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「安藤忠雄展―挑戦―」と安藤忠雄さんのギャラリートーク 国立新美術館
乃木坂
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六本木の国立新美術館では国立新美術館開館10周年、「安藤忠雄展―挑戦―」が
開かれています。
会期は12月18日(月)まで、火曜日は休館日です。

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建築家、安藤忠雄さん(1941-)の挑戦の軌跡と未来への展望を約200点の設計資料で
紹介する展覧会です。

「原点/住まい」「光」「余白の空間」「場所を読む」「あるものを生かしてないものを
つくる」「育てる」という6つのセクションに分かれ、模型と資料が展示されています。
広い展示場を使って、安藤さんの作品の模型が数多く並べられ、安藤さんの挑戦の
過程を見ることが出来ます。

会場ではパリのブルス・ド・コメルス(旧証券取引所の改造計画)の模型の横で
安藤さんのギャラリートークがあったので、急いでメモを取りました。

「ブルス・ド・コメルス改造計画の模型は学生6人が6か月かかって、良くこれだけの物を
造ったと思う程、実に精巧に造り上げている。
本人たちは二度と御免だと言っているが、若い頃は一生懸命何かを造った方がいい。
建築は皆で打合せを繰り返して造り上げていくところが面白い。
昔は建設現場を囲いなどで覆ったりしなかったので、丹下健三の建築でも、建設過程を
外から見ていることが出来た。
建築というものは見て、体感して、覚えるもの。
本や作品集などで調べてから現物を見ると良い。
櫻井翔(1982-)も建築が好きで、時々対談している。
現在、建築好きな人は40歳以上が多く、30歳以下はコンピューターで何でも済ましている。
今まで自分が50年かかって造ってきたものを、展覧会で1時間くらい見ただけで
分かる筈がない。

この国立新美術館は黒川紀章(1934-2007)の設計だが、ロビーはとても良い。
妹島和世(1956-)や伊東豊雄(1941-)のようなものを自分は造れないし、逆に彼らは
自分のようなものを造れないだろう。
妹島の設計の、うねる床(スイスのロレックス・ラーニングセンターのこと?)という発想は
自分には思い付かない。
妹島に、床がうねっていたら人がつまずいてしまうだろうと言ったら、つまずく方が悪いと
言い返されてしまった。
伴茂(1957-)の災害時の仮設建物も素晴らしい。

(ル・コルビュジエについて訊かれて)
ル・コルビュジエは1887年に生まれて、1965年に地中海で遊泳中に亡くなっている。
ルイ・カーン(1901-1974)は誰とも知られずに亡くなっている。

(何を希望とすれば良いか訊かれて)
希望とは人それぞれ、固有のもの。
自分の現在の希望は子どものための図書館造りで、市民や企業から資金を募って、
大阪に作ろうとしているところ。
地震で被害を受けた東北にも出来ると良い。
今の人は本を読まないが、それではいけない。
日本人は昔から自然と共に助け合って生きてきており、いわば地球と共に生きている
ことになる。
自分の設計した「住吉の長屋」の思想もカーボンゼロの生活。
最近、それが失われているのが残念。」


辛口の内容もありましたが、安藤さん特有の語り口で、安藤さんのエネルギーと
熱い思いの感じられるトークでした。
終わるとギャラリーからは大きな拍手が起こりました。
コルビュジエについての感想を求められた時に、生没年を覚えていて、コルビュジエと
ルイ・カーン(1901-1974、公共建築の大家。ニューヨークの駅のトイレで心臓発作で
亡くなり、数日後に発見。)の最期に言及したことも印象に残りました。


会場内では直島のプロジェクトのインスタレーションが撮影可能です。

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野外展示場では代表作で1989年竣工の、大阪府茨木市にある茨木春日丘教会礼拝堂
(光の教会)が原寸大で再現されていて、こちらも撮影可能です。

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打放しのコンクリートを積み重ね、黒い板張りの床は階段状になっており、
正面は十字架の形に開かれ、明るい光が差し込みます。

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壁にも光の十字架が映ります。

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2008年に乃木坂のギャラリー・間で開かれた、『安藤忠雄建築展 「挑戦-原点から」』では
「住吉の長屋」の原寸大模型が展示されていました。

