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「松方コレクション展」 国立西洋美術館
上野
chariot

上野の国立西洋美術館では国立西洋美術館60周年記念、「松方コレクション展」が
開かれています。
会期は9月23日(月・祝)までです。

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松方コレクションは実業家の松方幸次郎(1866-1950)が1916-1927年頃に
ヨーロッパで収集した多数の美術品のことです。

松方幸次郎は内閣総理大臣を務めた松方正義の子で、神戸の川崎造船所
(現・川崎重工業)の初代社長などを務め、第一次大戦に伴う造船需要により
事業を拡大しています。
その間、フランスやイギリスの近代絵画、中世の絵画、約8000点の浮世絵など、
約1万点を収集しています。
また、フランス滞在中はジヴェルニーに住む晩年のモネを訪問し、睡蓮を描いた作品など
何点かを購入しています。
しかし、大戦終了後に続いた不況により、川崎造船所は経営破綻してしまいます。
そのため、日本に着いていたコレクションのうち、西洋美術約1000点は売却されて散逸し、
ロンドンに留まっていた約900点は1937年に倉庫の火災で焼失しています。
パリにあった約400点のうち、一部は売却されますが、第2次世界大戦後に375点は日本に
送られています。
国立西洋美術館はこれらの作品の展示を目的として建設されたものです。

展覧会では約160点が展示されています。

プロローグ

フランク・ブラングィン 「松方幸次郎の肖像」 1916年 国立西洋美術館
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フランク・ブラングィン(1867-1956)はベルギー生まれの、イギリスで
活躍した画家、版画家、デザイナーで、松方幸次郎がコレクションを
収集する際にも協力しています。
松方コレクションを日本で展示する予定だった「共楽美術館」の
建築デザインも行なっていますが、「共楽美術館」は実現しませんでした。
松方が収集を始めた頃の作品で、1時間で描き上げたそうですが、
本人の雰囲気を上手く表しています。

2010年に西洋美術館で開かれた「フランク・ブラングィン展」の記事です。

クロード・モネ 「睡蓮」 1916年 国立西洋美術館
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会場の最初に展示されています。
縦横それぞれ約2mの大作です。
筆遣いは力強く自由で、水面には柳が映り、色彩と光があふれています。
ジヴェルニーの家の睡蓮の池の連作を始めたのは1899年で、1926年に
亡くなるまでに200点以上を制作しています。


I ロンドン 1916-1918

松方は第一次世界大戦中にロンドンに滞在し、貨物船の売り込みや鋼材の購入を
行なっています。
この時期に美術品の収集を始めており、イギリスの作品が多いようです。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「愛の杯」 1867年 国立西洋美術館
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ラファエル前派を代表する画家、ロセッティの作品です。
この時期のロセッティは唯美主義的な作品を描くようになっています。
愛の杯は恋人同士が酌み交わす杯のことで、杯にもハートの模様が彫られ、
背景の蔦は誠実な愛を表しています。

ジョン・エヴァリット・ミレイ 「あひるの子」 1889年 国立西洋美術館
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ジョン・エヴァリット・ミレイ(1829-1896)はラファエル前派の画家で、高い技量の
持ち主ですが、後にラファエル前派を離れ、感傷的な作品で名声を得ています。
この絵の描かれた1889年はポスト印象派のゴッホが亡くなる前年で、盛んに
制作していた年でもあります。
同じ時期でもかなり異なる画風の作家たちが活動していたことが分かります。
松方コレクションに入った後、散逸した作品の一つですが、1975年に国立西洋美術館が
収蔵しています。

レオン・オーギュスタン・レルミット 「牧草を刈る人々」 1900年 国立西洋美術館
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レオン・オーギュスタン・レルミット(1844-1925)はフランスの写実主義の画家で、
バルビゾン派のミレーに傾倒し、農民の生活をよく描いています。
知り合いのドガから印象派展への参加を求められたこともあるそうですが、
出展はしていません。
画風は物語的で、印象派とは異なります。


