「古代アンデス文明展」 国立科学博物館
上野
chariot

上野の国立科学博物館では特別展、「古代アンデス文明展」が開かれています。
会期は2018年2月18日(日)までです。

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会場は一部を除き、撮影可能です

南米アンデス地域で、先史時代に始まり、16世紀にスペイン人によって滅ぼされた
インカ帝国で終わるさまざまな文化を紹介する展覧会です。
約1500年間、南北4000㎞、標高差4500mという時間空間の中で興亡した代表的な
9つの文化を中心にした展示です。

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パイハン文化(紀元前1万1000年~前7800年)の槍先型尖頭器です。
日本では縄文時代に当たります。
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カラル文化(紀元前3000年頃~前2000年頃)
ペルー中部海岸の漁労を中心とした文化です。

先土器文化で、この(土偶)も焼成されていません。
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チャビン文化(紀元前1300年頃~前500年頃)
ペルー北部高原の文化で、各地域の文化や宗教を統合した最初の文化とされています。

チャビン・デ・ワンタル遺跡の地下神殿の壁に嵌め込まれた石像で、コカの葉を噛んだ
人間の顔が神に変容していく様を彫っていると思われています。
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幾何学文様の入った石製すり鉢で、神聖な行事に使われるトウモロコシやイモを
加工するのに使われたようです。
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チャビン文化と同じ頃、チャビンの北にクピスニケ文化が興っています。
自分の首を刃物で切断している土器で、頸の血管まで表現されています。
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ナスカ文化(紀元前200年頃~紀元650年頃)
ペルー南部の乾燥地帯の文化で、地上絵で有名ですが、土器や織物にもすぐれています。

首の絵の描かれた壺で、口を開け、目が上を向いていることなどから、狩った首級か
奉納される首と思われるとのことです。
アンデス地域の文化では首に特別の力があるものとして重視されていました。
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髪の毛とスポンディルス貝で作った首飾りで、スポンディルス貝は金よりも貴重と
されていたそうです。
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モチェ文化(紀元200年頃~750/800年頃)
ペルー北部海岸の文化で、黄金製品と面白い形の土器で有名です。

胸飾りの一部と思われ、黄金に象嵌が施されています。
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ネコ科動物の毛皮を模した儀式用ケープで、首に掛け、背中に垂らしていたようです。
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チチャと呼ばれるトウモロコシ酒を造っている男女です。
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リアルな人面とあっさりと描かれた手足の組み合わせで、アンクルトリスのフィギュアを
思い出します。
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海の神(冥界の神)がいけにえを連れていて、魚の造形が見事です。
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トウモロコシの穂軸の形をした神の姿です。
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死者がシカを担いでいて、モチェでは死者が生者と一緒の世界にいることを示しています。
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ティワナク文化(紀元500年頃~1100年頃)
ティティカカ湖周辺で栄えた文化で、石造建築で知られています。

木製嗅ぎタバコ皿と吸入用パイプで、皿にはスポンディルス貝やくじゃく石が嵌められ、
パイプはヤクの骨で出来ています。
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耳飾りや口ピアスのような物を着けた成人男子の像で、アマゾン低地の住民の
可能性があります。
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金製の儀式用装身具で、くじゃく石が嵌めこまれています。
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ワリ文化(紀元650年頃~1000年頃)
ティワナク文化と同じ頃に、その北側に栄えた文化で、武力で領域を拡大し
他民族を支配した、アンデスで最初の帝国とされ、インカ帝国の軍事征服の
原型となったともいわれています。

文字を持たないアンデス文明では、結び目のある縄で情報を伝達するキープという物を
使っています。
インカの10進法に対してワリのキープは5進法を好んで使っていたそうです。
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高さ約70㎝の大きな香炉で、アンデスの貴重な家畜のリャマをかたどっています。
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飲酒儀礼に使われた大きな多彩色壺と鉢で、杖を持った神が描かれています。
儀式の後、念入りに割られて埋められていました。
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男性用のチュニックと思われ、階段の形をしたパーツをつなぎ合わせています。
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シカン文化(紀元800年頃~1375年頃)
南イリノイ大学教授の島田泉博士を中心にして研究された文化で、シカン文化の名も
島田教授の命名によるものです。
ペルー北部の文化で、在来のモチェ文化と外来のワリ文化を取り入れています。
多神教的なアンデス文明の中で、シカンは一神教の神、シカン神を信仰していました。

金合金の板を叩いてシカン神を打ち出した儀式用の飲料容器と、ヒ素青銅に
金メッキを施した儀式用ナイフです。
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金の板を叩いて作った同じデザインの65個のパーツを集めた胸飾りです。
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仔犬をくわえた親犬を表した土器で、繁殖や再生への関心を示しています。
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ロロ神殿「西の墓」の中心被葬者の仮面と頭骨で、共に赤い辰砂が塗られています。
頭骨は歯がしっかり揃っています。
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2009年に同じ国立科学博物館で開かれた、「黄金の都シカン展」の記事です。


チムー王国(紀元1100年頃~1470年頃)
アンデスの2つの文化中心地のうち、北部海岸を制した王国で、シカンの文化を吸収し、
強力な国家となっています。
しかし、もう一つの中心地、南部高地に興ったインカと1470年頃に戦い、敗れています。

チャンチャン遺跡の王宮の入口近くの壁に埋め込まれていた木像です。
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儀礼用の木杯で、貝殻や鉱石による細かい装飾が施されています。
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葬送行列の木製のミニチュア模型で、卵形の物は死者を布で包んだ葬送包みです。
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インカ帝国(紀元15世紀早期~1572年)
インカ帝国はスペインによる征服以前のアンデスの最大、最強、そして最後の政体ですが、
大規模な国家改造の途中の不安定な時期にフランシスコ・ピサロの率いる
スペイン軍に攻撃され、滅ぼされています。
インカ帝国の滅亡した時、日本は戦国時代で、織田信長が武田信玄や浅井朝倉と
戦っていた頃です。

インカのキープで、総延長4万㎞に及ぶインカ道をチャスキと呼ばれる飛脚がこれを
持って走っていました。
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アリバロ壺という、インカの儀礼に欠かせないチチャ(トウモロコシ酒を入れる、
インカ特有の容器です。
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いけにえの儀式で子供たちと共に神々に捧げられた、金合金の男女の小像です。
インカの金はスペインによって徹底的に略奪され、溶かされたため、残っている金製品は
数も少なく、小さいそうです。
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アンデス文明は長大な地域に長期間にわたって興亡したさまざまな文化の集合
ということで、観ていても知らない文化ばかりで、とても興味深いものがありました。
特にモチェ文化の土器は造形が面白く、すばらしいものでした。

ミュージアムショップには、リャマの人形やナスカの地上絵を彫った石もありました。

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展覧会のHPです。

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【2017/10/31 19:49】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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