『安藤忠雄建築展 「挑戦-原点から」』の記事です。

展覧会のHPです。


【2017/10/07 09:15】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「上村松園 ―美人画の精華―」 山種美術館
恵比寿
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山種美術館では企画展、「上村松園 ―美人画の精華―」が開かれています。
会期は10月22日(日)までです。

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山種美術館の所蔵する上村松園の作品18点全てが展示されるほか、
浮世絵や近代の美人画が揃って展示されます。

上村松園 「桜可里」 1926-29年頃 山種美術館
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肉筆浮世絵風の華やかな絵柄で、着物の作りだす線がリズミカルです。

上村松園 「蛍」 1913年 
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江戸時代の風俗で、浴衣姿の女性が蚊帳を吊ろうとして、足元に蛍を見つけ、
ふと手を止めている瞬間です。
日常の何気ない仕草の中に、美しいものを見出すという、松園らしい作品です。
帯は江戸時代特有の、ぼってりした感じですが、浴衣の模様は絞り染めの大きな百合で、
流行のアール・ヌーヴォーを取り入れているとのことです。
帯が横向きなのは就寝前の着方だそうです。
蚊帳から浴衣が透けて見えるところも、美人画家としての技です。
この女性の立ち姿は北川歌麿の「絵本四季花」のうち、「雷雨と蚊帳」から採られています。

上村松園 「新蛍」 1927年
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簾越しの姿を描くという、上村松園得意の技法を見せています。
髪は丸髷、双鳥模様の帯を締め、蛍に趣向を合わせた水流の裾模様で、
団扇で口元を半ば隠して趣を深くしています。

上村松園 「盆踊り」 1934年頃
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色紙に描かれた小品で、女の髪型は立兵庫でょうか、帯も細く、
江戸時代初期の風俗です。
与謝蕪村の俳画のような趣きがあります。

「砧」 1938年
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能の名作、「砧」に題材を採った作品で、都に上ったまま戻って来ぬ夫を
待ちわびる妻の姿です。
晩秋の風物である、布を叩いて柔らかくする道具の砧が足元に置いてあり、
ともしびが灯っています。
戦国から江戸初期の風俗で、小袖は橘の模様ですが、打掛は枯葉を散らし、
時の移りを暗示しています。
打掛のうぐいす色は松園のよく用いた色で、展示してある他の作品にも
多く見られます。
髪は垂髪の先を輪にする玉結びとのことです。
上村松園の色彩はふっくらと柔らかく、温かみのある独特のもので、
他の画家には無い魅力です。

謡曲の「砧」は「長安一片の月、萬戸衣を擣つの聲」で有名な李白の詩、
「子夜呉歌」を下敷きにしています。
作者によれば、肖像のような仏像のような気持ちで描いたとのことです。
日中戦争の最中の作品で、大陸に出征した兵士を思う妻の思いも
描いたのでしょうか。

上村松園 「折鶴」(部分) 1940年頃
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無心に折鶴を折っている江戸時代の少女を描いていて、一人は紅葉模様の振袖、
一人は飾り紐の付いた菊の模様の振袖を着ています。
立て膝姿は浮世絵によく見られる形です。

上村松園 「詠哥」 1942年
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菊の模様の着物に鳳凰丸の帯の女性が短冊を手にして、歌を考えているところです。
葵づとつぶ髷という公家の女性の髪形をしています。

上村松園 「牡丹雪」 1944年
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雪の積もった傘を傾けて、二人の町娘が歩いています。
一人は、麻の葉模様の帯を締め、袂で傘の柄をくるむ様にして持ち、前かがみになって
褄を取り、雪道に難渋している風情で、もう一人は御高祖頭巾を被っています。

上村松園 「庭の雪」 1948年
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お染髷に麻の葉模様の帯、背中に襟袈裟という布を掛けた娘が降る雪を眺めています。
手を袖で包み、少し寒そうにしています。

上村松園 「杜鵑を聴く」 1948年
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ふと片手を上げ、聞こえてくるホトトギスの声に耳を傾けているところです。
手にした傘で、雨上がりの気配を表しています。
松園好みの青い着物には青海波の模様が入っています。