II 第一次世界大戦

松方はこの時期、第一次世界大戦を題材にした絵画も収集しています。

III 海と船

造船業者の松方は初期には海や船を題材にした作品を収集しています。


IV ベネディットとロダン

松方は後にロダン美術館の館長となるレオンス・ベネディットの仲介で、50点以上の
ロダンの作品を購入しています。
また、ベネディットはコレクションの収集に協力し、パリを中心に収集された美術品、
約400点も第二次世界大戦まで、ロダン美術館の旧礼拝堂に保管されています。

オーギュスト・ロダン 「考える人」 1881-82年 ブロンス 国立西洋美術館
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オーギュスト・ロダン 「地獄の門」 1880-90年頃、1917年(原型)、1930-33年(鋳造)
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西洋美術館の前庭に展示されている「地獄門」も松方コレクションの一部です。
ロダンは建設予定の装飾美術館の門の注文を受け、ダンテの「神曲」の中の
「地獄篇」を主題に選びます。
200人以上の人物像で構成され、扉の上には「考える人」が置かれています。
結局、装飾美術館の計画は中止され、石膏像を残してロダンは亡くなります。
ロダンの生前は鋳造されることの無かった「地獄の門」を最初に発注したのは
松方幸次郎です。

V パリ 1921-1922

松方は1921年から1922年までパリに滞在し、大量の作品を購入し、当時評判にも
なっています。
西洋美術館所蔵の松方コレクションの中心となる作品群です。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「帽子の女」 1891年 国立西洋美術館
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色彩豊かな作品で、背景の青や黄色が白い帽子の中で混じり合い、
輝いています。

クロード・モネ 「雪のアルジャントゥイユ」 1875年 国立西洋美術館
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西洋美術館の平常展でよく展示されている、なじみのある作品です。
淡い藤色の入った雪の色に味わいがあります。

クロード・モネ 「芍薬の花園」 1887年 国立西洋美術館
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モネはジヴェルニーの家に庭を作り、池を掘って川の水を引き、日本庭園を
模しています。
丹精こめて育てた紅い芍薬が輝いています。

クロード・モネ 「舟遊び」 1887年 国立西洋美術館
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ジヴェルニーでセーヌ川に合流するエプト川での舟遊びです。
モデルは二度目の妻、アリス・オシュデの娘たちです。
水面に映る2人の影が描かれています。
1880年代後半から1890年代初期は「風景のように戸外の人物を描く」という、
年来の夢に取組んでいた時期とのことです。

クロード・モネ 「陽を浴びるポプラ並木」 1891年 国立西洋美術館
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1891年の春から秋にエプト川の岸辺で制作した連作の1つで、
アトリエ舟から見た景色と思われます。
並木が面白い形をつくっています。

クロード・モネ 「ウォータールー橋、ロンドン」 1902年 国立西洋美術館
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モネは1898年から1901年にかけては毎年ロンドンを訪れて、国会議事堂や
ウォータールー橋などを描いています。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「アルルの寝室」 1889年 オルセー美術館
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「アルルの寝室」はゴッホが気に入っていた画題で、オルセー美術館の他にゴッホ美術館と
シカゴ美術館所蔵の作品があります。
ゴッホがアルルで暮らしていた部屋が、影も無い明快な色彩で力強く描かれています。
パリに集められていた約400点の中にありましたが、第二次世界大戦後にフランス政府に
接収され、その後の日本への返還交渉の際に送付を拒否され、フランスに留まった作品の
一つです。
ゴッホの絵は生前ほとんど売れませんでしたが、その死後60年後にはフランス政府が
自国に留め置くことを決めるほど、評価が高まっていた訳です。

ポール・ゴーガン 「扇のある静物」 1889年頃 オルセー美術館
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ジャポニスムも入った絵です。
松方はゴーガンの絵を気に入っていて、幾つも購入しています。
これもフランス政府が自国に留め置くことにしています。

ポール・セザンヌ 「調理台の上の瓶とポット」 1902-06年 オルセー美術館
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水彩作品で、これもフランス政府が自国に留め置いています。 

ポール・シニャック 「漁船」 20世紀初頭 国立西洋美術館
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点描法で有名なシニャックの水彩の小品です。
色彩が明るく透明感があり、このような瑞々しい感覚を基に点描を追求していた
ことには改めて感心させられます。


