小石川後楽園
後楽園・春日・水道橋  
chariot

4月下旬にラクーアに行ったついでに、隣の小石川後楽園に
行ってきました。

外側

長い土塀が続いて、気分は江戸時代です。

外側3

彫られているのは六葉葵といいます。


小石川後楽園は水戸黄門で有名な水戸徳川家上屋敷の庭園です。
大人300円です。

小石川谷の谷底に当たる場所なので、水を豊かに使っています。

蓬莱島、竹生島、一つ松(唐崎の松)、八つ橋、渡月橋と、名所、
歌枕も盛り沢山です。

蓬莱島

蓬莱島


一つ松

一つ松


ぼたん

ぼたんは4月下旬の写真です。


八つ橋1

八つ橋とカキツバタです。5月上旬から中旬に咲くということなので、
今はどうでしょう。


菖蒲田

菖蒲田です。咲くのは6月上旬から中旬ですから、これからです。

パンフレットによると、庭園を完成させた二代藩主水戸光圀は
明の滅亡時に亡命してきた朱舜水の意見を容れて、円月橋や
西湖堤などの中国の風物を取り入れたそうです。
幕の内弁当の中に京料理と中華料理を仲良く並べたようなものです。

ただ、この中華料理(朱子学)は後に尊王思想となり、
やがて水戸藩にとんでもない運命をもたらします。

保守派と急進派が争い、急進派は桜田門外の変を起こし、
天狗党となって西に向かった挙句、越前敦賀で粛清され、
幕府が瓦解すると保守派は急進派の残党に粛清されます。

せっかく明治維新の火付け役になったのに、明治を担うべき
人材をほとんど失ってしまったということです。

この争いを、「要するに誰が蒲焼を食って、誰がその串を
削るかの争いだった」と評した人がいます。
身も蓋も無い評ではあります。

「覚書 幕末の水戸藩」
水戸藩士の娘だった人による幕末の水戸藩の
内情についての覚書


「天狗争乱」
水戸天狗党を描いた吉村昭の小説



【2008/05/18 01:32】 街歩き | トラックバック(0) | コメント(0) |
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