小林古径 「河風」 1915年
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黒の絣の浴衣姿の女が河原に置いた縁台に掛け、桔梗の団扇を持って
足を水にひたしています。
後ろに垂らした帯の色が鮮やかで、水の描き方にも特徴があります。
小林古径(1883-1957)の33歳頃の作品で、後の画風と違い、
絵に生々しさがあります。
菱川師宣の見返り美人などの浮世絵を参考にしていて、流れの描き方には
紅児会で共に活動した今村紫紅の影響が見られるそうです。
奥村土牛はこの絵を気に入って購入し、床の間に飾っていたのを、
訪ねてきた古径が見て驚いています。

池田輝方 「夕立」 六曲一双 右隻 1916年
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江戸の風俗を描いた屏風絵で、絵馬を掲げた額堂には空を見上げる若い色白のやさ男、
色黒で髭の剃り跡も青い男、濡れた袖を絞る女、立ち話をする女たちが集まっています。
女の着物は夏なのであっさりした柄です。
左隻では石の鳥居と神門、築地塀、その上には青い銀杏が被さっています。
門の下では雨宿りしている町娘が小僧さんとひそひそ話をしています。
やさ男のことを話しているのでしょうか。

江戸時代の雨宿りの一瞬の人間模様を描き出していますが、人物たちは大正時代の
甘い雰囲気の顔立ちをしています。
雨宿りを主題にしたのは英一蝶が最初とのことですが、英一蝶がいろいろの
階層の人間を描いたのに対し、こちらは若い町人たちです。

池田輝方(1883-1921)は京橋の生まれで、水野年方に師事し、鏑木清方とは
同門で、美人画、風俗画を得意としています。

川崎小虎 「伝説中将姫」 六曲一隻 1920年
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中将姫は奈良時代の女性で、伝説では継母にいじめられて世の無常を悟り、
当麻寺に入って尼となり、蓮の糸で当麻曼荼羅を織り上げたとされています。
髪を切って合掌する姫の周りに侍女たちが集まり、蓮の糸束や糸を五色に
染め上げたという井戸も描かれています。
それぞれの衣装には蔦や宝相華唐草の模様が描き込まれた、淡くて繊細な作品です。

鏑木清方 「伽羅」 1936年
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沈香炉という、髪に香りを薫きしめるための枕でうたた寝をした女性が目を
覚ました姿です。
市松模様の帯が粋で、朝顔模様の着物や花菖蒲模様の打掛の色彩に
初夏の雰囲気が表れています。
鏑木清方は美人画を得意とし、西の松園、東の清方と呼ばれています。

奥村土牛 「舞妓」 1954年
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奥村土牛らしい簡潔な線と構図による、端正な描き方です。
色数を抑えた上品な色遣いで、黒振袖の裾模様は、金泥で俵屋宗達風の鶴、
帯の模様も金泥の笹です。
髪の結い方は祇園祭の時だけのもので、口紅、かんざし、帯揚げの赤がアクセントに
なっています。
おちょぼ口と、やや上目遣いの目が表情を初々しく見せています。

伊東深水 「婦人像」 1957年
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洋装の女性がテーブルに頬杖を突いている姿で、モデルは女優の小暮実千代です。
柔らかな線描で、白い帽子、大きな白い襟と、赤い口紅、赤い長手袋の
対比が印象的です。
黒いテーブルにもその姿が映り、モデルの華やかさを良く表しています。
伊東深水は鏑木清方に師事しており、美人画を得意としています。

伊東深水 「吉野太夫」 1966年
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吉野太夫は江戸初期の京都の廓を代表し、茶道にも秀でていたとされる
太夫とのことです。
立兵庫という、上に伸ばした独特の髪形で、吉野太夫の名に因んで、
満開の桜花を背景に立っています。
桐や扇面散らしの模様で埋め尽くされた打掛や小袖の輪郭線は、リズムを
持って交差しています。
茶入を載せた盆を差し出している禿(かむろ)は、鹿の子絞りに菊を刺繍した
小袖を着ています。

