「真田丸展」 両国 江戸東京博物館
両国
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江戸東京博物館では2016年 NHK大河ドラマ特別展、「真田丸」が開かれています。
会期は6月11日(日)までです。
5月22日までの前期と24日の後期で一部展示替えがあります。

真田001


5月12日の夜にブロガー特別内覧会があったので参加してきました。
田原昇斎藤学芸員による解説を伺った後、拝観しました。

プロローグ 日の本一の兵

真田信繁(幸村)は大坂の陣で奮戦し、夏の陣では徳川家康の本陣を脅かして、
「真田日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と謳われますが、遺品は少ししか
残っていません。

最初に、六連銭紋旗指物、真田信繁所要の兜、馬具、馬印などが展示されています。

真IMG_0171


「真田信繁(幸村)画像」 高野山蓮華定院 江戸時代
 1 真田信繁(幸村)画像 高野山 蓮華定院 蔵_R

蓮華定院には真田家と縁の深い、真言宗の寺院です。
関ヶ原に向かう徳川秀忠軍を上田城で阻んだ罪で、真田昌幸、信繁父子が当初、
ここに蟄居し、後に九度山に移っています。
六連銭の紋をしていて、父の兄で長篠の戦いで討死した真田信綱の像の可能性も
あるとのことです。

「鹿角・六連銭紋旗指物」 個人蔵 江戸時代
 2 鹿角・六連銭文旗指物 個人蔵(上田市立博物館寄託)_R

鹿角(かづの)と組合わせてあります。
六連銭は三途の川の渡し賃を表し、信濃の豪族、海野氏の家紋でもあります。
真田家は海野氏の出と称していて、同じく六連銭を家紋としています。


第1章 武田と真田

真田氏は信繁の祖父、幸隆の代から甲斐の武田氏に属し、長篠の戦いでは
幸隆の嫡男信綱と次男昌輝が討死し、三男昌幸が家督を継いでいます。

「武田軍使用長槍」 上田市立博物館 戦国時代
5月29日までの展示です。
松平信一が長篠の戦いで武田軍から奪った槍で、穂先は後世の物ですが、
長さは5.6mもあり、全体に籐が巻かれ、朱に塗られています。
武田の赤備えを表す武具ですが、重い甲冑を着け、このような長槍を振り回して
戦うのは大変だったろうと思います。

「真田昌幸画像」 高野山蓮華定院 江戸時代
 9 真田昌幸画像高野山 蓮華定院_R

書かれている賛は、史記の中で漢の高祖劉邦が張良を讃えた言葉です。

 謀廻帷幄中 勝事千里外

知略に優れた謀将、真田昌幸らしい言葉です。


第2章 第一次上田合戦から小田原合戦

真田昌幸は武田家の滅亡、本能寺の変の後の混乱時には一時、越後の上杉景勝に
臣従しています。

「鉄黒漆塗紺糸威異製最上胴具足」 伝上杉景勝所用 
 新潟県立歴史博物館 永禄6 年(1563)8月吉日

真田002

兜の裏に刻まれた銘から制作年が分かります。
錣(しころ)が二重になった上杉家独特の兜で、前立には摩利支天を象徴する
卍が彫られています。


第3章 関ヶ原合戦と真田

「直江状」 新潟県歴史博物館 江戸時代写 17世紀
慶長5年(1600)、上杉景勝に謀反の疑いがあるとして、徳川家康が交渉役の禅僧に
命じて書かせた詰問状に対し、上杉景勝の家臣、直江兼次の送った回答文です。
内容が挑戦的で、徳川家康を怒らせ、会津征伐、そして関ヶ原の戦いにつながった
とされる文書ですが、原本は存在せず、写しが何点か残っています。
直江状については、偽書ではないかとの説もあります。

「内府ちがいの条々」 大阪歴史博物館 慶長5年(1600)7月24日付
徳川家康が軍勢を率いて会津征伐に赴いた隙を狙って、長束正家・増田長盛・
前田玄以の三奉行が発した家康への弾劾状です。
原本は確認されておらず、写しが何点か残っています。

「関ヶ原合戦図屏風」 桃山時代 大阪歴史博物館蔵 重要文化財
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前期に右隻(上)、後期に左隻(下)が展示されます。
右隻は9月14日の状況で、大垣城も見えます。
左隻には合戦当日の9月15日の様子が描かれ、西軍が敗走しています。
津軽家伝来の屏風で、家康の養女満天姫が津軽信枚に嫁いだ際の
嫁入り道具とされています。


