「大名茶人・松平不昧 ―お殿さまの審美眼―」展 日本橋 三井記念美術館
三越前
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日本橋の三井記念美術館では、没後200年記念、「大名茶人・松平不昧
―お殿さまの審美眼―」展が開かれています。
会期は6月17日(日)までです。
会期中、一部展示替えがありますので、展覧会のHPでご確認ください。

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大名茶人として有名な出雲松江藩第7代藩主、松平治郷(1751-1818)の没後200年を
記念しての展覧会で、愛用した茶道具や自筆の書などが展示されています。

松平治郷は不昧(ふまい)と号し、その茶道は不昧流として現在に伝わり、その審美眼を
尊重され、所持していた茶道具は不昧所持という由来が重んじられています。

「松平不昧画像 大鼎宗允賛」 江戸時代19世紀 島根・月照寺
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6月3日までの展示です。
治郷は文化3年(1806)に隠居し、大崎の御殿山の松江藩下屋敷に広大な屋敷や
茶室を建て、茶三昧の日々を送っています。
大鼎宗允は大徳寺孤篷庵の住持で、不昧は禅も修めています。
孤篷庵は小堀遠州の建てた庵で、火災による焼失後、小堀遠州を崇敬する
松平不昧によって再建されています。

「古今名物類聚」 松平不昧筆 寛政元~9年(1789 ~97) 島根大学附属図書館
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不昧の著による茶道具の名品の図鑑で、全18巻、9年にわたり4回に分けて
出版されています。
大名物、名物、中興名物などの名称と分類はこの類聚に拠っていて、
茶道への不昧の造詣の深さが知られます。
展示品は不昧の手元にあった物で、111か所の書き込みがあるそうです。

「大井戸茶碗 喜左衛門井戸」 朝鮮時代 16世紀 大徳寺孤篷庵 国宝
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5月22日までと29日からの展示です。
井戸茶碗として唯一、国宝に指定されています。
大井戸茶碗は井戸茶碗の中でも大振りのものを云います。
元は大坂の町人、竹田喜左衛門の所持で、後に本多忠義に渡ったので、
本多井戸とも呼ばれています。
松平不昧の所持となり、その死後に夫人により大徳寺孤篷庵に寄進されています。
高台に出来たカイラギの力強さが眼を惹きます。

 「赤楽茶碗 銘 無一物」 長次郎作 桃山時代 16世紀
 兵庫・頴川美術館 重要文化財

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5月20日までの展示です。
楽茶碗とは楽焼の祖、長次郎(?-1589)が千利休の侘び茶の好みに応じて
作り始めた、手捏ねの茶碗です。
京都の町屋の小規模な窯によって低温で焼かれています。
土も特別な物は使われておらず、聚楽第の造成で出た土を使ったとも
云われています。
ふっくらとした素直な姿で、使い込まれた跡が肌の景色になっています。
不昧は自分の学んだ石州流の茶の根源は利休の侘茶にあるとして、
利休の茶道具を多く所持しています。

「堅手茶碗 銘 長崎」 高麗茶碗 朝鮮時代 16−17世紀 根津美術館 重要文化財
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堅手茶碗とは磁器のように堅く焼き締まった高麗茶碗のことです。
口縁の形にゆがみがあり、釉薬の掛け残しがあって姿に変化を付けています。
京都の医師長崎昌斎が所持していたことからこの名があり、小堀遠州、大徳寺孤篷庵、
松平不昧と伝わっています。

「奥高麗茶碗 銘 深山路」 桃山時代 17世紀 三井記念美術館
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5月23日からの展示です。
古唐津は桃山時代に北九州各地で朝鮮の陶工によって始められた陶器で、
唐津の港から出荷されたので、この名があります。
奥高麗とは高麗茶碗に近い風格を備えている品を云います。
大らかな形で、高台は大きく、ざっくり掛けた釉薬の掛け残しが面白い形をつくっています。

「信楽水指 銘 三夕」 桃山時代・16〜17世紀
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共蓋付きで、肩から口縁に掛けて落ち込んだ矢筈口で、ヘラの跡に勢いがあり、
肩の辺りに深く溝が彫られています。
無釉ですが、一部に灰の自然釉が掛かっています。
土の赤色を夕焼けに見立て、寂蓮・西行・藤原定家の詠んだ夕暮れの歌(三夕の歌)に
ちなんで命名しています。