VI ハンセン・コレクションの獲得

1922年から1923年にかけて松方は実業家ウィルヘルム・ハンセンのコレクションのうち、
34点を入手しています。
それらの多くは不況期に売却され、散逸しています。

エドゥアール・マネ 「自画像」 1878-79年 
 石橋財団ブリヂストン美術館/石橋財団アーティゾン美術館

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晩年の自画像ですが、鏡を見て描いているので、上着のボタンが左右逆に
なっています。
また、マネはこの頃から左足を悪くしているので、この絵のように左足に
重心を置くことは出来なかったそうで、鏡を見て描いたことが分かります。
両腕は未完成のようで、少し形が不自然です。
自信ありげな姿勢と顔付きをしていて、画家としての地位を確立したマネの
気持ちが出ています。

「マネとマネ夫人像」 1868-69年頃 北九州市立美術館
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マネ夫人がピアノを弾き、マネがソファに座って聴いているところです。
ブルジョア家庭の一コマですが、マネはソファに片足を上げ、半分寝そべっています。
画面の右側が切り取られているのは、ドガからこの絵を贈られたマネが、夫人の顔の
出来が気に食わないということで切り取ってしまったためです。
ドガという人は、辛らつで容赦の無いところがあったようで、この絵もそれが影響した
のかもしれません。
それにしてもどんな風に描いてあったのか気になります。
マネの顔も自画像に比べるとかなり勇猛そうです。
マネの自己認識とドガの冷徹な観察眼の違いでしょう。

クロード・モネ 「積みわら」 1885年 大原美術館
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「積みわら」の連作はジヴェルニーで1890年から翌年にかけて描かれていますが、
モネはそれ以前から積みわらに関心を持っていたことが分かります。
遠くの積みわらと並木に日が当たって明るく光り、近くの積みわらは日影になって、
妻と子どもが座っているのも見えます。

アルフレッド・シスレー 「サン=マメス六月の朝」 
 1884年 石橋財団ブリヂストン美術館/石橋財団アーティゾン美術館

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サン=マメスはロワン川のセーヌ川との合流点にあります。
ロワン川には小舟が浮かび、川沿いの道を歩く人の中には親子連れも見えます。
日影と日向の対比も強調されています。


VII 北方への旅

松方は1921年にドイツやスイスを訪れ、ムンクやベックリンなど、北方の画家の作品も
購入しています。


VIII 第二次世界大戦と松方コレクション

ピエール=オーギュスト・ルノワール 「アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)」 
 1872年 国立西洋美術館

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初期の作品で、ドラクロワの「アルジェの女たち」に倣っており、1972年のサロンに
出品していますが、落選しています。
真中の女性のモデルは当時、恋人だったリーズ・トレオです。
日本への返還の際にフランス政府は自国への留め置きを主張しますが、交渉の結果、
返還が決まった作品です。

アンリ・マティス 「長椅子に座る女」 1920-21年 バーゼル美術館
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ニースのホテルで描かれた作品で、窓からは外の景色も見え、色彩もまとまり、
マティスらしい心地よい良い画面構成です。
モデルはアンリエット・ダリカレールです。
コレクションが大戦中にフランスで保管されている際、保管資金捻出のために
売却された作品です。


エピローグ

クロード・モネ 「睡蓮、柳の反映」 1916年  国立西洋美術館
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横4.25mの大作で、2016年にルーヴル美術館でロールに巻かれた状態で発見され、
日本に返還された作品です。
損傷が激しく、かなりの部分が欠けた痛々しい姿ですが、睡蓮が描かれており、
今回修復を終え、展示されています。
また、会場入口には、損傷前のモノクロ写真を参考に、AIを使い、筆触も含めて復元した
参考作品も展示されています。


松方コレクションの内、日本に到着した西洋美術品は第一次大戦後の不況による
松方の事業失敗のため売却されて散逸し、ロンドンにあった作品は火災で焼失しています。
フランスにあった作品は散逸を免れていますが、これも第二次大戦後にすんなり日本に
届いた訳ではなく、返還交渉の末、一部を残してようやく日本への寄贈という形で
返還されています。
そのたどって来た歴史を思うと感慨深いものがあります。

展覧会のHPです。

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【2019/06/18 19:57】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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