「クレオパトラとエジプトの王妃展」 東京国立博物館
上野
chariot

上野の東京国立博物館の平成館では特別展、「クレオパトラとエジプトの王妃展」が
開かれています。
会期は9月23日(日)までです。

エジプト001


ハトシェプストやクレオパトラなどエジプトの女王や王妃などをテーマにした展覧会で、
世界各国の美術館・博物館の所蔵する彫像や装飾品など古代エジプトの遺物、
約180件が展示されています。

特に中心となるのは新王国・第18王朝のハトシェプスト女王、ティイ王妃、ネフェルトイティと、
プトレマイオス朝のクレオパトラ女王です。

「壺を捧げるハトシェプスト女王」 新王国・第18王朝 
ハトシェプスト女王治世(前1473~前1458年頃)
花崗岩 ドイツ ベルリン・エジプト博物館
エジプト003


ハトシェプスト女王は夫のトトメス2世の死後、幼かった継子のトトメス3世の摂政として
共同統治を行ないますが、やがて自身が王(ファラオ)となって約20年間統治しています。
ハトシェプストとは「最も高貴なる女性」という意味です。

頭巾を被り、あごひげを生やした男性像として表されていますが、実際にも王として
登場する時はひげを付けて男装していたそうです。
古代エジプトで女性が王になるのは極めて珍しく、ハトシェプストはその中の成功例だそうで、
長い治世の間、戦争を行なわず平和外交に務め、エジプトを繁栄させています。

ルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿は彼女の命による造営で、その規模と壮麗さは
当時のエジプトの国力の充実を示しています。

後に葬祭殿の彫刻や碑文など、彼女に関する部分の多くはトトメス3世によって
削られていますが、その理由は不明です。

「アメンヘテプ3世の王妃ティイのレリーフ」 
新王国・第18王朝 アメンヘテプ3世治世(前1388~前1350年頃) 
石灰岩 ベルギー ブリュッセル、王立美術歴史博物館
エジプト005

王妃ティイはアメンヘテプ4世の母、ツタンカーメンの祖母です。
ティイは平民出身で、王族同士での結婚が慣例だった当時としては珍しい例とのことです。
アメンヘテプ4世はアクエンアテンと名乗ってアマルナ時代を築いた王として有名です。

レリーフは王妃に仕えた役人の墓の壁に彫られていて、元は夫のアメンヘテプ3世と
並んでいたと思われます。
王冠を被り、笏を持った、気品のある姿です。

「王妃の頭部」
新王国・第18王朝時代 アクエンアテン王治世 (前1351~前1334年頃)
珪岩 ドイツ ベルリン・エジプト博物館
エジプト006

ネフェルトイティ(ネフェルティティ)の像と考えられている、手の平に乗るほどの
可愛い像です。
ネフェルトイティはアメンヘテプ4世の王妃で、ネフェルトイティとは「美女が来た」
という意味で、大きな王冠を被った、端正な顔立ちの像が有名です。
この像は唇が厚く、あごが細く、眉とアイラインが描かれていて、横顔にアマルナ美術の
面影を感じます。

アメンヘテプ4世はアテン神のみを信仰すると宣言し、自身もアクエンアテンと名乗ります。
アマルナ革命と呼ばれる事件で、アマルナ時代の美術は他の時代が様式的なのと異なって、
写実的になるのが特徴です。
アマルナ時代の水瓶なども展示されていますが、水鳥やパピルスなどがとても自然で
伸びやかな筆遣いで描かれています。
写実的なアマルナ美術を観ていると、古代エジプトの人たちは様式的な表現を
自ら選んでいただけで、写実的な表現を知らなかった訳ではないことが分かります。

「クレオパトラ」 
プトレマイオス朝時代(前300~前30年頃)
石灰岩 アメリカ ボストン美術館
エジプト007

エジプトの冠を被り、コルヌ・コピア(豊穣の角)を持っています。
プトレマイオス朝はアレキサンダー大王の後継者たち(ディアドコイ)の建てた
征服王朝の一つです。
そのため、クレオパトラもギリシャ系と思われますが、エジプト風の装いをしています。
肩に「クレオパトラ」と彫られていますが、後の時代に彫られたものだそうです。

「クレオパトラ」
プトレマイオス朝時代(前1世紀中頃)
大理石 トリノ古代博物館
エジプト002

こちらはギリシャ風の髪型の肖像です。
アレキサンドリアにあったクレオパトラの宮殿は地震で海中に沈んだこともあって、
クレオパトラの肖像はあまり残っていないということです。

「アクティウムの海戦のレリーフ」
ローマ時代 ユリウス・クラウディス朝(前27~後68年)
スペイン カルドナ公爵コレクション

紀元前31年にアントニウスとオクタウィアヌスが戦ったアクティウムの海戦を描いた
レリーフで、両軍は軍船の上で盾をかざし、槍を投げ合ってて戦っていて、
沈没した軍船もあります。
この戦いに敗れたアントニウスとクレオパトラは自殺し、プトレマイオス朝は滅亡し、
エジプトはローマの属州となります。

「王妃のマスク」
新王国・第18王朝時代(前1550~前1292年頃)
イギリス マンチェスター博物館蔵
エジプト004

ミイラの頭部を覆っていたマスクで、顔の部分は拳ほどの大きさです。
羽根の模様は王妃のマスクであることを表していますが、碑文の名前を書き入れる
場所が空欄になっているそうです。

「ハトホル女神をかたどった柱頭」 
第3中間期・第22王朝時代 オソルコン1世~オソルコン2世治世(前925~前837年頃)
花崗岩 イギリス 大英博物館
ハトホル女神は愛と豊穣の女神で、牛の耳をして表されることがあります。
高さ2mほどもある赤い花崗岩の塊で、顔が一部欠けていて、表面はきれいに
磨かれています。

展示されている遺物にはさまざまな石材が豊富に使われていて、ナイル川や
地中海の水運によって、エジプトは石材に恵まれていたのだなと思います。


女王や王妃などを中心にした分かりやすい展示で、古代エジプトの壮大な歴史の一部を
たどることの出来る展覧会です。
人気のある展覧会で、私の行った時は大勢の来館者で賑わっていました。

展覧会のHPです。


2014年には東京都美術館で、「メトロポリタン美術館古代エジプト展 女王と女神」が
開かれていました。

「メトロポリタン美術館古代エジプト展 女王と女神」の記事 です。

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【2015/07/29 19:58】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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