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「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展 みなとみらい 横浜美術館
みなとみらい
chariot

みなとみらいの横浜美術館では、「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展が
開かれています。
会期は2020年1月13日(月)まで、休館日は木曜日です。

ギヨームimg119 (1)


パリのオランジュリー美術館の所蔵する、印象派とエコール・ド・パリの画家12人の
作品を展示する展覧会です。

自動車修理工から身を起こしたポール・ギヨーム(1891―1934)は画商となり、自らも
コレクターとなって印象派とエコール・ド・パリの画家などの作品を収集しています。
ポールの没後にコレクションは妻のジュリエット・ラカーズ(ドメニカ、1898―1977)により
再編され、後にフランス政府に売却されています。
オランジュリー美術館はこれらを展示する美術館で、改装期間中を利用しての
展覧会とのことです。

展覧会で展示されているのはシスレー、モネ、ルノワール、セザンヌ、ルソー、マティス
、ピカソ、モディリアーニ、ヴァン・ドンゲン、ドラン、ローランサン、ユトリロ、スーティンの
約70点です。

アルフレッド・シスレー 「モンビュイソンからルヴシエンヌへの道」 1875年
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ルーヴシエンヌはパリの西のセーヌ川沿いにあり、ピサロやシスレー、
ルノワールたち印象派の画家が一時住んで、風景を描いています。
地平線を低くした、シスレーらしい、おだやかな景色です。

クロード・モネ 「アルジャントゥイユ」 1875年
ギヨームimg119 (5)

モネは1871年からパリ郊外のアルジャントゥイユに移り住んでいます。
第1回印象派展の翌年の作品で、セーヌ川に浮かぶ小舟の帆柱が、
点々と雲の浮かぶ空と水面をつないでいます。

オーギュスト・ルノワール 「ピアノを弾く少女たち」 1892
ギヨームimg119 (4)

印象派の中で最初の国家買上げのため、制作依頼を受けたルノワールは
6点のヴァージョンを制作しています。
美術長官によって選ばれ、現在、オルセー美術館の所蔵する作品の構想用に
この作品は描かれたと思われます。

(参考)
「ピアノを弾く少女たち」 1892年 オルセー美術館
ル6-2-2016_008


「ピアノを弾くイヴォンヌと クリスティーヌ・ルロール」 
 オーギュスト・ルノワール 1897-98年頃

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画家のアンリ・ルロールの娘たちを描いていて、白い服がイヴォンヌです。
服の色に合わせて、2人の肌の色も少し違えてあります。
壁にはドガの、競馬と踊り子を描いた絵が飾ってあります。
ピアノは裕福な家庭の象徴で、ルロール家の雰囲気を伝えています。
「ピアノを弾く少女たち」が縦長の画面で、アップライトピアノ、長い髪、
垂らしたリボンなど、縦を意識しているのに対し、こちらはグランドピアノ、
額縁、伸ばした腕など、横の向きを意識しています。
ポールの没後、ジュリエット・ラカーズ(ドメニカ)が1937年に購入した作品で、
ドメニカはルノワールを好んでいます。
ドメニカはポールが早くに亡くなった後、再婚し、コレクションにもいろいろ
手を加えています。

オーギュスト・ルノワール 「桃」 1881‒1882年頃
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桃の紅色が鮮やかで、テーブルクロスの白もやわらかです。
ルノワールは静物画も魅力的です。

ポール・セザンヌ 「りんごとビスケット」 1879‒1880年頃
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木箱の横線が画面を3つに区切った、面白い形です。
ルノワールの華やぎに対して、こちらには無駄の無い、がっちりとした
存在感があります。
セザンヌの作品のほとんどはドメニカの購入したものです。

アンリ・ルソー 「婚礼」 1905年頃
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記念写真のように人物が並んでいて、手前に黒犬がいるのがご愛敬です。
後列向かって右側のヒゲの人物がルソー自身とのことです。
黒色に囲まれて、花嫁のドレスの白が際立っています。

