「シャセリオー展 19世紀フランス・ロマン主義の異才」 国立西洋美術館
上野
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上野の国立西洋美術館では、「シャセリオー展 19世紀フランス・ロマン主義の異才」が
開かれています。
会期は5月28日(日)までです。

シャセリオー10-22-2016_008


テオドール・シャセリオー(1819~1856)は11歳で新古典主義の画家、アングルに入門し、
将来を期待されますが、やがて新古典主義と対立するロマン主義に傾倒します。
そして、独自の作風によって活躍しますが、惜しくも37歳で亡くなっています。

展覧会では絵画約40点、水彩・素描約30点などが展示されています。

テオドール・シャセリオー 「自画像」 1835年 ルーヴル美術館
シャセリオー4

シャセリオーはフランス領だったカリブ海のエスパニョーラ島にフランス人の役人の父と
現地の地主の娘との間に生まれています。
家族でフランスに戻った後、絵の才能を認められ、11歳の時にドミニク・アングル
(1780~1867)に入門しています。

アングルは「この子はきっと絵のナポレオンになる」と言って、シャセリオーの
才能を高く評価しています。
ナポレオンはコルシカ島の生まれなので、同じく島で生まれた人という意味も
あったのでしょうか。

シャセリオーは自分の容貌を気に入らず、写真も自画像もほとんど残っていないということで、
顔立ちにクレオールの面影がかすかに見られるこの自画像は貴重とのことです。

テオドール・シャセリオー 「16世紀スペイン女性の肖像の模写」 1835-40年頃
シャセリオー2_1

シャセリオーの修業中に描いた作品で、アングルがこの絵を褒めて、
一生シャセリオーの手元に置いておくことを約束させたそうです。
なめらかできっちりとした描き方で、いかにもアングル好みです。
恋人にせがまれて渡してしまいますが、この絵のことで喧嘩になって、
またシャセリオーのところに戻っています。

「アクタイオンに驚くディアナ」 1840年 個人コレクション
シャセリオー6

ディアナはローマ神話の狩の女神で、月の女神ともされています。
ギリシャ神話のアルテミスのことです。
水浴中の姿を見た漁師のアクタイオンは鹿の姿に変えられ、連れていた猟犬たちに
噛み殺されてしまいます。
頭に三日月を付けたディアナは背中を見せ、ニンフたちは驚き、アクタイオンは
遠くで鹿の姿になって、犬に襲われています。
夕暮れの光の中で、ニンフたちはただならぬ表情を見せ、異様な雰囲気を持つ作品で、
アングルとは違うものが出て来ているように見えます。

1840年にイタリアに旅行したシャセリオーはローマに滞在していた師のアングルと
再会しますが、ロマン主義に惹かれていたシャセリオーはアングルと考えが合わず、
ついに決別しています。
ローマ到着前にシャセリオーがアングルに出した手紙が展示されていましたが、
アングルへの深い敬愛の心が表れていて、その後の決別がいかにつらかったかを
偲ばせます。

テオドール・シャセリオー 「アポロンとダフネ」 1845年 ルーヴル美術館
シャセリオー1

ギリシャ神話の物語で、アポロンの求愛を拒否して逃げるダフネが追い付かれ、
月桂樹に変身する瞬間を描いています。
いろいろな画家や彫刻家に取り上げられる題材で、シャセリオーの作品は、
二人が渦を巻いて上に昇るような動きをしています。
両手を上に掲げるポーズはアングルの「泉」とも似ていて、シャセリオーの作品に
よく見られますが、熱情と悲哀を強調した作風は古典的な安定感と調和を追求した
アングルとは違うものがあります。

テオドール・シャセリオー 「カバリュス嬢の肖像」 1848年 カンペール美術館
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モデルのカバリュス嬢はソファに体を預け、くつろいだ様子をしています。
スミレの花束や水仙の髪飾りは春の女神を思わせます。
シャセリオーは肖像画に巧みで、肖像画も何点か展示されています。