小倉遊亀 「舞う(舞妓)」 1971年
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振袖姿の若い舞妓が金の扇をかざして、誇らしげに振り返った
瞬間をとらえています。
赤紫色の振袖の柄は梅、牡丹、紅葉、菊、南天など四季の草花をあしらって
賑やかです。
赤い帯は菊の模様で、襦袢の赤、足袋の白も見えます。
髪飾りも多く、金、銀、赤をあしらっています。
顔は日本画独特の、すっきりと美しい線描で表しています。
色彩を多く使い、若々しく、華やかな姿を生き生きと描いた作品です。

小倉遊亀 「舞う(芸者)」 1972年
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芸者が扇を帯に差し、右袖を抱え、左手を髪に添え、
首を少しかしげて振り返っています。
「舞う(舞妓)」と対称になる姿勢です。
芸者の着物はあっさりした竹と流水の柄の黒留袖、白の帯も竹の柄です。
襟元の襦袢と帯の端に見える赤色がアクセントになっています。
眉のあたりの影、口許の形で舞妓との年齢の違いや、心意気を表し、
全体として色数を少なく、すっきりと描くことで芸者の粋な姿を描き出しています。

森田曠平 「出雲阿国」 1974年
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歌舞伎の始まりと云われる阿国歌舞伎の場面を二曲一双の屏風に描いています。
阿国歌舞伎図屏風や、狩野長信の花下遊楽図から想を得た作品です。
かぶき者らしく蛭巻拵の刀を担ぎ、腰に瓢箪を提げた阿国は十字架を着けています。
信仰に関係なく十字架をファッションに取り入れるのはこの頃からあったようです。
覆面の立姿で鼓や太鼓を打つ囃子方、振り向く阿国は輝く金箔に包まれ、音曲まで
聞こえてくるようで、躍動感に満ちています。

京都絵美 「ゆめうつつ」 2016年
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「Seed 山種美術館アワード2016」展での大賞受賞作です。 
更紗を着た女性が夢を見ているような表情で、漂うように浮かび上がっています。
肌の色の濃淡やペイズリーの柄によって、日本画には珍しい立体感のある作品です。
京都絵美(みやこえみ)さん(1981-)は福岡県出身で、日本美術院院友、創作と
仏教絵画の研究を行なっています。


他に、春信・清長・歌麿・芳年などの浮世絵、和田英作・林武の油彩画も展示されていて、
盛り沢山の美人画を楽しめる展覧会です。

山種美術館のHPです。

次回の展覧会は特別展、没後60年記念 「川合玉堂-四季・人々・自然-」です。
会期は10月28日(土) から12月24日(日)までです。

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【2017/10/05 20:10】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「生誕120年 東郷青児展 抒情と美のひみつ」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館
新宿
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新宿の東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館では、「生誕120年 東郷青児展
抒情と美のひみつ」が開かれています。
会期は11月12日(日)までです。

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二科会を率いて活躍した東郷青児(1897-1978)の作品、約60点を中心にした展示で、
いわゆる東郷スタイルを確立する以前の作品が多く展示されているのが特徴です。
所蔵先の記載の無い作品は東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館の所蔵です。

東郷青児は鹿児島市出身で、幼少時に東京に移っています。
小学校では林武と同級でしたが、二人の作風は対照的です。

「コントラバスを弾く」 1915年 
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山田耕筰の東京フィルハーモニーの練習場の隅をアトリエに使わせてもらっている
時の作品で、音楽を絵画化しています。
山田はドイツ留学のときに集めたカンディンスキーなどの版画を持ち帰っており、
それを見た東郷は触発されて、このような前衛的な絵を描いています。
描線に勢いがあり、色彩の扱いも巧みです。
これを描いたのは18歳前後ですから、はじめから上手くて、センスのある人
だったと言えます。

「パラソルさせる女」 1916年 一般財団法人陽山美術館
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19歳で初めて二科展に出品し、ニ科賞を受賞した作品です。
キュビズム風で、色も形もリズムがあり、モダンです。
ニ科会は、官展である文展の洋画部門の審査方針に不満を持っていた画家たちが
1914年に設立した団体です。

