ほととぎす
おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる
音羽山を今朝越えている時に、梢のはるか上でほととぎすが今鳴いていることだ。
古今集夏歌142番の歌で、作者は紀友則です。
詞書には、おとは山をこえける時に郭公(ほととぎす)のなくをききてよめる、
とあります。
音羽山とは、山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の間の山です。
平安時代の和歌は決められた題を想像で詠むことが多いのですが、
この歌は実感にあふれています。
詞書にもある通り、実際にその場で詠んだものでしょう。
音羽山の上で見上げている自分、その上に伸びている梢、
更にそのはるか上に鳴くほととぎす、
歌に、上へ上へと上がっていく勢いがあります。
「こずゑはるかに今ぞなくなる」の句に、作者の感動が表れています。
そして、場面全体が清々しい緑に包まれています。
chariot
おとは山けさこえくれば郭公こずゑはるかに今ぞなくなる
音羽山を今朝越えている時に、梢のはるか上でほととぎすが今鳴いていることだ。
古今集夏歌142番の歌で、作者は紀友則です。
詞書には、おとは山をこえける時に郭公(ほととぎす)のなくをききてよめる、
とあります。
音羽山とは、山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の間の山です。
平安時代の和歌は決められた題を想像で詠むことが多いのですが、
この歌は実感にあふれています。
詞書にもある通り、実際にその場で詠んだものでしょう。
音羽山の上で見上げている自分、その上に伸びている梢、
更にそのはるか上に鳴くほととぎす、
歌に、上へ上へと上がっていく勢いがあります。
「こずゑはるかに今ぞなくなる」の句に、作者の感動が表れています。
そして、場面全体が清々しい緑に包まれています。











