『藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!』展 東京藝術大学大学美術館
上野
chariot

上野の東京藝術大学大学美術館では東京藝術大学創立130周年記念特別展
『藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!』が開かれています。
会期は9月10日(日)までで、第1期は8月6日(日)まで、第2期は8月11日(金)からです。

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先ず、名品の展示です。

「絵因果経」 天平時代 8世紀後半 国宝
芸004

第1期の展示です。
5世紀に漢訳された、釈迦の前世の善行から現世で悟りを開くまでの伝記である、
過去現在因果経を絵入りの経巻にしています。
上段に釈迦の物語が素朴な表現で描かれていて、後の絵巻物につながる形と
考えられます。
東京美術学校が最初に収集した日本画でもあります。

「浄瑠璃寺吉祥天厨子絵 弁財天および四眷属像」(全7面のうち) 
 建暦2年(1212) 重要文化財

芸008

第1期の展示です。
元は京都浄瑠璃寺の重要文化財、「木造吉祥天立像」(鎌倉時代)を納めた厨子の
扉および背面板です。
これは正面板で、八臂(腕が8本)の弁財天を中心に、向かって右上に正了知大将、
左上に宝賢大将と思われる神将が立ち、右下に堅牢地神が鉢を持って、
左下に訶利帝母が柘榴の実を持って坐しています。

高橋由一 「花魁」 明治5年(1872) 油彩・麻布 重要文化財
高008

モデルは新吉原稲本楼の評判の名妓、小稲(こいな)で、その頃、23・4歳だったという
小稲は豪華な衣装に身を包み、髪を後ろに垂らす下げ髪という髪型を結い、
べっ甲のかんざしを差せるだけ差した晴れ姿で臨んでいます。
しかし描かれた顔は、目は細く、頬骨は高く、あごは尖り、唇の端は吊り上がり、
髪に張りがありません。
美化などせず、写実を徹底しようとした結果ですが、妙に生々しい絵になっています。
小稲自身もこの絵を見て、「私はこんな顔じゃありません」と、泣いて怒ったそうです。
涼やかな日本女性を描き出した黒田清輝の「湖畔」が描かれるのは25年後の
1897年ですから、まだまだ道は遠いようです。

高橋由一 「鮭」 明治10年(1877)頃 油彩・紙 重要文化財
高002

高橋由一の代表作です。
長さ120㎝という大きな鮭で、洋画では珍しい極端に縦長の画面に描かれています。
日本人は掛軸を見慣れているので、縦長でも違和感は無かったのかもしれません。
皮のたるみ、塩の粒、縄のほつれまで克明に描かれ、身の赤がとても印象的です。

浅井忠 「収穫」 明治23年(1890) 重要文化財
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こちらも美術の教科書でなじみの作品で、フランスに留学する直前に描かれています。
何気ない農村風景を黄金色の中に温かく描き出しています。

黒田清輝 「婦人像(厨房)」 明治25年(1892)
美術009

フランス留学時に定宿だった家の女性を描いています。
色彩は明るいのですが、冬の情景なので、冷たい空気も感じます。
黒田清輝は元々、法律を学ぶためにフランスに留学したのですが、絵画に転向し、
師のラファエル・コランに学んだ外光派の技法を日本にもたらします。
外光派とは従来のアカデミズムの中に印象派の明るさを取り入れた画家を指します。

 狩野芳崖 「悲母観音」 明治21年(1888) 重要文化財
芸006

第1期の展示です。
観音菩薩は中空で水瓶を傾け、その下で童子が観音を見上げています。
仏画を基本にしていますが、西洋風の空間表現も取り入れ、近代日本画の
先駆となった作品です。
狩野芳崖の絶筆で、未完のままで芳崖が亡くなったので、盟友の橋本雅邦が
仕上げています。
狩野芳崖は幕末に狩野派を学び、明治には東京美術学校の設立にも関わった
フェノロサに見出されていますが、東京美術学校の教官就任を前に亡くなっています。

菱田春草 「水鏡」 明治30年(1897)
菱田009

第1期の展示です。
22歳の時の作品です。
天女が紫陽花の枝を持ち、水鏡に自分の姿を映しています。
天女も永遠には若くなく、やがては衰えるという、天女衰相を表したとのことで、
色の移ろいやすい紫陽花を添え、水は濁って描いたそうです。
古画の模写などで得たであろう線描の技量は高く、堂々とした作品です。

前田青邨 「白頭」 昭和36年(1961)   
芸img001

第1期の展示です。
白桃を横に置き、画架の前に端座する晩年の自画像で、深い精神性を見せています。
前田青邨は日本画の特質である線描を極めています。
東京藝術大学の教授も勤め、平山郁夫、守屋多々志、小山硬などを育てています。

小倉遊亀 「径」 昭和41年(1966)   
院012

力強く簡潔な画面の中に女性らしい優しさが感じられます。
2人と1匹の足並みも揃って、リズムがあります。
むかし、こんな形の折り畳みカゴがあったのを思い出します。
新鮮でモダンな現代日本画です。


