「東西美人画の名作 《序の舞》への系譜」展 東京藝術大学大学美術館
上野
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上野の東京藝術大学大学美術館では「東西美人画の名作 《序の舞》への系譜」が
開かれています。
会期は5月6日(日)までです。

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上村松園の代表作、「序の舞」の修理が完了した後、初めて公開される展覧会で、
「序の舞」に至る美人画の系譜をたどります。
今回は音声ガイドを無料で利用できます。


(美人画の源流)

江戸時代の浮世絵美人画などの展示です。

「舞踊図」 江戸時代・17世紀 サントリー美術館 重要美術品
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6点のうち、4月15日までと4月17日からで、3点ずつ展示替えされます。
風俗画として群舞の形で描かれていた舞踊図も、やがてこの絵のように一人ずつ
描かれるようになり、後の美人画の原型になったということです。
この女性は波にトンボの模様の小袖に、市松模様の細い帯を締めています。

他に鈴木春信や喜多川歌麿などの浮世絵も展示されています。


(東の美人)

明治以降の東京画壇の作品です。

菱田春草 「水鏡」 明治30年(1897) 東京藝術大学
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岡倉天心門下で、日本美術院の設立にも参加した菱田春草(1874-1911)の
22歳の時の作品で、まだ朦朧体の画風は始まっていません。
天女が紫陽花の枝を持ち、水鏡に自分の姿を映しています。
天女も永遠には若くなく、やがては衰えるという、天女衰相を表したとのことで、
色の移ろいやすい紫陽花を添え、水は濁って描いたそうです。
古画の模写などで得たであろう線描の技量は高く、堂々とした作品です。

松岡映丘 「伊香保の沼」 大正14年(1925) 東京藝術大学
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松岡映丘(1881-1938)は東京美術学校の教授を長く勤め、大和絵の復興に
努めています。
榛名湖に身を投げて蛇になったという木部姫の伝説に拠った作品です。
足を湖水に入れ、朽木に掛けた姫は風に髪を乱し、物思わしげな風情です。
大きな掛け軸で、背景の榛名湖と榛名山の描写に存在感があり、古典的な
大和絵には無い迫力です。
松岡映丘の特徴の一つはこの優れた風景描写にあります。

鏑木清方 「たけくらべの美登利」 昭和15年(1940) 東京国立近代美術館
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鏑木清方(1878-1972)は、西の松園、東の清方と呼ばれた美人画の大家で、
門人には山川秀峰、伊東深水、寺島紫明などがいます。
樋口一葉の「たけくらべ」の最後の場面です。
幼なじみの信如が家の格子に差し入れていった水仙の作り花を手に、
島田髷を結った美登利がものを思っています。

鏑木清方 「一葉」 昭和15年(1940) 東京藝術大学
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樋口一葉を、地味な着物に前掛けをして、針仕事の手を休めている、
市井の女性の姿として描いています。
その顔は意思的で、写真のほとんど残っていない一葉のイメージは、
この絵によるところが大きいです。
手許に置かれた端切れは、一葉の作品、「たけくらべ」を表しています。
吊ったランプが夜なべ仕事と、明治という時代を思わせます。

山川秀峰 「序の舞」 昭和7年(1932) 東京国立近代美術館
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山川秀峰(1898-1944)は京都出身ですが、鏑木清方に師事し、美人画に優れています。
序の舞は能の舞の一つで、ゆるやかに舞われます。
下げ髪の女性が万寿菊の模様の袴を着け、扇を手に舞っています。
落着いた色調で、背景は描かず、足拍子を取って片足を上げかけている瞬間を捉えていて、
振袖の笛の模様は奏でられている音曲も想像させます。

他に、池田蕉園、山本丘人などの作品も展示されています。


(西の美人)

京都、大阪の画家たちの美人画です。

島成園 「香のゆくえ(武士の妻)」 大正4年(1915) 福富太郎コレクション資料室
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島成園(1892-1970)は堺市出身で、大阪で絵を描き始め、京都の上村松園、
東京の池田蕉園とともに「三都三園」と称されています。
豊臣方の武将、木村重成の妻、青柳(あおやなぎ)が大坂夏の陣を前に重成の兜に
香を焚きしめているところです。
敵に首を取られて、首実検された時のための心配りで、夫の討死を覚悟した青柳は
深い憂いに沈んでいます。
襖絵の桜は落花、討死を暗示しているのでしょうか。

