「川端龍子-超ド級の日本画-」展 山種美術館
恵比寿
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山種美術館では特別展、没後50年記念「川端龍子-超ド級の日本画-」が開かれています。
会期は8月20日(日)までです。

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会場芸術を標榜して、日本画の革新を進めた川端龍子(かわばたりゅうし、1885~1966)の
作品の展示です。

川端龍子は和歌山県出身で、始めは洋画を志しますが、1913年に渡米したのをきっかけに
日本美術に目覚め、日本画に転向しています。

「鳴門」 1929(昭和4)年 山種美術館
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横約8m以上もある大作で、濃い群青の波が渦巻く、迫力いっぱいの画面が広がっています。
川端龍子は従来のいわゆる「床の間芸術」に対抗し、広い展示場での展示に耐える、
「会場芸術」を追及しています。
自身の設立した青龍社の第1回展の出品作です。

「草の実」 1931(昭和6)年 大田区立龍子記念館
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秋の自宅の庭に茂った雑草を描いています。
紺地に金泥やプラチナを使って描いていて、草の葉には立体感があります。
平安時代に制作された紺紙金字経の優美な色調に想を得た作品です。
雑草の揺らぎも経文の一節なのかもしれません。

「香炉峰」 1939(昭和14)年 大田区立龍子記念館
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日中戦争で、日本軍が占領した江西省の廬山上空を偵察機に同乗して飛んだ
経験を基にしています。
香炉峰は白楽天の詩にも詠まれた名所で、枕草子にも書かれています
操縦士は画家自身がモデルとのことで、航空機は九六式艦上戦闘機のようです。
翼の下には塔や滝が見えます。
日の丸や尾翼の朱色と山岳の緑色が響き合っています。
機体を半透明にした奇抜な画面で、私が以前、龍子記念館で初めてこの作品を観た時は
その斬新さに驚きました。

「爆弾散華」 1945(昭和20)年 大田区立龍子記念館
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終戦間際の8月13日の空襲で自宅が全壊しています。
庭の野菜が爆風で吹き飛ぶさまを描いていて、装飾的に見える金箔は爆弾の爆発を
表しています。
爆発で出来た穴は池になり、現在も「爆弾散華の池」として保存されています。
息子も戦死しており、川端龍子は戦争には翻弄されています。
「香炉峰」を描いた頃には想像もしなかったことでしょう。

「百子図」 1949(昭和24)年 大田区立龍子記念館
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戦後間もなく、上野動物園に象がいなくなり、象を見たいという台東区の
子どもたちの希望が実って、インドのネール首相から象のインディラが
贈られています。
芝浦に着いたインディラが上野動物園まで首の鈴を鳴らしながら歩いていった
というエピソードを描いています。
直径2mほどの大きな作品で、「百子図」とは子孫繁栄を表す図柄のことをいいます。

川端龍子は若い頃に新聞社に勤務して記事の挿絵を描いていたこともあり、
放火による金閣の消失を題材にした、「金閣炎上」(1950年、後期展示)や、
中尊寺金色堂の藤原三代のミイラの調査を題材にした、「夢」(1950年)など、
ニュース性、時事性のある作品をよく描いています。

どの作品も大画面にふさわしい勢いがあり、画家の意気込みを感じます。
現在では大きな画面の日本画は珍しくはありませんが、それも川端龍子たち先駆者の
蛮勇があってのことだったのです。

大田区立龍子記念館のHPです。

山種美術館のHPです。


次回の展覧会は企画展、「上村松園 ―美人画の精華―」です。
会期は8月29日(火)から10月22日(日)までです。

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【2017/08/03 20:29】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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