「画鬼・暁斎展」ブロガー特別内覧会 三菱一号館美術館
東京
chariot

丸の内の三菱一号館美術館で8月6日に開かれた、青い日記帳×「画鬼・暁斎展」
ブロガー特別内覧会に行ってきました。
展覧会の会期は9月6日(日)までです。

暁斎001


河鍋暁斎(かわなべきょうさい)(1831-1889)は幕末から明治にかけての絵師で、
はじめ歌川国芳に弟子入りし、その後狩野派に学び、後にさまざまな画法も手掛けて、
多彩な画業を展開しています。

明治時代、お雇い外国人として来日し、鹿鳴館や展覧会の開かれている三菱一号館を
設計した英国人、ジョサイア・コンドル(1852-1920)は日本文化への関心が深く、
河鍋暁斎に弟子入りして絵画を学んでいます。

展覧会では暁斎の作品とともに、コンドルの描いた作品や建築関係の資料なども
展示されています。

「弐代目・青い日記帳」主催のTakさん(右)がモデレーターで、高橋明也館長の
挨拶があり、野口玲一学芸員(左)の解説を伺いました。

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展示会場内の画像は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。

「鹿鳴館の木製階段」 明治16年(1883)竣工 東京大学
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手摺に唐草など細かい彫刻が施されていて、西洋の意匠を消化した、
当時の職人の技能には感心します。

「枯木寒鴉図」 明治14年 榮太樓總本舗
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明治14(1881)年、上野で開催された第2回内国勧業博覧会に出品され、
絵画の分野で最高賞にあたる妙技二等賞牌を受賞した作品です。
戯画で有名な暁斎が正統的な絵画の画家としても高く評価されることになり、
コンドルが暁斎に弟子入りしたのもこの絵がきっかけかもしれないということです。
暁斎はこの絵に破格の百円の値を付け、鴉一羽にしては高すぎると言われると、
長年の研鑽修行の値だと応えています。
この話が気に入った「榮太樓」初代細田安兵衛が買い取り、現在も「榮太樓」が
保有しています。

「鯉之図」 ジョサイア・コンドル 明治 河鍋暁斎記念美術館
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コンドルが師の暁斎の描いた鯉の絵を手本にした作品です。

左「雪中鷹図」 ジョサイア・コンドル 明治 日本浮世絵博物館
右「百舌図」 ジョサイア・コンドル 明治 河鍋暁斎記念美術館

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以下は河鍋暁斎の作品です。

左「鯉魚遊泳図」 明治18-19年 河鍋暁斎記念美術館
中「白鷺に猿図」 明治17年 河鍋暁斎記念美術館
右「羅漢に蛇図」 明治19年 河鍋暁斎記念美術館

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コンドルの「鯉之図」は暁斎の「鯉魚遊泳図」を手本にしたものです。

左「二羽の泊鴉に山水図」 明治16年 個人蔵
右「松に鷹、昇る朝日図」 明治19年 個人蔵

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これらの制作年の分かる作品はコンドルの保有していたもので、コンドルは
制作年を記録していました。

左「小禽を捕らえる鷲図」 明治21年頃 メトロポリタン美術館
右「木菟図」 明治21年頃 メトロポリタン美術館

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色紙大の紙に動物などが細かい筆遣いで活き活きと描かれたシリーズで、
元は英国人が保有し、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。
展覧会では、河鍋暁斎記念美術館所蔵の、シリーズの下絵になったと思われる、
「英国人画帖下絵」とともに12点が出展されています。

「惺々狂斎画帖(三)」《明治3年(1870)以前、個人蔵》の中の1点を大きく
引き伸ばしてあり、ここで記念撮影が出来ます。

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「龍神に観音図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
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左「布袋の蝉採り図」 明治3年以前 河鍋暁斎記念美術館
右「伊邪那岐と伊邪那美図」 明治3年以前 河鍋暁斎記念美術館

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「布袋の蝉採り図」は禅画の趣きがあり、ユーモラスです。

左「鳥獣戯画 動物行列」 明治 河鍋暁斎記念美術館
右「鳥獣戯画 猫又と狸」 明治 河鍋暁斎記念美術館

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左「妖怪図屏風」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
右「九尾の狐図屏風」 明治3年以前 河鍋暁斎記念美術館

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左「柿に鴉図」 明治14年以降 河鍋暁斎記念美術館
右「柳に白鷺図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館

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暁斎は内国勧業博覧会に出品した「枯木寒鴉図」が評判になって、よく鴉の絵の
注文を受けるようになります。

左「岩上の鷲図」明治9年 個人蔵
右「月に狼図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館

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「月に狼図」は狼が目を見開き、人の生首を咥えています。
暁斎は9歳の時、洪水で流れ着いた人の生首を見付け、写生しようと持ち帰った
ことがあるほどで、この首も凄味のある描き方です。

右中「秋冬山水図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
左「扁舟探勝図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館

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暁斎は風景画も上手いのですが、戯画などの方が人気が高いため、
作品は多くないそうです。

右「群猫釣鯰図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
左「蟹の綱渡り」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館

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「群猫釣鯰図」は禅画の「釣鯰図」と「猿猴捉月図」を一緒にしたような画題です。

和服を着てこられた方は「蟹の綱渡り」を写した帯をしておられました。

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右「文読む美人図」 明治21年頃 河鍋暁斎記念美術館
左「閻魔と地獄太夫図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
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地獄太夫図は暁斎の好んだ画題です。

地獄太夫図などを写したアロハシャツも販売されています。
骸骨が踊り狂っていて、かなり涼しくなりそうな絵柄です。

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展示室の最後に置かれている作品は当世風の美人画で、描かれている女性も
形式的ではなく、風情があります。

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左「横たわる美人に猫図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
女性の寝姿も猫を思わせます。

右「美人観蛙戯図」 明治前半 河鍋暁斎記念美術館
鳥獣戯画のような蛙の相撲を見ている女性も蛙のように座っています。

河鍋暁斎は当時は人気最高の画家でしたが、現在は同じ狩野派出身の狩野芳崖や
橋本雅邦ほど名前を知られていません。
後に芳崖や雅邦が近代日本画の源流と位置付けられ、美術の教科書にも載るように
なったのに対し、暁斎はそのような扱いを受けていません。
戯画などに見られる、同時代性の強さが却って正統とは異なる画家と思われる
元になったのかもしれません。


7月に「画鬼・暁斎展」に行った時の記事です。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は三菱一号館美術館開館5周年記念、「プラド美術館展―
 スペイン宮廷 美への情熱」です。
会期は10月10日(土)~2016年1月31日(日)です。

プラド001

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【2015/08/10 19:54】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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