西山翠嶂 「槿花」 大正12年(1923) 京都市美術館
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西山翠嶂(1879-1958)は竹内栖鳳(1864-1942)に師事し、後に女婿となっています。
ムクゲの花の咲く中にたたずむ女性で、着物姿をあっさりと仕上げているのに対して、
顔や髪をより写実的に描き、モデルの個性を表現しています。
ちょっと潤んだ描き方で、大正ロマンの雰囲気があります。

菊池契月 「散策」 昭和9年(1934) 京都市美術館
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菊池契月(1875-1955)は長野県出身で、京都の菊池芳文(1862-1918)に師事し、
婿養子となっています。
縦縞の普段着の着物姿の少女が洋犬を連れて歩いています。
洋犬や洋風のおかっぱに和服という取り合わせに斬新さがあり、犬に引っ張られる
ようにして歩く様子も自然です。

他に中村大三郎、北野恒富、甲斐庄楠音などの作品も展示されています。


(美人画の頂点)

重要文化財の「序の舞」「母子」をはじめ、上村松園の作品、6点が展示されています。

上村松園 「母子」 昭和9年(1934) 東京国立近代美術館 重要文化財
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等身大の大きさの作品で、背景の簾は夏の風情です。
抱いた子供を優しく見つめる母親は落着いた色合いの着物姿で、
お歯黒をして、眉を剃っています。
眉を剃るのは青眉と言い、結婚して子供の出来た女性のする化粧です。
松園を支えてくれた母を亡くした年に描かれた作品で、母への思慕が表れています。

上村松園 「序の舞」 昭和11年(1936) 東京藝術大学 重要文化財
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作品は等身大の大きさで、振り袖姿の若い女性が舞っているところです。
前に伸ばした右手は扇を逆手に持ち、袖を腕に巻いた、華やかな瞬間です。
松園特有の、柔らかな朱色の振袖の裾模様は、彩雲です。
雲母を使っているのか、雲は輝いて見え、フットライトのようです。
帯は格調の高い立矢帯と思われ、帯地は金、模様は鳳凰に桐で、
雲とその上を飛ぶ鳳凰という組合せになります。
髪型はこれも格調高い文金高島田で、かんざしは牡丹の形です。
牡丹も鳳凰と一緒に描かれる花です。
衣装は豪華でありながら、立ち姿は清楚で、緊張感があります。
上村松園は、当時の現代風俗として描くつもりで、息子の上村松篁の奥さんを
モデルにして、髪は京都で一番上手な髪結いさんに結ってもらい、振袖を着せて
構図を取ったそうです。
今回の修理で、絵具がはがれやすくなっていたのを直し、軸装であったのを、
巻くことによる作品への影響を考えて、額装に変えています。

上村松園 「草子洗小町」 昭和12年(1937) 東京藝術大学
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謡曲の「草子洗小町」に想を得ています。
内裏の歌合せで小野小町の相手に決まった大伴黒主が小町の邸に忍び込んで
小町の準備した歌を盗み聞きし、当日に小町の歌が披露されると、その歌を
書き込んでおいた万葉集の草子を出して、異議を唱えます。

  蒔かなくに何を種とて浮草の波のうねうね生い茂るらむ

小町は驚きますが、不審に思って帝の前で草子を洗うと、その歌は消えてしまい、
小町への濡れ衣を晴らすことが出来たというお話です。
初世金剛巌の演じる「草子洗小町」に感動して描いたということで、
作品では能楽師の所作をそのままに、顔を生身の女性にして描いています。
疑いを晴らすべく懸命になっている場面ですが、能面を元にした顔の表情は
穏やかで、おおらかな雰囲気に包まれています。
絶世の美女といわれた小野小町に取組むのは大変に難しいことだと思いますが、
松園は見事に描き切っています。

上村松園 「鼓の音」 昭和15年(1940) 松伯美術館
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振袖姿の女性が小鼓を肩に乗せ、右手の中指と薬指を使い、まさに打とうとしています。
髙島田に結い、べっ甲のかんざしを挿し、桜模様の振袖に、帯の模様は向かい鳳凰です。
松伯美術館は奈良市にある、上村松園・松篁・淳史、3代の作品を展示する美術館です。

久しぶりに上村松園の「序の舞」に再会することが出来ました。
「美人画」も浮世絵から明治、大正、昭和と進むにつれ、描き方も変わり、
近代化していく様子が分かります。

展覧会のHPです。

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【2018/04/03 19:34】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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