「生誕150年記念 藤島武二展」 練馬区立美術館
中村橋
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練馬区立美術館では練馬区独立70周年記念展、「生誕150年記念 藤島武二展」が
開かれています。
会期は9月18日(月・祝)までです。

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日本の近代洋画を開拓、指導した藤島武二(1867-1943)を特集した展覧会で、
藤島に影響を与えた画家の作品を含め、約160点が展示されています。

藤島武二は薩摩藩の士族の子に生まれ、父を早くに亡くし、2人の兄は西南戦争で
西郷軍に従軍し、それが元で早世しています。
画家を志して上京し、洋画を学ぼうとしますが、日本画の復興期だったため、
まず日本画の川端玉章に入門しています。
その後、山本芳翠の画塾に入り、1893年に三重県津市の中学校に絵画教師として
赴任しています。
夏目漱石が松山中学校に英語教師として赴任したのは1895年のことです。
そして、同郷の先輩、黒田清輝に推されて、1896年に東京美術学校の助教授に
就任しています。
東京美術学校への移動にあたっては校長の岡倉天心が三重県知事に直接
掛け合ったそうです。

「池畔納涼」 1897年 東京藝術大学
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大作で、白馬会第3回展に出品されています。
上野不忍池が舞台でしょうか、黒田清輝ゆずりの明るい外光派の作品です。
ヨーロッパ留学後に教授に就任しています。

「婦人と朝顔」 1904年 個人蔵
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同じモデルによる6点の作品のうちの1点です。
藤島武二の特徴の一つである、耽美的な傾向の見られる作品です。

1905年にフランス、イタリアへの4年間の留学を命じられています。
38歳という、遅い時期にあたります。

「西洋婦人像」 1906-07年 島根県立石見美術館
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小品で、フランス留学中に描かれています。
フランス留学中はフェルナン・コルモンやカロリュス=デュランに師事しています。
藤島はイタリアに滞在中に、フランス滞在時の作品のほとんどを盗難で失っています。
山本芳翠も、1887年にフランス滞在中に描いた作品の全部を載せて日本に回航中だった
軍艦が南シナ海で消息を絶つという憂き目に遭っています。

「幸ある朝」 1908年 泉屋博古館分館
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逆光の中の室内で、若い女性が朝の光の中で手紙を読んでいます。
良い便りのもたらす幸福感を鎧戸からの光、花瓶の花、女性の表情で表した
ロマンチックな作品です。

「ローマの遺跡」 1908-09年 石橋財団ブリヂストン美術館
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小品で、イタリア滞在時に描かれています。
情景を写すのではなく、画面の構成といったものを意識しています。

「ピサネルロ 《ジネヴラ・デステの肖像》模写」 制作年不詳 鹿児島市立美術館
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ピサネルロは15世紀前半のイタリアの画家です。
ルネッサンス期によく見られる真横からの肖像画の形式は、後に藤島自身が
何点か描いています。
藤島はルネッサンス期前後の芸術に深い感銘を受けています。

「うつつ」 1913年 東京国立美術館
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帰国後に描いた、初めての展覧会出品です。
留学中にフランスで興ったフォーヴィスムを意識した作品とのことで、
色彩に力強さがあります。

「匂い」 1915年 東京国立近代美術館
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画像は2014年にブリヂストン美術館で開かれた、「描かれたチャイナドレス
―藤島武二から梅原龍三郎まで」展での内覧会の時の写真です。
紅色を強調した画面で、中国服の女性は気だるげに頬杖をついています。
テーブルにはカーネーションと一緒に鼻煙壷(嗅ぎ煙草の容器)が置いてあります。
色調や女性の表情など、雰囲気のある作品です。
日本人が油彩で中国服を描いた最初の作品で、藤島武二は中国服に執着し、
約60着を買い集めたそうです。


「鉸剪眉」 1927年 鹿児島市立美術館
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中国の人形から想を得て描いていて、鉸剪眉もその人形の名前で、藤島も意味は
知らなかったとのことです。
ルネッサンス風の真横からの肖像画で、藤島はイタリアで接したルネッサンス芸術に
東洋に共通するものを感じて、作品にも東洋的な要素が表れて来るようになります。

「中国風景」 1938年 鹿児島市立美術館
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この年、満州や中国を旅行し、日中戦争の戦跡も見ています。
画面を色面で分割する描き方です。

「耕到天」 1938年 大原美術館
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耕到天(耕して天に到る)は、「耕到天是勤勉哉。耕連空是貧哉。」の一部です。
中国人が日本の棚田や段々畑を見て、その勤勉さと貧しさに驚いた言葉とされています。
日清戦争の講和条約締結のため下関を訪れた、清の政治家、李鴻章が述べた感想とも
いわれていますが、確かではありません。
大作で、藤島はこの言葉に触発されています。
色面を積み重ね、空に到っていて、迫力にあふれた画面です。

晩年には日の出の景色を描いた風景画をよく描いていて、内蒙古にまで旅しています。
絶筆も港の朝日を描いた作品です。
どれも大づかみな描き方で、気分の良い絵です。

初期の外光派風の作品から、やがてロマンチックな雰囲気や東洋への関心、
画面の単純化など、いろいろな個性が現れて来るのが分かります。
1歳年上の黒田清輝に比べ20年近く長命だったことが、藤島の個性を
充分発揮するのに役立ったのだろうと思います。

次回の展覧会は、練馬区独立70周年記念展、「没後20年 麻田浩展
―静謐なる楽園の廃墟―」です。
会期は9月28日(木)から11月19日(日)までです。

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【2017/09/07 15:51】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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