アンリ・マティス 「赤いキュロットのオダリスク」 1924‒1925年頃
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アングルのグランド・オダリスクに倣っていますが、絵の中心は背景の花模様で、
テーブルに置いた花もその中に溶け込んでいます。
ポール・ギヨームは1918年にマティスとピカソの展覧会を開いています。
ポールの没後、ドメニカはマティスがニースに滞在した1917-1929年の作品のみを
残しています。

パブロ・ピカソ 「布をまとう裸婦」 1921‒1923年頃
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第一次世界大戦後の、ピカソがキュビスムから新古典主義に移った頃の作品です。
ポールはキュビスムを理解していましたが、ドメニカはピカソのキュビスムの作品の
ほとんどを売却しています。

マリー・ローランサン 「マドモアゼル・シャネルの肖像」 1923年
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マリー・ローランサンは、恋人だった詩人のギヨーム・アポリネールの紹介で、
ポール・ギヨームと出会っています。
売れっ子だったローランさんに肖像画を描いてもらうことが当時の流行だったので、
ココ・シャネルも頼んでいます。
ところが、この絵を気に入らず、受け取りを拒否しています。
ローランサンも気が強く、口も悪い人だったので、ココ・シャネルを「オーヴェルニュの
田舎娘」とののしっています(ローランサンはパリ生まれ)。

モーリス・ユトリロ 「サン=ピエール教会」 1914年
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ユトリロが最も高い評価を受けている、「白の時代」の作品で、モンマルトルの
サン=ピエール教会を寂寥感を込めて描いています。
ユトリロはモンマルトル生まれで、葬儀もサン=ピエール教会で行われています。
ポール・ギヨームは1922年にユトリロの個展を開いています。

シャイム・スーティン 「小さな菓子職人」 1922‒1923年
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スーティンはロシア帝国時代のベラルーシで貧しいユダヤ人の家に11人兄弟の
10人目に生まれ、身体が弱くて家族から疎まれ、偶像を禁止するユダヤ教の
戒律から絵を描くことを許されなかったため、
パリに出てきています。
マイノリティの中のマイノリティといった境遇のためか、作品は荒々しく、
大きくゆがんでもいます。
描く対象として、共感の故か、恵まれない労働者をよく選んでいます。
パリでスーティンをよく世話したのが、同じユダヤ人のモディリアーニとのことです。
ポール・ギヨームはスーティンに関心を持った最初の人物の一人ということで
、多くの作品を購入し、スーティンの国際的評価を高めています。
今回は、まとまって観る機会の少ないスーティンの作品、8点が展示されています。

アメデオ・モディリアーニ 「新しき水先案内人ポール・ギヨームの肖像」 1915年
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ポール・ギヨームはモディリアーニを支援し、アトリエを提供したりしています。
モディリアーニは嬉しかったのか、絵にイタリア語で「Novo Pilota(新しい水先案内人)」と
書き込んでいます。

アメデオ・モディリアーニ 「アントニア」 1915年頃
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特有の長い首、瞳の無い目で描かれ、単純な形には当時盛んだったキュビスムの
影響も感じられます。

キース・ヴァン・ドンゲン 「ポール・ギヨームの肖像」 1930年頃
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ポール・ギヨームは美術界への功労により、レジオンドヌール勲章を受けています。
その記念に注文した肖像画で、胸の赤い勲章が映えるように青色のダブルの服と
ネクタイ姿で描かれた、センスの良い作品です。

アンドレ・ドラン 「大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像」 1928-29年
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帽子に囲まれた、意志の強そうな顔がくっきりと描かれています。
ドランはフォーヴィズムの画家でしたが、第一次世界大戦後に、落着いた新古典主義の
画風に変わっています。

アンドレ・ドラン 「アルルカンとピエロ」 1924年頃
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大きな作品で、右のピエロはドランがモデルと思われます。
ギヨーム夫妻はドランを高く評価し、この絵も早くから居間の中央に置かれていました。
「大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像」の後ろにもこの絵が描かれています。
ドランの作品は展覧会でも最も多く、13点が展示されています。

ポール・ギヨーム夫妻とエコール・ド・パリの画家たちとの関わりも分かり、
なかなか見応えのある展覧会です。

展覧会のHPです。

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【2019/10/29 21:16】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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