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「ミュシャ展〜運命の女たち〜」展 横浜 そごう美術館
横浜
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横浜のそごう美術館では、「ミュシャ展〜運命の女たち〜」が開かれています。
会期は12月25日(水)まで、会期中は無休です。

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チェコのモラヴィアの出身のアール・ヌーヴォーの画家、アルフォンス・ミュシャ
(1860-1939)の作品約150点が展示されています。
ミュシャの生家の近所に居た医師ズデニェク・チマル博士の親子3代が収集した
コレクションを、特に関係のあった女性たちに注目して展示した展覧会です。

「自画像(パリ)」 写真 1898年
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チェコの民族衣装を着ています。 
パリに出てきたミュシャは1895年の女優サラ・ベルナールの舞台、
「ジスモンダ」のポスターを手掛けて大評判になり、アール・ヌーヴォーの
グラフィック・デザイナーとしての活躍が始まります。

「椿姫」 ポスター 1896年
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サラ・ベルナールの舞台シリーズの2作目のポスターです。

「テレザ・トラブル」 素描 1883年
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テレザ・トラブルは幼馴染みの女性とのことです。

「イヴァンチッツェの思い出」 素描 1903年
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イヴァンチッツェはミュシャの生まれた町です。
聖母被昇天教会の塔からツバメが飛び出しています。
モデルの女性は初恋の女性とのことです。

素描が何点か展示されていますが、その描写は素晴らしく、グラフィック・デザイナー
として有名になったミュシャですが、画家として優れた力量を持っていたことが
よく分かります。
それだからこそ、「スラヴ叙事詩」という超大作を完成させることが出来たのでしょう。

「スラヴィア保険会社」 ポスター 1907年
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パリで成功を納めたミュシャは1904年にアメリカに渡り、念願だった「スラヴ叙事詩」
制作のためのスポンサーを探します。
そしてシカゴの実業家、チャールズ・R・クレインの援助を受けることが決まり、
チェコに戻って1911年から制作を始めています。
ポスターのモデルはクレインの娘、ジョセフィン・クレイン・ブラッドレーです。

「スラヴ叙事詩展」 ポスター 1928年
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20年近くかけて制作された「スラヴ叙事詩」全20点のほとんどは1928年にプラハで
公開されています。
その展覧会のポスターで、モデルは娘のヤロスラヴァです。
この姿のヤロスラヴァは「スラヴ叙事詩」の中の「スラヴ菩提樹の下でおこなわれる
オムラジナ会の誓い」にも描き込まれています。
ミュシャはチェコ出身の女性と結婚しています。

「エリシュカ」 油彩画 1932年
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民族衣装を着たモデルは友人のヤロスラフ・J・ポリースカの娘です。

フランスやアメリカで活躍したミュシャですが、スラヴ民族主義の意識を強く持ち、
チェコに戻ってからは「スラヴ叙事詩」の他にもチェコの愛国心を喚起する作品を
多く制作しています。
1918年の第一次世界大戦終結に伴う、チェコスロバキアのオーストリア=ハンガリー
帝国からの独立以降は紙幣や切手などのデザインも手掛けています。
モデルの女性の顔立ちもフランス時代と異なり、スラヴ風になっています。

2013年に森アーツセンターギャラリーで開かれた「ミュシャ展 パリの夢モラヴィアの祈り」
では娘のヤロスラヴァの肖像も展示されていました。

2013年の「ミュシャ展 パリの夢モラヴィアの祈り」の記事です。

2017年に国立新美術館で開かれた「ミュシャ展」ではプラハ市立美術館の所蔵する
「スラヴ叙事詩」20点すべてが展示されていました。

2017年の「ミュシャ展」の記事です。

展覧会のHPです。

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【2019/12/03 19:56】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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