「バロン住友の美的生活  美の夢は終わらない」展第2部 六本木 泉屋博古館分館
六本木1丁目
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六本木の泉屋博古館分館では、住友春翠生誕150年記念特別展、「バロン住友の美的生活 
美の夢は終わらない」展が開かれています。

住友0


第1部「バロン住友春翠-邸宅美術館の夢」は5月8日(日)まででした。

第2部「数寄者住友春翠-和の美を愉しむ」は8月5日(金)までで、
住友家の茶臼山本邸の資料や茶道具、絵画などの展示です。

住友家15代当主、住友吉左衞門友純(1864~1926)は公家の徳大寺公純
(きんいと)の子として生まれています。
明治末期の総理大臣で元老の西園寺公望は実兄に当たります。
明治25年に住友家の養嗣子となり、翌年に15代当主を継いで幼名の隆麿を
改め吉左衞門友純を名乗ります。
茶人としても有名で、春翠と号し、男爵(バロン)でもあります。

茶臼山本邸は大阪冬の陣で徳川家康、夏の陣で真田信繁(幸村)が本陣を置いた場所で、
15000坪の敷地に1100坪の書院風邸宅、洋館、茶室が建てられていました。
大正8年に完成していますが、2年後には大阪市に美術館用地として寄付され、
建物も取り壊されています。
近くの公園の喧騒、特に労働者の集会がうるさくなったためとのことで、
客を呼んで茶会を開くには具合が悪くなってしまったのでしょう。
大正時代は労働運動が盛んになった時代でもあります。

住友春翠の茶人としての実質的デビューだった、大正8年の茶臼山本邸での茶会では
茶釜「大講堂釜」、茶入「真如堂」、小井戸茶碗「六地蔵」が使われています。

「大講堂釜」 室町後期~室町末期・16世紀
茶釜002

元は比叡山延暦寺の大講堂で使われていた香炉を千利休が茶釜に仕立てたと
云われています。
肩に3本、胴に1本の線が廻り、横向きに「大講堂」の字を鋳出してあります。
釜を持ち上げる鐶ををかける鐶付(かんつき)は上に向かって外側に突き出している
常張(じょうはり)形になっています。
大きな古びた共蓋にも味わいがあります。
徳川家光より加賀前田家3代当主、前田利常が拝領の釜とされています。

「瀬戸肩衝茶入 銘 真如堂」 江戸時代・17世紀
茶釜005

京都の真如堂東陽坊に伝来したとされる茶入です。
肩衝(かたつき)とは肩の部分が水平に張っていることをいいます。

「小井戸茶碗 銘 六地蔵」 朝鮮時代・16世紀
住002

小振りの井戸茶碗を小井戸と呼びます。
小堀遠州の愛蔵の品で、京都の六地蔵で見出したことからこの名が付いています。
上部は青味がかり、見込みには目跡(重ね焼きの跡)があり、高台に釉の固まった
カイラギが見えます。

「祥瑞共蓋水指」 明時代・17世紀
住003

祥瑞(しょんずい)とは日本からの注文で中国で焼かれた染付磁器を言います。
胴の形は砂金袋形と呼ばれ、3つに区分して鶏、山水、宝尽くしが描かれています。
鶏の絵の隅には唐の岑参(しんしん、しんじん)の詩の一節が書かれています。

 鶏鳴紫陌曙光寒

紫陌とは都の街路のことです。

「唐物文琳茶入 銘 若草」 南宋~元時代・13~14世紀
住008

文琳とは林檎の異名で、ふっくらした形から名付けられています。
釉が下まで垂れた、なだれのあるのが景色になっています。
「若草」は後陽成天皇(1571-1617)の命銘です。
新古今集の後鳥羽院宮内卿の歌に拠っているとのことです。
 
