前のページ 次のページ
「榎木孝明 やすらぎの風景画展」 丸善丸の内本店
東京
chariot

丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーAでは、「榎木孝明
やすらぎの風景画展」が開かれています。
会期は2月5日(火)までです。

榎木001


榎木孝明さん(1956~)は俳優としての活躍の一方で、世界や日本各地の風景を
水彩で描いています。

この展覧会でも、桜島、熊本城、東京駅、など日本各地や、イタリアやインドなど
世界各地の風景を描いた作品が展示されています。

作品はどれも水彩らしく、明るく、さわやかです。

「新な旅立ち」 東京駅
榎木002

東京駅は、18歳で鹿児島から上京してきた榎木さんが最初に降り立った
想い出の場所で、今も新たな気持ちにさせてくれる所だそうです。
その志が青い空に表れています。

2月3日(日)の午後12時30分と2時からは各回先着50名のサイン会も開かれます。

2010年に日本橋三越本店で開かれた榎木孝明さんの個展の記事です。


【2013/02/01 00:18】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「渡辺禎雄 型染版画展」 2013
東京
chariot

丸の内オアゾ内の丸善丸の内本店4階ギャラリーBでは、「渡辺禎雄型染版画展
=世界に誇る日本の美と聖書の心の結実=」が開かれています。
会期は2月5日(火)までです。

渡辺禎雄(わたなべさだお:1913-1996)は型染版画家で、民藝運動の
一員の芹沢銈介に師事して型染の技法を学んでいます。

クリスチャンの渡辺禎雄は聖書や聖人を題材にした版画を数多く描いています。
民藝風の素朴さと中世キリスト教絵画の精神性さが一体となった、
優しく味わい深い作風です。

今年は生誕100年に当たり、旧約・新約聖書を題材にした約100点の
オリジナル作品が展示されています。

「バベルの塔」 1965年
渡辺001

大勢の人たちが天まで届く塔を建てる作業にせっせといそしんでいます。
何となくとぼけた表情に味わいがあります。
この後、神様は人びとが違う言葉を話すようにしたので、この人びとは
混乱して世界中に散っていくことになります。

2012年に同じ丸善丸の内本店で開かれた、渡辺禎雄展の記事です。





【2013/02/01 00:13】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「書聖 王羲之」展 東京国立博物館
上野
chariot

上野の東京国立博物館では日中国交回復40周年記念、「書聖 王羲之」展が
開かれています。
会期は3月3日(日)までです。
「書を芸術にした男」という副題が付いていて、会期中は前期(2月11日まで)と
後期(2月13日から)で、一部展示替えがあります。
また、前田育徳会所蔵の国宝、「孔侍中帖」は2月19日から3月3日までの展示です。

王001


王羲之(おうぎし、303-361)は東晋時代の政治家、書家で、後の時代の書に
多くの影響を与え、書聖と讃えられていますが、真蹟は1点も残っていません。

展覧会では後に製作された精巧な摸本や拓本など、約160点が展示されています。


第1章 王羲之の書の実像

中国古代以来の漢字の資料や、王羲之の書の摸本、拓本の展示です。

「行穣帖」(部分)  原跡=王羲之筆 唐時代・7~8世紀摸 
 プリンストン大学付属美術館

王002

2行が王羲之の書の摸本です。
王003


摸本は原本の上に薄い紙を置いて敷き写したもので、原本の形を正確に
写すことが出来ます。
2行目の「不」の字はすでに平仮名の「ふ」の字に近くなっています。

王羲之の書は生前から人気があったそうですが、書聖と仰がれるように
なったのは、唐の第2代皇帝太宗(599~649)が王羲之の書を愛して、
散在する書を集め、精巧な摸本を作らせたことによるものです。

精巧な摸本は双鉤填墨(そうこうてんぼく)といって、まず文字の輪郭線を写し、
中を埋めるときには髪の毛ほどの細い筆を使って、かすれや虫食いまで写し取ります。

「喪乱帖」 原跡=王羲之筆 唐時代・7~8世紀摸 宮内庁三の丸尚蔵館
前期の展示です。
王004

王005

最初の2行は「羲之頓首 喪乱之極 先墓再離荼毒 追」となっています。
「先墓再離荼毒」とは先祖の墓が匈奴によって荒らされたことを云うそうで、
苦難を深く嘆いた文面です。
王羲之は西晋の出身ですが、西晋は匈奴によって滅ぼされ、東晋が
後継国家として残っています。

