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「江戸の街道をゆく~将軍と姫君の旅路~」 両国 江戸東京博物館
両国
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江戸東京博物館では特別展、「江戸の街道をゆく~将軍と姫君の旅路~」が
開かれています。
改修工事終了後初めての特別展で、会期は6月16日(日)までです。
5月26日までの前期と5月28日からの後期で、かなりの展示替えがありますので、
展覧会のHPをご確認ください。

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江戸時代になり、整備された街道を通行する将軍や大名、姫君の旅についての展示です。

会場は撮影可能です。

プロローグ

「甲州道中絵図」 久貝正方/誌 紙本著色 江戸時代中期以降
久貝正方(1648ー1719)は旗本で、道中奉行、勘定奉行などを努めています。
下諏訪までの甲州街道の絵図で、久貝が記録し、後世に書写されたものと思われます。
四谷口から始まり、内藤新宿を通ります。
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岩殿古城跡も書かれています。
有名な猿橋は長拾三間二尺とあります。
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第1章 武家の通行 ~威信をかけた旅路~

「伊予松山藩久松松平家登営行列絵巻」 紙本著色 江戸時代
久松松平家の大名が江戸城に登城する様子です。
行列の先頭は金紋先箱と呼ばれた鋏箱です。
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久松松平家は徳川家康の異父弟の家系なので、葵紋を許されています。

「毬と殿様」より
 紀州の殿様 お国入り
 きんもん先箱 ともぞろい

殿様のお駕籠です。
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司馬遼太郎の「坂の上の雲」は伊予松山藩の城下から話が始まります。
主人公の秋山兄弟や正岡子規のご先祖もこの行列の中にいたかも知れません。

馬を連れた従者は馬に水を飲ませる馬柄杓(まびしゃく)を持っています。
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「亀甲に州浜紋蒔絵水呑馬柄杓」 自楽院/作 木製漆塗 天明5年(1785)8月朔日
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蒔絵を施した立派な柄杓です。

「熊本藩細川家御座船波奈之丸の図」 紙本著色 江戸時代後期
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参勤交代に当たって船を使う場合もありました。

「日光御遷坐式図巻」 二巻 紙本著色 江戸時代
前期に前巻、後期に後巻が展示されます。
元和2年(1616)に駿府城で亡くなった徳川家康は久能山に葬られた後、
柩は翌年、日光に遷されます。
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家康の柩です。
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「日光東照社参詣図屏風」 紙本金地著色 江戸時代前期
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3代将軍徳川家光が日光東照宮に参詣した時の様子です。
家光は自分を将軍にしてくれた祖父家康を敬い、東照宮の壮麗な社殿を造営し、
何度も参詣に訪れています。

家康を東照大権現として祀り、神格化した天海大僧正が鳥居の下で能を見物しています。
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右「三引両竹雀紋散蒔絵刀筒」 木製漆塗 江戸時代中期以降
左「梨子地星梅鉢紋散木目文刀筒」 木製漆塗 江戸時代後期

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道中、刀を運ぶ容器で、右は仙台伊達家の紋が入っています。
左は久松松平家の星梅鉢紋が入っています。


第2章 姫君の下向 ~華麗なる婚礼の旅路~

「楽宮下向絵巻」 青木正忠/画 紙本著色 文化元年(1804)
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楽宮喬子女王(さざのみやたかこじょおう)が12代将軍徳川家慶と婚約し、
中山道を江戸に向かう様子を描いています。

役人たちが控えています。
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路上の者は土下座して、一行を見送ります。
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本陣では一行の到着を待っています。
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「和宮江戸下向絵巻」 関行篤/詞書 紙本著色 文久2年(1862)
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和宮親子内親王(かずのみやちかこないしんのう)が徳川14代将軍家茂との
結婚のため、江戸に下った道中を記録した絵巻です。
一行は人足も含め、3万人にも及ぶ大行列で、大雨による川止めの恐れの無い、
中山道を進んでいます。
関行篤は和宮一行の先駆けを努めた旗本です。

