「安田靫彦展」 竹橋 東京国立近代美術館
竹橋
chariot

竹橋の東京国立近代美術館では、「安田靫彦展」が開かれています。
会期は5月15日(日)までです。
会期中、一部の作品に展示替えがあります。

安田001


気品のある歴史画を描いた、日本美術院の日本画家、安田靫彦(1884-1978)の
初期から晩年までの作品、約110点を展示する展覧会です。


 「御産の祷(おさんのいのり)」 1914年 東京国立博物館
安田015

4月4日までの展示でした。
再興第1回院展の出品作で、紫式部日記に記された、藤原彰子の敦成親王
(後一条天皇)の出産場面です。
奥の不動明王像の前で僧が護摩を焚いて祈祷し、女房が憑坐(よりまし)となって
悪霊を引き出そうとしています。

「日食」 1925年 東京国立近代美術館
周の幽王と王妃たちが日食に驚き、震えおののく様を描いています。
円弧による描線の重なりが、その場の怖ろし気な雰囲気を表しています。
司馬遷の史記によれば、幽王は暗愚な王で、王妃の褒姒(ほうじ)への寵愛が過ぎて、
反乱を起こされて殺され、周は亡びています。

「居醒泉(いさめのいずみ)」 1928年 個人蔵
安田003

古事記、日本書紀に書かれた話で、伊吹山の神の怒りに触れ、氷雨を降らされ、
死にかけたヤマトタケルは居醒泉でようやく意識を取り戻します。
埴輪のような装束のヤマトタケルの顔はまだ土気色で、生死の境をさ迷っています。

「風神雷神図」 1929年 公益財団法人遠山記念館
安田013

右隻
安田012

左隻
安田011

俵屋宗達の絵でも有名な風神雷神です。
運慶作の八大童子の矜羯羅(こんがら)童子と制多迦(せいたか)童子を参考にしていて、
少年の初々しさがあります。

「孫子勒姫兵(そんしろくきへい)」 1938年 霊友会妙一コレクション
安田016

史記に書かれた話で、孫武(孫子)は呉の幽王に依頼され、宮中の女性たちに
軍の訓練を施しますが、女性たちは孫子を侮って、命令に従いません。
そこで、孫子は幽王の止めるのも聞かず、2人の隊長を斬ってしまいます。
幽王は驚きますが、以後、部隊は孫子の命令通り動いたということです。
この時、孫子の発したという、「将、陣中に在りては君命にも受けざる所あり」の
言葉は有名です。
二人の隊長は剣を抜いた孫子を前にして、身をのけぞらせています。

「王昭君」 1947年 足立美術館
安田008

4月17日までの展示です。
漢の元帝が匈奴の君主に嫁ぐ女性を選ぶため、絵師に命じて宮廷の女性たちの
似顔絵を描かせます。
他の女性たちは絵師に賄賂を贈って美女に描いてもらいますが、王昭君は
それをしなかったため、わざと醜く描かれてしまいます。
元帝はその絵を見て、この女なら良かろうと、王昭君を選んだ後に本人を見て
その美しさに驚きますが、今さら取り止める訳にはいきません。
そのまま王昭君は郷土の地に嫁ぎ、事情を知った元帝は怒って、絵師を処刑した
というお話です。
その逸話を元に描かれた王昭君は凛とした姿をしています。

「黄瀬川陣」 1940/41年 東京国立近代美術館 重要文化財
安田002

右隻
安田004

安田006

左隻
安田005

安田007

治承4年(1180)、富士川の合戦で平家を破った直後の源頼朝が駿河の黄瀬川に陣を張って
いたところ、奥州平泉から弟の源義経が駆け付け、兄弟の対面を果たす場面です。
頼朝は鎧直垂を着て端然と座し、赤糸威の大鎧や太刀、弓矢などの武具を置いています。
顔は神護寺の伝源頼朝像に拠っています。
到着したばかりの義経は紫裾濃(むらさきすそご)の大鎧を着て、毛抜形太刀を佩き、
綾蘭笠(あやいがさ)を脱ごうと、紐に手を掛けているところです。
二人の鎧はそれぞれ青梅の御嶽神社に所蔵されている大鎧を参考にしています。
平家を亡ぼした後、やがて義経には頼朝の追討を受け、平泉で討たれますが、
作品の緊張感はその運命を予感させます。
作品は太平洋戦争開戦の直前に描かれているので、時代の気分を表してもいます。