松平不昧は自らの美意識に基いた道具類も制作させています。

「片輪車螺鈿手箱」 鎌倉時代 13世紀 東京国立博物館 国宝
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5月19日までの展示です。
牛車の車輪の乾燥による割れを防ぐために川に浸けている風景を意匠化したものです。
蓋と身がぴったりと合う合口造りで、紐を付ける金具も車輪の形をしています。
金粉を敷き詰めた沃懸地(いかけじ)に細く波文を描き、車輪の線には螺鈿を
嵌め込んでいます。

「片輪車螺蒔絵大棗」 原羊遊斎作 文政12年(1829) 静嘉堂文庫美術館
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文政13年の不昧の13回忌に当たり、夫人が不昧の愛蔵品だった手箱と同じ意匠で
作らせた棗です。
原羊遊斎(1769-1845)は江戸時代後期の蒔絵師で、大名や文化人とも交流しています。

「瓢箪蒔絵弁当箱」 原羊遊斎作/酒井抱一下絵 江戸時代 19世紀
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金具や絵柄に瓢箪をあしらった弁当箱で、蓋裏は酒井抱一の下絵です。
金高蒔絵で葉を描き、花は白蝶貝、瓢箪は緑釉を塗った陶板です。
原羊遊斎は酒井抱一の下絵による蒔絵をよく手掛けています。
酒井抱一の兄、姫路藩主酒井忠以(宗雅)は不昧から茶を学んでいます。

「菊蒔絵大棗」 原羊遊斎作 文化14年(1817)
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金高蒔絵で、花芯は金の板を貼っています。
原羊遊斎は無地の空間を広く取るデザインが多いのが特徴です。

「桐蒔絵茶桶」 初代小島漆壺斎作 江戸時代・19世紀
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茶桶(さつう)は棗と同じく、薄茶を入れる容器で、蓋と身の合口が上の方にあるのが
特徴です。
合口をまたいで24個の桐が絵が描かれ、どこで蓋をしても絵が合うようになっています。
小島漆壺斎(1761-1816)は松江藩の塗師棟梁、小島清兵衛の5代目で、江戸で
原羊遊斎に学び、不昧から漆壺斎の名を賜っています。

書画も展示されています。

「六祖破経図」 梁楷筆 南宋時代 13世紀 三井記念美術館
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5月5日からの展示です。
中国禅宗で達磨を初祖として六番目の慧能(えのう)(638-713)を描いた
図で、慧能が経典を破り捨てているところです。
禅宗では書かれた経典に頼らないという、不立文字(ふりゅうもんじ)の教義があり、
それを表しています。
慧能は歯をむいて嬉々としてお経を破っていますが、慧能の伝記にはこのような話は
無いそうです。
梁楷は南宋の画家で、山水や人物を得意としており、この絵は足利将軍家、
豊臣秀吉、西本願寺、松平不昧と伝来しています。

「木枯烏図」 狩野伊川院栄信筆/松平不昧賛 江戸時代 19世紀
狩野栄信(かのうながのぶ、1775-1828)は木挽町狩野家の8代目で、不昧の愛顧をうけています。
掛軸で、からすが点々と飛んだり木に止まる様を描き、不昧が賛を付けています。

  ひとりなお行くもありけり夕からすおなじ林のかげをへだてて

「豆腐自画賛」 松平不昧筆 江戸時代 19世紀
豆腐の絵と一緒に書かれているのは当時の処世訓のようです。

  世の中はまめで四角でやわらかでとうふのようにあきられもせず

「瓢箪自画賛」 松平不昧筆 江戸時代 19世紀
一筆書きの瓢箪の中に賛を書いています。

  このうらもなおうらやまし山からの身のほどかくす夕がおの宿

「遺偈」 松平不昧筆 文政元年(1818) 大徳寺孤篷庵
遺偈(ゆいげ)は禅僧が最期に臨んで残す言葉です。
横臥したまま書いたということで、字に乱れがあります。

  喫茶喫飯 六十八年 末期一句 有伝無伝  不昧書

松平不昧の書画からは、いわゆる大名といったイメージとは異なる人柄が偲ばれ、
興味深く思いました。

展覧会のHPです。

次回の展覧会は特別展、「金剛宗家の能面と能装束」です。
会期は6月30日(土)から9月2日(日)までです。

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【2018/05/10 19:59】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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