目黒
少し前ですが、洋菓子舗ウエスト目黒店に行ってきました。
東京都庭園美術館に行った帰りに寄りました。


目黒駅西口を出て、目黒通りの坂を少し下った右側にあります。
2階のお店には外階段で入ります。
広い店内は銀座本店と同じく、白いテーブルクロスが掛かり、スタッフは
黒と白の制服、とても上品で古典的な雰囲気です。
テーブルにはカトレアが飾ってあります。

銀座の本店にはベートーヴェンの巨大な胸像が鎮座し、レコード盤を収めた棚が
存在を誇っていますが、こちらにあるのは小さな像とオーディオセットです。

BGMはベートーヴェンの「田園」でした。
いかにもウエストらしくて、うれしくなります。
コーヒーとインペリアルショコラセットの1155円です。

その名もおごそかなインペルアルショコラは、材料を吟味しているからでしょうか、
味がとてもまろやかです。
カップやグラスには小さくウエストのマークが入っています。
コーヒーはお替りができます。
ちょうど飲み終わった頃、「お替り如何ですか」とポットを持って訊きにきてくれました。
テーブルには、週刊の投稿エッセイの「風の詩」が置いてあります。
昭和22年の創業以来続いているそうで、今では3000番台です。
最近、全席禁煙になったようですが、それ以外は昔のまま、「ドライケーキの
ウエストでございます」のTVコマーシャルも変わっていません。
この揺るぎない頑固さが魅力です。
銀座ウエストのHPです。
「会社概要」に続く「会社の沿革」に書かれている裏話は面白いです。
chariot
少し前ですが、洋菓子舗ウエスト目黒店に行ってきました。
東京都庭園美術館に行った帰りに寄りました。


目黒駅西口を出て、目黒通りの坂を少し下った右側にあります。
2階のお店には外階段で入ります。
広い店内は銀座本店と同じく、白いテーブルクロスが掛かり、スタッフは
黒と白の制服、とても上品で古典的な雰囲気です。
テーブルにはカトレアが飾ってあります。

銀座の本店にはベートーヴェンの巨大な胸像が鎮座し、レコード盤を収めた棚が
存在を誇っていますが、こちらにあるのは小さな像とオーディオセットです。

BGMはベートーヴェンの「田園」でした。
いかにもウエストらしくて、うれしくなります。
コーヒーとインペリアルショコラセットの1155円です。

その名もおごそかなインペルアルショコラは、材料を吟味しているからでしょうか、
味がとてもまろやかです。
カップやグラスには小さくウエストのマークが入っています。
コーヒーはお替りができます。
ちょうど飲み終わった頃、「お替り如何ですか」とポットを持って訊きにきてくれました。
テーブルには、週刊の投稿エッセイの「風の詩」が置いてあります。
昭和22年の創業以来続いているそうで、今では3000番台です。
最近、全席禁煙になったようですが、それ以外は昔のまま、「ドライケーキの
ウエストでございます」のTVコマーシャルも変わっていません。
この揺るぎない頑固さが魅力です。
銀座ウエストのHPです。
「会社概要」に続く「会社の沿革」に書かれている裏話は面白いです。
中村橋
練馬区立美術館では2007年に95歳で亡くなった高山辰雄の遺作展が
開かれています。