「神武天皇日向御進発」 1942年 歌舞伎座
歌004

古事記の神武東征の物語で、日向から大和への船出の場面です。
古代を想わせるベンガラ色で清らかにまとめられ、武人たちの上げる弥栄の声も
聞こえそうです。
太平洋戦争開戦の翌年の作ですから、一種の戦争絵画と言えます。

「伏見の茶亭」 1956年 東京国立近代美術館
安田010

茶室に活ける梅の枝を整えている豊臣秀吉を描いています。
秀吉が千利休に切腹を命じたのは、伏見城を築城する前のことです。

「飛鳥の春の額田王」 1964年 滋賀県立近代美術館
院013

4月19日からの展示です。
大和三山や藤原京に建つ本薬師寺の伽藍などを背景にした、
万葉歌人額田王の姿です。
王の着ける領巾(ひれ)、寺院の甍、大和三山の緑と衣装、
寺院の丹塗りの柱の赤が調和しています。

「卑弥呼」 1968年 滋賀県立近代美術館
安田009

4月17日までの展示です。
邪馬台国の所在地には大和説と九州説がありますが、この作品は阿蘇山を
背景にしていて、九州説を描いています。
手にしている玉杖は奈良県桜井市の桜井茶臼山古墳から出土した
玉杖を模しています。

「出陣の舞」 1970年 山種美術館
男002

永禄3年(1560)の桶狭間の戦いに先立ち、幸若舞の「敦盛」を舞う
織田信長の姿です。
信長は州浜に千鳥の片身替りの小袖を着て、織田家の家紋の
木瓜(もっこう)紋の入った長袴を履いています。
鎧櫃には桶狭間の戦いで着用したとされる紺糸縅具足が載っています。

人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

「信長公記」によれば、信長は舞い終わると法螺貝を吹かせ、具足を着けさせ、
立ったままで湯漬けを食べて出陣しています。

「春暁」 1935年 個人蔵
安田3-20-2010_002

複雑に曲がった梅の枝ぶりの造り出す形の面白さを捉えています。
輪郭線を使わず、塗りの濃淡で、幹の丸みや木と木の遠近感を出しています。
安田靫彦は梅を好み、大磯の自宅の庭に梅林を造っていたとのことです。

「室内」 1963年 ポーラ美術館
安田018

黄色い壷に活けられたテッセン、ペルシャかアラビア模様の皿、背景には
水墨の山水画を取り合わせた、面白い構図の静物画です。


代表作揃いで、とても充実した展覧会です。
安田靫彦の歴史画には張りつめた緊張感のある作品が多いのが特徴で、
この展覧会でもそれを充分に味わうことが出来ました。

展覧会のHPです。


東京国立近代美術館の平常展には菱田春草の描いた、「王昭君」も展示されていました。

菱田春草 「王昭君」 1902年 善寶寺 重要文化財 
菱田002

5月15日(日)まで期間限定で近代美術館に寄託されています。
安田靫彦と同じ「王昭君」を題材にしていていますが、物語の悲劇性を表しています。
いわゆる朦朧体による描き方で、色彩は明るく、やわらかな光を受け、輪郭線の無い
王昭君や後宮の女性の姿は淡く浮かんでいます。

平常展には春にちなんだ作品も展示されています。

川合玉堂 「行く春」 1916年 東京国立近代美術館 重要文化財 
長瀞の川下りの経験を基にした作品と思われます。
桜の散る谷川につながれた水車舟は粉挽き用ですが、回る水車が春の興趣を増しています。

川合002 川合001

右隻
川合001

左隻
川合002

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【2016/04/14 19:49】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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