「王羲之尺牘 大報帖(おうぎしせきとく たいほうじょう)」 
 原跡=王羲之筆 東晋時代・4世紀 唐時代・7~8世紀摸 個人蔵

王008

最近発見された新資料で、24文字が3行に書かれています。
2、3字目に大報とあるので、この名が付いています。
尺牘とは手紙のことで、日常の消息文のようです。
遣唐使によってもたらされた摸本と考えられます。

第2章 さまざまな蘭亭序

永和9年(353)の3月に、会稽郡の長官だった王羲之は別荘に41人の客を
招いて曲水の宴を開き、その場で詠まれた詩による詩集を編んで、序文を添えます。
これが有名な「蘭亭序」で、まず春の宴の楽しさを詠い、やがてその楽しみも
人生も尽きることの哀しみを述べて終わっています。

「蘭亭序」は王羲之の最高傑作とされ、太宗はこの書を深く愛して、ついには
自分の陵墓の昭稜に副葬させたため、原本は残っていません。

「定武蘭亭序-韓珠船本-」 王羲之筆 原跡=東晋時代・永和9年(353) 
 台東区立書道博物館

王006


「蘭亭序」は324文字から成っていて、後世この文字を自由に組合わせて
対句をつくることも行われます。

「楷書七言聯」 宣統帝筆 清時代・20世紀 東京国立博物館
王009

清朝最後の皇帝宣統帝、後の満州国皇帝、愛新覚羅溥儀の書です。
真面目そうな楷書で、臣下に下賜した品でしょうか。

「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」 池大雅筆  江戸時代・宝暦13年(1763) 
 静岡県立美術館

前期の展示です。
ともに宴として知られている、春の蘭亭曲水と秋の龍山勝会の楽しげな様子を
6曲1双の屏風に描いています。

「蘭亭曲水図屏風」 与謝蕪村筆 6曲1双 江戸時代・明和3年(1766) 
 東京国立博物館
後期の展示です。

第3章 王羲之書法の受容と展開

「真草千字文」 智永筆 隋時代・7世紀 個人蔵 国宝
王007

千字文はすべて文字の異なる1000字を4字ずつ250句にまとめたものです。
智永は王羲之の7代の子孫の僧で、王羲之の書風を遺すことに努めています。

「行書臨河序六屏」 朱耷筆 清時代・康煕39年(1700) 
 東京国立博物館

王010

朱耷(しゅとう)は明朝の皇族出身の明末清初の文人で、八大山人と称しています。
朱耷は個性の強い人だったということで、「蘭亭序」を書いてもかなり個性的な
書風になっています。

朱耷の絵は2012年に泉屋博古館分館で開かれていた、「中国絵画―
住友コレクションの白眉―」展にも展示されていました。

「中国絵画―住友コレクションの白眉―」展の記事です。


私の行ったのは1月27日(日)の昼頃でしたが、大勢の来館者がありました。
会期が進むと混雑するかもしれませんので、早めに行かれると良いでしょう。

展覧会のHPです。





【2013/01/30 00:03】 美術館・博物館 | トラックバック(1) | コメント(4) |
アーティスト・ファイル2013」展 国立新美術館
乃木坂
chariot

六本木の国立新美術館では「アーティスト・ファイル2013」展が開かれています。
会期は4月1日(月)まで、火曜日が休館日です。

ア002


「アーティスト・ファイル」展は国立新美術館が開館以来続けてきた現代美術の
展覧会プロジェクトです。
今回は5回目で、海外作家3名を含む8名の参加です。

ヂョン・ヨンドゥ 1969年、晋州(韓国)生まれ

「ワンダーランド」より「白雪姫」 2004年
ア001

ア003

5~7歳の子供の描いた絵15点を元に再構成した場面を写真に撮っています。
子供の世界がリアルでファンタジーにあふれた情景に転換されています。

「手作りの記憶」シリーズ 2008年
ソウルの公園で思い出話を語る7人の老人を一人ずつビデオで映しながら、
それぞれの場面の横にその思い出の一場面を演劇の舞台に仕立てていく
様子を映しています。
「伝説と貧困」の場面では、舞台で小さな小屋の中に大きなトラの人形を
運び込んだので何かと思ったら、犬をトラと見間違えたと言う話でした。

