「美の祝典II 水墨の壮美」展  出光美術館
日比谷・有楽町
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丸の内の出光美術館では開館50周年記念、「美の祝典」展が開かれています。

祝典001


出光美術館の開館50周年を記念して、所蔵する名品を3期に分けて展示するもので、
「II 期 水墨画の壮美」は6月12日(日)までです。
6月17日(金)からのIII 期は江戸絵画を中心にしています。


「叭々鳥図」 牧谿 南宋時代 重要文化財
長002

叭々鳥(ははちょう)はムクドリ科の黒い鳥です。
輪郭線を使わない、没骨(もっこつ)という技法によって描いています。
牧谿は南宋から元時代にかけての禅僧の画家で、南中国の湿り気のある大気を
感じさせる作品は特に日本で好まれています。
足利義政のコレクションである東山御物を管理していた能阿弥(1397-1471)の
記録によれば、保有していた中国絵画279幅のうち、103幅が牧谿だったそうです。  
この絵も東山御物の一つで、若狭酒井家に伝わった品とのことです。 

「山市晴嵐図」 玉澗 南宋末~元初期 重要文化財
水5-26-2016_004

玉澗(ぎょくかん)も禅僧の画家で、簡潔で勢いのある筆遣いを特徴にしていて、
日本では牧谿より好まれていたそうです。
東山御物の「瀟湘八景図巻」の中の一つで、余白の空間が生きています。
「瀟湘八景図巻」は他に「遠浦帰帆」(徳川美術館蔵)、「洞庭秋月」(個人蔵)が
現存しています。

「四季花鳥図屏風」 能阿弥 応仁3年(1469) 重要文化財
長004

長005

牧谿に傾倒していた能阿弥が牧谿風に描いた水墨花鳥図です。
白鷺の飛ぶ靄のかかったような空間や蓮の表現に潤いがあります。
この絵の2年前に応仁の乱が始まっています。

「天神縁起尊意参内図屏風」 室町時代 重要美術品
出光5-16-2010_014

太宰府に流され、怨霊となった菅原道真の猛威に怯える醍醐天皇のお召しで、
比叡山の高僧、尊意が参内のため鴨川を渡るところです。
嵐で増水した川の水を法力で押し分けて進んでいて、紅海を渡るモーセのような
お話です。
突き進む牛の姿には迫力があり、牛飼い童は手綱にすがり、従者たちが慌てて
追いかけています。
車輻は濃い線と薄い線で交互に描き、高速で回転している様を表しています。

「竹鶴図屏風」(左隻) 長谷川等伯 桃山時代
水5-26-2016_001

大徳寺所蔵の牧谿の三幅対、「観音猿鶴図」を元にしています。
右隻には丸くうずくまる鶴が描かれ、濃淡の墨で表した竹林に奥行きのある
空間を感じます。

「雙峯挿雲図」 浦上玉堂 江戸時代 重要文化財
文人007

ぐいぐいと勢い良く描かれ、空には泡のような雲が浮かんでいます。
手前の船の漁師と遠くの山のふもとの人物が同じ大きさに描かれています。
描きたいものを大きく描くという心の表れで、この人物が玉堂の境地を表して
いるのでしょう。

浦上玉堂(1745-1820)は元は岡山藩の支藩の侍ですが、2人の息子を連れて脱藩し、
諸国を放浪しています。
晩年、放浪の末に京都に落ち着き、息子には売れる絵を描かせ、自分は好みの絵を
描いていた頃の作品とのことです。
玉堂は酒の酔いに任せて筆を走らせ、醒めると筆を置き、酔うとまた描いたそうです。

「十二ヵ月離合山水図屏風」(右隻) 池大雅 明和6年(1769)頃 重要文化財
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離合山水図は一幅でも山水図になっており、並べても絵画にもなるというものです。
「十二ヵ月離合山水図屏風」は右隻から左隻にかけて、春から冬への移り変わりを
描いています。
木々の緑は緑色の点々で表していて、明るく輝いて見えます。
スーラより100年以上早く点描法を編み出したことになります。

「山水図屏風」(部分) 与謝蕪村 宝暦13年(1763) 重要文化財
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与謝蕪村(1716-1783)は俳人ですが、池大雅との合作の「十便図」「十宜図」などの
文人画でも有名です。
画材の高価な絹を調える資金を集めるため、屏風講を弟子たちが開いて作られた
屏風とのことです。
当時、人気の高かった中国の文人画に倣って、全体にきっちりとした描き方ですが、
左隻の家の中にいる人物は気の抜けたようなのどかな顔をしています。
右隻の人物が謹直な表情なのに比べて際立っていて、その表情一つで作品の雰囲気を
大きく変えています。
描かれた当時もその表情についてはいろいろ言われたそうです。

文人010


「十便図」「十宜図」は東京ステーションギャラリーでは、6月19日まで開かれている、
「川端康成コレクション 伝統とモダニズム」展に展示されています。

「川端康成コレクション 伝統とモダニズム」展の記事です。

「梅花書屋図」(部分) 田能村竹田 天保3年(1832年) 重要文化財
日本004

日本005

田能村竹田(1777-1835)は江戸時代の文人画家で、豊後竹田、岡藩の
藩医の子として生まれ、一時は藩に出仕して藩政に参加しますが、
37歳で隠居し、各地を旅して多くの文人と交流しています。

大きな画面の文人画で、ゆるやかに流れる川の岸には白梅が咲き誇り、
道を行く三人の人物が手前に見えます。
中景に書斎があり、二人の人物が語り合っていて、遠景の書斎では
一人が書を読んでいます。
春らしい明るい色彩で、文人たちの理想郷を描いた清雅な作品ですが、
これは友である頼山陽が亡くなったのを悼んで描いた作品とのことです。


特別展示 「伴大納言絵巻」(中巻部分) 平安時代 国宝
水5-26-2016_005

貞観8年(866)に起きた応天門の変を題材に平安時代末期に描かれた3巻の絵巻で、
この記念展が10年振りの展示となり、I期に上巻、II期に中巻、III期に下巻が展示されます。

応天門の変は、大納言伴善男が宮城の応天門に放火したとされ、流罪になった事件で、
これにより大伴氏は没落し、藤原氏が権勢を強めています。

中巻は子どもの喧嘩が元で、伴善男が放火の犯人であることが露見する場面です。

取っ組み合いをする子ども、舎人の子を蹴飛ばす伴大納言の家来、自分の子を
連れ帰る母親が同じ場面に描かれています。
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火事の直前、伴大納言たちが応天門から降りてきたことを大声で知らせる舎人が
左側に描かれています。

水5-26-2016_007



展覧会のHPです。

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【2016/05/28 20:27】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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  • こんにちは。
  • 水墨画なので派手さはありませんが、名品の揃った展覧会です。
    出光美術館は窓からの皇居の景色も魅力です。

    【2016/05/29 08:25】 url[chariot #/8nqih4Y] [ 編集]
  • 美術館、最近いってないものなので
    行ってみたくなりましたね♪

    【2016/05/29 00:28】 url[ジャム #-] [ 編集]
    please comment















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