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鏑木清方作、「築地明石町」特別公開 東京国立近代美術館
竹橋
chariot

竹橋の東京国立近代美術館では鏑木清方の「築地明石町」が特別公開されています。
会期は12月15日(日)までです。

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鏑木清方(1878-1972)の代表作、「築地明石町」は昭和50年(1975)以来所在不明
でしたが、東京国立近代美術館は今年、三部作の他の2作品、「新富町」「浜町河岸」
とともに収蔵しています。

そして今回、三部作が揃って展示されることになりました。

鏑木清方 「築地明石町」 1927年
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花火模様の小紋の着物に、抱き柏の黒の羽織の女性が振返っています。
涼やかな目元をして、富士額の髪の生え際も細やかに描かれています。
明治に流行した、イギリス巻とも夜会巻とも言われる髪型や袖から覗く
金の指輪は時代の変化も表しています。
季節は秋の初め、女性は素足で、朝顔の葉は枯れかけています。
モデルは清方の弟子だった、江木ませ子とのことです。
築地明石町は明治に外国人居留地となり、西洋の香りのする場所に
なっていて、作品にも横に西洋式の柵、後ろに洋式帆船が見えます。

鏑木清方 「新富町」 1930年
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縞の着物に小紋の羽織、雨下駄を履いた芸者さんが蛇の目傘を傾けて通ります。
向こうには鏑木清方の生まれた年に完成した新富座が見えます。
新富座は江戸時代の守田座の後進で、近代劇場として建設されましたが、
1923年の関東大震災で焼失し、廃座となっています。
この絵の描かれた頃にはもう無くなっており、清方は懐旧の思いを込めて
描き入れたのでしょう。

鏑木清方 「浜町河岸」 1930年
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桃割れの髪に、松竹梅模様でしょうか、小紋の着物の町娘が踊りの稽古から
帰るところで、習ったばかりの踊りの所作を繰り返しているようです。
娘らしく襦袢、鼻緒などの赤やバラのかんざしが華やかです。
遠くには木造の新大橋や関東大震災まで残っていたという深川安宅の
火の見櫓が描かれています。
清方は浜町河岸に足かけ6年、住んでいたということです。

三福対として並べると、「築地明石町」には明治のモダンさが際立ち、
羽織の黒が画面を引き締めています。

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他にも東京国立近代美術館の所蔵する鏑木清方の作品が展示されています。

鏑木清方 「三遊亭圓朝像」 1930年 重要文化財
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鏑木清方の父は明治の落語名人、三遊亭圓朝(1839-1900)と親交があり、
清方自身も17歳の時に圓朝の取材旅行に同行しています。
その頃を思い出して描いた作品で、圓朝は大柄で面長の顔をしていて、
紋付には高崎扇の紋が入っています。

鏑木清方 「墨田河舟遊」 1914年
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右隻
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左隻
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武家の女性の一行でしょうか、隅田川の舟遊びの情景で、舟の中では
操り人形に興じています。
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お付きの侍も見入っています。
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屋根で竹竿を押す船頭の一人はまだ前髪の少年です。
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西瓜を売る舟も並んでいます。
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  吹けよ川風 上がれよすだれ 中の小唄の主見たや

                              佃節より


他に、明治情緒あふれる軸物、「明治風俗十二ヶ月」(1935年)12点も展示されています。

展覧会のHPです。

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【2019/11/05 20:26】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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