「染付誕生400年」展 根津美術館
表参道
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表参道の根津美術館ではコレクション展、「染付誕生400年」が開かれています。
会期は2月19日(日)までです。

染付11-18-2016_002


朝鮮の陶工、李三平は約400年前の1616年に肥前有田で初めて磁器を焼いたとされています。
展覧会では1998年に山本正之氏が寄贈した作品を中心に、17世紀から19世紀にかけての、
染付、柿右衛門、鍋島焼などの肥前磁器が展示されています。

「染付鷺矢羽根文皿」 肥前 17世紀前期-中期
染付2

初期の小さな皿で、中央に白抜きで白鷺、周りに矢羽根が描かれています。
肥前磁器でよく題材にされる白鷺の早い作例とのことです。
鷹の羽に囲まれていて、白鷺も居心地の悪いことでしょう。

「染付楼閣山水文台皿」 肥前 17世紀前期-中期
染付6

初期の作らしく、器形にやや歪みがあって、大らかな姿をしています。

「染付流水菊花文稜花鉢」 肥前 17世紀中期-後期
染付3

中央には水に浮かぶ菊花、周りには垣根や竹、梅がていねいに描き込まれています。

「染付雪柴垣文軍配形皿」 肥前 17世紀
染付4

軍配の形をした皿で、柴垣に積もった雪を白抜きで表しています。
空に描かれた放射状の物は花とのことです。
白と青を活かした、幻想的な光景です。
寛文(1661-1673)、延宝(1673-1681)の頃には器の形や文様が和様になり、
構図も非対照で、余白が多くなったそうです。

「色絵三果文稜花皿」 肥前 17世紀後期-18世紀前期
染付7

三果文は桃、柘榴、仏手柑(あるいはライチ)を配する絵柄です。
稜花皿は縁が尖りのある花の形になっている皿です。
酒井田柿右衛門家文書によれば、初代柿右衛門は長崎で中国人から
色絵の技術を学び、正保4年(1647)には加賀前田家に製品を販売しています。

「色絵寿字文独楽形鉢」 肥前 17世紀末期-18世紀前期
染付5

華やかな金襴手の鉢で、中央の壽の文字は金で縁取りされ、左右には巻物、
打ち出の小槌、上下には隠れ蓑、宝珠、丁子などの宝尽し文が描かれています。

「染付白鷺文皿」 肥前 17世紀
涼005

佐賀鍋島藩の直営窯で製作された鍋島焼です。
全体にむらなく薄く塗られた顔料は水辺の景色を表し、鷺や蓮の葉は白い生地を残して
描かれています。
鍋島焼は大名への贈答用に使われ、デザインがすっきりとモダンで、スキがありません。


肥前磁器の初期から発展していった様子がよく分かる展示です。


展示室5は正月恒例の「百椿図」の展示です。

染付1

丹波国篠山藩、後に播磨国明石藩7万石の藩主となった松平忠国(1597~1659)の
注文により狩野山楽が描いたとされ、忠国とその子で老中にもなった信之(1631-86)の
2代にわたって、それぞれの花に著名人に漢詩や和歌の賛を書いてもらっています。
本之巻、末之巻の2巻併せて約24mあり、100種類以上もの椿を描き並べています。
賛を寄せたのは49人で、大名は松平忠国と徳川光圀、加藤明友(加藤嘉明の孫)です。
他に公家の烏丸光広、歌人、俳人の北村季吟、俳人の西山宗因、僧の松花堂昭乗、
儒者の林羅山などがいます。


展示室6のテーマは「点初め-新年を祝う-」です。

点初め(たてぞめ)はその年最初の茶会のことで、干支や正月にちなんだ茶道具が
展示されています。

「小松引図」(部分) 冷泉為恭 江戸時代 19世紀
松竹梅004

小松引は正月最初の子の日に野の小松を引いて長寿を願う平安時代の行事です。
みやびな行事で、よく画題にもなっています。
掛軸で、上の方には峰の松が描かれています。
冷泉為恭(1823~64)は幕末の絵師で、大和絵に優れ、王朝文化を題材にした作品を
多く描いています。

「大井戸茶碗 銘 三芳野」 高麗茶碗 朝鮮時代 16世紀 重要美術品
遠003

井戸茶碗は朝鮮時代の日常雑器で、日本の茶人が茶器に見立てたものです。
大振りの井戸茶碗を大井戸と呼びます。
高台は高く、くっきりとしていて、口縁には金継も見えます。

「赤楽富士茶碗」 伝覚々斎作 江戸時代 17~18世紀 
染付0

ぶっくりした茶碗に富士山のような太い線が入っています。
覚々斎(1678-1730)は表千家6代家元です。


1階の展示室3は3月31日(金)まで、興福寺中金堂再建記念特別展示、
「再会 ─興福寺の梵天・帝釈天」です。

興福寺1-8-2017_001


右 「梵天立像」 定慶作 木造彩色 鎌倉時代 建仁2年(1202) 興福寺蔵 重要文化財
左 「帝釈天立像」 定慶作 木造彩色 鎌倉時代 建仁元年(1201)

興福寺0  興福寺1

像高約180㎝の桧の寄木造で、やや前傾し、堂々とした姿です。
帝釈天は甲冑を着け、蓮の蕾を持ち、衣装には截金が残っています。
顔は明治以降の後補なので、梵天に比べ彫りが深く、くっきりとした顔立ちです。

梵天立像と帝釈天立像は興福寺に置かれていましたが、帝釈天立像は明治の
廃仏毀釈で荒廃した興福寺の復興に協力した、三井財閥の益田鈍翁に渡っています。
今回は2018年の中金堂の落慶をひかえての、112年振りの再会とのことで、
2体並んでの展示です。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は特別展「高麗仏画-香りたつ装飾美-」です。
会期は3月4日(土)から3月31日(金)までです。

高麗1-8-2017_002

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【2017/01/17 20:06】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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