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「弥富節子展」 日本橋高島屋
日本橋
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日本橋高島屋美術画廊では12月18日(火)まで、「弥富節子展」が
開かれています。

弥富節子(やとみせつこ)さん(1946~)は久留米市出身で、
国画会会員です。

人物や静物をさらりとした色彩で淡々と描いていて、作品には静かで
おだやかな雰囲気があります。
背景にはクリムトを思わせる装飾的な樹木も描かれたりしています。

展覧会では、人物の大作や花などの小品、約30点が展示されています。

「しらべ・伝わる音の譜」 30号
弥富002

若い女性が肘をついてオルゴールを聴いていますす。
水紋のような壁の模様はオルゴールからあふれてきた音に見えます。


【2012/12/14 00:05】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「劇団四季60周年展」 丸の内
東京
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丸の内一帯のビルでは、「劇団四季60周年展」が開かれています。
会期は12月25日(火)までです。

四季001


丸ビルのテーマは「オペラ座の怪人」です。

丸0060


マルキューブには「マスカレード」の舞台が再現され、土日祝はマスクを着けた
記念写真の撮影も出来ます。

丸0064

丸0065


新丸ビルのテーマは「ライオンキング」、丸の内ブリックスクエアは
「美女と野獣」、東京ビルTOKIAは「キャッツ」、丸の内オアゾは
「劇団四季の歩み」です。
また、マルキューブを中心にいろいろなイベントも予定されています。

マルキューブのクリスマスツリーです。

丸0054

丸0057


丸の内のレストランやカフェでも劇団四季のミュージカルにちなんだ
スペシャルメニューを用意しています。
丸の内オアゾ1階の「パニーノ・ジュスト丸の内店」は「マスカレード」を
テーマにした自家製ティラミスです。
こちらはチラシに載っていた写真です。

四季002

「パニーノ・ジュスト丸の内店」の記事です。

「劇団四季60周年展」の記事です。


【2012/12/13 00:11】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(2) |
対談 「日本美術を体感する~若冲を中心に」 丸ビル7階ホール
東京
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小学館の創業90周年記念企画、「日本美術全集」全20巻発刊記念スペシャル対談、
「日本美術を体感する~若冲を中心に」が12月9日に丸ビル7階ホールで
開かれたので、応募して行ってきました。

美術001


編集委員のうちの2人、辻惟雄MIHO MUSEUM館長・東京大学名誉教授と山下裕二
明治学院大学教授による対談です。
辻先生は従来あまり評価されていなかった岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、
曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳を奇想の画家たちとして取り上げ、再評価を
行なっています。

12月5日第1回配本の第2巻、「法隆寺と奈良の寺院」、2013年2月22日第2回配本の
第14回、「若冲・応挙、みやこの奇想」から第20回配本の「日本美術の現在・未来」
まで、特に伊藤若冲を中心にしての解説および対談でした。

そのうち、ごく一部ですが書いてみます。

第1回、「法隆寺と奈良の寺院」
(山下)法隆寺金堂内陣は40数年ぶりの撮影。
    中国文化の影響の強い時代なので、中国美術の専門家も加わって編集した。

第2回、「若冲・応挙、みやこの奇想」
(山下)若冲は最近評価が高まったので、以前の全集ではあまり取り上げられて
    いない。
    「動植綵絵(どうしょくさいえ)」全30巻を完全掲載。
    「動植綵絵」の中の「群鶏図」にこちらを見ている一羽は若冲の
    自画像だろう。
    若冲の花鳥画はどれもそっぽを向いていて、心理学的な解釈が出来る。

(辻)若冲の絵にはアニミズムがある。
   自分の若冲評価のきっかけは、アメリカの青年が若冲を買い漁っていると
   聞いて、道具屋に行ってその作品を観て驚いたのがきっかけ。
   この青年が現在のエツコ&ジョー・プライスコレクションのオーナーの
   ジョー・プライス氏。
   今も、行くとよく見せてくれ、かえって日本にあるよりも観られる機会が
   多いほど。
   来年、プライスコレクションは震災を受けた岩手、宮城、福島の3県で
   展示される。東京には来ない。
   MIHO MUSEUM所蔵の「象と鯨図屏風」も同時に展示される。