平櫛田中のコレクションである彫刻も展示されています。

「花園に遊ぶ天女」 橋本平八 昭和5年(1930)
彫006

高さ121.7cmの木彫で、全身に花模様が浅く線彫りされ、唇は赤く彩色されています。
近代的な雰囲気をたたえた作品で、モダンなアールデコ風のヘアスタイルをしています。
右足を少し上げた姿は軽やかです。
橋本平八(1897-1935)は三重県生まれで、彫塑部があった頃の院展などに
出品していましたが、38歳で早世しています。

「日本婦人」 1880-81年 石膏 重要文化財
たすき掛けをした当時の日本女性の姿を写実的に表しています。
左胸が見えるのは、着物の部分の石膏が壊れてしまったためです。

「日本婦人」 1958年鋳造 ブロンズ
ラグーザ010

石膏像から鋳造したものです。
他に何点か、石膏像とそれから鋳造したブロンズ像が展示されています。
石膏とブロンズでは雰囲気が違い、石膏像はリアルで、ブロンズ像は重厚な
感じです。


東京美術学校・東京藝術大学の卒業制作が展示されています。

横山大観 「村童観猿翁」 明治26年(1893)
美術002

第1期の展示です。
横山大観は東京美術学校の第1回の卒業生で、1896年の図案科の新設時には
教官となっています。
この作品は美術学校の卒業制作で、猿使いの男は教官の橋本雅邦、子供たちは
大観ら同級生とされています。

白滝幾之助 「稽古」 明治30年(1897)
芸002

白滝幾之助(1873-1960)は兵庫県出身で、山本芳翠、黒田清輝に師事した後、
東京美術学校に入学しています。
この作品は第2回白馬会展に出品され、翌年に卒業制作として学校買入れされています。
黒田清輝に倣った外交派の作品で、夏の下町の情景です。
やや体を傾けて自分にはまだ少し大きい三味線を弾いている子や、どっしり構えた
お師匠さんの様子がうまく描かれています。

和田英作 「渡頭の夕暮」 明治30年(1897)
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和田英作(1874-1959)は東京美術学校で黒田清輝に学び、西洋画科の
最初の卒業生となっています。
外交派の画風で多摩川の矢口の渡しを描いています。

杉山寧 「野」 昭和8年(1933) 
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第2期の展示です。
卒業制作で、薄の繁る野原に埋れるようにして遊ぶ子供たちの情景です。
活き活きとした線描で、遠景の描写も行き届いています。
1932年に描いた「磯」や1934年の「海女」にしてもこの作品にしても、
若い時の作品は後年とは違った冴えがあります。


修復された作品の展示もあります。

小磯良平 「彼の休息」 昭和2年(1927)
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東京美術学校の卒業制作です。
表面に塗ったワニスが黄色くなり、亀裂も生じていたので、ワニスを
塗り替え、亀裂の補修も行なっています。
作品のモデルは神戸第二中学校以来の友人の竹中郁で、ラガーシャツ姿で
休んでいるところです。
神戸では外国人によって伝えられたラグビーが早くから根付いていたそうです。
小磯良平はその頃マネを熱心に研究していたので、マネの画集も置いてあります。
勢いの良い作品で、シャツやソックス、パラソルの縞模様が眼を惹きます。
さすが神戸らしい、1927年とは思えないモダンな雰囲気があります。

「ガリバルディ騎馬像」 1888-92年頃 
ラグーザ007

ヴィンチェンツォ・ラグーザ (1841-1927)はイタリアのシチリア出身の彫刻家で、
1876年(明治9年)に開設した工部美術学校の教師として招かれ、日本人に初めて
西洋彫刻を教えます。
来日の前にガリバルディのイタリア統一義勇軍にも参加しています。
イタリアに帰国後、ガリバルディ騎馬像制作のコンクールに優勝した時の習作で、
ガリバルディ・シャツを着ています。
石膏像で、完成したブロンズ像はパレルモの公園に建っています。

青木繁 「黄泉比良坂(よもつひらさか)」 明治36年(1903)
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第1期の展示です。
A3ほどの縦長の画面で、色鉛筆、パステル、水彩絵具が使われている
そうです。
古事記に出てくる、男神イザナギが黄泉の国から逃げ出し、女神イザナミが
それを追う場面です。
地上に出て、頭を抱え、背中を丸めて逃げる男の背中には明るい日の光が
当たっています。
追う女は暗い青緑の穴の中から手を延ばして、男を捕えようとしています。
よく観ると、女は何人もいて、穴の底へ転がり落ちる様が描かれています。
神話を、人間の宿命のドラマとして見せています。

上村松園の代表作、「序の舞」も現在補修中で、来年春には軸装から
額装に替えて、展示されるそうです。

東京藝術大学の卒業制作である自画像も何点か展示されています。

村上隆 「自画像」 紙本彩色 昭和61年(1986)
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現在に比べてスリムな体形で、前を見つめています。

山口晃 「自画像」 カンバス、油彩 平成6年(1994)
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神護寺蔵の伝平重盛像の中に納まって、いたずらっぽい顔をしています。

松井冬子 「自画像」 紙本彩色 平成14年(2002)
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表現に苦しみ、涙を流しながら描いたそうです。


藤田嗣治の資料の展示もあります。
君代夫人の寄贈によるもので、日記や戦後のアメリカ行きのパスポート、藤田嗣治が
公職追放者でない旨を記した総理大臣名の証明書など、興味深い資料の展示です。

展覧会のHPです。

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【2017/07/18 19:39】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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