「サルタンバンク」 1926年
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1921年から1929年までフランスに留学しています。
パリで描いた作品で、色彩はまとまり、抒情性があります。
自信作で、嬉しくてピカソを連れてきて絵を見せ、藤田嗣治も見に来たそうです。
サルタンバンクとは大道芸人のことで、ピカソが「腕を組んですわるサルタンバンク」を
描いたのは1923年のことです。
この頃のピカソはキュビズムから新古典主義に移っていました。

「超現実派の散歩」 1929年
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1928年に帰国した翌年に二科展に出品した作品で、同館のロゴマークにもなっています。
シュルレアリスムによる不思議な絵で、左手に黒い手袋、右足に黒いブーツの裸の女性が
月を掴まえようとするかのように空中を浮遊しています。
この時期だけの珍しい作風で、以後はシュルレアリスムから離れ、いわゆる後の
東郷青児らしい作風に変わっていきます。
二科会には1931年に入会しています。

「山の幸」 1936年 シェラトン都ホテル大阪
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京都にあった丸物百貨店の装飾壁画で、藤田嗣治との競作です。
柔らかな雰囲気で、後の東郷らしい作風が表れています。

「海の幸」 1936年
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こちらは藤田嗣治の作品です。
東郷に比べ、人物の表現に力強さがあります。

「バイオレット」 1952年
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ロマンチックな雰囲気で、筆跡を見せないフラットな色面の、いわゆる東郷スタイルが
完成された作品です。
よく観ると髪の毛のウエ-ブがしっかり描きこまれています。
この東郷スタイルはすでに戦前にかなり出来上がっています。

「裸婦」 1952年 INAXライブミュージアム
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モザイクタイル絵です。
伊那製陶(現LIXIL)のタイルのためのデザインを提供していて、この図柄は熱海の
浴場を飾るためのものです。
東郷青児は壁画や商業デザインもいろいろ手掛けていて、現在も日本橋髙島屋の
エレーベーターの扉やあちこちの洋菓子店の包装紙などに使われています。

日本橋髙島屋のエレーベーターの扉です。
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「若い日の思い出」 1968年
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晩年の作品ですが、みずみずしさがあります。


初期の作品から見ていくと、徐々に後の東郷青児が形成されていく様子がよく分かります。

会場入口にはフォトスポットもあります。

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展覧会のHPです。


次回の展覧会は「デンマーク・デザイン展」です。
会期は11月23日(木・祝)から12月27日(水)までです。

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【2017/10/03 19:52】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「天下を治めた絵師  狩野元信」展 サントリー美術館
六本木・乃木坂
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六本木のサントリー美術館では六本木開館10周年記念展、「天下を治めた絵師 
狩野元信」展が開かれています。
会期は11月5日(日)までで、休館日は火曜日です。
会期中、細かい展示替えがありますので、展覧会のHPでご確認下さい。

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狩野元信((1476-1559)は狩野家初代の正信の子で、絵の型(画体)を定め、
工房を構え、漢画ばかりでなく大和絵も取り入れて、狩野派の繁栄の基を築いています。

元信は手本となる中国絵画を基に、真・行・草の3つの画体を生み出しています。
書体の楷・行・草に似ていて、真はかっちりとして馬遠や夏珪に倣い、行は少しくずして
牧谿に、草はさらにくずして玉澗に倣っています。

「禅宗祖師図」 狩野元信 
 六幅のうちニ幅 室町時代 16世紀 東京国立博物館 重要文化財

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このニ幅は10月2日までの展示です。
真の画体で描かれていて、右の場面は「香厳撃竹」です。
唐の僧の香厳智閑(きょうげんちかん)は、掃き掃除をしていて跳んだ瓦礫が
竹に当たった音を聞いた瞬間に悟りを得た、といわれています。

「四季花鳥図」 狩野元信 
 八幅のうち四幅 室町時代 16世紀 京都・大徳寺大仙院 重要文化財

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この四幅は10月18日からの展示です。
元信の代表作で、大きな画面は緻密に描き上げられ、色彩も華やかです。
障壁画の制作を得意とする狩野派の始まりを見せています。