練馬区立美術館は西武池袋線中村橋駅のすぐ横にあります。

美術館入口です。

前期は10月5日まで、後期は10月11日から11月3日までです。
約100点が出品されますが、7割は前期と後期で展示替えされます。
土曜日の午後2時からは学芸員による作品解説もあります。
1936年の「砂丘」(前期のみ)は東京美術学校の日本画科の卒業制作で、
砂丘にすわるセーラー服姿の女性を描いています。
後の高山辰雄夫人で、この頃は女子美術専門学校の生徒だったとのことです。
若々しい力作ですが、後の画風とはかなり違って、色も形もくっきりと描いています。
ただ、人物の顔が正面からこちらを見ているのは後の作品と同じです。
その、すっきりとした描線の顔には昭和モダンの雰囲気があります。
1940年頃の「春光」は寝そべっている大型の洋犬を描いていますが、体の輪郭を
なめらかな線で一気に描き切り、長い毛のふわふわした感触まで表しています。
竹内栖鳳の作品かと思うほど巧みで、伝統の日本画の技法を若い頃からしっかり
身につけていたことが分かります。
ところが、本人はこの作品を外に出したがらなかったそうです。
その後の高山辰雄が目指した絵の方向と違うためだったようです。
新しい絵の模索は、先輩の山本丘人に「お前の描いた鉄は叩くと鉄の音がするなあ」
と言われたのがきっかけだといいます。
在る物を在る通りに描いているだけではいけない、ということです。
普通の人は在る通りに描くだけで終わってしまいますが、高山辰雄は始めから
描くのがきわめて上手い人だったので、より高いものを探求することになった訳です。
やがて、自然、時間、人間の生というものをテーマとする絵を描き始めます。
1973年の「朝」「夕」は巨大な屏風絵ですが、抽象的で、寂しげな風景の中に立つ
人物を描いています。
得意の筈の線描は使わず、筆遣いや色数を抑えた絵は、いかにも意気込んで
描いたといった風があります。
ただ、目に見えない抽象的なものを絵画で表そうとすると、理屈っぽい、観念的な
絵になりがちで、難しいところです。
やがて、高山辰雄は点描を始めています。
この、緻密で練り込むような点描によって、奥深く神秘的な画面が生まれます。
1979年の「少女」では薄暗い背景の前に黄色い服の少女が横向きに立って、
こちらを向いています。
はだしの少女は棒のように立ち、肩の辺りに置いた左手は大きく、髪は伸びたままに
盛り上がり、真っ直ぐこちらを見た顔は謎めいた微笑を浮かべています。
不思議な雰囲気のただよう、印象深い作品です。
「少女」は、1949年に自分の娘さんを描いた作品と構図は同じですが、二つの作品を
見比べてみると、高山辰雄の作風の変化がよく分かります。
高山辰雄は人物画を多く描きますが、どの人物も静かに物思いに沈んでいるようで、
神秘的で気高さを感じます。
ジョットのようなイタリア宗教画にも似ています。
1985年の「地」はイヌタデの一株を描いています。
イヌタデという、地味で小さな雑草を高さ2メートルの画面いっぱいに描いて、
その生命の持つ力を伝えています。
下の方が葉が枯れかけていて、時間の流れ、生命の移ろいまで読み取れます。
1988〜1989年の「牡丹」シリーズは活けられた数輪の牡丹を描いています。
高山辰雄は装飾的な絵も上手いのですが、一見地味な色使いの点描で、
牡丹の華麗さを存分に表しています。
最晩年に近い2004年の「牡丹 洛陽の朝」になると、朦朧と立ち上がる牡丹は
背景の中に半ば溶け込み、凄みさえ感じさせます。
「砂丘」から始まった画家はついにここまで来たのかと、感慨深いものがあります。
これが、画家の生涯にわたる画業を観ることのできる回顧展の面白さです。
他にも風景画や人物画など、興味深い作品が多く展示されていて、
とても見応えのある展覧会です。
chariot
練馬区立美術館では2007年に95歳で亡くなった高山辰雄の遺作展が
開かれています。


