「画鬼・暁斎―KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」展 三菱一号館美術館
東京
chariot

丸の内の三菱一号館美術館では「画鬼・暁斎―KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」展が
開かれています。
会期は9月6日(日)までです。
8月2日までの前期と8月4日からの後期で一部展示替えがあります。 

暁斎001


河鍋暁斎(かわなべきょうさい)(1831-1889)は幕末から明治にかけての絵師で、
はじめ歌川国芳に弟子入りし、その後狩野派に学び、後にさまざまな画法も手掛けて、
多彩な画業を展開しています。

明治時代、お雇い外国人として来日し、鹿鳴館や展覧会の開かれている三菱一号館を
設計したジョサイア・コンドル(1852-1920)は日本文化への関心が深く、河鍋暁斎に
弟子入りして絵画を学んでいます。

展覧会では暁斎の作品とともに、コンドルの描いた作品や建築関係の資料なども
展示されています。

「鹿鳴館の木製階段」 明治16年(1883)竣工 東京大学
手摺にアカンサスや唐草など、細かい彫刻が施されています。
西洋の意匠を採り入れ、消化した、当時の職人の技能には感心します。

「鯉之図」 明治 河鍋暁斎記念美術館
コンドルが師の暁斎の描いた鯉の絵を手本にした作品です。


「毘沙門天之図」(部分) 嘉永元年(1848) 河鍋暁斎記念美術館
暁斎002

駿河台狩野家の狩野洞白陳信に弟子入りした、10代の頃の絵で、現存する暁斎の
作品の中では最も早い時期のものです。
暁斎は狩野洞白の元では極めて優秀な門人だったということです。

「風流蛙大合戦之図」(部分) 元治元年(1864) 河鍋暁斎記念美術館
暁斎006

元治元年の第一次長州征伐を蛙合戦(かわずがっせん)に見立てた、
大判3枚続きの浮世絵です。
蛙はメスを争って大勢のオスが争う蛙合戦を繰り広げることで知られています。
右の六葉葵紋の旗を立てた徳川勢が、左の沢潟紋の長州勢を水鉄砲で攻撃しています。
実際の第一次長州征伐では戦闘は行われていません。

幕末明治の動乱期になると狩野派の絵師として暮らすのは難しく、暁斎もさまざまな
画法の絵を手掛けていきます。
特に戯画に巧みだったので注文も多くなりますが、明治3年には明治政府の役人を
批判する戯画を描いた廉で、牢屋に入れられています。
翌年に放免されたのを機にそれまで狂斎と名乗っていたのを改め、暁斎(きょうさい)と
しています。

『河竹黙阿弥作 「漂流奇譚西洋劇」 パリス劇場表掛りの場』 
 明治12年(1879) がす資料館

暁斎008

新富座の興行の宣伝に描かれていて、後ろから光を当てて、画面を浮き上がらせる
行灯絵になっています。
背景はパリのオペラ座です。
ガス灯が描かれていて、がす資料館の所蔵です。

「鳥獣戯画 猫又と狸」 明治時代 河鍋暁斎記念美術館
暁斎003

赤い着物の猫、花飾りを付けた狸に、モグラ、イタチが一緒になって踊っています。
下絵なのか、猫の部分は紙を継ぎ足してあります。
猫又は山中に住む、猫のような妖怪、あるいは年を経た猫が化けた妖怪のことで、
徒然草にも登場しています。

「惺々狂斎画帖(三)」 明治3年(1870)以前 個人蔵
暁斎013

後期の展示です。
竹藪から現れた猫又に、お百姓がおおげさにのけぞって驚いています。
前期にはこの絵を拡大した垂れ幕があって、そこだけは猫又との2ショット
の記念撮影が出来ます。

「暁斎楽画第九号 地獄太夫がいこつの遊戯ヲゆめに見る図」 
 明治7年(1874) 河鍋暁斎記念美術館

暁斎007

前期の展示です。
地獄太夫は室町時代の遊女で、山賊にかどわかされ、遊女として
売られますが、現世の不幸は前世の行ないの故であるとして、
着物には地獄変相図を刺繍していたと云われ、一休宗純とも
親交があったということです。
暁斎はよく地獄太夫を題材にしています。
骸骨たちが乱痴気騒ぎを繰り広げる中で、赤い衣をまとった地獄太夫は
救済のすべを考えている観音のようです。

「布袋の蝉採り図」 明治3年(1870)以前 河鍋暁斎記念美術館
文人画調の何ともユーモラスな絵で、つい笑ってしまいます。

「三番叟図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
暁斎004

暁斎は能狂言を愛好し、能狂言を題材にした作品を数多く描いています。
師の狩野洞白の祖母、貞光院は暁斎が能狂言を学ぶ費用を援助しており、
暁斎はそのことに感謝し、貞光院の一周忌に墓前で「三番叟」を舞っています。

「高砂図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
河004

「高砂」は能の中でも目出度い演目で、熊手を持った尉(じょう)と
箒を持った姥(うば)は軸物などによく描かれています。

「大和美人図屏風」(部分) 明治17-18年(1884-85)以降 
 個人蔵・京都国立博物館寄託

前期の展示です。
2曲1隻の屏風の右隻で、江戸前期の姿の女性が手に椿と梅の枝を持っています。
背景の屏風には農耕図が描かれています。
小袖は三階菱に笙や琵琶、火炎太鼓などの雅楽器と蔦の模様です。
コンドルの目の前で、6か月掛けて描き、コンドルに贈った作品で、コンドルは
生涯大切に保有し、自著の「河鍋暁斎」の口絵にも、色刷りでこの絵を載せています。

「美人観蛙戯図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
暁斎005

夏の風情の絵で、縁側で団扇を手にした女性が蛙の相撲を眺めています。
控えの蛙たちは腕組みしたり、寝そべったり、煙管をくわえたり、鳥獣戯画を思わせます。
女性の顔は様式的な美人画とは異なり、ニュアンスのある表情をしています。

「金魚と遊ぶ小童図」 明治21年(1888)頃 メトロポリタン美術館
暁斎010

亡くなる2年ほど前の作品で、色紙大の紙に動物などが細かい筆遣いで活き活き
と描かれたシリーズです。
元は英国人が保有し、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。
展覧会では、河鍋暁斎記念美術館所蔵の、シリーズの下絵になったと思われる、
「英国人画帖下絵」とともに12点が出展されています。

「うずくまる猿図」 明治21年(1888)頃 メトロポリタン美術館
暁斎011


「英国人画帖下絵」 明治20年(1887)頃 河鍋暁斎記念美術館
暁斎012


河鍋暁斎は狩野派のみでなく、浮世絵や文人画などいろいろな流派・画法を修めていて、
「画鬼」とも呼ばれ、作品は奔放自在です。
筆禍事件も、その自在さが却って災いしたとも言えます。
題材も妖怪、動物、戯画、風刺、芸能、人物、美人、仏画、風景とさまざまで、その多彩さ、
面白さには驚いてしまいます。
このような型にはまらない描き方の出来る画家は、現代では山口晃さんや福田美蘭さん
などでしょうか。

展覧会のHPです。


2013年には三井記念美術館で、「河鍋暁斎の能・狂言画」展が開かれました。

「河鍋暁斎の能・狂言画」展の記事です。


次回の展覧会は三菱一号館美術館開館5周年記念、「プラド美術館展―
 スペイン宮廷 美への情熱」です。
会期は10月10日(土)~2016年1月31日(日)です。

プラド001

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【2015/07/05 18:47】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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