(山下)曾我蕭白の「群仙図」は保存状態が極めて良い。
    あまり気持ち悪いので開けなかったのではないかと思うほど。
    やはりプライスコレクションの「白象黒牛図屏風」も収録。
    プライス氏の最も好きなのは長沢芦雪かもしれない。

約1時間30分にわたり、このように今後刊行予定の各巻について、とても興味深く、
今後の鑑賞の参考になるお話を聴くことが出来ました。

辻先生は美術全集は大型版でないとその作品の良さを充分に伝えられないと
述べられていました。
この「日本美術全集」はB4版という大きさで、実物大のパンフレットの図版を
見てもその迫力が伝わります。

伊藤若冲 「虎図」(部分) エツコ&ジョー・プライスコレクション
美術003

毛の1本1本まで、細かく徹底的に描き込まれていることがよく分かります。

伊藤若冲 「動植綵絵」のうち「紫陽花双鶏図」(部分) 宮内庁三の丸尚蔵館
美術002

鶏冠には白い点々をびっしりと入れています。

「日本美術全集」の公式サイトです。





【2012/12/12 00:15】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「鎌倉期の宸筆と名筆-皇室の文庫」展、宮内庁三の丸尚蔵館とパレスホテルのデリ&スイーツ
大手町
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宮内庁三の丸尚蔵館では所蔵品による、「鎌倉期の宸筆と名筆
-皇室の文庫(ふみくら)から」展が開かれています。
会期は12月22日(土)までです。
休館日は月曜・金曜で、入館は無料です。

名001

宮内庁書陵部の所蔵品を中心に鎌倉時代の天皇の宸筆など、
鎌倉時代などの名筆、約30点が展示されています。

「水左記」 1巻(4巻のうち) 源俊房 平安時代(11世紀)
左大臣源俊房の自筆日記で、原本の残る日記としては藤原道長の
「御堂関白記」に次いで古いものです。
源のサンズイと左大臣を合わせて名前の由来としています。

「中右記」 1冊(21点のうち) 鎌倉時代(13世紀)写
平安時代の藤原忠宗の日記を鎌倉時代に書写したものです。
大治4年(1129)7月7日の部分では、この日崩御した白河法皇について、
「聖明君」としながら批判的に書いています。

「台記」 1巻(3巻のうち) 鎌倉時代(13~14世紀)写
台記(たいき)は左大臣藤原頼長の日記で、何かの式次第が図入りで
書かれています。
有職故実は貴族にとって趣味ではなく、習得が必須でした。
藤原頼長は苛烈な性格と行動力から悪左府と恐れられますが、
保元の乱を起こし、敗死しています。

「平重盛書状」 1幅 平重盛 平安時代(12世紀)
妻の兄の藤原成親に宛てた手紙らしく、家来を一人寄越すと書いてあります。
平重盛は平清盛の嫡男ですが、清盛に先立って亡くなっています。
藤原成親は後白河法皇の近臣ですが、平家打倒の計画(鹿ケ谷の陰謀)の
首謀者として平家に捕らえられ、配流された挙句、餓死させられたようです。

「玉葉」 1冊(50冊のうち) 鎌倉時代(13世紀)写
関白太政大臣九条兼実の日記で、平安末期から鎌倉初期にかけての政治状況を
知る基礎史料となっています。
展示本は最善最古の写本とされています。

「西行書状」 1幅 西行 鎌倉時代,文治4~5年(1188~9)
自作の和歌144首を歌合せの形にまとめて伊勢神宮に奉納しようと思った
西行は藤原俊成、定家に判詞を求めます。
書状は定家への督促の手紙です。

「新古今和歌集竟宴和歌懐紙幅」 1幅
 伝九条良経 鎌倉時代、元久2年(1205)

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後鳥羽上皇の命による新古今和歌集が披露され、祝いの竟宴が催された折に
詠進された歌の草稿と思われます。
九条良経は九条兼実の次男で、書に巧みで後京極流の祖とされています。