練馬区立美術館は西武池袋線中村橋駅のすぐ横にあります。

美術館入口です。

前期は10月5日まで、後期は10月11日から11月3日までです。
約100点が出品されますが、7割は前期と後期で展示替えされます。
土曜日の午後2時からは学芸員による作品解説もあります。
1936年の「砂丘」(前期のみ)は東京美術学校の日本画科の卒業制作で、
砂丘にすわるセーラー服姿の女性を描いています。
後の高山辰雄夫人で、この頃は女子美術専門学校の生徒だったとのことです。
若々しい力作ですが、後の画風とはかなり違って、色も形もくっきりと描いています。
ただ、人物の顔が正面からこちらを見ているのは後の作品と同じです。
その、すっきりとした描線の顔には昭和モダンの雰囲気があります。
1940年頃の「春光」は寝そべっている大型の洋犬を描いていますが、体の輪郭を
なめらかな線で一気に描き切り、長い毛のふわふわした感触まで表しています。
竹内栖鳳の作品かと思うほど巧みで、伝統の日本画の技法を若い頃からしっかり
身につけていたことが分かります。
ところが、本人はこの作品を外に出したがらなかったそうです。
その後の高山辰雄が目指した絵の方向と違うためだったようです。
新しい絵の模索は、先輩の山本丘人に「お前の描いた鉄は叩くと鉄の音がするなあ」
と言われたのがきっかけだといいます。
在る物を在る通りに描いているだけではいけない、ということです。
普通の人は在る通りに描くだけで終わってしまいますが、高山辰雄は始めから
描くのがきわめて上手い人だったので、より高いものを探求することになった訳です。
やがて、自然、時間、人間の生というものをテーマとする絵を描き始めます。
1973年の「朝」「夕」は巨大な屏風絵ですが、抽象的で、寂しげな風景の中に立つ
人物を描いています。
得意の筈の線描は使わず、筆遣いや色数を抑えた絵は、いかにも意気込んで
描いたといった風があります。
ただ、目に見えない抽象的なものを絵画で表そうとすると、理屈っぽい、観念的な
絵になりがちで、難しいところです。
やがて、高山辰雄は点描を始めています。
この、緻密で練り込むような点描によって、奥深く神秘的な画面が生まれます。
1979年の「少女」では薄暗い背景の前に黄色い服の少女が横向きに立って、
こちらを向いています。
はだしの少女は棒のように立ち、肩の辺りに置いた左手は大きく、髪は伸びたままに
盛り上がり、真っ直ぐこちらを見た顔は謎めいた微笑を浮かべています。
不思議な雰囲気のただよう、印象深い作品です。
「少女」は、1949年に自分の娘さんを描いた作品と構図は同じですが、二つの作品を
見比べてみると、高山辰雄の作風の変化がよく分かります。
高山辰雄は人物画を多く描きますが、どの人物も静かに物思いに沈んでいるようで、
神秘的で気高さを感じます。
ジョットのようなイタリア宗教画にも似ています。
1985年の「地」はイヌタデの一株を描いています。
イヌタデという、地味で小さな雑草を高さ2メートルの画面いっぱいに描いて、
その生命の持つ力を伝えています。
下の方が葉が枯れかけていて、時間の流れ、生命の移ろいまで読み取れます。
1988〜1989年の「牡丹」シリーズは活けられた数輪の牡丹を描いています。
高山辰雄は装飾的な絵も上手いのですが、一見地味な色使いの点描で、
牡丹の華麗さを存分に表しています。
最晩年に近い2004年の「牡丹 洛陽の朝」になると、朦朧と立ち上がる牡丹は
背景の中に半ば溶け込み、凄みさえ感じさせます。
「砂丘」から始まった画家はついにここまで来たのかと、感慨深いものがあります。
これが、画家の生涯にわたる画業を観ることのできる回顧展の面白さです。
他にも風景画や人物画など、興味深い作品が多く展示されていて、
とても見応えのある展覧会です。
池袋
池袋駅東口の29番出口を出て、池袋三越の左の小路を入った所に
喫茶店「皇琲亭」はあります。

小さな3階建てビルの1階と地下のお店です。
窓ガラスの内側にはコーヒーカップが並んでいて、外から見ると
瀬戸物屋さんの棚のようです。
広くて暗い店内はシックな雰囲気で、こげ茶色の太い柱や梁がアクセントです。
あちこちに草花がセンス良く活けてあって、目を楽しませてくれます。

小部屋もあって、そこは禁煙室になっています。
色々のカップが並んだカウンターの後ろは、道に面した窓なので、
外を通る人たちがよく見えます。
中でのんびりしている人と対照的です。
BGMはモーツァルトの交響曲(多分)でした。
ブレンドコーヒー735円です。

ペーパードリップで淹れたコーヒーは、バランスが良く、コクもあって美味しいです。
カップは、同じ池袋の珈琲茶房の時と同じ、ロイヤルドルトンでした。
この型は Earlswood というようです。
このお店では、好きなカップを選ぶことができるそうです。
色々なカップを試してみると楽しいでしょう。
池袋駅のすぐ近くにいることを忘れるような、落ち着いた、気持ちの良いお店です。
池袋はいつも人であふれていますが、小路を少し入っただけで、このような店が
あるのは嬉しいことです。

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池袋駅東口の29番出口を出て、池袋三越の左の小路を入った所に
喫茶店「皇琲亭」はあります。

