「バロン住友の美的生活 美の夢は終わらない」展第1部 六本木 泉屋博古館分館
六本木1丁目
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六本木の泉屋博古館分館では、住友春翠生誕150年記念特別展、「バロン住友の美的生活 
美の夢は終わらない」展が開かれています。
第1部「バロン住友春翠-邸宅美術館の夢」は5月8日(日)まで、
第2部「数寄者住友春翠-和の美を愉しむ」は6月4日(土)から8月5日(金)までです。

住友001


住友家15代当主、住友吉左衞門友純(1864~1926)は公家の徳大寺公純
(きんいと)の子として生まれています。
明治末期の総理大臣で元老の西園寺公望は実兄に当たります。
明治25年に住友家の養嗣子となり、翌年に15代当主を継いで幼名の隆麿を
改め吉左衞門友純を名乗ります。
茶人としても有名で、春翠と号し、男爵(バロン)でもあります。

第1部は住友春翠が明治36年(1903)に神戸の須磨海岸に建てた洋館(須磨別邸)を紹介し、
春翠の収集した美術品とともに展示しています。

展示室には住友関係の建築を多く手掛けた野口孫市(1869-1915)の設計による、
須磨別邸の模型や資料も展示されています。

住友002


野口孫市の東京帝国大学工科大学の卒業証書には辰野金吾を筆頭に教授陣の
署名捺印が並び、最後に東京帝国大学総長濱尾新の署名捺印があります。

近代洋画のコレクションは住友家15代、吉左衛門友純(号・春翠)の
明治30年(1897)の欧米旅行がきっかけになっているそうです。
その時にクロード・モネの「サン=シメオンの農場への道」「モンソー公園」を
購入していますが、これが日本に印象派の作品の伝わる最も早い例とのことです。

クロード・モネ 「サン=シメオンの農場への道」 1864年
泉002

サン=シメオンはノルマンディーのオンフルールにあった農場で、ここの宿に
ブーダン、クールベ、ヨンキントなどが集い、モネも加わっています。
彼らは戸外で、移り変わる自然を描き、サン=シメオン派と呼ばれています。
印象派発祥の地とも言える場所です。

「モンソー公園」 クロード・モネ 1876年
泉005

1874年の第1回印象派展より少し後の作品です。
赤いマロニエの花の咲く頃で、日傘を差して歩いているのは後妻となるアリス・オシュデと
その娘とのことです。

和田英作 「こだま」 1903年
泉003

和田英作(1874-1959)のフランス留学時代の作品です。
ルーブル美術館の古典彫刻の展示室で、林立する彫刻の中で反響を聞いた体験が
基になっているそうです。
和田英作は黒田清輝の師であるラファエル・コランに師事していますが、ドイツで興った
世紀末の絵画運動のベルリン分離派の作品にも感銘を受けています。
ムンクの「叫び」(1893年)に似ていますがムンクもベルリン分離派に加わって
いたので、和田英作もムンクの作品を知っていたのでしょう。

山下新太郎 「読書の後」 1908年
泉006

山下新太郎(1881-1966)のフランス留学時代の作品です。
フランスではラファエル・コラン、続いてフェルナン・コルモンに師事しています。
逆光を使ったおだやかな雰囲気の作品です。
山下新太郎はルノワールに傾倒しますが、彼に会うのはこの作品の後とのことです。
1909年のパリのサロンで入選し、翌年の第4回文展に出展され、会場で春翠が
購入しています。

藤島武二 「幸ある朝」 1911年
泉004

藤島武二(1867-1943)はフランス留学中はフェルナン・コルモンや
カロリュス=デュランに師事しています。
こちらも逆光の中の室内で、若い女性が朝の光の中で手紙を読んでいます。
良い便りのもたらす幸福感を鎧戸からの光、花瓶の花、女性の表情で表した
ロマンチックな作品です。
藤島武二は和田や山下より年長で、東京美術学校では山下を教えていますが、
ヨーロッパ留学は遅く、そのためかラファエル・コランには就いていません。
ローマ滞在中の作品で1911年の第5回文展に出展されています。

鹿子木孟郎 「加茂の競馬」 1913年
住友004

加茂の競馬は徒然草にも書かれた、上賀茂神社の伝統行事です。
大きな作品で、日本の情景が西洋画の技法で描かれ、日の光が強調されています。
鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう:1874-1941)は春翠の支援を受け、フランスに
留学しています。
歴史画を得意としたジャン=ポール・ローランスに師事し、春翠の依頼でローランスの
作品を何点か買い入れています。

住友春翠/鹿子木孟郎 「大根に鼠図」 大正時代
墨絵で、春翠が二股大根を、鹿子木孟郎がそれをかじるネズミを描いています。
春翠の援助を受けていることをネズミがすねかじりしている図で表している訳です。

「秘色窯瑞雲文瓢形花瓶」 三代清風与平 明治時代後期
京004

「秘色」とは「秘色青磁」のことで、越州窯で9~10世紀に焼かれた
青磁を指すとのことです。
堂々とした瓢箪型の青磁の胴一面に雲を浮き出させています。
三代清風与平(1851~1914)は宋代の青磁、白磁の写しに巧みで、
陶芸では最初に帝室技芸員に選ばれています。

「青華鳳凰形花生」 初代宮川香山 明治時代
住友003

横浜真葛焼初代宮川香山の作で、釣花生の形をしていますが、置いて使います。
春翠は横浜真葛焼も好んでいます。

虎卣(こゆう) 高35.7cm 商時代後期 前11世紀
青008

虎が後足と尾で立って、人を抱えた形をしています。
邪鬼を食べているのか人を守護しているのか、その意味は不明とのことです。


須磨別邸は1945年3月の空襲で、飾られていた黒田清輝の「朝妝」「昔語り」などと共に
焼失してしまいました。
「昔語り」の下絵は、東京国立博物館で5月15日(日)までで開かれている、
「生誕150年 黒田清輝展」に展示されています。

「生誕150年 黒田清輝展」の記事です。


後期は茶臼山本邸の資料や茶道具、絵画などの展示です。

展覧会のHPです。

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【2016/04/21 19:30】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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