元信は中国画風ばかりでなく、大和絵風の絵巻物や扇絵、仏画、肖像画なども手掛け、
守備範囲を広げています。

「酒伝童子絵巻」 画/狩野元信 詞書/近衛尚通、定法寺公助、青蓮院尊鎮 
 大永2年(1522) サントリー美術館

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展示替があり、この場面のある巻三は10月18日からの展示です。
小田原の北条氏綱の注文により狩野元信と弟子が描いた絵巻で、源頼光と
家来たちが討っている場面では酒呑童子の首が源頼光に喰らい付いています。
戦国時代の好みを映して凄惨な光景ですが、他の場面では同じ日の出来事の中に、
季節の異なる紅白梅、藤、萩、菊が描かれ、目を楽しませてくれます。

「細川澄元像」 狩野元信画 景徐周麟賛 
 永正4年(1507)賛 永青文庫 重要文化財

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10月9日までの展示です。
細川澄元(1489-1520)は戦国時代の武将で、管領細川政元の養子となっていますが、
政元の死後、後継者争いの中で早くに亡くなっています。
馬上凛々しく長巻を手挟んだ勇ましい出で立ちです。

「富士曼荼羅図」 「元信」印 室町時代 16世紀 
 静岡・富士山本宮浅間大社 重要文化財

10月9日までの展示です。
三保の松原や浅間神社、富士山に登山する参詣人の列が細密に描かれた、
上質の曼荼羅です。

「白衣観音像」 狩野元信 室町時代 16世紀 ボストン美術館
海中の岩の上に正面を向いて座す観音像です。
明確な描線で描かれ、肌の色や白い衣の色彩も鮮やかな、力のこもった作品です。
明治時代にフェノロサが購入し、現在はボストン美術館が所蔵しています。


真・行・草、それぞれの画体の作品が並び、仏画、肖像画、風俗画もあって、
狩野元信がどのように狩野派の基礎を固めたのかが具体的に分かる、
興味深い展覧会です。

展覧会のHPです。


次回の展覧会は六本木開館10周年記念展、「フランス宮廷の磁器 セーブル、
創造の300年」展です。
会期は11月22日(水)から1月5日(日)までです。

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【2017/09/30 18:05】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「運慶」展 東京国立博物館
上野
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上野の東京国立博物館平成館では、興福寺中金堂再建記念特別展、「運慶」が
開かれています。
会期は11月26日(日)までです。

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平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した仏師、運慶(生年不詳―1223)を
特集した展覧会です。
運慶と縁の深い興福寺の中金堂の再建を記念しての開催で、31体とも言われる、
運慶の造った仏像のうち、22体が展示されています。

「大日如来坐像」 運慶作 平安時代・安元2年(1176) 奈良・円成寺 国宝
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会場の最初に展示されています。
円成寺は奈良市にある真言宗の寺院です。
台座内墨書に父の康慶とともに運慶の名と花押があり、運慶の最初期の作と
考えられます。
張りのある体で、頬は膨らみ、凛としたお姿です。
目には玉眼(水晶などを嵌め込んだ目)が入り、金箔の剥がれた地の漆の色が
かえって荘厳さを増しています。
康慶や運慶は興福寺を拠点に活動した奈良仏師のグループに属しています。

「運慶願経(法華経巻第八)」 平安時代・寿永2年(1183) 国宝
治承4年(1180)に平重衡の南都焼討によって東大寺、興福寺の主要伽藍が
焼亡しています。
これを悲しんだ運慶が願主となって制作された法華経で、軸木に焼け落ちた
東大寺大仏殿の木を用い、墨を磨る水は比叡山、園城寺、清水寺から取り寄せています。
結縁者の中には快慶の名も見えます。

「毘沙門天立像」 運慶作 
 鎌倉時代・文治2年(1186) 静岡・願成就院 国宝

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像内に納められた札から北条時政の発願で運慶が制作したことが分かります。
堂々とした姿ですが、顔には誇張が少なく、写実的です。
願成就院は真言宗の寺院で、北条氏の氏寺でした。
運慶の力強く写実的な作風は鎌倉武士たちに好まれていました。

「大日如来坐像」 鎌倉時代・12~13世紀 栃木・光得寺 重要文化財
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光得寺は足利市にある臨済宗の寺院です。
運慶作の可能性の高い像で、足利氏2代の足利義兼の発願とされ、獅子の座に乗り、
造像時からの厨子に入っています。
像内には人の歯が入っており、これは願主の足利義兼の歯かもしれません。