ヂョン・ヨンドゥさんの作品には対象への優しさがあります。

中澤英明  1955年、新潟県生まれ

「子供の顔―おっさま」 2006年
ア009

テンペラと油彩による、正面を向いた子供の顔、36点の連作です。
いろいろな表情をしていますが、みな同じ雰囲気を持っています。
「八重歯」「ムシ歯」の子もいますが、口は閉じています。

東亭 順(あずまてい じゅん) 1973年、東京生まれ

2012年の作品は木の枠に張った古いシーツにニスを塗って19枚のパネルを作り、
それを壁のように並べています。
それぞれのパネルには、「未来のためという台詞は都合の良い逃げ道に聞こえる。」
といったような長い題が付いています。

(参考) 「Sud bat True」 2011年
ア006


國安孝昌 1957年、北海道生まれ

「Inner Kingdom」 2013年
陶製のブロックと丸太を組合わせて、展示室いっぱい、新美術館の
高い天井まで届く巨大な構造物を積み上げています。
制作過程自体がアートといえるようなエネルギーにあふれた作品で、
制作しているところから公開してもらえれば更に面白かっただろうと思います。

(参考) 「Spiral of MIDOW」 1997年
ア004


利部志穂(かがぶしほ) 1981年、神奈川県生まれ

「ブルーアワー、タマがわ、たつた火」 2013年
頭上には金属パイプが何本も平行に張り渡され、床には紙や針金、
金属の籠など雑多な物が散らばっています。
ありふれた物によって、日常とは異なる場が構成されています。

(参考) 「水位」 2011年
ア005


ナリニ・マラニ 1946年、カラチ(インド、現パキスタン)生まれ

現在はインドのムンバイに在住する女性作家です。

「内在する他者との分裂」 2007年
ア007

縦2m、横1mのアクリルシートの裏に彩色した14枚を並べて壁画のように
仕立てています。
暴力や抑圧への批判を含んでいるとのことで、魔物や妖怪のようなものが
うごめく世界です。

「消失した血痕を探して」 2012年
5本の大きな走馬灯のようなシリンダーを天井から吊るして回転させ、
絵の影を壁面に映しています。
ヒンドゥー教の神像、怪物、骨などが壁を伝って走り抜けます。

志賀理江子 1980年、愛知県生まれ

志賀さんは2009年から宮城県名取市の北釜に在住し、その風土を
素材とした作品を制作しています。
展示は2009年から2012年にかけて撮影した約100枚の写真を
木の板に貼って、立て並べてあります。

「螺旋海岸」 2010年
ア008

写真はどれも象徴的な映像で、どこか死や葬送を感じさせるものがあります。
北釜は仙台空港と海の間にあって、2011年の東日本大震災の津波によって
大きな被害を受けています。

ダレン・アーモンド 1971年 ウィガン(イギリス)生まれ

「あなたがいれば…」 2003年
病気の祖母を見舞ったことをきっかに制作されたビデオ作品で、
20年前に夫を亡くした祖母の想い出を元にしています。
新婚旅行で訪れたイングランド西岸の保養地、ブラックプールを象徴する
ような、踊る男女の足元、噴水、水車小屋を象ったネオンのビデオ映像を
壁に映し、それを視ているかのような祖母の顔も映しています。

「Fullmoon アイフェルにて 2」
ア010

世界各地で満月の光だけで撮った写真7点の展示です。
アイフェルはドイツのライン川沿いにあります。
露光時間を長くして撮っているので、どの写真も月光だけで撮ったとは
分からない明るさですが、とても静かです。

展覧会のHPです。


【2013/01/28 00:02】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「平山郁夫展-大唐西域画への道-」 日本橋三越本店
三越前
chariot