 うすくこき野辺のみどりの若草に跡までみゆる雪のむら消え

「色絵龍田川水指」 仁清 江戸時代・17世紀
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赤と蛇籠と銀の水流で川を、芽吹いた柳で春を表しています。
口縁に紅葉が散らしてあって、紅葉の名所の龍田川となります。
白地に赤色が効いています。

「色絵鶏撮丸香炉」 仁清 江戸時代・17世紀
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香炉の蓋の横を向いた鶏が撮みになっています。
羽毛の描き具合が面白く、胴の唐草、蓋の牡丹模様の赤と緑が華やかです。

「白鶴香合」 仁清 江戸時代・17世紀
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うずくまり、首を少し横に向けた鶴の姿です。
表情やたたんだ脚の具合が可愛く、釉の色合もやわらかく、温かです。

住友春翠は板谷波山や初代宮川香山の作品を好み、購入しています。

板谷波山(1872~1963)は陶芸家として最初の文化勲章の受章者で、
葆光釉(ほこうゆう)といわれる、薄いヴェールのような釉薬の技法で有名です。

「葆光彩磁珍果文花瓶」 板谷波山 大正6(1917)年 重要文化財
京011

高さ51㎝で、桃、枇杷、葡萄を盛った籠がとても細密に描かれ、
絵に立体感があります。
まるで光が器の中に閉じ込められているようで、板谷波山の作風を代表する
端正で優美な作品です。
2002年に真葛焼初代宮川香山の作品とともに、明治以降の陶磁器作品としては
初めて重要文化財に指定されています。

「葆光彩磁葡萄唐草文瓶」 板谷波山 大正4(1915)年頃 
板谷002

端正な図柄で、ペルシャ風の唐草文をあしらっています。

「八ツ手葉彫刻花瓶」 板谷波山 大正8(1919)年
板谷003

高さ20.2cmで、器が八ツ手の葉でおおわれたような形をしています。
板谷波山は19世紀の末に始まったアール・ヌーヴォーの時代に陶芸家になっているので、
アール・ヌーヴォーを取入れた作品を多く作っています。

「彩磁更紗花鳥文花瓶」 板谷波山 大正8(1919)年
板谷004

高さ39㎝で、薄肉彫に鉄釉の描線で2羽の尾長鳥を描いています。
彦根井伊家に伝来した多数の更紗の見本裂である「彦根更紗」から着想を得ています。

「佐竹本三十六歌仙絵切 源信明」 鎌倉時代 重要文化財
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大名の佐竹家に伝わった鎌倉時代の三十六歌仙絵巻です。
元は2巻の絵巻だったのが、大正時代に巻頭部分の「住吉明神」を含め、
37枚に切断されたものです。

源信明(みなもとのさねあきら)は女流歌人の中務(なかつかさ)と親密な関係にあり、
中務に贈った歌が書かれています。

こひしさは 同じこころにあらずとも今宵の月をきみみざらめや.

「海棠目白図」 伊藤若冲 江戸時代
吉002

吉003

シデコブシと海棠(カイドウ)が描かれ、海棠にはメジロが目白押しに並んでいます。
コブシは木蓮の仲間で、白木蓮は玉蘭と呼ばれ、海棠の棠は堂に通じ、
これに富貴を表す牡丹を合わせると玉堂富貴という目出度い言葉となります。
一羽だけ、背を向けて離れて止まっているメジロがほほえましくもあります。

「古銅象耳花入 銘キネナリ」 宋-元時代 13-14世紀
青007

首の上の部分に獣面文、下に斜格子花模様が入り、象の鼻の形の耳が付いています。
全体に漆が塗られ、色も形もすっきりした趣味の良い姿です。
古くから日本に伝わり、茶人に喜ばれています。

第1部「バロン住友春翠-邸宅美術館の夢」の記事です。

展覧会のHPです。

次回の展覧会は有田焼創業400年、「明治有田 超絶の美 -万国博覧会の時代」展です。
会期は9月24日(土)から12月4日(日)までです。

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【2016/07/23 19:58】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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