「聖観音菩薩立像」 運慶・湛慶作 
 鎌倉時代・正治3年(1201)頃 愛知・瀧山寺 重要文化財

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瀧山寺(たきさんじ)は岡崎市にある天台宗の寺院です。
鎌倉時代の僧・寛伝が母方の従兄弟の源頼朝追善供養のため、運慶・湛慶父子に造らせ、
像内に頼朝の鬢(耳ぎわの毛)と歯を納めたとされています。
左手に蓮華を持ち、右手でその花弁を開こうとしていて、像の口の辺りには人の歯が
入っているそうです。
彩色は後世に為されたものです。

「八大童子立像」 運慶作 6軀 
 鎌倉時代・建久8年(1197)頃 和歌山・金剛峯寺 国宝

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八大童子は不動明王に仕える童子です。
8体のうち、運慶作の6体の展示です。
どの童子も玉眼が輝き、活き活きとした表情です。

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「無著菩薩立像」 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺 国宝
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世親菩薩立像とともに展示されています。
無著・世親は現パキスタンのペシャワール出身の大乗仏教の僧で、唯識思想を広めた
とされています。
2mほどの大きな像で、写実的な顔立ちは実際にその人がそこにたたずんでいるように
見えます。
頭は現代人に比べかなり前後に長い長頭型です。


運慶の子の湛慶、康弁など、運慶のグループ(慶派)の作品も展示されています。

「重源上人坐像」 奈良・東大寺 鎌倉時代 東大寺 国宝
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10月7日からの展示です。
東大寺は平重衡の南都焼討で焼亡し、俊乗房重源(1121-1206)が責任者となって
再建されています。
60歳になって大事業に着手し、大仏と大仏殿の再建も成し遂げた重源の晩年の姿で、
口をへの字に結んだ、いかにも意思の強そうな顔をしています。
座って数珠を持つ姿勢は智拳印を結ぶ大日如来と似ていて、仏像制作と同じ要領で
造られていることが分かります。

「十二神将立像のうち 辰神・巳神・未神・申神・戌神」 
 京都・浄瑠璃寺伝来 鎌倉時代・13世紀 東京国立博物館 重要文化財

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手前:戌神 奥:辰神
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巳神
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画像は2012年に同じ東京国立博物館で開かれた、「館蔵仏像名品選」の時のものです。
京都の浄瑠璃寺にあったと伝えられる像で、運慶の系統の作と思われます。
それぞれの像はその干支の動物を頭に戴いていて、巳神では蛇がとぐろを巻いています。
今回は、静嘉堂文庫の所蔵する子神・丑神・寅神・卯神・午神・酉神・亥神と合わせ、
12体すべてが揃って、展示されています。

「子犬」 鎌倉時代・13世紀 京都・高山寺 重要文化財
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ころころとして愛らしい子犬です。
高山寺の明恵上人は動物を愛し、湛慶作とされるこの像も明恵が側に置いていたと
伝えられています。
湛慶(1173-1256)は運慶の長男で、慶派の中心の仏師となっていますが、
明恵と交流があったそうです。
仏師というより彫刻家の作品のようです。

「天燈鬼立像」「龍燈鬼立像」 
 康弁作(龍燈鬼) 鎌倉時代・建保3年(1215) 奈良・興福寺 国宝

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像高約78㎝、邪鬼が灯篭を掲げているユーモラスな像です。
龍燈鬼の顔は俵屋宗達の風神雷神図に似ていて、体に巻き付けた龍も玉眼を
光らせています。
龍燈鬼の像内に入っていた紙から、この像が康弁作とが分かります。
康弁は運慶の三男ですが、康弁作と分かっている作品はこの1点のみです。


大変評判の展覧会で、私は2日目の朝の開館と同時に行きましたが、すでにかなりの
来館者で混雑していました。
早めの時期に行かれることをお勧めします。

展覧会のHPです。


次回の特別展は、「仁和寺と御室派のみほとけ ― 天平と真言密教の名宝 ―」です。
会期は2018年1月16日(火)から3月11日(日)までです。

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【2017/09/28 20:09】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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