京都・薮内燕庵蔵
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1月9日までの展示です。
萩焼ですが、織部のデザインに基いて毛利秀元が作らせたものとされ、高台に切り目が入り、
口縁は三角に歪んでいます。
是界坊(是害坊)は今昔物語に登場する中国の大天狗で、日本の仏法を妨げるため
やって来ますが、比叡山の僧との験比べに敗れ、中国に帰っていきます。
その強者ぶりから茶碗の名となったのでしょう。

「伊賀芋頭水指」 個人蔵
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芋頭水指とは里芋の形をした水指を云います。
伊賀焼風の織部で、縦線が数本入り、伊賀焼の自然釉に倣って透明なビードロ釉が
かかっています。
竹籠の形を写したとされていますが、ゴツゴツとして歪みも激しく、形が大きいだけに
強い印象を与えます。

「織部耳付茶入 銘 餓鬼腹」 京都・野村美術館蔵
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餓鬼草子に描かれた、痩せた体に腹だけ膨れた餓鬼の姿に似ているので、
この名が付いています。
はなはだ雅びでない名前ですが、強欲を諌める心意味があるのでしょうか。
加賀前田家3代当主の前田利常がこの茶入を気に入り、黄金300枚で需めたという
逸話があります。

織部好みの茶室も再現されています。
窓の数が多く、明るく開放感のあるつくりです。

ともかく織部の美意識は大胆で斬新、勢いがあるので、織部の茶器を使う方も
その迫力に負けないようにしないといけません。

古田織部は気骨のある人だったようで、千利休が秀吉の怒りに触れて追放された時、
誰もが後難を恐れて見舞わなかったのに、細川忠興と古田織部だけが見舞っています。
千利休は茶道における指導者としての影響力の大きさが災いしてか、秀吉に切腹を
命じられています。
古田織部も利休と似た立場になったとき、その気骨や影響力が徳川家にはうとましかった
のかもしれません。

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【2015/01/02 19:24】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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