「ナマズが暴れた!?安政の大地震展―大災害の過去・現在・未来」展 駒込 東洋文庫ミュージアム
駒込・千石
chariot

駒込の東洋文庫ミュージアムでは「ナマズが暴れた!?安政の大地震展
―大災害の過去・現在・未来」展が開かれています。
場所は文京区本駒込2-28-21です。

とIMG_0630 - コピー


安政の大地震などの日本や海外の災害を記録した資料が展示されています。
安政の大地震は、江戸末期の安政2年(1855)に起きた安政江戸地震を
中心とする群発地震です。

「日本書紀」 
とIMG_0566

允恭天皇年間(416年頃)に起きた地震について書かれており、日本史料最古の
地震記録となっています。
最初の行に「地震」とあります。

「日本三代実録」
とIMG_0570

平安時代初期の清和天皇、陽成天皇、光孝天皇の3代について記述した歴史書で、
貞観11年(869)に発生した、東北地方沖を震源とする貞観地震も記録しています。
最初の行に「陸奥國地大震動」とあります。

「日本風俗図誌」
とIMG_0609

長崎のオランダ商館長だったイサーク・ティツィング(1745-1812)の回想録で、
1822年にロンドンで刊行されています。
天明3年(1783)の浅間山大噴火についての記述部分で、この噴火では1600人以上が
犠牲になり、現在の鬼押出しを形成しています。

海外の災害の記録もあります。

「リスボン地震被災記録」
とIMG_0604

1755年11月1日に発生した、リスボン沖を震源とするマグニチュード8~9の大地震の記録です。
地震と津波、火災で数万人が犠牲となったとされ、リスボンは壊滅的な被害を受けています。

「安政見聞誌」 
とIMG_0583

安政2年刊で、安政の江戸地震直後に出された、報道的な書籍ですが、
幕府の出版許可を得ていなかったため、発禁処分となっています。
安政の大地震は安政年間に集中して各地で発生した大地震の総称で、
特に安政2年(1855)の安政江戸地震が有名です。
安政江戸地震は関東地方南部が震源の直下型地震で、江戸は震度6程度、
死者は約1万人と推定されています。
大名屋敷も多く倒壊していますが、山の手の台地は比較的被害が小さく、
埋立地だった下町は被害が大きかったようです。

「しんよし原大なまづゆらひ(新吉原大鯰由来)」
とIMG_0610

吉原遊郭の人たちが地震の原因と思われていた大ナマズを懲らしめているところで、
花魁や芸者、太鼓持ちが煙管や三味線、枕で殴りつけています。
ナマズは花魁に乗られて喜んでいて、懲りてなどいません。
提灯に書かれた「五丁町」は吉原遊郭を表します。

「当世仮宅遊」
とIMG_0622

吉原が再建されるまで仮営業していた遊郭の賑わいです。
復興需要で潤った、車力(運送業者)や屋根屋がナマズを接待しているところです。

「江戸火災真景の図」
とIMG_0591

町火消の消火活動の様子で、町火消の加組に属していた、東都神田住人と称する
人物が書いています。
江戸の消防は幕府に所属する定火消、大名の大名火消、町人によって構成される
町火消がありました。
大名火消としては本郷の加賀藩出入りの鳶職人で編成された加賀鳶が有名です。
町火消は、いろは四十八組と、本所深川の16組で構成されています。
加組は外神田を担当し、纏(まとい)は唐人笠に駒形です。
屋根の上、一番右が加組の纏で、梯子を上っているのは下谷上野を担当する、
わ組のようです。
その左の屋根には浅草や下谷が持ち場の「と・ち・り・ぬ・る・を」組の纏も見えます。
龍吐水(手押しポンプ)は纏持ちが焼けてしまわないよう、纏持ちに水を掛けています。

 芝で生まれて神田で育ち今じゃ火消しの纏持ち


2012年に東洋文庫ミュージアムに行った時の記事です。

東洋文庫ミュージアムのHPです。

関連記事

【2017/07/29 18:21】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
comment
 
コメントを書く
コメントは承認後に公開されます。ご了承ください。
please comment















管理者にだけ表示を許可する

trackback
trackback url ↓
http://nekoarena.blog31.fc2.com/tb.php/3316-eac3b1a0

プロフィール

chariot

Author:chariot
東京のビルの多い街で暮らしています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード


| ホーム |