テオドール・シャセリオー 「アレクシ・ド・トクヴィル」 1850年 ヴェルサイユ宮美術館
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アレクシ・ド・トクヴィル(1805~1859)は政治思想家で、「アメリカの民主主義」の
著者として有名です。
外務大臣を勤めていた頃の作品で、良い絵を描いてもらったと喜ぶトクヴィルの
礼状も展示されています。

シャセリオーは1846年にアルジェリア・モロッコに旅行し、現地の習俗、
文化に強い印象を受けています。
アルジェリアがフランスの植民地になったばかりの頃です。
シャセリオー自身が異邦の生まれであることもあってか、エキゾチシズム
(異国趣味)の色濃い作品を描いています。
時代の流行を超えて、自分の心の琴線に触れるところがあったのでしょう。
シャセリオーのアルジェリア行きに際して、現地の暑熱やマラリアを心配する
トクヴィルの手紙も展示されています。

テオドール・シャセリオー 「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」 
 1851年 メトロポリタン美術館

シャセリオー7

コンスタンティーヌはアルジェリアの都市で、15世紀のスペインのレコンキスタ
(再征服)運動によって追われたユダヤ人の多くが移り住んでいます。
オリエンタリズム(東方趣味)の作品といえますが、二人の衣服はそれぞれ
補色を使った片身替わりになっていて、色彩を重視するロマン主義も表れています。
シャセリオーは母子像を題材にした作品もよく描いています。

シャセリオーのアルジェリア・モロッコ旅行時の作品は2013年に東京都美術館で開かれた、
「ルーヴル美術館展~地中海 四千年のものがたり~」にも展示されていました。

「ルーヴル美術館展~地中海 四千年のものがたり~」に行った時の記事です。

テオドール・シャセリオー 「気絶したマゼッパを見つけるコサックの娘」 
 1851年 ストラスブール美術館(ルーヴル美術館より寄託)

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マゼッパはウクライナのコサックの英雄、イヴァン・マゼーパ(1639~1709)を題材にした
バイロンの詩、「マゼッパ」の主人公です。
不倫の罪で裸馬に縛り付けられ、野に放り出されたマゼッパが力尽きて倒れています。
夕日の下でコサックの娘が手を伸ばして驚いている、劇的な情景です。

テオドール・シャセリオー 「東方三博士の礼拝」 1856年 プティ・パレ美術館 
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亡くなった年の作品で、聖母には最後の恋人だったモルダヴィア公国の
マリー・カンタキュゼーヌ公女の面影があるともいわれています。
年齢の違う三博士には動きがあり、暗い背景の中の衣服やターバン、
白馬の白が際立っています。

ある美術批評家がシャセリオーを評して言ったという、「彼はパルテノンの神殿で育ち、
メッカへの巡礼をしたのだ」の言葉も、なるほどと思わせます。


シャセリオーから大きな影響を受けた、象徴主義のシャヴァンヌ(1824~1898)や
ギュスターブ・モロー(1826~1898)の作品も展示されています。

ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「海辺の乙女たち」 1879年頃 オルセー美術館
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シャヴァンヌの特徴の清雅な雰囲気があります。
シャヴァンヌはマリー・カンタキュゼーヌ公女を妻としています。

ギュスターヴ・モロー 「若者と死」 1881年頃 水彩 オルセー美術館
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早くに亡くなったシャセリオーを悼んで描かれています。
シャセリオーは自ら月桂冠を戴く姿で表されていて、モローらしい象徴性の強い作品です。


アングルの新古典派から始まって、ドラクロワのロマン派に近付き、シャヴァンヌや
モローの象徴派の元となったシャセリオーの画業がよく分かる展覧会です。

シャセリオーの回顧展はフランスでも1933年と2002年しか開かれていないとのことで、
まとまって鑑賞できるこの展覧会は大変貴重な機会です。

展覧会のHPです。

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【2017/03/04 19:28】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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