小さな3階建てビルの1階と地下のお店です。
窓ガラスの内側にはコーヒーカップが並んでいて、外から見ると
瀬戸物屋さんの棚のようです。
広くて暗い店内はシックな雰囲気で、こげ茶色の太い柱や梁がアクセントです。
あちこちに草花がセンス良く活けてあって、目を楽しませてくれます。

小部屋もあって、そこは禁煙室になっています。
色々のカップが並んだカウンターの後ろは、道に面した窓なので、
外を通る人たちがよく見えます。
中でのんびりしている人と対照的です。
BGMはモーツァルトの交響曲(多分)でした。
ブレンドコーヒー735円です。

ペーパードリップで淹れたコーヒーは、バランスが良く、コクもあって美味しいです。
カップは、同じ池袋の珈琲茶房の時と同じ、ロイヤルドルトンでした。
この型は Earlswood というようです。
このお店では、好きなカップを選ぶことができるそうです。
色々なカップを試してみると楽しいでしょう。
池袋駅のすぐ近くにいることを忘れるような、落ち着いた、気持ちの良いお店です。
池袋はいつも人であふれていますが、小路を少し入っただけで、このような店が
あるのは嬉しいことです。

吉祥寺
「COFFEE HALL くぐつ草」は吉祥寺駅北口のダイヤ街という名のアーケード街にあります。

鉄の扉の門をくぐり、木の踏み板のトンネルのような階段を下りて
地下のお店に入ります。

暗くて細長い店内は土色の壁とカマボコ型の天井が一体になっていて、
壁一面がデコボコしており、棚の窪みも作ってあります。
つまり、手掘りの穴倉、モグラの家のイメージです。

床は板張りで、奥の方が一段高くなっていて、一番奥に大きな
明り取りの窓があります。

木のテーブルセットはとても重厚で、椅子の座面には滑り止めが彫ってあり、
全部の椅子の背板が違うデザインになっています。

BGMは静かなジャズです。
ブレンドコーヒー630円はフレンチローストソフトで、苦味の利いた味です。

全体がとても凝った造りのお店で、ケネス・グレアム作、「たのしい川べ」に出てくる
主人公のモグラの家を思い出します。
モグラになったつもりで坐っていると、地上のざわめきも忘れて、
のんびり落ち着いた気分になってきます。
お店のHPです。
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「COFFEE HALL くぐつ草」は吉祥寺駅北口のダイヤ街という名のアーケード街にあります。

鉄の扉の門をくぐり、木の踏み板のトンネルのような階段を下りて
地下のお店に入ります。

暗くて細長い店内は土色の壁とカマボコ型の天井が一体になっていて、
壁一面がデコボコしており、棚の窪みも作ってあります。
つまり、手掘りの穴倉、モグラの家のイメージです。