日本橋三越本店新館ギャラリーでは、「平山郁夫展-大唐西域画への道-」が
開かれています。
会期は2月4日(月)まで、入場料は一般・大学生800円です。

平001


佐川美術館の所蔵する平山郁夫の作品のうちから、生涯描き続けたテーマである
仏教についての作品、約80点が展示されています。

第一章 仏教生誕の地 ~インド・カンボジア~
インドのナーランダ遺跡、エローラ石窟、カンボジアのアンコールワットなどを
描いた作品です。

平山郁夫は内戦で荒廃したアンコール遺跡の修復に協力しています。

第二章 東西交流の道 ~西アジア・中央アジア・中国~

平山郁夫は延べ150回以上のスケッチ取材でシルクロードをはじめとする
東西交流の道を描いています。

「天堂苑樹」 1966年
平003

仏伝シリーズの一つです。
森の中で釈迦が立って菩薩たちに説法するさまを描いたものです。
金色の諸仏は緑の木々の中に浮かび、左下にうずくまる白象と
遠くの赤いインドの大地が色を添えています。
白象は釈迦の母、麻耶夫人の象徴とのことで、麻耶夫人は白象が
胎内に入る夢を見て、釈迦を懐妊しています。

「バーミアンの大石仏」 1991年
平007

バーミアンの大石仏は2001年にタリバンによって爆破され、
今はこの姿はありません。

「月下シルクロードを行く」 2001年
群青の世界を行くキャラバンです。

第三章 仏教文化の精華 ~日本・韓国~

法隆寺、薬師寺、延暦寺、三千院、慶州の仏国寺などです。

「法隆寺」 1991年
平005

平山郁夫は火災で焼損した金堂壁画の復元模写事業に前田青邨班の
一員として参加しています。

「薬師寺の夕べ」 1997年
平009

薬師寺は法相宗の寺で、宗祖の慈恩大師は玄奘三蔵に師事しています。
玄奘三蔵を深く尊敬していた平山郁夫は薬師寺西塔の再建にあたっては
仏舎利を寄進しています。

第四章 大唐西域画 ~玄奘三蔵、求道の奇跡~

1991年に薬師寺に建立された玄奘三蔵院には2000年に完成した、玄奘三蔵の
インドへの旅にちなんだ「大唐西域壁画」が納められています。
平山郁夫はその絵をより多くの人に観てもらうため、2007年に50号の
作品にも描いています。
「大唐西域壁画」という題は玄奘の著した「大唐西域記」に依っています。

7つの場面は朝から夕方にかけての一日の景色として展開されます。

第1画面 「明けゆく長安大雁塔・中国」
平006

大雁塔は玄奘が持ち帰った膨大な経典を納めるために建てた塔で、
国禁を犯して出発した頃にはまだ無かったのですが、門出にふさわしい
場面として選ばれたとのことです。

第2画面 「嘉峪関を行く・中国」
嘉峪関はシルクロードの西の要衝にあり、明時代に建設されているので、
玄奘の時代にはありませんでした。

第3画面 「高昌故城・中国」
玄奘はインドへの旅の途中で高昌国の国王から歓待されますが、インドから
帰る時には高昌国は既に唐に滅ぼされていました。

第4画面 「西方浄土須弥山」
平002

平山郁夫は世界の中心にある須弥山としてエヴェレストを選び、現地に取材
しています。
壁画全体の中心にある「西方浄土須弥山」は青色を基調にしているので、
左右の「高昌故城・中国」と「バーミアン石窟・アフガニスタン」は補色の
黄色と金色を使ったそうです。

第5画面 「バーミアン石窟・アフガニスタン」
バーミアン石窟の遠景を描いています。
この作品を描いた頃はバーミアン大石仏はまだ破壊されていません。

第6画面 「デカン高原の夕べ・インド」
夕日を浴びた赤茶けたデカン高原を描いています。

第7画面 「ナーランダの月・インド」
玄奘がインドで滞在した学校の跡に月が出ています。
ナーランダの仏教の学校には1万人以上の学生が居たこともあるそうですが、
後にイスラム勢力によって破壊されています。

玄奘三蔵を敬愛する平山郁夫は、「作品を描き続けることが出来たのは
玄奘三蔵のおかげである。」と述べていて、この壁画を以て玄奘三蔵を
顕彰しようと考えたそうです。


【2013/01/26 00:11】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プロフィール

Author:chariot
東京のビルの多い街で暮らしています。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

ブログ内検索

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード


<<前ページ | ホーム | 次ページ>>