  敷島や大和ことばの海にして拾ひし玉はみがかれにけり

「大間書」 1巻 九条道家 鎌倉時代(13世紀)
大間書(おおまがき)は貴族や官人の除目(人事異動)の発令書で、
複雑な作法で作成されたそうです。
応保2年(1162)のものを元にした、自筆による練習書きです。
九条道家は九条良経の長男です。

「伏見院宸記」 1巻(8巻のうち) 伏見天皇 鎌倉時代(13世紀)
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伏見天皇直筆の日記で、展示部分には正応6年(1293)8月27日の
「玉葉和歌集」撰集についての記載があります。
伏見天皇は能書家として知られています。

誡太子書(かいたいしのしょ) 1巻 花園天皇 鎌倉時代、元徳2年(1330)
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花園天皇が甥の量仁親王(後の光厳天皇)にあてた訓戒書です。
花園天皇の次代が後醍醐天皇であり、光厳天皇は北朝初代の天皇となります。

「三五要録」 1巻 後村上天皇 南北朝時代、正平10年(1355)
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南朝2代の後村上天皇直筆による琵琶の総譜集です。
河内の観心寺に南朝の行宮があった頃のもので、後村上天皇は帝王学の
一つとして琵琶を学んでいます。

「天子摂関御影(天皇・摂関・大臣影)」 4巻
 藤原為信・豪信 鎌倉~南北朝時代(14世紀)

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天子御影は鳥羽天皇に始まり、後醍醐天皇に至る20名に光厳天皇を加えた
御影集です。
摂関御影は藤原忠通をはじめとする御影集です。
この御影は歴史の本などで、天皇や公家の肖像としてよく使われています。

左を向いた鳥羽院から崇徳、後白河、二条、高倉、後鳥羽と並んでいます。

鳥羽院
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崇徳院
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後白河院
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後鳥羽院
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「中右記」「台記」「玉葉」など、歴史の本によく登場する史料を
見ることが出来ました。
展示数は少ないながら、なかなか興味深い展覧会です。


大手堀には鷺がいました。

大0014

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大手門の紅葉です。

大0030

大0032


リニューアルオープンした、大手堀横のパレスホテルの地下にある
「デリ&スイーツ」に寄ってきました。

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いろいろなスイーツを6個買いました。

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パレスホテルのロビーのクリスマスツリーです。

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【2012/12/10 00:17】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(1) |
「没後55年 川瀬巴水 木版画展」 上野松坂屋
御徒町・上野広小路
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上野松坂屋の美術画廊では、「没後55年 川瀬巴水 木版画展」が開かれています。
会期は12月11日(火)までで、初期摺り版画約30点が展示即売されています。

川瀬巴水(1883~1957)は大正から昭和にかけて活躍した風景版画家で、
日本各地の風景を叙情的に描き、新版画として特に海外で高い評価を得ています。

新版画とは、江戸の浮世絵の技法を受け継ぎながら新しい芸術を目指して、
大正から昭和にかけて制作された版画のことです。
横浜で浮世絵の輸出を行なっていた渡邊庄太郎が自ら版元となり、
川瀬巴水らを援助して売り出しています。

「東京十二ヶ月 三十間堀の暮雪」 大正9年12月7日作
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急に降り出した雪の景色を川瀬巴水が写生している間、渡邊庄太郎は傘を
差しかけていたそうです。
版木にヤスリをかけて降りしきる雪を表現するなど、さまざまな工夫を
凝らした作品です。

三十間堀は銀座の中央通りと昭和通りの間を流れていた堀川で、戦後に
埋め立てられ、今は存在しません。

東京の風景はどんどん変わって昔の面影も消えていきましたが、川瀬巴水の
新版画によってその姿と情緒を偲ぶことが出来ます。

2010年に同じ上野松坂屋で開かれていた、「川瀬巴水 木版画展」の記事です。





【2012/12/08 22:35】 美術館・博物館 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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東京のビルの多い街で暮らしています。

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