床は板張りで、奥の方が一段高くなっていて、一番奥に大きな
明り取りの窓があります。

木のテーブルセットはとても重厚で、椅子の座面には滑り止めが彫ってあり、
全部の椅子の背板が違うデザインになっています。

BGMは静かなジャズです。
ブレンドコーヒー630円はフレンチローストソフトで、苦味の利いた味です。

全体がとても凝った造りのお店で、ケネス・グレアム作、「たのしい川べ」に出てくる
主人公のモグラの家を思い出します。
モグラになったつもりで坐っていると、地上のざわめきも忘れて、
のんびり落ち着いた気分になってきます。
お店のHPです。
半蔵門・九段下
近代日本画の名品を数多く集めている山種美術館では「百寿を超えて」という題で、
奥村土牛、小倉遊亀、片岡球子の三人展を11月3日(月・祝)まで開いています。
みな、百歳を超えても創作活動を続けた近代日本画家です。
片岡球子(1905〜2008、103歳没)は6点出品されています。
片岡球子は力強い大胆な描き振りによる富士山や「面構(つらがまえ)」
シリーズで有名です。
毎年秋に東京都美術館で開かれる院展では、その作品は遠くからでも、
すぐそれと分かりました。
歴史上の人物を大画面いっぱいに太い線と強烈な色彩で自由に描き切っていて、
会場でもひときわ目立っていました。
富士山の絵も、色を惜しげもなく使って、ぐいぐい描くといった風で、見ていて
楽しくなります。
経歴によれば、若いころの片岡球子は院展になかなか入選できず、
一時は「落選の神様」とあだ名を付けられたそうです。
その頃の作品を見たことがないので、どんな作風だったのかよく分かりませんが、
自分がどんな絵を描くべきか模索していたのかもしれません。
また、自分の画風が出来てくると、これだけ個性があるだけに、理解されるのに
時間が掛かったようです。
日本画は伝統の上に立っているので、まったく新しいことを始めると
風当たりも強いでしょう。
富士山のシリーズを見ていると、その柄の大きさ、大胆さに感心しますが、
これは日本画なのか、油絵で描いてもいいのではないか、という気もします。
「面構」シリーズは1966年の「足利尊氏、義満、義政」から始まっています。
足利尊氏を最初に選んだのは、京都等持院に置かれている木像の顔に
惹かれたからだということです。
木像から想像すると、足利尊氏は垂れ目で鼻が大きく、愛嬌のある顔だったようで、
「面構」にもその特徴がよく表れています。
「面構」の最初に、足利尊氏を選ぶという目の付け所が面白いと思います。
「面構」シリーズでは、上杉謙信や写楽のように、肖像が残っておらず、
まったく顔の分かっていない人を多く描いています。
「在るもの」を描くことを超えて、「描きたいもの」を描きたかったのでしょう。
展覧会には1982年の「北斎の娘おゑい」が出品されています。
長煙管を手に、吊り上がった目でにらみつけている姿は、勝気な性格だったという
おゑいをよく表しています。
片岡球子特有の、力のこもった描き方ですが、しっかり浮世絵の伝統を継いでいます。
顔のデフォルメは、もともと浮世絵の得意技です。
独特といわれる片岡球子の画風も、さまざまなことを学び続けた結果として
生まれてきたものだと思います。
chariot
近代日本画の名品を数多く集めている山種美術館では「百寿を超えて」という題で、
奥村土牛、小倉遊亀、片岡球子の三人展を11月3日(月・祝)まで開いています。
みな、百歳を超えても創作活動を続けた近代日本画家です。
片岡球子(1905〜2008、103歳没)は6点出品されています。
片岡球子は力強い大胆な描き振りによる富士山や「面構(つらがまえ)」
シリーズで有名です。
毎年秋に東京都美術館で開かれる院展では、その作品は遠くからでも、
すぐそれと分かりました。
歴史上の人物を大画面いっぱいに太い線と強烈な色彩で自由に描き切っていて、
会場でもひときわ目立っていました。
富士山の絵も、色を惜しげもなく使って、ぐいぐい描くといった風で、見ていて
楽しくなります。
経歴によれば、若いころの片岡球子は院展になかなか入選できず、
一時は「落選の神様」とあだ名を付けられたそうです。
その頃の作品を見たことがないので、どんな作風だったのかよく分かりませんが、
自分がどんな絵を描くべきか模索していたのかもしれません。
また、自分の画風が出来てくると、これだけ個性があるだけに、理解されるのに
時間が掛かったようです。
日本画は伝統の上に立っているので、まったく新しいことを始めると
風当たりも強いでしょう。
富士山のシリーズを見ていると、その柄の大きさ、大胆さに感心しますが、
これは日本画なのか、油絵で描いてもいいのではないか、という気もします。
「面構」シリーズは1966年の「足利尊氏、義満、義政」から始まっています。
足利尊氏を最初に選んだのは、京都等持院に置かれている木像の顔に
惹かれたからだということです。
木像から想像すると、足利尊氏は垂れ目で鼻が大きく、愛嬌のある顔だったようで、
「面構」にもその特徴がよく表れています。
「面構」の最初に、足利尊氏を選ぶという目の付け所が面白いと思います。
「面構」シリーズでは、上杉謙信や写楽のように、肖像が残っておらず、
まったく顔の分かっていない人を多く描いています。
「在るもの」を描くことを超えて、「描きたいもの」を描きたかったのでしょう。
展覧会には1982年の「北斎の娘おゑい」が出品されています。
長煙管を手に、吊り上がった目でにらみつけている姿は、勝気な性格だったという
おゑいをよく表しています。
片岡球子特有の、力のこもった描き方ですが、しっかり浮世絵の伝統を継いでいます。
顔のデフォルメは、もともと浮世絵の得意技です。
独特といわれる片岡球子の画風も、さまざまなことを学び続けた結果として
生まれてきたものだと思います。













