御茶ノ水、新御茶ノ水 ニコライ堂
ニコライ堂は御茶ノ水駅の近く、神田駿河台に建っています。

上の1枚目の写真は4月前半のものです。
あとは5月に入ってからのものです。

緑色の銅板葺ドームと、くっきりした輪郭線が特徴で、御茶ノ水界わいの雰囲気を
趣きのあるものにしています。
現在は国の重要文化財に指定されています。
正式名称は日本ハリストス正教会教団東京復活大聖堂というそうです。
ハリストスとはキリストのことです。
日本ハリストス正教会は東方正教会(ギリシャ正教)に属しており、
カトリックではありません。
日本には同じ東方正教会のロシア正教のニコライ司祭が伝えました。
そのニコライさんが建てたのでニコライ堂といいます。
函館にあるハリストス正教会は日本正教会発祥の地ですが、そこの聖堂は
ガンガン寺という親しみやすい名前で呼ばれています。
鐘楼の鐘の音が当時の人にはよほど印象的だったのでしょう。
ニコライ堂建築の監督はお雇い外国人のジョサイア・コンドルです。
コンドルは湯島の旧岩崎邸や三田の綱町三井倶楽部を設計しています。
1891年(明治24年)竣工の後、何回かの改修を経ていますが、
十字形の上にドームを載せた基本形は同じで、ビザンチン様式といいます。
ビザンチン様式とは東ローマ帝国(ビザンチン帝国)で発達した建築様式で、
東方正教会の教会建築に用いられています。
カトリックのゴシック様式のようなものです。

今では周りの高いビルに埋もれてしまっていますが、私が学生の頃はまだ
かなり目立っていました。
明治になるまでは日本にはドーム建築などありませんでしたから、
平たい瓦屋根の海を突き抜けて駿河台の丘の上にそびえる緑の天蓋は
東京の新風景としてさぞかし際立って見えたことでしょう。
ニコライ堂近くの聖橋から見た神田川です。
ちょうどボートが通ったのが、小さく写っています。
画像をクリック、拡大すると良く見えます。

お茶の水橋からの眺めです。

chariot
ニコライ堂は御茶ノ水駅の近く、神田駿河台に建っています。

上の1枚目の写真は4月前半のものです。
あとは5月に入ってからのものです。

緑色の銅板葺ドームと、くっきりした輪郭線が特徴で、御茶ノ水界わいの雰囲気を
趣きのあるものにしています。
現在は国の重要文化財に指定されています。
正式名称は日本ハリストス正教会教団東京復活大聖堂というそうです。
ハリストスとはキリストのことです。
日本ハリストス正教会は東方正教会(ギリシャ正教)に属しており、
カトリックではありません。
日本には同じ東方正教会のロシア正教のニコライ司祭が伝えました。
そのニコライさんが建てたのでニコライ堂といいます。
函館にあるハリストス正教会は日本正教会発祥の地ですが、そこの聖堂は
ガンガン寺という親しみやすい名前で呼ばれています。
鐘楼の鐘の音が当時の人にはよほど印象的だったのでしょう。
ニコライ堂建築の監督はお雇い外国人のジョサイア・コンドルです。
コンドルは湯島の旧岩崎邸や三田の綱町三井倶楽部を設計しています。
1891年(明治24年)竣工の後、何回かの改修を経ていますが、
十字形の上にドームを載せた基本形は同じで、ビザンチン様式といいます。
ビザンチン様式とは東ローマ帝国(ビザンチン帝国)で発達した建築様式で、
東方正教会の教会建築に用いられています。
カトリックのゴシック様式のようなものです。

今では周りの高いビルに埋もれてしまっていますが、私が学生の頃はまだ
かなり目立っていました。
明治になるまでは日本にはドーム建築などありませんでしたから、
平たい瓦屋根の海を突き抜けて駿河台の丘の上にそびえる緑の天蓋は
東京の新風景としてさぞかし際立って見えたことでしょう。
ニコライ堂近くの聖橋から見た神田川です。
ちょうどボートが通ったのが、小さく写っています。
画像をクリック、拡大すると良く見えます。

お茶の水橋からの眺めです。











