「日本の妖美 橘小夢展」 文京区 弥生美術館
根津・東大前
chariot

文京区の弥生美術館では「日本の妖美 橘小夢展」が開かれています。
会期は6月28日(日)までです。

橘001


橘小夢(たちばなさゆめ:1892-1970)は挿絵画家で、妖艶な女性を
日本画や木版画で描いています。

秋田市生まれで、生来、心臓疾患があったので、好きな本を読んだり、
絵を描いていれば良いと言われて育ったそうです。
1908年に上京し、洋画を学んだ後、川端玉章の主宰する川端画学校に入って、
日本画を学んでいます。
やがて、雑誌の挿絵や扉絵を描くようになり、矢田挿雲の「江戸から東京へ」の
挿絵を手掛けたり、岡本綺堂との親交から芝居関係の挿絵なども手掛けます。

描いたのはおもに女性で、玉藻前、細川ガラシャ、八百屋お七、唐人お吉、
お蝶夫人など、どれも妖艶で、凄味さえ感じる姿です。

「花魁」 日本画 大正12年(1923)
橘002

関東大震災のため、初期の多くの肉筆画が失われていますが、郷里の秋田県には
何点か残っていました。
そのうちの1点で、震災の年に描かれ、焼失を免れています。
強い赤色が白い肌を際立たせ、打掛や帯がうねるように広がっています。

「水魔」 版画 昭和7年(1932)
大正001

河童を題材にして官能的な世界を表し、水紋の広がりが妖しい雰囲気を増しています。
病弱だった橘小夢には、作品に死への親近性が見られます。
自費出版による版画集の第1作ですが、内務省より発禁処分を受けています。
第1次上海事変、五・一五事件の起こった年であり、橘小夢の世界は時代の風潮に
受け入れられなくなってきています。

橘小夢はその作風から、戦中から戦後しばらくは活動の機会を得なくなっています。

「地獄太夫」 日本画 昭和35年(1932)頃
晩年の作品で、2曲1隻の屏風に地獄太夫の立ち姿を描いています。
地獄太夫は室町時代の遊女で、山賊にかどわかされて堺に遊女として
売られますが、現世の不幸は前世の行ないの故であるとして、
着物には地獄変相図を刺繍していたと云われています。

作品では地獄太夫は針山地獄や釜茹で地獄、晒し首などを描いた打掛をまとい、
手には払子を持って、見得を切るように振り向いています。

戦後、社会も落着いてきた晩年になり、自分の作品を自分の子どもたちのために
残しておこうと思って描いた作品とのことですが、その筆遣い、迫力にはまったく
衰えがありません。


橘小夢は今まであまり作品を観る機会の無かった画家ですが、この展覧会で多くの
肉筆画や版画を観て、その魅力を充分味わうことが出来ました。

展覧会のHPです。


併設された竹久夢二美術館では、「竹久夢二 詩と絵のおくりもの」展が開かれています。
会期は6月28日(日)までです。

竹久001

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【2015/05/27 19:31】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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