第4章 真田家と桃山文化

真田昌幸の嫡男真田信之と妻の小松姫所用の諸道具の展示です。

 
第5章 大坂冬の陣・夏の陣

「真田信繁書状 左京宛」 高野山蓮華定院 (年不詳)6 月23 日付
真田003

真田信繁が九度山に蟄居中に左京という人物に宛てた手紙で、焼酎を無心しています。
壷に紙を貼って蓋をしてほしいと、細かいことも書いてあります。

ともに蟄居していた父の昌幸が国元に送った手紙でも、金を早く送ってほしいと
催促していて、生活は楽ではなかったようです。

「大坂城攻配陣之図」 東京都・徳川林政史研究所 元禄14 年(1701)9月22 日写
18 大坂城攻配陣之図 公益財団法人徳川黎明会 徳川林政史研究所_R

大坂冬の陣の籠城側と攻城側の武将の配置図です。
左下(南東)に見える半円が真田信繁の構築した出丸(真田丸)です。
右下の攻城側に米沢中納言(上杉景勝)や片桐市正(且元)の名があります。

「薙刀直し刀 骨喰藤四郎」 豊国神社 鎌倉時代 重要文化財
骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)は鎌倉時代の刀工、粟田口吉光の作です。
相手を斬る真似をしただけで骨を砕いたと言われ、この名が付きました。
刀身に倶利伽羅が彫られており、元が薙刀だったので、切先が細長くなっています。
豊臣家の所蔵でしたが、大坂夏の陣では堀の中から無傷で発見されていますが、
明暦の大火で焼けたため、修復されています。

中央 「鉄盾」 岡山県・徳守神社 桃山−江戸時代
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大坂城の西、船場に布陣し、大坂方の鉄砲への対策として森忠政の部隊が
徳川家康から授かった鉄盾です。
覗き窓が付いていて、銃弾の開けた穴も残っています。
大坂夏の陣の後、津山に帰った森忠政が徳守神社に奉納していて、
激戦の様を伝える遺品です。

右 「白糸威水牛形兜」 毛利勝永所用 高知県立高知城歴史博物館 江戸時代
左 「石造地蔵菩薩」 福井市立郷土歴史博物館 元和元年(1615)寅年5 月7日
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兜は天王寺・岡山の戦いで奮戦し、大坂城で自刃した毛利勝永の所用で、
水牛の角の形をしています。

真田信繁は福井藩主、松平忠直の家臣、西尾宗次に討取られています。
その西尾宗次が真田信繁の供養のため造った地蔵で、背中に彫られた
元和元年5 月7日の日付は天王寺・岡山の戦いで信繁が討死した日です。


エピローグ 信繁から幸村へ

難波戦記、真田伊豆守物語、真田三代記など、真田一族の活躍を描いた
軍記物などが展示されています。

真田信繁の活躍は江戸時代時代前期に成立した難波戦記などにより広く
伝えられますが、難波戦記が信繁を幸村と記したため、やがて幸村の名前で
記憶されるようになり、幕府の文書にも幸村の名前が現れるようになります。


真田信繁に限らず、戦国時代についての豊富な遺品、資料の揃った興味深い展覧会です。

展覧会のHPです。


次回の特別展は、「大妖怪展 土偶から妖怪ウォッチまで」です。
会期は8月2日(火)から28日(日)までです。

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【2016/05/21 19:54】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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  • こんにちは。
  • 徳川家康は派手な織田豊臣の雰囲気が嫌いなので、自分と同じく地味で田舎者の武田の気風に親近感を感じていたのだと思います。
    真田幸村人気は源義経や楠木正成と同じく、悲劇の武将として親しまれたことによるので、徳川家にすれば、亡んでしまった相手だし、多少世間でもてはやされても困らなかったのでしょう。
    もし大坂夏の陣で徳川家康が討取られていたら、参加することにしか意義を感じていない諸大名は戦う気を無くして国許に帰ってしまい、天下統一がまた遅れることになっただろうと思うと、大坂落城はそれなりの決着の付き方でした。

    【2016/05/22 18:30】 url[chariot #/8nqih4Y] [ 編集]
  • サラダ丸
  •  わたくし、色々な所で何度か書いていますが、武田家精強説は徳川幕府による宣伝によると考えています。
     徳川家は三河と遠江を有する程度の大名でしたが、織田信長が死んだが為にそこに一気に駿河、甲斐、信濃と言う広大な領地が転がり込みます。無論人材が足りません。それを補う為に武田旧臣を大勢取り込みます。となるとその箔付けに武田は精強であった必要が有ります。無論、長年それと対峙して来た徳川の箔付けにもなりますしね。
     「真田雪村」はそういった雰囲気の中で醸成されたものだったのではないでしょうか。本名の「信繁」では許されなくても架空の「雪村」であれば構わないよと目溢しされたのではないでしょうかね。
     わたくし、真田昌幸好きです。信繁も好きです。それがある程度フィクションを孕んでいると言う疑惑もひっくるめて大好きです(笑

    【2016/05/22 09:14】 url[miss.key #eRuZ.D2c] [ 編集]
    please comment















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