「黒漆丸十紋散牡丹唐草蒔絵女乗物」 木製漆塗 江戸時代後期
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薩摩島津家の姫君のお駕籠で、島津家の丸に十の字の紋が入っています。
豪華極まりない作りで、さすが大大名の家の乗り物です。


第3章 幕末の将軍上洛 ~描かれた徳川家茂の旅路~

「東海道箱根山中図」 五雲亭貞秀/画 山口屋藤兵衛/版 
 三枚続錦絵 文久3年(1863)2月

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徳川14代将軍家茂の上洛の光景です。
文久3年(1863)に家茂は朝廷と幕府間の問題の解決のため、上洛しています。
上洛は3代家光以来のことで、2月13日に江戸城を発ち、東海道を行き、
3月4日に二条城に入っています。
家茂は右側の朱傘を差し掛けられた輿の中にいます。

「頼朝公大井川行列図」 歌川芳艶/画 大黒(国)屋金之助・金次郎/版 
 三枚続錦絵 文久3年(1863)3月

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直接、家茂として描くのははばかられるので、源頼朝の上洛ということにして、
紋所も笹竜胆にしています。
駕籠を輦台に載せ、大勢で担いで渡っています。

将軍家茂は慶応元年(1865)に第2次長州征伐のため、3度目の上洛を行ないます。
今回は軍事行動のため、金の扇の馬印を立てた、物々しい陣容です。
家茂は大坂城に入りますが、脚気のため若くして亡くなっています。

「末広五十三次 程ヶ谷」 歌川芳幾/画 森本順三郎/版 
 錦絵 慶応元年(1865)閏5月

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一行を珍しそうに眺める外国人です。
家茂上洛の様子は早速、8人の絵師による55枚の錦絵、「末広五十三次」として
出版されています。
宿場名は金扇の中に書かれ、家茂の上洛を暗示しています。
「末広」は扇を意味していますが、鳥羽伏見の戦いに幕府軍が敗れ、徳川慶喜が
江戸に逃げ帰ると金扇の馬印は大坂城に置き去りにされてしまいます。

「末広五十三次 三島」 歌川広重(二代)/画 藤岡屋慶次郎/版 
 錦絵 慶応元年(1865)閏5月

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西洋式の調練を受けた幕府歩兵隊が剣付き鉄砲を担ぎ、背嚢(ランドセル)を背負って、
三嶋大社の前を進みます。
幕府歩兵隊は慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いにも動員されますが、新政府軍に
敗れています。


エピローグ ~東京の道をゆく~

「東京江戸品川高輪風景」 歌川国輝(二代)/画  山本(屋)平吉/版 
 三枚続錦絵 明治元年(1868)10月

明治元年(1868)9月、明治天皇は3300人の行列で京都を出発し、東海道を通り、
東京に行幸しています。
品川を通る行列です。
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警護する新政府の歩兵隊です。
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天皇は牛車に乗っています。
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明治天皇が東京に完全に移り住んだのは、翌明治2年のことです。

「東京日本橋風景」 歌川芳虎/画 蔦屋吉蔵/版 三枚続錦絵 明治3年(1870)
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前期の展示です。
馬車や自転車が登場しますが、日本橋の賑わいは変わりません。

「古今東京名所」 歌川広重(三代)/画  辻岡屋文助/版 錦絵
 明治10年-17年(1877-84)

前期と後期で場面替えがあります。
江戸から明治への東京の変化を左右見比べるようになっています。
越後屋は三井の洋館になり、
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日本橋には馬車道が出来ました。
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明治になると、やはり江戸が懐かしく思えたようです。

絵巻や錦絵の小さな画面の中にもさまざまな情報が詰まっており、観ていて飽きません。

展覧会のHPです。

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【2019/05/14 19:23】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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